「運命とは、流れる大河のようなものよ」
メイドの主はメイドに背を向けてそう呟く。
空に浮かんだ月を見つめ、メイドの主のその口元が弧を描く。
「では咲夜? 運命とは最初から決定されているものだと思うかしら?」
主の問いに、けれどメイドは答えない。主が答えを欲していないと理解しているから。
反応の無いメイドの様子に、けれど主は何も言わずに話を続ける。
「それは間違いよ、運命とは変わる。私のこの手はそれを変えることができる」
薄く笑む主、黙して語らないメイド。
「例えば」
主がこちらを振り向く。その口元に笑みを張り付けたまま。
「枝分かれたした運命の先で、今ここでこうして私があなたとこの場所にいる可能性はどれくらいあると思うかしら? 同時に、あなたがここに居ない可能性、私がここに居ない可能性は…………さて、どれだけあるかしら?」
そんな主の問いに、ようやくメイドが口を開く。
「…………残念ながら、私には分かりまねます」
メイドの言葉に、主の口元がさらに吊り上がる。
「
世界は無限の可能性に満ちている、と主は言う。
「けどね、矛盾するようだけれど、無限なんて存在しないの」
その直後に、それを否定するような主の言葉。メイドは黙したままそれを聞き続ける。
「無限なんてものは、数学者なんて自称する頭の中で数字を弄ぶだけの人間たちが解き明かした有限の世界で幻想となってしまった概念、故に世界は有限なの。上限があって、だからこそそこから生まれる可能性にも限りがある、遥か太古には確かに存在したはずの無限の概念は外の世界で忘れ去られてしまった」
けれど、と主が楽しそうに呟く。
「外の世界で忘れ去られたからこそ、この地にはそれが存在する。すでに失われた概念だからこそ、幻想郷には無限がある、だからこそ、この場所はどんな事象も起こりうる」
そしてそれを当てにしたのも自身である、と主が告げる。
「外の世界に居る限り、フランはどうあっても不変よ。どんな要素を与えようと、変わらない不安定で、暴走し続け、やがて自滅に至る」
有限ではどうあってもフランドールを救うことはできない。彼女に待ち受けるのは破滅の未来だけであると主は言う。
「だからこそ、この場所に来た。無限の可能性が秘められたこの地でならば、フランを救う運命すらも掴めると信じた」
その結果は…………………………さて、どうなることかしら。
呟いた主の表情は――――――――
「最後の宴を始めるわ。存分に用意なさい」
そうして告げられた主からの命に。
「ご随意のままに」
メイドは確かに頷いた。
* * *
始まりは余りにも唐突で。
気づいたら俺はそこにいた。
「目が覚めたか」
紅の月が窓から見えた。
「気分はどうだ、人間?」
窓の向こう、テラスにただ一人、彼女は佇んでいた。
「……………………最悪、だよ」
レミリア・スカーレットが、振り返り、その紅い瞳で自身を射抜いた。
* * *
その瞬間を彼女…………フランドール・スカーレットは認識できなかった。
あまりにも自然に、まさしく気づけば、と言った感じで。
フランドールはそこにいた。
そこは暗い部屋だった。
扉も無ければ窓も無い。明かり一つ無く、ただただ闇に包まれた場所。
物足りなさを覚え、すぐに気づく。
少年が…………タカヤがいない。
「…………どこ?」
呟きと共に、周囲を見渡そうとして、部屋がそれほど広くないことに気づく。
と、言うか狭い。人が三、四人居れば埋まってしまう程度の広さしかない。
まるで物置か何かのようだ、と思うと同時に、紅魔館にこんな場所があっただろうか、と疑問を抱く。
それと同時に、どうして自分がここにいるのか、と言う疑問も。
「…………まあ、いいか」
とにかく出よう、と石でできているらしい壁を軽く殴り…………。
ぶよん、とした感触と跳ね返ってきた柔らかい感触に戸惑う。
「…………は?」
壁に触れてみる。なんの変哲も無い石壁だ。触感におかしなところは無い。
もう一度壁を殴る…………柔らかい。
「…………パチュリーの仕業だ」
何かの結界。そう考えれば自然である。だが当然の疑問、どうしてこんなことを?
