例えばこんな結婚生活(仮)   作:水代

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指の怪我のせいでキーボード押しづらい(
それでもぽちぽち書いてようやく投稿。


続きの続き

 

 

 今更ながら、一体どうして自分はここにいるのだろうか。

 そんなことを少年タカヤは考える。

「幻想……郷……?」

「そうだよ」

 フランの首肯に、首を傾げる。

 幻想郷、それが今自身がいるこの地の名称らしい。

 幻想の郷。読んで字のごとく、世界中で幻想とされたあらゆるものが集まる地。

 そこに住み着く存在もまた幻想とされた者たち。

 

「フランも?」

 そんな自身の問いに、彼女がこくりと頷く。

 当たり前のことだが、フランも普通の人間ではないことは気づいていた。

 そもそも背中に宝石の生えた羽のある人間など普通いない。

 まあそんなところもチャーミングなので個人的には全く問題無いのだが。

 

「吸血鬼、それが私の種族だよ」

 吸血鬼、文字通り、血を吸う鬼。血を糧とする怪物。ヴァンパイア。

 夜の主、不死者たちの王、ノーライフキング。

 伝承だけなら色々知っている、だがそれが実在の存在などと言うのはさすがに初めて知った。

 そしてそれが目の前の彼女であるだなんて。

 そんなことって、あるのだろうか。

 想定外過ぎて、言葉も出ない。

 本当に、そんなのって。

「その…………怖い?」

 不安そうに、そう尋ねてくる彼女に。

 

「か…………かっこいい」

 

 漏れた言葉は、それだった。

 

 

 

「へ?」

 絞り出た声は、おかしな音調になっていたのを自覚するが、正直それどころでは無かった。

「いや、それ凄くかっこいい。いいなあ、フラン。惚れ直すよー」

 返って来た答えが予想外過ぎて、思わず思考が凍る。

 だって、妖怪とは人に恐れられる存在だ。

 勇敢だから大丈夫だとか、臆病だから駄目だとか、そんな問題ではない。

 その在り方だけで人を恐れさせる存在だ。

 人を襲う、人を殺す、人を惑わし、人を堕とす。

 人間の恐怖が産み落とした、人間の敵対者。

 それが妖怪の在り方だ。吸血鬼はその中でも最上位と言っても過言ではないほどの大妖怪だ。

 だからこそ、怖かったのだ、拒絶させるのではないかと。

 知ることは、知られることだ。知ってしまえば自覚してしまうかもしれない。自身と言う存在の恐ろしさに、目の前の彼が知覚してしまうかもしれない、自覚してしまうかもしれない、発覚してしまうかもしれない。

 だから怖かった、それでも伝えたかった。彼相手に隠し事をしたくなかった。そもそも自身の背の異形を見ればすぐに自身が人間でないことなど分かるだろうし、何よりもいつまでも隠し通せることではないだろうから。

 だからこそ、伝えた。怖がられるかもしれない、それでも、嫌われたくないなんて思いながら。

 

 返って来た答えは予想をあっさりと覆し、遥か彼方に突き抜けた物だった。

 

「怖くないの?」

 思わず問い返した自身に、彼がえ? っと首を傾げる。

「そりゃー怖いよ? だって吸血鬼って人を襲うんでしょ?」

 何を当然、と言った様子の彼に、それが当たり前なんだよね、と思わず落胆して。

「でも、フランは怖くないよ。だって俺の可愛いお嫁さんだし」

 そう言って快活に笑う彼に、思わず胸がいっぱいになって。

「うーうー!」

 言葉が言葉にならず、うめき声のような何かが口から溢れながら恥ずかしさの余りに彼をぽかぽかと叩く。

「ちょ、痛い、痛いって、フラン力強いんだから軽くやってるつもりでもけっこう痛い痛い」

 人にこんな恥ずかしい思いをさせたのだ、少しくらい痛くても罰と言うものだ。

 駄目だ、本当に駄目だ。

 彼と会ってから自分はおかしい、おかしすぎる。気持ちが溢れて歯止めが利かない。

 心が暴れ狂う、感情が荒れ狂う。けれど不思議と充足感を感じる。満たされている、体中が、彼の気持ちでいっぱい。そう思えばまた恥ずかしくなってくる。

 ぎゅっと、彼を抱きしめる。この気持ちの万分の一でも届けばいいな、なんて思いながら。

「フラン?」

 首を傾げた彼だったが、やがて苦笑して抱きしめ返す。

 何度やったって飽き足りないくらい、暖かくて、多幸感に包まれる。本当に、中毒性があるんじゃないだろうか、なんて思わず思ってくらい幸せで。

 

