ダンジョンに英雄王がいるのは間違っている   作:あるまーく

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不滅の聖剣。必滅の黄槍

18階層。

 

安全階層(セーフティポイント)であるはずのこの階層、本来の階層である17階層という定められた領域を飛び越えて、黒い『ゴライアス』は生まれ落ちた。

 

ゴライアスが突き破ったことにより、光を恵んでいた筈のクリスタルは完全粉砕され、蒼然とした薄暗さに包まれた。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

けたたましい産声を上げ、全身を黒く染め上げたゴライアスはまず、最も近い場所にいた冒険者を襲い始めた。

 

その冒険者ーーーベル達の場所から退散したモルド一派は、突然の階層主との遭遇に恐慌を来して逃げ惑う。

 

「は、早く助けないと!?」

 

ゴライアスがモルド達を蹂躙する様を、高台にて遠目で見ていたベルは、戦慄しながらも直ぐ様飛び出そうとする。

 

「待ちなさい」

 

「っ!?」

 

そんなベルの手を、リューが掴んだ。そして、告げる、現実を。

 

「本当に、彼等を助けに行くつもりですか?このパーティーで?」

 

目測で見ても分かるほどの奴の実力。それは推定Lv.4と言われていた本来の力より上だ。対してベル達の今のパーティーはどうだ。『疾風』と名を馳せたリューこそ居るものの、自分を含めその他はLv.2が精々だ。

 

そんな臨時パーティーで本当に行くのか?とフードの奥の空色の瞳に問われる。だが…。

 

「助けましょう」

 

ーーー迷いは一瞬だった。間髪入れず決断し、その空色の瞳を見つめ返す。

 

「貴方はパーティーのリーダー失格だ」

 

その答えに、リューは目を細め非難の言葉を告げる。その告げられた言葉に、ベルの胸が罅割れる。そして、鋭い痛みに打ちのめされそうになった瞬間…。彼女は笑った。

 

「だが、間違っていない」

 

目を見開くベルに微笑む。正しいと微笑んでくれた彼女に背を向け、ベルは勢いよく振り返る。

 

誰一人異を唱えることなく、笑みを浮かべ頷いてくれた。

 

……ごめん、ありがとう。

 

胸中で謝罪と感謝を告げたベルは…。

 

「ーーー行こう!」

 

叫んだ。そして、森を抜け草原を駆ける。向かう先は悲鳴と爆音が起こる階層中央地帯。

 

雄叫びを上げる黒い巨人が猛るその場所は、もはや魔境と化していた。しかし、誰一人怯むことなくベル達は身を投じるのだった。

 

ーーーーーー

 

時同じく、17階層。『嘆きの大壁』と呼ばれる広大な広間(ルーム)は…。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

ーーー地獄と化していた。16階層へと続く洞窟の近くで産まれたモンスターは、まるで地獄(ここ)から逃がさないといった風に、雄叫びを上げ立ち塞がっていた。

 

「……アイズ、回復薬(ポーション)は?」

 

精神力回復薬(マジック・ポーション)が二本。…それだけ」

 

その分かりきっていた答えに、フィンはそうか、と苦笑いを浮かべる。自身の腰に備えられているポーチも似たようなものだ。正し、こちらは普通の回復薬だが。

 

高等回復薬(ハイ・ポーション)もなく、ましてや万能薬(エリクサー)すらない現状。こんな状況で、ましてや通常とはどう見ても異なる姿をしたウダイオスとやり合うなど考えられないが…。

 

退路は塞がれ、地上に続く洞窟には奴が陣取っている。戦闘は避けられない。

 

援軍すら望めない状況で、しかし二人の表情に恐怖は見えない。オラリオでも数少ないLv.6の二人、しかも『ロキ・ファミリア(都市最強派閥)』。逃げ腰を晒そうものなら神々が付けた名も廃れ、その名に泥を塗るだろう。

 

……覚悟は出来た。

 

