迷宮都市オラリオの一つの酒場。西のメインストリートに建つ酒場ーー『豊穣の女主人』
都市の時刻は夕暮れを越え、静かな帳が空を覆いつつある。その時間は数多の冒険者達がダンジョンから戻り、道楽者達が街を闊歩する時間でもあった。
それ故に酒場は忙しい。途切れる事なく来る客の津波は、その酒場の従業員達に終わりなき悲鳴を上げさせる。
騒がしく、それでいて客の迷惑、引いては店への損害を出さぬ程度に従業員達は動き回る。
彼女達が強いかどうかなど関係ない。このオラリオが強さこそが絶対とする都市でもーーそれは関係ない。
元冒険者? 元要心棒? 元暗殺者? ーー元正義の執行者? そんな肩書きは今は意味なさない。
「働きな、馬鹿娘どもぉ!」
何より此処の主足る彼女がーー女将ミアが許さない。
ミアの一喝は彼女の主戦場である厨房を越え、ホールまで突き抜ける。その砲声をダンジョンのモンスターすら震え上がらせ、並の冒険者ならば腰を抜かすだろう。
だが、ここに集う客はその大音声を聞いて怯む事なく笑う。これは彼等彼女等が並の者では無いからではなく、ただ単に慣れただけ故に。
この店においてミアの砲声は見慣れぬ光景ではない。よくある店の出来事。最早BGMと言っても過言ではない。
まぁ、それが自身に向けられたその時は生きた心地がしないだろうが。
「ハ、ハイニャッ!」
「は、はいぃ!」
故に向けられた彼女達は肝を冷やせながらも返事をし、疲れた等の弱音も吐かず働く。ーー皮肉ではあるが、この程度の労働で音を上げるほど彼女達は弱くない。
ミアの大音声が轟くなかで、今日も『豊穣の女主人』は盛況していた。
「ーーミアお母ちゃんー! 久々に、飲みに来たでー!」
そんな『豊穣の女主人』に新たな来客が、団体がご来店した。
ーーーーーー
酒場と戦場は同じである。そう言う従業員がこの店にはいる。何を言ってるのか理解し難いが、彼女達は至極真剣にそう宣う。
何故ならそこに全く同じ日など、同じ結果が訪れる事は無いのだから。
戦場は生きている。絶え間無く動き、その日の状況次第で積み上げた経験が何も生かせない事がある。それほど流れが読めないのだ。
酒場もそうだ。来店する者の頼むメニューは歴戦の彼女達には読めないし、常連客でさえ何の拍子もなく違う者を頼む時がある。
故に先読みは意味を成さず、積み重ねた経験など意味がない。
故に戦場で欲されるのはどんな場面でも対応できる兵だけだ。
一つ踏み外しただけで
だから彼女達はその力を余す事なく使い、生き残らん為に
今も
つまり何が言いたいかと、言えば。
「ーーウニャアァァア! もう無理ニャ! 人が足りないニャ! 猫の手でも借りたいニャァァ!」
「そんなもんいらないわ! 実際使えないし! ーーそれよりシルよ、シル! シルは何で居ないのッ!」
ーーーー人手不足なのである。
ホールの従業員の二人であるクロエとルノアが泣き言を嘆く程に人が足りてないのである。
二人の実力は確かに高い。だてに長くこの店で働いていない訳ではないが、その二人をしてこの多忙さは手が回りきらない。
その二人の嘆きを、リューは走らずされど遅すぎない絶妙な速度で歩む中、横目で見る。
彼女達の意見は最もだ。それほどに今日は忙しい。それこそリューでさえシルを求めてしまう程に。
『ーーごめんなさいミアお母さん、急用ができたの』
そう頭を下げてシルはミアの返答も待たずに店を出ていってしまった。
それを営業準備に取り掛かっていたリューは偶然聞いたに過ぎない。
去るものは追わず。と言うよりも、構ってられる暇など無いとミアはシルの急用を詳しい理由も聞かず立ち去るのを見送った。無論、急な休みを許した訳ではない。明日の制裁は免れないだろう。
シルの不在。たった一人の女従業員が居ないことは、現在の彼女達の忙しさを見ればどれ程の痛手か分かるだろう。