パチュリーが自分から動いた、と言うのは少々考えにくい。あの魔女は基本的に図書館で本が読み知識を得ることだけで完結している。自発的にこんなことをする時間があるなら、一冊でも多くの本を読もうとするだろう。
と、同時に彼女に何かを頼もうとしても、同じような理由で却下されるだろう。
たった一人、彼女の親友を除けば。
「!!!」
その可能性に気づいた瞬間、フランドールの全身の毛が逆立った。
自身が閉じ込められいること、それを出来る存在、そしてそれを頼める存在。
最後に、自身の隣に少年が居ないこと。
推測は酷く容易かった。
いつかはなると思っていたことが、今来たと言うだけの話。
だが予想が甘かった。まさか自身のこの状態までは推測しきれなかった。
「このっ!」
本気も本気、吸血鬼としての自身の全力を乗せて壁を殴りつける。
だがぶよん、と軽く弾かれ壁に傷一つ着かない。
「…………こうなったら」
自身だけが持つ力を使うしかないだろう。
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力、と名付けられたその力を。
きっと壁を睨み。
「…………なんで」
そこに
あらゆる物質はさらに細かい物質の集合体である。生物もそうだし、非生物も。これに例外と呼べるものは無い。
単一物質で出来ていても、その最小単位が肉眼で見えるほどの大きさと言うのはあり得ない。
つまり全ての物質は物質の連結によってその規格を保っている。
そして生物も非生物も、必ず力のかかる部分、かからない部分と言うのが存在する。重さ、と言う概念がある以上それは仕方のないことであり、生物の場合さらに動くことによってさらに力が必要となる。
フランドールはそれを見ることができる。正確には、物質の最も力のかかる部分、緊張した部分を見て、それを手の中に移動させる。勿論物理的に持ってきているわけではないが。それを手の中で砕くことにより、物質はその形状を維持することができなくなる、物質の連結を破壊し、結果的に物理的なものならば何であろうと砕くことができる。
本体が肉体に大きく依っている人間を相手にするならば最強に近い力だが、妖怪を相手取ると意外とその力は弱くなる。
何故なら妖怪はその精神こそが本体であり、その存在は概念である。肉体を砕いたところで概念が存在する以上…………つまり、人間の恐怖がある限り何度だろうと蘇る。
だが吸血鬼と言うのがそもそも強大な概念だ。幻想郷でも妖怪の種族としては最強格に数えることができるほど有名であり、強大である。だからこそ、並大抵の妖怪では勝負にすらならない。
だからこそ、フランドールはこれしか知らない。
力押し、それだけで今まで勝っていたから。技術と言うものが無い。魔法ならば多少は知っているが、それでも魔女の足元に及ぶほどのものでもない。
否、そもそも妖怪や悪魔と言うのはそういうものである。概念が不変である以上、成長もしなければ劣化もしない。概念が薄れていけば弱くなり、概念が強まれば強くなる。技術を磨く妖怪などそもそも居ない、本来生まれ持った強さこそが、妖怪の全てなのだ。
相性の差、と言うのは勿論ある、例えば太陽の概念を含んだ妖怪、神などが居れば、吸血鬼には最悪の敵となりうるだろうし、流水を操る妖怪なども苦手と言える。
だが、だからと言ってだ。吸血鬼は日光を克服しようとしないし、流水を超えれるようにはなろうとしない。それが生まれ持った自身の
つまり、太陽を克服してしまうと、吸血鬼と言うカテゴリーから外れてしまう。そうなると逆に弱くなるのだ。
何度も言うが、不変こそ妖怪である。
だから、戦いながら身に着けた技術はあっても、戦うために身に着ける技術など無い。
つまり、フランドールは自身の能力を自身で知っている範囲でしか知らない。
何故これが壊せないのか、理解できないのだ。
そして魔女は知識の怪物である。自身の能力を自身以上に知り、それに対策を立てていたとしても何もおかしくは無い。
つまるところ、フランドールにこの壁を破壊する力は無い。
それはつまり。
「タカヤ!」
考えた瞬間、脳裏に誰かの視界が見えた。
全身を血に染め、その服を汚した姉の姿。
その瞳に映るのは。
全身を切り刻まれ、打ち据えられた、少年の姿だった。
* * *
「…………きっついなあ」
全身から血が流れだし、体温が下がっていく。
「良く粘る…………だがいささか見苦しいな」
歩いてい来るのは白いゴシック服を赤く染めた自身より小さな少女。
「死にたくは無いんでね」
「だから言ったはずだ、諦めろ、と。そうすれば生かしてこの館から出してやる」
「それは死んだも同じだよ。今更諦めるなんてできるはずがない」
何度となく問われた台詞、何度となく答えた言葉。
そう、何度も、何度も、何度も。
「もう何度繰り返す?」
「何度だって…………奇跡だろうが、偶然だろうが、何だって良いんだ。十万回やってダメなら、百万回だってやるさ」
全身から命が零れだしていく、その度に、抜け出した命の空白を埋めるかのように、記憶が埋められていく。
一つ抜け出すたび、俺は一つ思い出す。
「例え百万回やり直そうと、一千万回やり直そうと、一億回やり直そうと」
未来永劫。
「貴様はここで死ぬ」
少女の鋭利な爪がこちらへと向けられ。
ずどん、と突き刺さる…………壁に。
「僅かに首を逸らしたか」
「ずっと前にも同じような死因があったからね、少しは学習するさ」
学習するための対価は、抜け出す自身の命。そしてすり減る精神、否、魂か。
「浅ましい」
けれど少女の瞳に宿る感情は、侮蔑とはまた別物。
「それにさ」
くすり、と笑う。その笑みに少女がぴくりと眉を顰め。
「この世界に未来なんてものは無い」
手に滴り落ちる血を少女の目へと跳ねさせる。
すっと少女が分かっていたかのようにそれを避け。
もう片方の手に持っていた少女のものと
ばさぁ、と広がり視界を覆うシーツ。同時に逃げ出そうと体を動かそうとして。
ずどん、とシーツを貫き、飛来する紅い槍。
「…………うわあ…………こんなのもあるのか」
超高速で飛来し、そして自身の体を易々と貫く槍に苦笑する。
「ゲームセット、だ」
少女の声が響いた。
グリムノーツとX-Orverdが楽しすぎて、完全に執筆作業を忘れていた。
アリスちゃんかわゆい。ミアンちゃんかわゆい。
次で一章が終了だが、これで終わりにして次の話に移るか、それともまだ続けるか、どっちがいいかなあ。
因みに続けるとしたら、多分二十話から三十話ほど続きます。
次の話に移るとしたら、またもやなろう時代の活動報告で垂れ流した地霊殿の話に移ります。
どうしよっかな。