「アイズ、先ずは様子見だ。君には悪いが先に奴を撹乱して通常とはどう異なるか見極める」

 

「……わかった。『目覚めよ(テンペスト)』」

 

愕然と奴を見ていた表情を引き締め、戦士の表情へと変える。そして、長短文詠唱を唱えた。

 

瞬く間に風の気流が防具ごと体を包み込む。…それと同時に、ウダイオスはその朱色の怪火(ひとみ)で捉えていた、アイズ達に左手で持っていた黒大剣を振り下ろす。

 

「行くぞっ!」

 

風を纏ったアイズは横に飛び、フィンもまた、それをかわすように後方へと下がる。…未だ武器も構えず、地に伏せたゴライアスに立っている男の場所へ。

 

ウダイオスが振り下ろす剣が、爆音を轟かせ地面を抉る。当たっていたなら即死だろう。

 

ルームの横壁へと着壁したアイズ、その速すぎる速度に、前回は見失っていたウダイオスだったが…。今回は違い、その怪火を横壁に着壁したアイズに向けていた。

 

Lv.5(前回)とは違い、今やLv.6となったアイズ。無論のことその速度も上昇していたが、相手も前回とは違っていた。

 

まさか捉えているとは思わなかったが、意外にもアイズの驚きは小さい。その振り下ろした一撃の威力の高さに、相手も力が増していることが分かったからだ。

 

揺らめく怪火をアイズも見返し、次の相手の出方を伺う。…次はその右手の剣を振るうのか、と。

 

しかし、その思惑は外れた。

 

『ルゥオオオオオオオオオオオッ!!』

 

ウダイオスの咆哮。骸骨の王はその吠声を上げ、()から逆杭(パイル)を放つ。

 

「っ!?」

 

そのあり得ない現象に、その顔を歪め壁から地面へと飛ぶように退避する。

 

空中を二転三転し、しかし壁から逆杭を放った相手から視線を逸らさない。先の現象には驚いたが、まだ自身のスピードなら対応出来た。

 

再び地面へと舞い戻る。しかし、飛んだ勢いが強かったため地面を削り、目的の位置より後方に着地。未だその体へと近づけない現状に苦い顔をする。

 

その表情そのままに、アイズは相手の次の行動を見る。逆杭がかわされた位置から悠然と上半身を変えるウダイオス。そして、振り下ろした黒大剣を抜き、今度は逆に左腕を引く。

 

そして、発光。肩、肘、手首とそれぞれの核関節が燃え上がる流星の如く。それを前回見たことのあるアイズは、着地もつかの間直ぐ様移動を開始する。

 

……前回見た行動のため、アイズの行動もまた速かった。しかし…。

 

それは、前回より格段(・・)に速くなっていた。発光速度も肩が発光したと思ったら、秒も待たずに手首まで到っていた。

 

そして、ウダイオスの左手が霞む。

 

『ーーー』

 

突き放たれた黒大剣。だが、前回と違うのはアイズとて同じだった。ランクアップし、高次の段階へと至っていたアイズには、その剣先が見えていた。確かに装填速度には驚いたが、逆に前回と同じ速度で繰り出された一撃には内心ホッとした。

 

その一撃は空を切り、標的を捉えきれず地面へと先の一撃より大きなクレーターを造り上げた。

 

アイズはその光景を尻目に、初めて相手の懐へと潜り込むことに成功する。突き放たれた一撃を横でも後ろでもなく、前へ急加速することで接近することができたのだ。

 

狙いは前回と同じく中枢に存在する巨大な魔石…。ではなく、ウダイオスの巨大な骨を駆け上がり右肩に着地する。

 

かわした自分を索敵し感じ取っていたウダイオスは、接近した瞬間から第五肋骨を上下運動し守っていたのだ。

 

それならば、とまずは敵の戦力を削ぎ落とそうと、アイズは右肩へと狙いを変更したのだ。

 

