『本物』を知った日、わたしは花を吐きました。   作:サイレン

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いろはすの一人称のつもりです。
それを頭の片隅に入れて、読んでください。




『本物』を知った日、わたしは花を吐きました。

 本物ってなんなんだろう?

 

 最近寝る前は……ううん、ずっとそのことばかり考えてる気がする。

 事の発端はクリスマスイベントが残り僅かに迫った日のこと。その日は偶々会議が休みになり、そのことを先輩に伝えようと奉仕部の部室を訪れたとき、扉の前で聴いた先輩の言葉。

 

「俺は、本物が欲しい」

 

 聴いたというよりは、聴いてしまったという方が正しいかもしれない。だってそれは、わたしに向けた言葉じゃなかったから。

 それでも、扉越しにでも分かる嗚咽交じりのその言葉を聴いて、わたしは動けなくなってしまった。あの先輩が言ったということも驚きだったのだが、その『本物』というのは、何故かわたしの心にとても響いてきたんだ。

 

「……本物ってなんなんだろう?」

 

 冬休みも今日で終わり、明日からまた学校が始まるという日の夜、わたしはベッドの上でそれをまた考えていた。

 もちろん、辞書で引いたような意味でないことは分かっている。あの先輩が求める『本物』は、そんな簡単な言葉で言い表せるものではないんだろう。

 

 正直言うと、意外でした。

 

 先輩。比企谷八幡先輩。先輩のことについて詳しいというわけではないけど、今まで話してみて分かったことは、捻くれているのに仕事だとそれなりに真面目だとか、それで、結構優しいところもあるとか。あと、わたしが猫かぶってることにすぐ気付いたりして、案外鋭かったり。あとは……目がちょっと、いやだいぶやばいことぐらい。

 それはそれとして、全体のイメージとしてはとにかく捻くれていること。夢とか希望とか、そういうのを鼻で笑うようなイメージで。だからこそ、先輩があんなことを言ったのは意外で、それで、すごく驚いた。

 そんな先輩が求めている『本物』ってなんなんだろう?

 わたしにはあるんだろうか?

 例えば、わたしの葉山先輩に対する気持ちは『本物』だったのか。告白までして、それで振られて、涙まで流したあの気持ちは『本物』?

 

「……違うなぁ」

 

 はっきりとそう言えてしまったのには少し驚いた。でもやっぱり違うんだと思う。

 確かに、葉山先輩は顔も良くて、しかも文武両道でスポーツまで出来る学校のアイドルみたいな人だ。そんな人と付き合えたら、と思うのはおかしなことじゃない。

 ……でも、それだけ。きっとわたしは、そんな人と付き合えてるわたしってすごい! というような優越感が欲しかっただけだったんだ。

 それに、言ってはなんだが、わたしは今まで誰かを本気で好きになったことはないんだ。

 

 だってわたしは、まだ()()()()()()()()

 発症というは文字通り病気のこと。奇病と呼ばれる類の、片想いの恋の病のことだ。

 ……いや、別に乙女チック拗らせた頭お花畑みたいなことじゃないから! ぶっちゃけわたしも信じてるわけじゃないし、都市伝説だと思ってなくもないけど。でもおばあちゃんの話が真実なら、わたしはその奇病に罹ってる。……まぁ今まで発症したことないからなんとも言えないんだけどね。

 

「……はぁ、もう寝よ。明日も生徒会の仕事で早いし」

 

 無性に虚しくなったので、灯りを消して布団に潜る。学期はじめということで何かと忙しい明日も、放課後は空いている。

 奉仕部に行こうかな。自然とそんなことを思った。先輩といるのはなんか楽しいし、と無意味な言い訳をしてから目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい夢を見た。あれはまだ、わたしが小学校低学年の頃のことだ。

 毎年夏休みになると、田舎に住んでいる祖父母の家へと家族で遊びに行っていた。その年も例外なく、両親に連れられ祖父母のもとへと訪れていた。

 

「おじいちゃん! おばあちゃん!」

「よく来たねいろは」

「何もないけど、ゆっくりしていってね」

 

