俺は根城に戻った途端、龍之介を無視して牢に向かう。そう、牢だ。人を閉じ込めるための。そこには、11人の少年少女たちがうずくまっている。ぐずり、帰りたいと泣くものも少なくない。
「あの……下郎どもがッ!」
そう怒鳴り、俺は怒りに任せて牢屋の鉄格子を破壊する。
「ヒッ……!」
中にいた、まだ年のころ9ほどだろうか……少女は、怯えて後ずさる。だが、それを逃す俺ではない。首をつかみ、持ち上げる。そして……ワタを裂いた。もちろん、生きたままだ。響く悲鳴。だが、そこに救いのヒーローは現れるはずもなく……。苦しげに声を詰まらせる少女の腹に手を入れると、ブチュブチュとグロい音を響かせて臓器を取り出す。すなわち、子宮。
それをためらわずに、俺は口にする。ぐちゃり、ぐちゃりと噛み砕かれ、嚥下されるたびにそれはマナとなり、俺の体を満たしていく。
「れ、レファ!? 何やってるのさ!」
「マナの補給ですわ。魔力が無ければこの先何もできない……。ですが、やはりいいものですわね。醸造された絶望を貯め込んだワタというものは。しかもこれから生きていくエネルギーを貯め込んだそれは、極上ですわ……! 量が少ないのが玉に瑕ではあるけれど」
「あーあ……。せっかく集めたのに」
「……まぁ、そうですわね。今宵はこの1人で満足ですわ。それに、早くお迎えに行かなければいけませんしね……」
「お迎え?」
「そう、セイバーの……追撃に」
俺はそう言って、用意しておいた水晶球に魔力を送り込む。すると、そこには誰もいないいろは坂を疾走する一台の車が。さらにズームアップすると、そこには先ほどアイリスフィールと呼ばれていたマスターらしき女性の姿が見える。
それを脇から龍之介が覗き込む。そして、喜色満面の笑みを浮かべた。
「いいねいいいね! 今度はこの“素材”を使って何するんだい!?」
「残念ながら、サーヴァントはマスターを殺害すると消えてしまいますの……。だから、このマスターを誘拐することにしますわ……! そして……ふふふっ。この“素材”は龍之介へのプレゼントとしますわ。素敵なオブジェを私のために作ってくださる?」
「くくく……アハハハハハハッ! いいね、いいよ、どんどん素敵なアイデアが湧いてくる! 任せてくれよ! 素敵な貢物を作ってあげるからさぁ!」
「期待してますわ……! さて……じゃぁ、行ってきますわね……」
そして俺は転移の魔法でその場から姿を消した。
先ほどのいろは坂の中腹にてティーセットを召喚し、優雅にお茶を楽しむ俺。ああ、素晴らしい。充分に温めた容器にコポコポと紅茶を注ぎ、最後に隠し味に血を数滴垂らす……。すると、極上の味に変化するのだ。
しばらくそうやって待つこと数分、一杯目の紅茶が切れようかという時、ようやくエンジンの爆音を響かせ、ヘッドライトが俺を照らし出した。俺の姿を認めたのか、路面に黒い焦げ跡を残し、急ブレーキをかける車。車種は、なんだろうか……。車に明るくない俺には、よくわからないが、おそらく外車なのだろう。高いんじゃないだろうか。
その車から降りてくるは2人。黒いスーツ姿のセイバーと、白い服にコサック帽を被ったアイリスフィールと呼ばれた女性。
俺は二杯目の紅茶を注ぎながら、目線を下げたまま言う。
「ごきげんよう、お二人さん……。特に、セイバーは今宵はお世話になりましたわね……」
「何のつもりだ、キャスター……。まさかここでお茶会の誘いというわけでもあるまい?」
注ぎ終えた紅茶に数滴血を垂らして、香りを楽しむ。
「あら、それもいいですわね……ただ、ちょっとそういうわけにもいきませんの。“マスターから”貴女方の追撃を命じられまして、ね……。それにホラ、令呪というものもあるでしょう?」
俺も本意ではないのだよ、といった言い方をする。まさか。本意も本意、乗り気である。
「というわけで、降ってくださいませんこと? 怪我をした貴女を叩きのめすのは本意ではありませんの」
セイバー、即断。
「断る。ここで引けば、騎士の沽券に関わる」
「そうですの……。それでは、仕方ありませんわね……」