「風よ!」

 

精神力(マインド)をかき集め、持てる力を注ぎ込む。力を増した相手に油断なく、愛剣に風を…。暴風を付与した。そして、敵の紫紺の核を目指し刃を突き下ろす。

 

しかし…。

 

「っっ!?」

 

ーーー弾かれる(・・・・)。突き刺さりしなかった。目の前の光景に、そしてそのあまりの強度の高さに愕然としてしまう。

 

巨大花(ヴィスクム)と呼ばれていた超大型モンスターすら仕留めた一撃が通りすらしなかった。あの時より精神力(マインド)を込めたというのにだ。

 

その攻撃を見ていたウダイオスは、そのおぞましい骸骨の顔を歪め、笑みを形造る。まるで、貴様の攻撃など効かん、と言っているように。

 

上半身を揺らすウダイオスに、唇を噛み締め直ぐ様離脱を選択。また地面へと位置を移す。

 

攻撃が通らないことに、苦渋の表情を浮かべる。…しかし、敵は待ってくれなどしない。今度は右手を振り上げ、そして固まるウダイオス。そしてまた、肩から発光し始める。

 

しかし、今回は先程の速度より遅かった。故に何故と首を傾げる。そして、肘の核関節が煌々と発光した時、アイズは一つの可能性を感じ、ぞっと背中がわなないた。

 

右手を振り上げた体勢で固まっている相手から、全力で距離を取る。そして、手首が発光し…。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

ウダイオスの絶叫と共に、アイズが視認できない速度(・・・・・・・・)で振り下ろされた。

 

そして、その威力も絶大だった。左手以上のクレーターを造り、この階層全体を揺るがさんとせん震動が起こる。

 

直前に感づいたことにより、直撃こそ免れたものの、その余波だけで、アイズは壁へと叩き付けられた。

 

背中の痛みに思わず苦悶の声が漏れるが、再び剣を構える。…しかし、打つ手がない。相手の攻撃はどれを取っても絶大。逆にこちらの攻撃は通らない。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

壁へと寄りかかる体勢でいたアイズへ、再び咆哮と共に逆杭を放つ。執拗に自分を狙ってくるウダイオスに、アイズは防戦、いや回避に専念することしか出来なかった。

 

ーーーーーー

 

アイズが異色のウダイオスと交戦を始めた時、フィンは後方へと下がりその戦闘を横目で見つつ、この場にいるもう一人の人物へと駆ける。

 

ウダイオスが現れたというのに、未だ腰に備えられている武器すら抜かず、先程見せていた謎のスキルか、魔法すら使わず、ゴライアスの上で悠然と佇む人物にだ。

 

異常事態(イレギュラー)が起きているこの現状に、何をしているのかと問いただしかったが、それよりもまず助勢を頼みたかったからだ。

 

「すまないが、こうなってしまっては仕方ない。僕達三人でアイツを倒すしかないだろう」

 

地に伏せるゴライアスの近くまで辿り着いたフィンは、目の前の人物に語りかける。しかし、言葉は返ってこず、視線すら向けず目の前の戦闘を見ていた。

 

まさかの無視に、さしものフィンとて頭にくる。しかし、足並みを揃えるためとその怒りを抑える。だが、語気は強くなってしまったが。

 

「聞いているのかい?僕とアイズで前衛を務める。君には後衛をお願いしたい」

 

その不可思議なスキルか魔法なら、それが適しているだろうと援護を頼む。

 

悠然と佇んでいた男は、そこでやっと反応を示しこちらへ体を向ける。

 

「何を言っている、雑種。この我が貴様ごときの諫言で動くとでも?」

 

なっ、と言葉を無くしてしまう。敵が前にいると言うのにだ。そのあまりの物言いに、怒りすら通り越して呆然としてしまう。

 

「第一、あの雑種はどうやらあやつに大層ご執心だ。それに手を出すなど無粋であろう?」

 