今も忙しいのに、下らない揉め事を起こしたクロエとルノアに制裁を下すためミアがわざわざ厨房から出てくるくらいだ。何時もなら諌めるシルが不在の為に、ミアがやるしかないのだ。物理的に。
彼女達従業員も忙しいが、ミアはもっと忙しい。厨房を仕切るだけではなく、こうした下らない馬鹿娘共の仲裁もしなくてはならないのだ。
「本当に今日は忙しい…」
新たな注文を承り、カウンターでその注文を待つリューはポツリと呟く。横制裁を喰らった同僚を横目で見ながら。
「何だい、サボってんのかい妖精さんよ? そんなに暇なら
「ーーッ! そちらこそ無駄口を叩ける暇があるのですか、
「その名で呼んで欲しくないね。今の私は只のアイシャさ、疾風」
「私も、その名では呼んで欲しくないですね」
厨房から料理を出してきた人物の発言にリューはギリギリで耐えた。挑発に乗った者の末路を間近で見て、買うほどリューは愚かではない。
シルは急用で休みこそするが、店の心配をしてか一人の代役を立てた。それがリューの目の前に立つアマゾネスーーアイシャだ。
が、そんな彼女も余り一目に立ちたくはない理由があった。それ故に厨房の担当を受け持った。別段料理が全く出来ないと言うわけではない。それこそ難しい料理は出来ないが、一般的な料理をこしらえる位は。
「はいはい。出来ない女の僻みを聞くほど暇じゃ無いんだよ。ったく、何でこんなに忙しいんだ」
「ふぅーーー」
リューは長く、長く息を吐く。アイシャの軽口は、代役として呼ばれ簡単と言われた仕事が予想外に多いが故に出てしまう愚痴のようなもの。ただそれがリューに、リューだけに何故かぶつけられているだけ。
落ち着きなさいリュー・リオン。そう自分に言い聞かせるリューの心情は穏やかではない。去り際にシルに仲良くしてね、と言われて無ければ彼女は耐えきれないぐらいに。
そもそもアイシャがリューが料理出来ないと知ったのもリュー自身の過失。シルの代役として来た彼女に『私が出来ない分、頑張って下さい』等と言ってしまったのだ。
リューがこんなにも彼女に友好的に振る舞うのは、一重に恩人であるシルの頼みだから。最初の顔合わせの時にーー
『ーーあっ、こいつと仲良く出来ない』
と両者共感じていても。リューはシルの頼み故に。アイシャはシルから受けた恩義故に、その時は表面上は仲良く手を握った。が、それは他の者の目がある時だけだ。
今もリューはアイシャの一言でイライラしているし、アイシャもリューの何でもないように振る舞う様子に苛立ちを増す。仲良く出来ないのは彼女達がアマゾネスとエルフだからか。それとも根本的に合わないからか。そんなことは誰にも分からない。
「これはミアお母さんの作った料理ですね。ーーいえ、このような繊細な料理、下品なアマゾネスに作れる筈があり得ませんね。これは失礼な事を聞きましたね」
ぶちん、ととても酒場では聞きなれぬ音がする。
「いやいや、確かにこれはミアの奴が作った料理だがそこまで難しいもんじゃないよ。ーー作った料理を悉く黒焦げにする誰かには無理かも知れないけどね」
ぶち、と嫌な音がもう一つ聞こえた。
見つめ合う麗しき女性二人はニコリと笑う。そんな笑み普段からすることがない二人が、だ。
「これは驚きました。下品で粗暴なアマゾネスでも謙虚と言うものが分かるのですね。でしたら、貴女よりLVが上の私には敬語で話して貰いたいものですね」
ここでリューは手札を一枚切る。
「これは驚いた、奥手で高貴な妖精さんでも冗談を言うんだね。女性として料理の一つも出来ない奴に、どんな敬意を払えばいいんだい? ーー何より笑える冗談でもないしな」
それに対してアイシャが切る手札は、多くの女性達が持つ武器。料理である。どれ程の力を持とうと、女性として料理が出来ないなど致命的だ。何より敬意を払うなど冗談ではない。
二人が浮かべるは笑顔。それも彼女達はこの都市でも類稀な美貌を持つ女性二人。それこそ普遍な男共が是非見たいと望むレベルで。だが、今の彼女達の笑みは見たくはない。