 祖父母のことは好きだ。孫が可愛いのはどこ家庭も一緒なのか、とにかくわたしに甘い。先輩風に言うならMaxコーヒー並みに甘い。自信持って言えるが、わたしはちょー甘やかされてきた。何をしても許されるわけではないが、おねだりすればほとんどのことは叶えてもらえるレベル。それほどまでに祖父母はわたしに甘かったのだ。

 でも一つだけ、禁止事項があった。

 

「いい、いろは。私の部屋には一人で入らないでね。おばあちゃんとの約束」

「うん、わかった!」

 

 最初に言われたのは幼稚園児の頃だったかな。その時のことはもうあまり覚えてないけど、それだけは鮮明に覚えていた。そして、それを盛大に破ったことも。

 ……いや、その、あれですよ。ダメだって言われるほど破ってみたくなる子供心というのか、うん、そんな感じ。

 というわけで、おばあちゃんの目を盗んで忍び込んだその部屋。わくわくした気持ちで入ったはいいものを、中は思ってた以上に普通過ぎて拍子抜けした。

 特に変わったものは何もない。どう見ても普通。どんなものがあるのかと期待していた分、かなりガッカリしたけど、ふと見回した先の机の上にあった花瓶には目を奪われた。正確には、その花瓶にささっていた花にだ。

 

「……きれい」

 

 不思議な魅力を放つ、白銀の百合だった。後で知ったが、そのような色合いの百合は自然界には存在しないらしい。だからかもしれないが、その百合には目が釘付けになった。

 ここで見ているだけだったのなら良かったのだろうが、子供の好奇心というのはそれはまぁ恐ろしいもので、わたしはその百合をもっと間近で見るために近づき、そして触ってしまった。

 

「いろは!」

 

 そのタイミングでおばあちゃんが訪れたときは本当に驚いた。

 絶対に怒られる! あんなにダメだって約束していたから、当然そうなると思った。

 でも、予想とは反しておばあちゃんは怒らなかった。むしろわたしに謝ってきたんだ。

 

「……いろは、そのお花に触っちゃった?」

「ご、ごめんなさい!」

「いいのよ、それに謝るのはおばあちゃんだわ。ごめんねいろは」

「どうしておばあちゃんがあやまるの? やくそく守らなかったのはいろはなのに?」

 

 そのときわたしは感染したらしいのだ。片想いになると発症する、恋の病に。

 

 このときはまだ、それがどんなものなのか、全然実感していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬休み明けの学校は、全体的にざわざわしてた。それは、ある噂が一人歩きしているせいだった。

 

「聞いたー? 葉山先輩の話ー」

「うん聞いた! なんかマジっぽいんでしょ? ちょっとあんた元気出しなよー」

「……うん」

 

 通りすがる同級生たちも、その話題で盛り上がってる。いや、一部分盛り上がってるどこらか沈んでるけどね。

 そう、葉山先輩と雪ノ下先輩が付き合っているという噂が流れていたのだ。

 ……うん、まぁ100%あり得ないよね。あの雪ノ下先輩が付き合うとか想像出来ないし。

 

「……あれ? でもこれもし本当だったらチャンスなんじゃ?」

 

 ……あれ? 今なんかおかしなことを言った気がする。葉山先輩を狙ってる身(実はもう全く狙ってなどいないのだが)としては、これはチャンスではなくピンチなのに。それなのに、わたしはごく自然にこれがチャンスだと思っていた。

 

「……まぁいいや。でもこれで、奉仕部に行く話題も出来たし♪」

 

 今から放課後のことを思うと嬉しくなる。今日もまた先輩をからかってみようかな? 丁度使い易い話題もあることだしね!

 

 

 

 そして、あっという間に訪れた放課後。

 奉仕部へと向かう途中で、見慣れた男性を発見! 猫背で丸まったその背中は間違いなく先輩だ!