彼が指し示す方向には、未だウダイオスと交戦しているアイズの姿。確かに未だにこちらに視線すら向けない相手の動向も気になるが…。

 

でも手を貸さない理由にはならない。

 

「正気か…」

 

「貴様ごときに虚偽を語る理由などないぞ?それに地下の中と言えど、庭の手入れは庭師の仕事。王たる我がすべきことではない」

 

悠然と佇んでいた男は、ついには腰を下ろしてしまう。そのあまりの物言い、その態度にフィンはくっと、歯噛みする。

 

……この非常時に、と目尻をつり上げ睨み付ける。ふざけるな、と口を開こうとした瞬間…。交戦中の場所から、轟音が鳴り響く。

 

ウダイオスが繰り出した右手の一撃。それはさっき見た左手の一撃よりも遥かに優り、広大なクレーターを造り上げ、この階層を揺らした。

 

「アイズッ!?」

 

爆音に驚き、彼から視線を移し壁へ叩き付けられた彼女に呼びかける。以前彼女を付け狙うウダイオスは、その言葉をかき消すように、逆杭を放つ。

 

延々と出てくるそれらをかわすアイズに、彼に構っている場合ではないと、急ぎ駆け寄る。だが、その行く手を王の言葉が遮る。

 

「……聞いていなかったか、雑種?あれはあやつに執着しているのだぞ」

 

「黙れ。僕は『勇者』だ、彼女を、仲間を見捨てる訳にはいかない」

 

一刻も速く向かうために、一瞬だけ向き直り王へと勇者は告げる。そして、一人闘う彼女の元へと向かう。

 

「……ふん、『勇者』に『剣姫』だったか。何ともまあ大層な名だな」

 

ならその名に相応しい振る舞いを見せてみよ、と王は眼前の戦闘を眺める。

 

……その下にいる、未だ止めを刺されていないゴライアスは眼前の戦闘を憎らしげに見ていた。

 

ーーーーーー

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

咆哮を上げ、逆杭を至るところへ放つウダイオスに、フィンは右方向を、アイズは左方向から攻めかかる。

 

左手の黒大剣を見極められるアイズには左側を。反対方向の、デタラメな速度で穿たれる右側は、その装填速度の間に、今までの経験から予測ができるフィンが。

 

逆杭の合間に溜めた発光が収まり、左右それぞれの敵へと、連続で突きを放つ。

 

超スピードでかわすアイズ。事前に何処へ来るか分かっていたフィンもそれをかわし、敵へと接近する。

 

しかし、硬すぎる。今だ傷らしい傷さえ付けらないでいた。いや、何度か掠り傷程度はつける事が出来たが、それも直ぐ様赤い粒子が発散し回復する。

 

自己再生すら強化されている相手。何度目かも分からない攻撃の結果に、苦渋の表情を浮かべる。

 

紅く変色し、二対の黒大剣を振り回すウダイオスは、本来の推定Lvを越えていた。Lv.6の最上級。いや、Lv.7に届かんとしていた。

 

二人の顔が疲労の色で濃くなってきた時、戦況が変わる。

 

『ルゥオオオオオオオオオオオッ!!』

 

攻撃を当てられない事に怒ったのか。はたまた、産まれ落とす準備がやっと完了したためなのか。

 

その骸骨の王の声に応えるように、アイズとフィンの近くで大量の『スパルトイ』が地面から産まれた。…救いなのは、あちらと違い通常の白色なのだった。

 

しかし、最悪なのには代わりはしない。白骨の雑兵は、その手に武器を持って二人へと襲いかかる。

 

二十にも及ぶその雑兵と、逆杭が二人の進路を誘導する。

 

「フィン!?」

 

「しまったっ!?」

 

ウダイオスの眼前で、二人は背中合わせで衝突する。誘導に成功したウダイオスは、その怪火(ひとみ)を喜色で揺らし、腰を捻り左手を背に隠し右手の黒大剣を振り上げる。

 

