俺の最期の記憶は、蒼穹。そして、レールの上できらめく白刃。動かない体。
俺は、いわゆる転生者というやつだった。世界を滅ぼす魔王と戦うための。といっても、勇者様だったわけじゃない。転生したのは、とある北方の国の姫としてだった。そうだ。勇者を召喚する側だったのだ。
俺はいくつかの戦場で、圧倒的不利を戦術で以て切り崩した。得意の、最弱と言われる水魔法で。故に、付いた二つ名は「水の戦乙女」。安直だが、実によく俺を表している。
勇者の召喚も済み、ついに魔王攻略の旅となった。紆余曲折を経て、5人のパーティーの内から脱落したのは1人。全員で魔王に挑み、勇者がその身を犠牲にして勝利を得た……。が、事実は違った。俺が、勇者を囮にして勇者ごと魔王を殺したのだ。正確には、勇者は死に、魔王は俺の中に封印された。
凱旋は華やかだった。しかし、パーティーは沈み切っていた。魔王は、倒せてなどいなかったのだから。たまたま魔王討伐の際に勇者を囮としたことは、メンバーには知られていなかったので、俺も勇者の喪に服したフリをした。
しかし、勇者は生きていた。そして、人魔共存の道を楯に戻ってきたのだ。そう、魔王は世界の破滅など望んでいなかった。人魔の共存を望んでいたのだ。俺は……最初から、それを知っていた。知ったうえで、魔王の力を我が物とすべく封印、そして融合したのだ。勇者率いる魔王の軍勢は瞬く間に王都を制圧。俺は勇者の力を以て捕えられた。そして、一族郎党、皆首を刎ねられた……。
その時に誓ったのだ。俺は。わたくしは。
◆ ◆ ◆
蒼穹の下、手錠に繋がれ引き出される俺とその家族……つまりは、王族。なんでも、勇者の言によると、共和制を敷くらしい。
「ここに、レファントルーシア=デュークロア・レン・フォーヴィリカの罪状を読み上げる。一つ、国民の血税であるその財を……」
くだらない。くだらない。そして、狂おしいほどに憎い。民が。勇者が。魔法封じのこの手錠さえなければ、この場で殺しているくらいに。
「まず、国王、ガルドラン=デュークロア・レン・フォーヴィリカ。前へ!」
父が、死ぬ。俺は、それをどこかフィルター越しの出来事のように見ていた。
次いで、母が死んだ。長男は青ざめて動けなくなっているし、長女、次女は泣きわめいて死にたくないと叫んでいる。
それも、みんな死んだ。
俺の番だ。
俺は呼ばれるよりも前に一歩進むと、あらんかぎりの声を張り上げた。
「聞け! 愚かなる勇者よ、そしてそれに踊らされし愚民どもよ! わたくしは、この場で確かに死ぬであろう! しかし、永久に呪い続けてやる! 貴様らを、子孫に至るまでな! つまりはこういうことだ。……くたばれ、カスどもが! あばよ!」
言い終わらないうちに、俺は乱暴に引っ立てられ、ギロチンに固定される。
これが、最期の光景か……。軽い振動がして、白刃がレールを滑る音がする。なんて長い一瞬なんだろう。ああ、ここで、俺は終わりか。あっけないものだな。そして、暗転。
気付いたら、俺はどこかよくわからない場所を漂っていた。どこかに導かれているのか。出口はすぐそこだ。地獄とはどんなところか、見てやろう。俺は、俺は――!