 

「せ〜んぱいっ♪」

「げっ、一色」

「せんぱい、それはいくらなんでもひどいですよー。わたしすごく傷付きました!」

「はいはい」

 

 むぅ〜。やっぱりこの反応はひどいです。もっと何か、他の反応が欲しいです!

 

「せんぱい、こんな可愛い後輩が声を掛けてるんですよー? 嬉しくないんですかー?」

「いや、だってお前あざといし」

「やだなー。素に決まってるじゃないですかー」

 

 相変わらずわたしのことをあざといあざといって。これじゃ先輩に効果が薄いのは分かってたけど、ここまでなんて……。

 ええい! こうなったら!

 

「先輩」

「……なんだ?」

「……わたし、……あざとくなんか、……ないですよ?」

 

 潤んだ瞳、微かに震える声、途切れ途切れの言葉を、上目使いで見つめる。手は先輩の制服の裾を掴んで放さない。

 真剣な眼差しで、わたしは先輩を見つめた。

 そんなわたしに息を呑む先輩。若干だが頰が紅くなっている。

 

「ぅ、……分かったよ。お前はあざとくない可愛い後輩だ」

「っ……えへへー。分かればいいんですよー」

 

 『可愛い』と先輩に言われた瞬間、ざわりとお腹の奥底が歪んだ気がした。思わず言葉に詰まった所為で先輩に、「どうした? 顔色悪いぞ」と心配される。わたしのような演技でない真剣な目で顔をのぞくように見られて、またお腹がざわめく。……何、これ?

 

「……大丈夫ですよー。それより先輩、早く部室行きましょうよ!」

「お前も来んのかよ……」

「だってわたし、暇じゃないですかー?」

「いや、俺知らないけどね?」

 

 先輩の声を聞くと、どんどんざわめきが強くなっていく。別に先輩の声が生理的に嫌とか、そういうんじゃない。むしろ、こんな何気ない会話でも嬉しいと、楽しいと思っているのに。

 ……何、これ? 本当にやばいかもしれない。

 一度意識してしまってから、お腹の調子がおかしくなり続けている。まるで内側からかき回されているような、いびつな緊張にも似たなにかが喉元に這い上がってくる。この感覚には覚えがあるけど、でも、どうして? 別に今は風邪なんかひいてないのに。

 じわりと冷や汗まで滲んできた。平静を保っているつもりだが、それに反比例するように気分が悪くなっていく。

 

「おい、一色。本当に大丈夫か?」

 

 不安げに揺れる先輩の声を聞いて、今度はそれまでの比でないくらい喉の奥が疼く。……本当にやばい。だって、これって。

 自分でも相当に参っていたのだろう。だからこそ、それには反応出来なかったのかもしれない。

 ピトッと、おでこに触れる先輩の手のひら。暖かくて優しい感触。それを認識した途端、鼓動が早くなって顔に熱が集まってくる。

 

「……微熱か?」

「……っ⁉︎」

 

 それがトドメになった。

 きっと先輩は、わたしのことを心の底から心配していて、良く話している妹さんと同じようにしてしまったのだろう。普段だったら、「いきなり女の子のおでこに触るなんて、セクハラで訴えますよ!」くらい言うのに、今はそれ以上にここから逃げないといけない!

 

「す、すいません。ちょっと!」

「あっ、おい!」

 

 先輩の制止の声を振り切り、近くの洗面所まで移動する。先輩には不審に思われたかもしれないけど、気に掛けている余裕はなかった。

 だって、今お腹の奥からせりあがるものが、間違いなく吐き気だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うっ、けほっ」

 

 誰もいなかったのは運が良かった。こんなところを見られたら、どんな扱いを受けるか分かったものじゃない。

 

「……………………う、そ?」

 

 目に映ったもの、それは真っ白いマーガレットだった。補足するのなら、自分が吐き出したものが、そのマーガレットだったのだ。

 ……これ、いや、そんな、まさか。

 しかし、渦巻く否定の気持ちは、湧き上がってくる吐き気によって消されていく。

 一先ず落ち着いた後、わたしは確信してしまった。間違いない。

 