「くっ!合図は僕が出す、それと同時に飛べ!」

 

今だ押し寄せるスパルトイを倒しながら、苦虫を噛み締めた表情をするフィンは、近くにいる彼女へ呼びかける。

 

こちらへ背を向けていたアイズは、コクりと頷き同じくスパルトイを捌く。

 

肩、肘と、順番に発光していたが、次の瞬間フッとそれが消える。なっ、と目を見開く二人に…。

 

ーーー左手(・・)の黒大剣が、超速度で薙ぎ放たれる。

 

狡猾に策を練ったウダイオス。右肩を発光させると共に、左肩も発光させていたのだ。背に隠していた左腕の発光が完了した瞬間、右の発光を止め解き放ったのだ。

 

瞠目するアイズへと放ったそれは、しかし間一髪彼女の手を引き寄せたフィンによって直撃は免れた。

 

しかし…。

 

「ガッ!?」

 

「ぐっ!?」

 

目の前直ぐ側で起こった爆風に、壁へと叩き付けられる。そのあまりの衝撃波に、口から苦悶の声と共に、吐血する。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

勝鬨の雄叫びを上げるウダイオス。雪辱は果たしたとばかりに、その吠声はこの階層内で木霊する。

 

そして産み出され、その衝撃波に巻き込まれたり、二人によって減らされたスパルトイは、しかしまだ十ほど残っていて、後方で佇んでいた男に気付き殺到する。

 

「はぁ…」

 

男はため息を一つ吐く。それは自身へと向かってきた哀れな者達にか。…はたまた、その大層な名を付けられた者達の情けなさにか。

 

武器を構えたスパルトイが、ゴライアスの上にいる男へと飛びかかる。

 

しかし…。

 

「まったく、どやつもこやつも…。惨め極まりないな」

 

ーーー王の憐れみの言葉と共に、背後の空間が歪む。その数はスパルトイと同じ数だった。

 

同時に射出。その放たれる武器の一撃をもってして、スパルトイの群れは全滅する。

 

「なっ!?」

 

「嘘…!?」

 

その光景に、痛む体を一瞬忘れ驚きの声を上げる。それはアイズでさえ見たことがなかった。彼のスキルを知ろうと、何度も画策したアイズだったが、今の数は初めて見た。

 

剣撃の音か、スパルトイの断末魔に気付いたのか、初めてウダイオスは奥で腰を下ろし佇む人物に、その怪火を向ける。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

それは子が殺された怒りの声。まだ獲物がいたことの怒りの声。その咆哮と共に、骸骨の王は右腕を引く。…そして、発光。チャージを開始させる。

 

それに対して、座り込む王は…。立ち上がりすらしない。今だ波紋の歪みが残るその中から、一つの剣を待機させる。…まるで、それで十分だという風に。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

けたたまし雄叫びと共に骸骨の王は、黒大剣を突き放つ。悠然と構える王もまた、待機させていた剣を射出させる。

 

『ーーー』

 

空中でせめぎあう、二本の剣。突き放された挙動は、二人には見えず。そのぶつかり合う二本の剣の、衝撃波に顔をしかめる。

 

普通に考えれば結果など分かりきるだろう。先程から何度も自分達へ向けられた攻撃の脅威。その絶大な威力には、自分達が装備してある武器の特性である、『不壊属性(デュランダル)』もかくや砕けるのではないかと、危惧するほどだ。

 

だが、結果は異なった…。

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

ぶつかり合った剣の内、先に悲鳴を上げたのは王が射出した剣よりも馬鹿でかい、黒大剣(・・・)

 

その光景に、さしものウダイオスもその怪火を驚愕で揺らす。そして、黒大剣が砕け散る。

 

黒い破片となって、粉々になった黒大剣。しかし、王が放った剣は、勢いこそ落としたものの、今だ突き進む。

 

『グウゥゥゥゥゥッ!?』

 

