僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた。 作:楠富 つかさ
ご飯は上手く炊けていなかったものの、カレーを美味しくいただき、ナイトハイクという名目でキャンプ場から研修センターへと戻る。ペンライト一本の明かりで進む道は昼間とはうってかわって静謐な雰囲気で……いっそ幽霊でも出るんじゃないかっていう状態だった。夕食前のことなんて一切気にせず麻琴に引っ付いてセンターまで歩き、なんとか帰ることができた。
「では二日目もあとは寝るだけになりました。明日は大掃除と片付けだけなので……取り敢えず寝ましょう」
そして、初日同様やんややんやしながらも就寝し、翌朝もそれぞれのんびりと起床し身支度を整えた。
「二日間、あっという間だったや。三日目は何だか面白さが微塵もないね」
二泊三日の新入生研修も最終日。とはいえ、掃除して帰るだけの一日であり麻琴が言うように面白いイベントはない。だけど、二日間お世話になったセンターに感謝を示すべく掃除は丁寧に行う。それぞれが部屋を掃除しクラスごとに割り振られた場所も分担して掃除を行う。四組は三組と一緒に体育館の掃除を担当することになっている。三組には調理部の人がいないからなぁ……他に知り合いもいないし。まぁ、おしゃべりしながら掃除しちゃダメだけど。
「それじゃ、さっさと終わらせちゃおうか。各自、ここにいる姫宮悠希の指示に従って動いてよね!」
「ちょっと麻琴!? あ、あんた何言ってるの!?」
「こういうのは司令塔が居た方がやりやすいらしいし」
そういう問題じゃないでしょう……そもそも二クラス60人近くを上手く動かせるわけないじゃん。ボク、基本的に先頭きって動くタイプじゃないんだから。
「じゃあここは私に任せて。はい、四組学級委員の森末です。まずはモップがけを行うのですが、モップは十本しかないので三組の――――」
モップがけや窓の水拭き、から拭き、廊下の掃き掃除や細かい箇所の掃除までてきぱきと仕事を割り振るもなかちゃん。まさに頼れる委員長の姿がそこにはあった。
「分からない部分があれば三組は川藤さんに、四組は私に遠慮無く聞いてください。以上、各自取りかかってください!」
「あぁ、川藤さん三組だっけね」
「誰? その川藤さんって」
もなかちゃんが名前を挙げた人を、麻琴が知っていたようだ。特に他意はないが尋ねてみる。
「陸上部の人でね、短距離。速いけど体調にムラがあって、この前も貧血で倒れてたっけ」
確かに麻琴が調理部に来たときに誰か倒れたって言っていたような。
「はいはい、そこの二人も持ち場に行ってね。体育館外の水道だよ、お願いね」
「あいよー」
「行こうか」
もなかちゃんに促されて体育館を出る。春とはいえ朝の空気は冷たくて、意識がしゃっきりする。
「いやぁ、水冷たいね!」
備え付けのたわしを水でぬらす麻琴が声を上げた。まぁ、その冷たさをがまんして掃除しないといけないからボクもやるけど。
「うぅ、確かに冷たい!」
こういった水道の流しって汚れが何処にあるのか分かりづらい部分があるけど、取り敢えず隅々まで磨く。
「ここって掃除する必要ある?」
「まぁ、そう言わずに手を動かしなって」
掃除の時間はそう長くはないけど、あんまり雑にやるのはイヤだからやる。そんなことを思いながら暫く麻琴とちょっと話をしながら掃除をしていると、もなかちゃんが掃除の終わりを教えてくれた。
「退所式やるから広場に集合ね」
「分かった」
「了解だよ!」
広場で行われた退所式はシンプルなもので、学級委員で構成される実行委員会の委員長である川藤さん(よくよく考えたら入所式でも同じように挨拶をしているわけだから見ず知らずの人ではなかった)の挨拶があり、学年主任からねぎらいの言葉とこの研修の代休とゴールデンウィークを合わせた長い連休での諸注意を受け、ボクたちはバスで学校へと帰ってきた。そこでもう解散となり、ボクと麻琴はお母さんの車で家まで帰ることになった。
「またね、悠希!」
「うん、また今度!」
この新入生研修でボクと麻琴の距離感が変わったかどうかは分からない。でも結局、麻琴はいつもの麻琴だし、ボクもボクのままでいい。そういう風に思ってる。