ひとえにこの作品を読んでくださった、読者の皆様のおかげです。
ありがとうございます。
不知火と食堂に入った後、潜水艦部隊のレシピで作られたというカレーを食べた。俺の拙い舌では何が入っているのかはよく解らなかったが、ルー自体に色々なものを溶かし込んで作ってあるらしく、非常に濃厚で美味しい。第六駆逐隊の皆もこれには大満足だったらしく、ちょっと離れた席から美味しい美味しいという声が聞こえていた。
「ごめんなさいねー。ちょと必要なもの揃えてたら遅くなっちゃって」と言いながら和子提督が妙高さんを連れて食堂にやってきたときには、俺は2杯目に突入していたところだった。どうもお腹が空くのは艦娘になったせいなのだろうか。
向かいの席の不知火の隣に和子提督が、俺の隣に妙高さんが座り、カレーを食べながら今後の話をすることになった。
「――ところで、貴女の艤装なんだけど」
今後といっても、風呂は食堂の反対側だとか、寝る部屋はこの後不知火が案内してくれるだとか、そういう話だったので、大した時間もかからず終わった。
そうして少し落ち着いたとき、和子提督がふと思い出したように口を開いた。
「補給しとこうと思ったら、妖精さんが『サワッチャダメー!』って言って補給させてくれなかったらしいの」
「っんぐふっ! んふっ!」
和子提督の妖精の声真似がそっくりで、食べている途中に思わず笑ってしまい、むせてしまった。
「大丈夫ですか?」と妙高さんが背中をさすってくれて、水を差し出してくれる。妙高さんマジ良妻賢母。しばらくして落ち着いた俺は、それを受け取って飲み干した。
「ごめん、そんな笑うとは思わなくて……大丈夫?」
「だ、大丈夫です。えっと、それで補給でしたっけ?」
補給。そういえば全く考えてなかった。
そもそも、ヤマトは永久機関である波動エンジンで動いている。補助機関としてコスモタービンなんかもあるが、これも核融合利用のものなので、事実上の永久機関と言える。つまり燃料の補給は必要ない。
弾薬についてもショックカノンやパルスレーザーに関しては波動エンジンのエネルギーを利用しているので、弾数制限がない。つまり、それを利用する限りは弾薬の補給も必要ない。
ただ、今日使った三式弾といった実体弾については数に限りがあり、補給の必要もあるのだが――どう考えてもここには無いだろう。
だからといって、補給を受けないのも不自然だ。とりあえず、貰ったふりだけでもしないと不味いだろう。
これも後で妖精さんと相談しないと。
「すみません、せっかく補給しようとしてくださったのに……あとで妖精さんに聞いておきますね」
「お願いするわ。しかし、何でかしらね?」
首をひねる和子提督を見て、「何ででしょうね……?」と誤魔化すが、本心としては妖精さんグッジョブである。きっと気を利かしてくれたのだろう。
しかし、一度嘘をつくとそれを隠すためにさらに嘘を重ねなければならない、とはよく聞くが、本当にその通りだ。
面倒だし、少し申し訳なさも感じる。いっそ正直に全て話してしまおうかとも思うのだが、ここまで隠したのだし、バレるまでは隠し続けることにする。
その後3杯目のカレーを食べ終えた俺は、ようやく満足してくれた腹を抱え、不知火に部屋まで案内してもらったのであった。
部屋は個室だった。他の艦娘たちはだいたい2人部屋ということらしいので、お客様扱いされているということなのだろう。寝間着や歯ブラシといった必要なものも机の上に用意されていた。たぶん、和子提督がさっき揃えてくれたものなのだろう。ありがたいことである。
お風呂は共用の大浴場のみ。1階の食堂に向かう廊下を反対に行けばあるので、いつでも入って構わないとのこと。「夜中の2時とかでも?」と冗談で言ったら、普通に「構いません」と答えられた。なんと24時間営業らしい。