「ほう…」

 

黒大剣を砕き、ウダイオスの手へと突き刺さったそれは、その硬質な骨を砕き、奥へ奥へと突き進む。

 

苦悶の声を上げ、必死に腕へ力を入れ侵入を拒む。その行動に、初めて王は感嘆の言葉をこぼす。

 

持てる力を全て右腕に回し、ついには防ぎきる。ニヤリとその顔を変えたウダイオスが見る先には…。

 

「で?二つ目(・・・)はどう防ぐ、雑種」

 

ーーー射出した歪みは既に装填が完了していた。そしてそれを浮かべる王は、歪んだ笑みを浮かべていた。

 

『グゥッ!?ガァアアア!?』

 

そして射出。新たに飛来した剣は、先に放たれた剣の柄を押すように、それを押し上げ共に突き進む。そして二本の剣がウダイオスの右腕を駆け巡る。

 

苦渋の表情を浮かべながらも、必死に耐えていたウダイオス奮闘むなしく、右腕を貫き壁へと突き刺さる二本の剣。右腕一本が轟音を立て脱落する。その激痛によるものなのか、ウダイオスは悲鳴を上げる。

 

その光景を傍目に見ていた二人は、都合何度目か分からないが驚愕していた。そんな馬鹿な、と。

 

自分達がどれだけ攻撃しても、傷らしい傷も与えられなかった相手。それを二回で打ち砕いた彼の実力。

 

呆然と見つめる二人。そして、王はその重い腰をゆっくりと上げる。

 

「なんともまぁ、情けない庭師共だ。いかに雑種とはいえ、少しばかり名を馳せた猛者であろうに…。それが揃いも揃ってこの体たらく、嘆かわしいにもほどがある」

 

……侮蔑の言葉を告げて。

 

ーーーーーー

 

ゆっくりと立ち上がったギルは、今だ壁に寄りかかっている二人を見て、再度ため息を吐く。

 

……『勇者』に『剣姫』か。ベルの話ではこの都市でそこそこ出来ると聞いていたのだがな、結局はこの程度か、と。

 

本当なら、あやつらが死んだ後で動く筈だったのだが、ギルは一つの懸念を抱いていた。

 

彼の後方。今は岩で塞がれているために通る事が出来なくなった洞窟。あれがもし、下の階層から逃げ出さないようにするためのものならば、と。

 

どちらにしろ、下で何が起こっていようと構いはしないが、しばし留守にすると言ったのは他でない、我だ。ならば雑種どもに何時までもかまけてなどいられない。

 

「……そう言えば、貴様にまだ止めを刺していなかったな」

 

地面へと降り立ったギルは、今まで乗っていたゴライアスへと体を向ける。

 

しかし、ゴライアスはその向けられた視線に気付かず。前のめりで倒れ伏すウダイオスを見ていた。否、睨んでいた。

 

その視線の先の相手に気付いたギルは、哄笑を上げる。

 

「フハハハッ!なんだ、雑種?同じ雑種同士と言うのに、そんなに縄張りを侵すあやつが憎いのか?」

 

その哄笑を聞き、ゴライアスは顔をその人物へと向ける。

 

……ゴライアスは憎かった、ウダイオスが。金髪の少女にあしらわれるより、目の前で笑う男より。

 

いや、妬ましいのだ。自分に代わり此所に産まれ落ちたウダイオスが、その力が。そして、同時に憎かった。己が縄張りであるこの『嘆きの大壁』で暴挙を働く奴が。

 

突き刺さっている剣に抗う如く、ゴライアスは体を動かす。まるで、まだ死ねない。せめて死ぬなら奴が居なくなるのを見てからだ、と。

 

その様子を間近で見ていた王は、心底愉快そうに非道な笑みを浮かべ。歪みから出していた剣を戻す。止めを刺そうと待機させた剣を、だ。

 

そして、黄金の容器を取り出す。

 