 これは『花吐き病』だ。

 

「……確か、『片想いを拗らせると花を吐く病気』、だよね?」

 

 おばあちゃんにはそう教えてもらっていた。「ごめんね。きっと大変な目に合うと思うの。本当に、ごめんね」、そう言っていたおばあちゃん。

 

 ……つまり、わたしは。先輩に……⁉︎

 

 心の中に溢れる暖かい感情。身を委ねるのは心地良くて甘酸っぱくて、それでいて切なくて。止めることが出来なくて、どんどん募っていく淡い想い。

 自覚したころには、もう手遅れだった。

 込み上げてくる吐き気が強くなっていく。我慢出来なくて出てくる花は、先ほどまでと違い桃色に色付いている。しかもそれは、時間が経つほどに濃くなっていく。

 やっと落ち着いたときには、ゾッとするほど綺麗に彩られた花が、水に満たされた洗面台に浮かんでいた。

 

 ………⁉︎

 

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい⁉︎

 

 うそ……こんなに、こんなにわたし、先輩のことが……⁉︎

 

 鏡に映る自分の顔は、嬉しいのか絶望してるのか、なんともいえない表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『花吐き病』。正式名称は『嘔吐中枢花被性疾患』。

 片思いをこじらせると花を吐く奇病。吐く花は人によって異なるそうだけど、どれも罹患者の体内で生成されたものには違いないらしい。そのため、本来毒性を持つ品種の花であっても健康上の被害は無いとのこと。

 

 そして、治療法はただ一つ! 想い人とキスをすること! ただし両想いに限る (ここ重要) !

 

 そうすれば白銀の百合を吐き、併せてこの病気も終わるらしい。

 それから。強い思いなら色鮮やかな花を吐き、思いが薄まれば色素のない花を吐くのだという。

 

 速攻で家に帰って調べた情報をまとめるとそんなところだった。

 つけ加えると。この病、数十年前までは割と一般的だったらしいんだけど、近頃は急速に患者数が減っているという。これほどまでに非科学的で不可思議な病なのに、今の社会であまり認知されていないのはそんな理由があるとかないとか。

 ある学者さん曰く、『発症が確認されない原因の一つは、花を吐くほどの片思いをする人間が減ってきている為なんじゃないかな(笑)』とのこと。

 

 ーーふざけんなっ!

 

 思わずそう叫んで、スマホをぶん投げようしたわたしは悪くないと思う。

 

 何が(笑)だ! 乙女心舐めてんじゃない!

 ……まぁ、自分がここまでだとはわたし自身驚きなんだけどねー。

 

「……つまり、先輩と両想いにならないと、一生このまま…………⁉︎」

 

 はっきり言うと……絶望した。

 ……無理だ。だってあの先輩相手って。しかも雪ノ下先輩や由比ヶ浜先輩が近くにいるあの先輩を、だよ?

 しかもさっき調べた通り他の治療法はない。未だに薬なども開発されておらず、ふざけた民間療法しか存在しないなんて。

 

 …………どうしよう。

 

「……いや、どうしようじゃない。どうにかしないと!」

 

 一色いろは!

 ここは覚悟を決めるときだよ!

 

「それに、これはわたしが手に入れた初めての『本物』だもん……」

 

 『本物』の感情。『本物』の想い。

 

 『本物』の恋心。

 

「わたしは、先輩に好きになってもらうんだから!」

 

 決意を固まった。

 明日から猛アタック決定だ。

 

「とりあえずまずは……」

 

 ーー制吐剤買いに行かないと。




いろはすの可愛いさを表現出来てない自身の文才の無さに涙です。
このあとはあれですね。いろはすがゆきのんと闘ったりガハマさんと闘ったり、時にはヒッキーと闘ったりするんですね(笑)
一応短編で投稿してるので、続きは書けるかどうか未定です。そもそも需要があるか……。

最後に一つ。
いろはす可愛いよーーー!!!

追記
続きを望む声が思いの外多かったので、一応連載の形にしました。リアルが忙しいので更新速度遅めです。

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