そのレイヴンは特別目立った存在ではなかった。
任務遂行率は約六割程度、装備は最安価のフレームにライフルと単発式の小型ミサイルに、ブレード。
任務中に敵レイヴンに出会えば時間稼ぎに徹して逃げ、劣勢になれば領域を離脱して逃げ帰る。
装備のせいか、記録上は今までレイヴンを倒したことはない。
中堅というには功績が足りず、素人というには手馴れている。
その程度の認識しか持たれていない存在だった。
もう一度言おう。そのレイヴンは目立った存在ではなかった。
今の今まで生き残ったのは運が良かったからだ。
かの策士、ジャック・Oですらそう思っていた。
バーテックスが予告したアライアンス襲撃まで後24時間。
彼がこの戦いに影響を及ぼすことは無いと、皆が思っていた。
だが――…。
ディルガン流通管理局。
敵AC来襲の報を聞いたライウンは、施設前に愛機を佇ませていた。
警備のMTは既に全滅、敵ACはそちらへと向かっている。
オペレーターの連絡を聞き、気を引き締める。
残るレイヴンは22人。敵はそのうちの誰なのか。
この短時間に居並ぶMTを破壊、突破してのけたのだからかなりの手練れと見たほうがいいだろう。
いくつか思い当たる名前はあるが――
「誰であろうとも楽な戦いにはなるまい……」
呟きと共にコンソールを操作する。システムチェック――オールグリーン。ストラックサンダーのメインシステムが、無機質な声色で目覚めを告げる。
それから数分の後、扉はゆっくりと開かれた。
そのACはライウンの記憶にはない構成だった。
残った二十二人のレイヴンの、その何れとも違う。
機体そのものはジナイーダの駆るファシネイターに良く似ているが、コアと頭部が異なっていた。
頭部パーツは丸みを帯びた見るからに重厚な代物だ。デザインからして、恐らくはミラージュ製のパーツだろう。
コアはクレスト社の重量級コアか。イクシード・オービットもオーバード・ブーストも備えていない代わりに、装甲強度と安定性に優れた堅実な性能を持っている。
右腕部にライウンの愛機と揃いのレーザーライフル、ミラージュ社謹製の名銃であるSHADEを携え、左腕に重バズーカを下げる。
そして、カラーリングは青灰色。そんなACは、彼の記憶にはない。
誓って、ほんの一瞬だった。何者だ、このレイヴンは。そうライウンが考えたのは。
そしてその一瞬の内に、敵は動き出していた。
レーザーライフルの銃口が瞬く間にストラックサンダーへ向けられ、頭部のモノアイが狙いを定める。
電光の如き反応で回避運動を行ったストラックサンダーをレーザーが掠め――そして、一拍置いたタイミングでバズーカの弾体がコアに突き刺さった。
レーザーライフルを牽制に、タイミングをずらして襲い掛かってきた一撃。FCSの予測システムを上手く使った攻撃だ。ライウンの反応が優れていたが故の被弾とも言える。
ほんの少しでも反応が遅れていたならば、直撃していた攻撃は逆になっていただろう。
ライウンの口から思わず舌打ちが零れた。戦場で惚けてしまった己の無様さに対して。そして、敵手の尋常ならざる腕前に対して。
CR-WH05BP――敵機の装備しているバズーカの型番だ。
重量はあるが、火力、弾数、共に申し分のない武装である。
とは言え、重装甲のストラックサンダーならばただ一撃で沈む事はない。が、しかし、その威力に見合うだけの衝撃がストラックサンダーを数瞬、地面に縫い付ける。
「ぐぅっ……」
揺らぐ機体を立て直し、うめきを漏らしながら、ライウンは敵の動向に目をやる。
そこに、レーザーライフルを連射しながら突き進んでくるACの姿があった。
――満足に動けぬ間に接近し、至近距離からの連射で仕留めてしまおうという魂胆か。
こちらは旋回性能が低く、接近戦が不得手な逆関節タイプの機体。張り付かれれば面倒な事になる。
ライウンの判断は素早かった。迎撃のために火器管制を背部武器の物へと切り替える。
大口径レーザーキャノン。その火力と引き換えに、砲撃体勢と言う致命的な隙を機体に強要する武装。
だが、強化人間であるライウンならば。
「思い通りにはさせない!」
吼えた直後、鮮やかな青が砲口から迸った。
強化人間としての処理能力により、相手の目論見より幾分か早く機体の姿勢は回復した筈。
不意を討たれた相手が、これを避けられるはずはない。
そう確信した一撃だったが、破壊的な威力を秘めた青のエネルギー塊は虚しく虚空を穿った。その場に残されていたのは、レーザーライフルとバズーカのみ。
相手は、既に視界の外へと抜け出している。
レーザーキャノンが放たれるより先に武器をパージし、機動性を上げる事で回避したか。
だが、これで相手に残されているのは格納が可能な小型の武装のみ。これならば一部の例外を除いて、破壊力はそれ程でもない。
そして相手がその“例外”である武装を機体に仕込んでいたとしても、コアそのものへの直撃以外ならば一発は耐えられる。
その後で撃ち合いになれば火力と装甲で勝るこちらが有利――!
舌打ちを漏らしながらもコアを左腕部でカバーし、レーダーに映った敵の航跡を追って機体を旋回させる。
その直後、カカッ――という小さな音が、ストラックサンダーのコクピットに響いた。
「何――」
一拍置いて、爆発。衝撃に機体が揺らぐ。
だが、この程度ならば致命傷にはならない――まだ勝負は決していない!
そう自らを叱咤しつつ、機体を振り向かせる。
しかし、ライウンが見たのは、モニターの隅でレーザーブレードを振りかぶっている敵機の姿。
そして鮮やかな橙色を己に向かって振り抜くACが、彼が最後に見た物となった。
ストラックサンダーの右腕が飛ぶ。
重りとなる武器を手放した敵機の速度は、時速にして500km程は出ていたのではないだろうか。
吸着地雷によって再度体勢を崩したストラックサンダーの死角に回り込んだ敵機が、駄目押しとばかりに斬撃を放ったのだ。
収束されたエネルギーが装甲を食い破って腕を溶断し、放たれた光波が真横から遮る物のないストラックサンダーのコアを直撃する。
収束率の高いショートブレードの光波の破壊力は、プラズマライフルの直撃にも匹敵する。
破損したコアがそんなものを防げるはずもなく、極あっさりとライウンの身体は蒸発した。
崩れ落ちるストラックサンダー
。彼は――ライウンは知る由もなかった。
自らを屠った者が、気にも止めていなかった『あのレイヴン』だということを。