というのも、艦娘といえど普通の少女だ。本来であれば守られるべき存在なのだが、深海棲艦に対抗できる唯一の存在として徴兵されている。そういった国の後ろめたさからか、艦娘にはできる限りの便宜が図られており、彼女たちの過ごす環境は非常に良いものらしい。
まあ彼女たちも、艦としての記憶を僅かに残しているためか戦いを嫌がることはそれほどないらしいが、確かに本物の軍隊のような生活を送らされたらやる気もなくなるだろう。
なので、規則もそれほど厳しいものではないらしい。
そのような会話を少し交わして不知火は去っていった。
俺も風呂に入りに行こうかな、と考えたが、今行くと他の艦娘と鉢合わせになりそうなので止めた。まだ流石に、女の子の裸を堂々と見る覚悟は無いのだ。
そういうわけで先に妖精さんと口裏を合わせてしまおうと思い、戦艦用のドックへ向かうため寮を出た。
今は5月らしく、日もだいぶ長くなっている。夜の8時ということでかなり暗くなっているが、まだ微かに日の明るさが残っている。
おかげで道に迷うことも無く、戦艦用のドックへたどり着けた。
ドックからは、微かに灯りが漏れている。誰かいるのだろうか?
そっとドアを開けて中を覗いてみると――妖精さんたちが宴会をしていた。
「…………何してんの、君たち」
そっと中に入ってそう言うと、びくっ! と妖精さんたちが飛び上がった。けれども、俺を見てほっとした様子だ。……俺だったらいいのか。妖精さんたちの中には、俺の艤装の乗員も交じってる。
「ヤマトサンモ、ドーゾ」と、鎮守府の妖精さんからお猪口を渡され、ヤマトの妖精さんから日本酒を注がれる。いつの間にこんなに仲良くなったのか。そしてこのつまみと酒はどっから持ってきたんだろうか。
そう尋ねると、ぐっ、と親指を立てて「ギンバイ!」と答えられた。ですよね。
でもそういうことするなら見張りぐらい立てた方が良いよ、とアドバイスすると、1人立ち上がって入口の方へ駆けて行った。見張りを買って出たらしい。
まあ、酒もつまみも、あるものは仕方がないので腹の中に隠してしまうに限る。
「ワレラガヤマトニ!」「チキュウノキボウニ!」と掛け声をかける妖精さん、最後は皆で「カンパーイ!」
くいっと飲み干すと、今度は鎮守府の妖精さんが注いでくれた。お返しに注いであげると、嬉しそうに飲み干してくれる。
「で、何で宴会してるの?」
歓迎会か何かだろうか、と思って聞いてみると、「ヤマトサンノ、タンジョウヲシュクシテ?」「ワレラガヤマト!」「ウチュウセンカン、ヤマト!」と言われ、思わずむせた。
バレるまで隠そうと思ったら、工廠の妖精さんにバレていた――。ウチの妖精を問い詰めると、どうも数の減った三式融合弾を作るために設備を借りたかったらしい。でも工廠の妖精さんとしては、何も教えてくれないのに設備だけ貸してくれと言われても受け入れられない。そこで、秘密にすることを条件に話してしまったらしい。
基本的に妖精は争い事が苦手で、険悪になりつつあった空気に耐え切れなかったようだ。
善意で行ったことなので、あまり責めることもできない。それに「ゴメンナサイ……」と妖精さんの小さな体で謝られると罪悪感が半端なく、俺は早々に白旗を上げ許すことにした。幸いにして、工廠の妖精さんも黙っていてくれるようだし。
ぱぁ、と明るくなる妖精さんの顔に、俺の心も和む。
そうして宴会が再開される。
そんな中「ヤマトサン!」と、座り込んだ俺の脚に泣きながら縋り付いてくる妖精がいた。どうも完全に出来上がっているらしく、「ソイツ、ナキジョーゴ」と他の妖精さんから説明してくれる。