俺は残念そうにくいっと最後の一口を飲み干すと、一瞬でティーセットを消す。
「では、こうしましょう」
俺はにこりと笑い両手をポンと打つ。
「え?」
アイリスフィールが呆けたのも一瞬、俺はデリヴランスを顕現させつつその背後に転移し、それを突きつける。
「一緒に来て……」
頂ますわ、とは最後まで言えなかった。俺がその場に留まっていたら、間違いなく俺の首は落ちていただろう。セイバーは一瞬で俺の横に回り込み、剣を一閃させたのだ。バック転で優雅とは言えない回避を試みる俺。それでも余裕を見せつつ着地するあたり、もう体に染み付いてしまったのだなぁ、などと実感する。
「あら。ひどいですわ」
「アイリスフィールが誘かされるのを黙って見ていろと……? それこそ、騎士のする事ではない!」
「ふぅむ。じゃあ、仕方ありませんわね」
俺はそう言うと、デリヴランスのトリガーをおもむろに1つ引く。すると、銃身から水で出来た剣が形成される。ブン、と軽く一振りすると、水の飛沫がぱしゃりと地面にかかる。
俺は片手で構えなおし、セイバーと相対する。
「まさか貴女は私が片手だからといって、手加減するつもりではあるまいな……?」
「そういう剣なのですわ。決して侮っているわけではありませんことよ?」
「ならばいい……全力でいかせてもらう!」
その言葉を皮切りに、戦闘は始まった。
セイバーが剛の剣でくるのならば。
「私は、柔ですわ!」
思い切り叩きおろしたその見えざる剣に合わせるように、俺は勢いよく剣を振り下ろした。セイバーの見えざる剣は、俺には届かない。逸らされ、地に傷跡を穿つのみ。
「なっ!?」
「ッ!」
息をのむ二人に、俺はニヤリと笑いかける。
「今度は身体強化などしていなくてよ?」
「そんな!? セイバーの剣が素のキャスターに届かないなんて!」
セイバーは焦ったような表情で、もう一度剣を振るう。今度は逆袈裟斬りに、地面からすくい上がるかのような見事な一太刀。しかし――
「それも……届かないッ!」
逸らされた剣は自重であさっての方向へ向かう。そこを見逃す俺ではない。上方に払ったそのまま踏み込み、剣を突き出す。セイバーはそれを鎧で受けようとするが……。
「ぐっ……!?」
バシュリと決して浅くはない傷がセイバーの左胴に開く。剣をブンと振るって俺を牽制し、バックステップで距離を取る。
「単分子カッターというものをご存じかしら? 知らないのなら、帰って調べてみることをお勧めしますわ。こういうのをググれって言うんでしたわね」
ニコニコと笑いながら、俺はいつもの調子で告げる。
「どうして……サーヴァントが単分子カッターなんて代物を知っているの!? あなたはいったい何者なの!?」
「それを答えてはサーヴァント失格ですわ!」
その言葉を皮切りに、再び斬りかかっていく。まだ間合いには届かない。しかし、躊躇なく俺は剣を振り切った。飛び散る飛沫。それがセイバーの顔にもかかる。その瞬間、セイバーは顔をしかめてバック転で後退する。
「熱湯か……姑息な真似を……!」
「戦術と言ってほしいですわね。では、ここから本番と参りましょうか……!」
俺は大きく息を吸い込んで、詠唱を始める。
「loctepeautis, foucjuificu!」
もちろんその隙を逃すセイバーではない。当然俺に斬りかかって来る。が。
俺はそれでもニヤリと笑う。セイバーの剣が迫ろうかというその瞬間、俺とセイバーの間に氷の壁が生成された。セイバーの剣はそれに阻まれて届かない。氷の壁は一瞬後に砕け、その破片がセイバーに向かって降り注ぐ。明らかに指向性を持って。マズいと感じたのかセイバーは後退するも、まるでそれは生き物のようにセイバーを追う。
「いいんですの? そんなものにかまけていて?」
俺はアイリスフィールに触れると、龍之介の根城へと転移する。
「アイリスフィールッ!」
セイバーの声は、誰もいなくなったいろは坂にむなしくにこだました……。
あーあ、やっちゃったよレファさん。さぁて、この後の展開はどうしようか……。