 だからこそ、手放したくない…………例え、どんなことになろうと。

 

 内心で、そう呟いた。

 

 

 

 

 コンコン、と扉がノックされる。

 誰か来たのだとすぐに気づき、互いに抱きしめあった手を離す。

 その際、フランが名残惜しそうに見ていたのに気づき、また抱きしめたくなったがさすがに誰か着ているのを待たすわけにもいかないので我慢する。

「はーい」

 部屋の主であるところのフランが声を上げると、部屋の外から女性の声が聞こえる。

「妹様、お食事の時間です」

 その言葉にふと部屋の中の時計を探し、けれどどこにも無いことに気づく。

 そうこうしている内に扉が開き、メイド服を着た少女が一人入ってくる。

 年の頃十代後半と言った感じの銀の髪と青の瞳が特徴的な少女。少なくとも日本人には見えないな、なんて思っていると少女が瞬間消える。

「え」

 一言どころか、一文字発する間に目の前に豪奢な料理が並べられていた。

 目を丸くし、驚く自身を他所に、フランは気にした様子も無く並べられた料理に目を輝かせる。

「どうしたの?」

 と、ようやく自身に様子に気づいたらしいフランがきょとんと可愛らしく首を傾げる。

「いや、今、いきなり目の前に」

 数秒、フランが考えこんで、ああ、とようやく納得いった風に声を上げる。

「咲夜はね、時間を操れるんだよ」

「…………………………………………は?」

 

 

 

 案内された部屋の両開きになっている扉を開くと、中は広々とした空間が広がっていた。

 豪奢なシャンデリアが部屋を明るく照らし、部屋の中央にドンと置かれたクラシック長な長机と椅子。

「こちらへどうぞ」

 そう言われ椅子の一つを引かれるのでそこに座る。

 そうして俺が席に着いたのを確認すると同時に、パチン、と音が鳴ったかと思えば目の前のいたはずのメイドが消えていた。

「時間を操る程度の能力…………ねえ」

 目の前で見せ付けられたあまりの非現実に、軽く現実逃避をしながら先ほどまでのことを思い出す。

 

 

 

「咲夜はね、時間を操れるんだよ」

「…………………………………………は?」

 告げられた余りにも不可思議な言葉に、一瞬頭が理解を拒否する。

 それからゆっくりとメイドの少女へと視線をやると、少女が真顔でこう返してくる。

「種も仕掛けも無い、ただの手品ですわ」

 そう言って少女が一瞬で消え去り、そして消えた時と同じくらいの唐突さでまた現れる。

「こちら紅茶でございます」

 そう言ってポッドからカップへとほかほかと湯気を立てる紅茶を注ぐとフランの前に差し出し。

「それではお客様、こちらへどうぞ」

 そう言って気づけば入り口に立っている。

 正直理解を超えすぎていて頭がどうにかなりそうだったが、横にいるフランをちらりと見て落ち着く。

 最早理解を放棄したほうが良いのかもしれない、この幻想郷と言う地では。

「こっち?」

 フランが不思議そうに首を傾げる、ついでに俺も一緒になって首を傾げる。

 そんな自分たちに咲夜と呼ばれたメイドの少女が表情を変えることも無く。

「お客様のお食事は上に用意してあるのでそちらにお通しするようお嬢様の仰せつかっています」

 そう言うと、フランががたっ、と反応する。

「ここでいいでしょ!」

 少しだけむっとした表情でフランがそう言うが。

「お嬢様の仰せなので」

 涼しい顔でそう返すメイドの少女。

 下手をすれば一食触発の事態。だから俺が折れてこちらにやってきたのだが。

「失敗したかなあ」

 こうも広い部屋に一人、と言うのはどうにも慣れない。

 孤独感にも似た感情が芽生えてくる。先ほどまでフランと触れ合っていたからこそ、余計にだ。

 と、そんな独り言を呟いた次の瞬間。

「お待たせいたしました」

 目の前の料理の盛られた皿が文字通り現れた。

 

 

 

 カチ、カチと食器が鳴らす音だけが広い部屋に響く。

 こうして食事を始めて早くも十分近く経つ。出された料理の数々はどれもこれも素晴らしいもので、味もまた抜群なのだろう…………本来ならば。

「…………………………」

「…………………………」

 カチカチと食器を鳴らす俺、そしてそれを後方から見ているメイドさん。

 食事を始めた時からずっとこの調子である、じっと俺を見つめるメイドさんの視線に、正直何を食っているのがろくに味を判別もできない。

 料理を取り、口を運ぶ、咀嚼し、嚥下する。そうしてまた料理を取り、口に運び、咀嚼して嚥下。

 さきほどから機械的にこの繰り返しであり、後ろが気になって仕方が無いのが現状だった。

 