でも、その妖精さんが泣きながら語ったことは、切実な思いだった。
――深海棲艦が現れてから2年。世界は結構ヤバいらしい。
深海棲艦の出現により海上交通網が破壊されたため、食糧やエネルギーを輸入に頼る国々は軒並み壊滅的な被害を受けた。そしてそれらを自給することが出来る国々であっても経済的な影響は免れない。沿岸に位置する国々は深海棲艦の艦砲射撃に脅かされ、世界は荒れた。
そのような中、日本が今こうして存続出来ているのは、ひとえに艦娘のおかげに他ならない。艦娘が早期に出現した日本は最低限の領海の確保に成功し、艦娘の護衛の元、物資の輸入を行うことが出来た。
しかし、そのような幸運に恵まれた国は少ない。
ほとんどの国では艦娘は出現しておらず、深海棲艦の攻撃に為す術がなかった。だから、彼らは助けを求めた。――日本に。
深海棲艦に唯一対抗できる存在である艦娘を多数抱える日本には、恥も外聞もなくただひたすらに「助けてくれ」という各国からの懇願が届いていた。
そしてつい最近、日本政府は艦娘の増強を決定。
それは世界を救うために深海棲艦へと攻勢に出る、反撃の狼煙であった。
「デモ、ミンナマダコドモ……」
けれども呉鎮守府に増員された艦娘は、第六駆逐隊と第八駆逐隊の艦娘――暁、響、雷、電、朝潮、大潮、満潮、荒潮の8名だった。
今だ13歳にも満たない、徴兵年齢が超法規的に引き下げられた艦娘の中であっても、なお幼すぎるとして徴兵されていなかった子供たちだ。
妖精さんは「ミンナダイスキ。シナセタクナイ」と泣く。
いつの間にやら、宴会していた妖精たちがみんなこっちを見ていた。
なんとなく解った。
妖精さんたちが宴会をしていたのは、つまるところ俺に――宇宙戦艦ヤマトという艦娘に希望を見出したからなのだ。
ヤマトの持つ圧倒的な力。それをもってすれば、この地球が救われるのではないかと――大好きな人間たちが、艦娘たちが死ななくて済むのではないかと期待しているのだ。
なるほどつまり――地球を救えと。
体が熱くなるのは酒のせいなのか、はたまた別の要因なのか。
「地球を救う」
それはヤマトに課せられた最大の使命――それを俺がやらないでどうするというのか。
「泣くなよ、ほら。大丈夫だから」
俺はめそめそと泣いている妖精を抱き上げ、高い高いの要領で持ち上げる。
「ホント?」と聞く妖精さんいに「本当だ」と強く頷く。
「よし、じゃあ乾杯しよう。そうだな――俺と敵対する深海棲艦の健闘を祈って?」
言ってから気が付いたが、これ負ける方だわ。
しかし妖精さん的にはツボに入ったらしく、みんな笑いだしたので良しとする。
「じゃあ、乾ぱ――」
「――ヌイヌイキタ!」
俺の音頭を遮って放たれた見張りの言葉に、「ヌイヌイキタ?」「ヌイヌイ!?」「テッターイ!」「マタネ、ヤマトー!」「アサシオヲヨロシクネー!」「イナズマモー!」「ミンナオネガイー」「ヌイヌイモマカセター!」と、妖精さんたちは口々に言い放って、酒とつまみを回収。
瞬く間に宴会の痕跡を消し去り、工廠のあちこちへと消え去って行った。
「……あれ?」
そして1人だけ取り残された俺。あまりの早業に付いていけなかった。
ぽかーん、と呆けていると、ドックの扉が開く。
「あら。どうしたのですか? 大和さん。こんなところで」
入ってきたのはぬいぬい――もとい、不知火だった。
「お風呂に入る前に、妖精さんとお話ししようと思いまして……」と俺が言うと、「ああ、なるほど」と頷く。
「それで、彼らは何か知っていましたか?」
そういえば、結局口裏を合わせていなかった。
どうしよう、と思ったが、考えてみると妖精たちもこの会話を聞いている筈だ。適当に理由をつければ、妖精たちも合わせてくれるだろう。