笑顔とは威嚇である。それは嘘でも偽りでもなく、事実である。何よりもそれを体現している二人は言うだろう。
常に表情を変えないリューでさえ、そのような微笑みなど浮かべた事がないアイシャでさえ、それを本能で理解している。
カウンターを挟んで微笑み合う彼女達の側に、ゆっくりとミアは近づいていった。
ーーーーーー
「注文お願いしまーす!」
「私、これと同じの追加で二皿お願い!」
「すいません、さっきの飲み物を…」
騒がしい店内で、一際騒がしい卓がある。そこに集うは女性達と男性陣はこのオラリオにおいても知る人ぞ知る有名人。それこそ知らない者が居ないとされる程の。
注文を承った店員が足早に厨房に戻って行くの見送り、注文をした彼女達ーーアイズ、ティオナ、ティオネはまた話を再開させる。
「ねぇ、アイズ。やっぱり考え直さない?」
「……」
「そうだよ、アイズ! どう考えてもあの人と仲良くなんて無理だよっ! 私でも無理だったもん!!」
『剣姫』『大切断』『怒蛇』、その二つ名は今や都市内部を越え、世界に名を轟かす程。そんなまだ若くも強者である彼女達が食事を楽しみ、会話をしている。
そしてその話題は一人の男の存在であった。
強く気高く美しく。そんな彼女達に興味を持たれた一人の男。一介の男であればそれだけで自慢気に鼻を伸ばすだろう。
けれども今回の件の男はそんな浮わついた理由ではない。自分達のファミリアに、名実共に最強の座に君臨するファミリア。そこに入れるかどうかで話し合っているに過ぎない。
ーーそして、ティオネとティオナの双子の姉妹はその加入に反対している者でもあった。
「団長が認めてるって言うけど、何だかね…」
「いくらロキが嘘じゃ無いって言ってもね…」
双子はそこで区切りアイズへと顔を向けた。自分達が抱いている正直な想いを口にするために。
「「胡散臭い」」
「でも…」
ーーそれが彼女達反対派の、引いてはあの時話を聞いていた幹部陣が抱いた答えだった。
そもそも賛成派もアイズとフィンの二人のみ、話を持ち出した二人だけだ。唯一ガレスのみ、笑いながらどちらでも構わん、と中立に回った。
それが『ロキ・ファミリア』の幹部陣達の出した答えで、あの男を認められないと言うことだった。
そしてそんな彼等の主神であるロキはーー
「しゃあーー!宴やー、しかも棚からぼた餅マネーでや!! しこたま飲むでーー!!」
安酒を掲げ楽しそうに酔っ払っていた。それは都市最強ファミリアの主神には見えない、唯の呑んだくれにしか見えない姿で。
ロキは今回の件について特に何も口を出さなかった。それは主神の神意で意見を決めたくは無いのと、ロキ自身そこまであの男と接点が有るわけではないがないから。
確かにフィンの話しに嘘は無かった。が、それでも
それにそれが真実であったとしても、それで良好な関係を築けなければ、意味がない。
強さとは力ではあるが、それで何もかも上手く行くわけではない。それをロキは知っているから。
ーーーーだがそれは強さと言う枠組みの、都市最強と言う上限の中での話であるが。
そしてロキが言った通り、今回の打ち上げの資金はあの日フィンとアイズが持ってきた魔石で賄われている。今回の遠征で金銭面に大打撃を受けた『ロキ・ファミリア』、そこに大金が転がり込んできたのだ。飛び付かない筈がない。
最初こそフィンとアイズは拒否していたが、ロキのいらないのなら貰っても問題無いのゴリ押しと。遠征を終えて打ち上げの何もしないと言うのは幹部、そして団長として胸が痛んだ。
渋々、そう本当に渋々と、フィンとアイズは魔石を換金した。もしあの男が後で魔石を欲しいと言ったときには何でもしようと決めて。
だが、そんなもしは起こらない。あの男ーーあの王にはもう金銭面の事には興味がない。
この都市で一月も過ごしてしまったのだ。ベルが最速でランクアップを果たすのなら、王は最速で持ち金の桁を数ランクアップする。