「くっくっ。そうか、そんなにも憎いか。よかろう雑種、王たる我がその命拾ってやる」

 

容器を引き抜き、右手で揺らす。その中は液体なのか、チャプチャプと水の揺れる音がする。

 

「飲めば貴様と言えど、たちどころに回復し足さえ戻ろう。…飲んだら味覚がおかしくなるが、貴様には問題あるまい?」

 

無論、それ以上の代償はある。

 

「これをくれてやるには、その身を一生我に捧げるのだ。要は下僕だな」

 

回復の代価。その身を目の前にいる人物に捧げ、絶対服従を誓うこと。即断できない悩みに、王は笑みを崩さず、更なる褒賞をだす。

 

「無論奴を倒した暁には、下僕と言えどここを貴様の縄張りとして認めてやる。他ならない王たる我がだ」

 

ゴライアスは目を見開く。『主』としてここに君臨することを、他でもない『王』が認める。その言葉を聞いたゴライアスは…。

 

『ゴアア…』

 

……口角を上げ、笑みを浮かべた。

 

ギルはその返答に、フッと笑い口へ容器の中身を注ぐ。同時に手に刺さっていた武器を金の粒子に変え、その拘束を解く。

 

注がれる液体によって、足はぼこぼこと音を立て再生する。そして、その灰褐色の肌からは血管が浮き上がる。

 

並々と入っていた容器から最後の雫が落ち、役目を終えた金の容器も粒子となって消える。

 

そして、ゴライアスは立ち上がる。再生した足で地面を踏み締め、その手に視線を移し、ぐっぐっ、とまるでその感触を確かめるように。

 

『ーーーオオオオオオオオオオオッ!!』

 

灰褐色の全身から血管が見える、ゴライアスは咆哮を上げる。まるで自分こそがここの主だと誇示せんばかりに。

 

そして、駆け出す。目指すは自分の縄張りを侵す、散々暴れ回ったウダイオスへ。

 

ウダイオスの怪火が驚愕で揺れる。自身へと向かってくる、同じ階層主の姿にだ。

 

『ルゥオオオオオオオオオッ!?』

 

前のめりの体勢そのままに、此方へ向かってくるゴライアスを迎撃せんと、咆哮を上げ逆杭を地面から突き出す。が…。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

ーーーそれを踏み砕く。巨大な体は、直ぐ様敵へと辿り着く。そして、倒れ伏す顔面を蹴りあげ…。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

ーーー右腕でぶん殴る。その攻撃に、ウダイオスは背中から叩き付けられる。しかし、その顔に皹が入ったウダイオスは直ぐ様上体を起こし、ゴライアスへ左手の剣を振り抜く。

 

しかし、ゴライアスも王から賜わさせた液体によって、その強靭な皮膚を強化されていた。ゴライアスを両断せんと放った一撃は、胸に太い赤線を走らせるに止まらさせた。

 

『ゴァアアアアアアアアアッ!!』

 

『ルゥオオオオオオオオオッ!!』

 

二匹の階層主は互いを殲滅せんと、咆哮を上げ猛威を奮い、闘い始めた。

 

ーーーーーー

 

目の前で超大型モンスターが闘う様を、アイズとフィンは呆然と眺めることしか出来ない。

 

痛む体を忘れ、目の前の光景に目を奪われていた時…。

 

「はっ。所詮は名ばかりの雑種だったな」

 

ーーー目の前に嘲笑を浮かべた男が現れる。

 

ウダイオスが繰り出した一撃を、その右腕ごと崩壊させた男。自身を王と名乗り、ゴライアスを使役している男。

 

その男が、嘲笑を浮かべ侮蔑を吐き、目の前に現れた。

 

「庭師の仕事も満足に出来ず、その大層な名は飾りか?」

 

その屈辱的な物言いに、何も返すことが出来ない。唇を噛み締めることしかできなかった。

 