「いえ、それが……彼らも同じような状況らしくて、何も思い出せないと……」
「……そうですか。それでは仕方がありませんね」
でも良い理由が思い浮かばず、自分でも怪しいと感じるような言い訳をしたが、案外不知火は納得してくれた。
意外とそういったことがあるのだろうか。不思議の塊みたいな妖精さんなので、ありそうな気がしないでもないが。
「それでは、補給の方は?」
「えっと……」
それも聞いてないが、補給してもらってもいいのだろうか? 良く解らない。
仕方がないので正直に聞き忘れた、と言おうとしたところで、不知火の後ろでぴょんぴょんと飛び跳ねる妖精さんがいるのに気が付いた。
頭を抱えるように、腕で丸を作っている。頷いてよい――ということなのだろうか。
「どうも、私の許可無く触られるのが嫌だったみたいです。さっき補給はきちんと受けるように言っておきました」
飛び跳ねていた妖精さんは、親指を立てて去っていく。合っていたらしい。
「そうですか、それは良かった。補給は大事ですからね」
そう言いながら、不知火はゆっくりと俺の方へと近づいてきた。
俺の傍に置いてある艤装を見て、「それにしても」と、不知火は言う。
「大きな砲ですね。流石は戦艦、ということでしょうか」
「そうですね。私にとっても、頼もしい武器です」
どうも、俺の艤装に興味があるらしい。じっくり見るとおかしなデザインが混じっているので、あまり見て欲しくないのが本音なのだが、そう言うわけにもいかない。俺は冷や汗を流しながら、俺の艤装を観察する不知火を見ていた。
しかし、しばらくして満足したのか、不知火は目線を外す。
「……ところで大和さん。先ほどから気になっていたのですが」
ほっと一安心――と思ったところに、そんなことを聞かれたので、ぎくりとする。
一体何なのか、と内心びくびくしながら聞く俺の手を不知火は指差す。
「そのお猪口は何ですか?」
――宴会の証拠が、ここにあった。
ここに来たら転がってたんです。何故なんでしょうねー? と誤魔化した結果、「またやらかしましたね――あの妖精共」と不知火が静かに怒ることになった、
戦艦クラスの眼光の本領が遺憾なく発揮されたその姿は非常に迫力があり、巻き込まれたくなかったので、妖精たちには申し訳ないが、ここは彼らだけで責任を負ってもらうことにした。
ごめんよ、妖精さん。君らの犠牲は忘れない。
その後不知火と再び別れた俺は、風呂に入りに行った。
幸いにして、他の艦娘はいない。不知火に聞くところによると、明日も新人の訓練のため早朝に出撃する予定があり、ほとんどの艦娘は早めに風呂に入ったらしい。
一人風呂ということで気が楽だが、なんだかんだ言いつつも、他の女の子の裸を見れないのはちょっと残念な気がしないでもない。
そう思いながら脱衣所に入ると――視界の端に髪の長い女の子が写って驚いた。
「うわごめんなさ――!?」
謝りかけた俺は、2つのことに気が付いた。
1つは同性なので謝る必要がないこと。
もう1つは、そもそも他の女の子だと思ったのは、鏡に映った自分だったということだった。
そういえば、鏡を見るのは初めてだった。
写っているのは、紛れもなく女の子。
自分の顔を見ていなかったので、大和と同じ姿をしていることから、顔も大和そのものかと思っていたが、そうでもなかった。
ちょっと釣り目気味で、勝気な印象だが、全体的に大和よりは少し幼い印象を受ける。大和の妹、といった感じか。250年ほど年の差があるが。
これが自分の顔かーと、見ていたが、そんなことをしていても仕方がないので、程々にして切り上げて風呂に入った。
少しわくわくしながら脱いだ結果……大和以上に徹甲弾の被帽が厚く、装甲として非常に有用であったことは悲しい現実である。