 そもそも、お嬢様からの仰せ、とか言っていたが、どうしてそのお嬢様とやらは俺をこの部屋に通したのだろうか。

 そんなことを考える。そしてソレを切欠としたかのように。

 

 チャキン、と。

 

 首筋にナイフが突きつけられていた。

 

 

 

「…………危ないってメイドさん」

 そう言って両手を挙げて降参の意を示す少年。その姿に、けれどナイフは下ろさない。

「妹様から離れなさい、今すぐこの館を出るなら命は助けてあげる」

 そう告げてやる。所詮、何の力も無い人間、命の危機に瀕すればすぐにでも逃げ出すだろう、そう思っていたのだが。

「離れるって、別れろってこと? それはやだなあ」

 この状況で苦笑する余裕があるとは図太い人間だ、と内心で思いながら、ナイフをずぶりと僅かに刺す。

 ぷっくりとした血の玉が溢れ出して来るが、それを拭わせることもせず少しずつ少しずつ力を込めていく。

「わー、待った待ったメイドさん」

 思わず少年が声を上げる、そうして自身…………十六夜咲夜はもう一度同じことを問う。

「妹様から離れなさい」

 そうして問うたその言葉に、けれど少年は。

「だから、嫌だって」

 同じ言葉を返す。

「なら死になさい」

 そう告げ、ナイフに力を込めようとして。

「待った待った待った、どうして殺そうとするのかな?」

 そんな少年の問いにピタリとナイフを止める。

 そうして、少年にふっと嗤って答えを返す。

「そんなもの、お嬢様がそう望まれたからに決まってるじゃない」

 そう、お嬢様が望まれたから。

 だから、これが最後だ。

 

「妹様から離れなさい」

 

 けれど少年の言葉は変わらない。

 

「嫌だ」

 

 そうして少年の言葉を皮切りに、沈黙が生まれる。

 数秒、いや十秒以上か。とにかく互いに無言のまま時間だけが流れ…………。

 

「そう、ならいいわ」

 

 やがて自身はナイフを戻す。瞬間、少年がふう、と大きく息を吐いて椅子の上で崩れる。

 何の力も無い、自身がその気になれば即座に殺せるような少年だ。

 特別性の欠片も無い、何故妹様があれほど気に入ったのか理解に苦しむほどに普通の少年。

 だと言うのに、どうしてなのだろう。

「ねえ、一つ聞いてもいいかしら?」

 気づけば、少年に向かって口を開いていた。

「えっと、何?」

「どうしてそうまで妹様に拘るのかしら? まさか本気で殺されないと思っていたわけじゃないわよね?」

 そんな自身の問いに、当たり前じゃないか、と少年が首元を撫でながら呟く。

 だとしたら、本気で死ぬかもしれない状況で、どうしてこの少年は否と言えたのだろうか?

 そんな自身の疑問に答えるように、少年が口を開く。

「簡単だよ、だってフランと会えなくなるなら俺はもう死んだのと同じなんだから、だから例え死んだってフランと一緒にいられなくなるのだけは嫌だ」

 まるで妄想をのような、少年の戯言。けれど本気で命のかかった状況でその戯言を貫いたのだ。

「そんな理由で命を賭けるの?」

「それで十分過ぎるさ」

 そうして理解する。

「言っておくけれど、お嬢様は本気であなたを殺すわよ」

「…………ふーん、じゃあメイドさん、一つ俺と契らない?」

 

 この少年は――――――――

 

「契る?」

「そう、契り。契約でも良い。もし俺がメイドさんの言うお嬢様にフランとの結婚を認めさせたなら」

 

 恐らく――――――――

 

「その時は、心から祝福してよ、メイドさん」

 

 ――――――――とっくに狂っているのだ。

 

「…………構わないわ、認めさせれれば、ね」

 

 それどころか生きて帰れれば、そんな内心の言葉を、けれど十六夜咲夜は飲み込んだ。

 

 

 




諦めたような生きた人生を生きているというのだろうか。
終わりの無い人生を生きているというのだろうか。
死は終わりであり、救いであり、希望であり、絶望である。
死があるからこそ生は輝く。
生とは始まりであり、願いであり、祈りであり、希望であると同時に絶望である。



四話更新です。
なんでこんなに評価上がってるの(
怖いんだけど。月間ランキングとか初めて載ったわ。

一応予定としては、あと3,4話で本編は完結予定。
まあ本編が丸々序章みたいなもんだが。

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