「フィンー、どないしたんや! 全然飲んでないやん、今回の主役はフィンなんやで! もっとグイッと、グイグイ飲もうや!!」
「はは、そう急かさなくても飲んでるよロキ。だからねティオネ、追加の注文はいらないよ?」
だからフィンとアイズはどこか宴を楽しめていなかった。酒を飲み料理に舌鼓を打っても、心の奥で申し訳ない気持ちがあるから。それでもティオネの行動には目を光らせている。
「神ロキの言う通りだな。フィン、主役であるお主が景気よくなければ皆も楽しめんぞ? ーーすまない、おかわりだ!」
「そうじゃなフィン。こういう場でも儂らの行動は下の者に影響するのだぞーー儂も酒じゃ! じゃんじゃん持って来い!」
そう言って豪快に笑うのはガレスと、今回の遠征の協力者にして一名だけの他ファミリアーー椿だ。
椿がこの場に同席しているのは、あの時ティオネが誘った。それだけだ。椿自身もこういう催物はどちらかと言えば好きな部類で、尚且つ金を出さなくて言いと言うのであれば断る理由はない。
ただ酒程上手いものはない。神も認めるうまい酒の一つ。
「お前達の言い分を擁護する訳ではないが、確かに的を得ている。フィン、こういう場で悩み事を抱えていても仕方がない。こう言うのは手放しで楽しんだ者勝ちだぞ?」
「ハハ、まさかリヴェリアがそんなことを言うなんてね。リヴェリア、もしかして酔ってる?」
「私は酒は飲まん」
そう言ってグイッと手に持つお猪口を口にする。その中身は酒ではなく、水。が、ただの水ではなく『アルブの清水』と言うエルフが好む無酒種。
ーーロキも、リヴェリアもガレスも、幹部達は気付いている。フィンが何かに思い悩んでいることは。
けれどもそれを問うことはしない。その問いには結局その原因となるモノに会わなければならないし、今の段階ではその悩みを推察することさえできないから。
「確かに悩んでても仕方ないか…。結局僕も
うじうじ悩んでもしょうがない。
「ーーーーそう言えばベート、どうして君はそんなにボロボロなんだい?」
「うるせぇよ!」
「おっと、やぶ蛇だったか。ハハ、すまないねーーそれとお代わりはしないのかい?」
「うっせぇ! 急に喋るようになったと思ったらつまんねぇ事をベラベラと…! おい、酒が切れた次の持って来い!」
悩みを一旦置いて、宴を楽しもうと思ってベートに声をかけたようだが、どういう訳か気が立っていた。
だが、何も言わないと言う事は問題はないと言うことだろう。そう判断したフィンは自分のグラスを一気に煽った。
ーーーーーー
『豊穣の女主人』の賑わいは、時間を経て落ち着きを見せていた。
多くの客は楽しんだ料理に礼とお代を払い店を後にしていく。
そんな中でも『ロキ・ファミリア』の宴はまだ終わりを見せない。流石他と一線を期すファミリアと言うのか、彼等の体力はこのまま閉店まで居続けるのでは、そう思わせる程盛り上がっていた。
「ちょっとベート! さっき団長に舐めた口聞いてたでしょ!!」
「あぁん! だったら何だってんだ、ケツでか女!!」
些細ないさかいが起こっても、それを止めようともせずそれを見て笑い。無論、店に迷惑がかかるようであれば吊し上げるが。
「ねぇ、椿! 今度さ新しい武器打ってよ!」
「構わんが、お主にはウルガあるだろう。あれはどうするのだ?」
「使うよ! ほら遠征の時、椿重たい武器二つ持っても振るえてたでしょ? 私も同じ事してみようかなって!」
「打っても良いが…。お主代金はどうするきだ?」
「ツケで!」
「お主はほとほと鍛冶士泣かせじゃなぁ…」
ガールズトークに花を咲かせても良さそうだが、彼女達にとってはこれでそうなのだ。花より団子ではなく、花より武器。実にアマゾネスらしい。
「しっかし、次回の遠征はまた随分と先か…。フィンの奴に先を越されて指を加えているのも限度があるぞ? 儂でさえそう思うのだ、他の者達が何か無理をする前に何とかせんとな」
「それには同意だが、先立つ者が無いのだ。どうしようもあるまい。我々がキチンと管理するほかあるまい」