その瞬間、いきなり情報が流れ込んできた。冬木市、聖杯、7騎のサーヴァント……。なつかしい、現代日本の記憶。
そして、俺の視界が晴れると、そこには男が1人。彼は、雨生龍之介と名乗った……。
◆ ◆ ◆
俺は、龍之介と二人で夜の冬木市を眺めていた。もちろん、服は普通のカジュアルな服に着替えてある。
「なあ、レファントルーシア……って、長いからレファでいい?」
俺は余裕を以てそれに答える。
「本来なら下々の者がそう軽々しく呼ぶ名ではないのですわよ? まぁ、いいですわ。いちいちフルネームで様付されるのも面倒ですし」
「あっりがとぉ~。で、さ。俺たちなんでこんな高層ビルの上にいたりしちゃうわけ?」
「ここが見張るに最適だから、ですわ ――デミ・ソメイユ、ここに」
俺がそう言うと、伸ばした手には一本の弓が握られる。全長2メートルの弦の無い剛弓だ。それを構えたまま、まだ矢はつがえずに町を見やる……と、いた。早くもペアを発見する。川にかかる橋の上、大男と小男の二人組。彼我の距離は、約3キロ。充分この弓の射程圏内だ。
殺気などいらない。俺が殺すのは、快楽だから。必要があれば、その憎しみを受けるために殺気も放とう。しかし、これは、愉悦。サーヴァントを開始直後に殺されて、絶望するマスターが見たい。それだけ。故に、殺気など浮かばない。だから、相手は反応が遅れる。殺気を隠しているわけじゃなく、無いのだから。
さて……と思った時、別の方角に大きな魔力の反応を感じる。こちらでは、戦端が開かれたようだ。
「……移動しますわ。龍之介はそうですわね、そこのビルの上から双眼鏡で眺めていてくださる? この護符を持って」
「OK、OK。でも、何すんの?」
「挨拶ですわ……他愛のない、ね……」
◆ ◆ ◆
俺が港の倉庫街に辿り着いた時にはもう、戦いは佳境に差し掛かっていた。
今のところ、セイバーが劣勢だ。二か所の傷を受け、一か所はマスターらしき女性により完治したと見えるが、もう一か所は腱……これでは剣も握れまい。それに、治らないと見える。これは……好機。1キロ離れたコンテナの上から剛弓デミ・ソメイユを構え、魔力を少しずつ流し込む。
ニヤリと歪んだ笑みで、愉悦を感じながら魔力で編んだ弦を引く。
「では、まずは脱落ですわね、セイバー……。安心しなさい、マスターもすぐにあの世に送ってあげるから……」
そんなときだ、龍之介から念話が届いたのは。
「なぁなぁ、今絶好のチャンスじゃない? あの後ろの白い女を殺すのにさぁ……」
「あら、あなたはそれで満足なのかしら?」
「どゆこと?」
「サーヴァントが理不尽に死んで、悲嘆にくれているところを殺す……サーヴァントを失えば戦争離脱……そんな甘いものじゃないと教えてあげるのですわ! その体を以て! まずは足、次は手! ダルマになったところを肺に打ち込む……これが理想形ですわね……」
「ひゅー、相変わらずCOOLだぜ!」
そして、射ろうとした瞬間だった。邪魔ものが入ったのは。
「Ahhhhhhhhlalalalalalalalalalalai!」
激しい稲光と共に、ソレは現れた。
「くっ、チャリオット!?」
古代の戦車が、先ほどの大男を乗せて現れたのだ。よく見れば、小男もいる。
そして、大音声で呼ばわった。
「双方剣をおさめよ! 王の御前であるぞ! ……我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においては、ライダーのクラスで以て現界した」
「何を考えてやがりますかぁ、このバカは!」
隣のマスターと思しき青年は、何か叫んでいる。
今、俺は不機嫌だった。
せっかくの狩場を邪魔されたのだ。イラつこうもの。
その間にも、ライダーは何か言っている。しかし、俺の耳には届かない。怒りが俺を支配していたから。だから、意趣返しの意味も込めて、いつでも殺せたんだぞと殺気を送る。弓を構えて。
その姿にはっとなるセイバー。そして、彼女は急いで白い女性への射線を遮る。それを見て満足する俺は、ようやくライダーの声も耳に入ってきた。
「おいこら! 他にも居るだろうが! 闇にまぎれて覗き見している連中が!」
その声に、セイバーが俺をにらみつける視線も強くなろうというもの。
「セイバー、そしてランサーよ。うぬらの真っ向切っての戦い、実に見事であった!」
そして辺りを見回すと、さらに大きな声を張り上げる。
「聖杯に招かれし英霊は、今ここに集うがいい! それでもなお応じずこそこそ隠れる輩は、この征服王イズカンダルの侮蔑を免れえぬものと知るがよい!」
その言葉に、俺は魔術を使い声を響き渡らせる。
「王……。王とな? そう言われては出て行くしかありませんわね……!」