「そうじゃのう…。ええい、やめじゃやめ! どっちにしろ腹を満タンにせねば、頭が回らん! おおーい、酒じゃ、樽で持って来い!」
「酒で腹が溜まるか、馬鹿が」
首脳陣達の悩みはこれからの事。けれどもほとんどの財を出し切ってしまった今ではどうともならない。そう見限って、飲み物を煽る。
今は少しでも頭を痛めたく無いから。
「レフィーヤ、大丈夫?」
「大丈夫です! 私は大丈夫ですよ、アイズさん!」
「本当…?」
そう問うアイズの目にはそうは見えなかった。今も卓に突っ伏し項垂れるレフィーヤの姿には心配しか浮かばなかった。
「何か嫌な事でもあった?」
「ふひっ! そんな心配しているアイズたんに這いよる混沌ロキ! ただ今さんじょーー」
「……(ぐさっ)」
「のーーうぅー!!」
這いよる混沌の怪しい手は敢えなくアイズの手に持つフォークによって撃退。
「嫌な事…。嫌って言うか、ちょっと面倒くさい人に絡まれてしまって…」
「そっか、それは大変だったね。お疲れ様」
そう言ってアイズは何の気なしにレフィーヤの頭を撫でた。
「ア、アイズさんッ!?」
「あっ、ごめん。嫌だった?」
「全っ然! むしろ、大好物です!!」
「そう…?」
レフィーヤの発言の意味は分からなかったが、嫌ではないようなので、下げた手をもう一度レフィーヤの頭へと動かす。
その待望の時を待つレフィーヤのーーその時が来ることは無かった。
『ーーーーーー』
ーーーー新たな来客が訪れた。
ーーーーーー
ーー今現在の『豊穣の女主人』の店内の様子は『ロキ・ファミリア』を除いて他の客は誰一人居なかった。
それは別段何か作為的なモノではなく、ただの偶然。けれども必然でもあった。
何故そうなったか、その原因は『ロキ・ファミリア』、ただ一人の男ーーベートのせいである。
前回の打ち上げの際のベートの行動を、彼等はまだ覚えていた。それは邪推かも知れなかったが、誰だって降りかかる火の粉は浴びたくない。それ故に、何時もより早く退店していった。
それは店の売り上げに関わる事だが、ミアは何も言わなかった。酒の席の暴挙ではあったが、主神自ら詫びを入れて、今後は二度としないと誓わせたのだ。ならば、出禁にするほどではない。
そしてそれも何時かは終わること。人の噂も七十五日の言葉もあるのだ、ベートの暴挙も何時か誰からも忘れられるだろう。
故にそんな『ロキ・ファミリア』の貸切状態のこの店に新たに入ってきた客。そんな存在に興味を引かれぬ者はゼロでは無いだろう。
「えっ…」
ーーその中の一人にアイズはいた。何のきなしに新たに入ってきた客を見ようと振り返った先には、知っている者達がいた。
「ーーこんばんわ! いやぁ、良く良く考えてみれば王様君と外食なんて初めてだね!」
嬉しさからその神物の束ねられている髪がブンブンと振り回っていた。
そして、その神物をアイズは知っていた。
「あれニャー? 珍しいお客さんニャ、お一人様ですニャ?」
新しい客が来たとあれば接客しない訳にはいかない。その神物ーーヘスティアに店員であるアーニャは近付いていった。
「いや、違うよ。もう一人いるよ」
「キャンキャン騒ぐな、ヘスティア」
ーーーーそして、もう一名の男が来店した。
その姿を見たとき、アイズは思わず目を見開いた。自分から出向いた事は何度かあったが、偶発的な遭遇が今まで皆無だったために。
「ニャッ!? 王様じゃ無いですかニャ! お久しぶりニャッ!」
「……ふむ、そうだな」
アーニャもまた驚いてはいたが、そう可笑しな事ではない。そも18階層の件で出向いていたのは聞いていたが、終わってくればまた訪れて来るのだから。
現にこれ迄も何度か足を運んで貰っていたのだから。
「それじゃあご案内しますニャ!」
そしてアーニャは振り帰り、新しい客が来たことをホールに聞こえるように、店内に聞こえる声量で言った。
「王様ご来店ニャッ!」