何も発せず、唯顔を下に向ける二人に、生かしておく理由もないギルは歪みを生み出すが…、止める。まるで愉快な事を思い付いたとばかりに、その邪悪な笑みを更に濃くする。

 

「なんとも情けない体たらくだ。まぁ、命があるとは幸運だったな」

 

……それは、二人の安否を気にしてかけた言葉ではない。

 

アイズもフィンも、顔を上げる事が出来ない 。

 

「まぁ、雑種にしてはよくやったほうか」

 

……それは、二人へ告げる労りの言葉でもない。

 

この時、その言葉が何処かで聞いたことがあると、二人は察した。

 

「まぁよい、今回は助けて(・・・)やろう。故に…」

 

……助けてくれる、その言葉を聞いて二人は理解した。この状況は…。

 

ーーーあの時、彼が、ベル・クラネルが、自分より格上のミノタウロスの前で倒れ伏す時に、アイズがかけた言葉だ。そして、フィンが見ていた光景だ。

 

此方へ背を向け、戦場へと向かう彼は言葉の続きを告げる。

 

「ーーーそこで惨めに見てるがよい」

 

「「ーーーッ!!」」

 

顔を上げる。その瞳に激情の色を灯し。かつて自分が少年に言った言葉。59階層にて、皆を鼓舞するためにフィンが焚き付けるために言った言葉。…それが返ってきたのだ。

 

なるほど…。

 

これは…。

 

ーーー堪えられないっ!!

 

それは、彼等を再起させるには充分だった。痛む体に鞭を打ち、立ち上がる。そして、腰のポーチから、アイズもレッグホルスターに入れてあった回復薬(ポーション)を取りだし…。

 

ーーー地面へと叩き付けた。

 

あの時、彼が奮起するときにこんなものを飲んでいたか。飲んでなかったろ、と。あの時の光景を思い起こす。彼は気力だけで立ち上がっていた。ならばLv.6の自分に出来ないはずはない。

 

試験管は甲高い音ともに砕け、中に入っていた液体は地面へと染み渡る。

 

しかし二人はそんなことを気にも止めずに、こちらに背を向ける男を呼び止める。

 

「待って…」

 

「待ってくれ…」

 

ピタリと、その足が止まる。しかし振り返ることはない。

 

「なんだ雑種共?生憎時間が惜しいのでな、貴様らごときと戯れている時間なぞないぞ」

 

「アイツは、私に用があるはず。貴方は下がって」

 

「僕もここまで苦渋を舐めさせた相手を、おいそれとは譲れないね」

 

今だ彼は振り向かない。それでも彼へ睨み付けるような視線のままに。

 

「はっ。貴様らごときでは五分と持たぬわ」

 

「そんなに、時間をかけない」

 

「ああ。そうだな…、三分もあれば充分だ」

 

そのフィンの尊大な物言いに、ついに振り向く。顔は今だ邪悪な笑みのままだが、瞳は笑ってはいなかった。

 

「正気か貴様ら?あやつに傷一つ付けれぬ武器(もの)しか持たない貴様らが」

 

その指摘は最もだった。そのかけられた言葉に、愛剣を握りしめるアイズ。彼らの武器では、『不壊属性(デュランダル)』によって壊れはしないが、同時に奴に致命的な傷を与えられない。

 

武器のない状況。あの時のベル・クラネルとは違う今の現状。彼はミノタウロスが振るっていた大剣を得ることによって勝つことが出来た。だが今は?ウダイオスの振るう武器は、自分達では到底扱えない。

 

思わず顔を下げそうになるアイズだったが、フィンが一歩前にでる。

 

「そうだね。僕らの武器では奴に傷を付けられない」

 

肯定するフィンに、下げそうになった顔を上げ、目の前の団長の背中を見る。こちらの心配に気付いたのか、首を回し、大丈夫だよと告げてくる。

 

……フィンには考えが確かにあった。だが、上手くいくかは五分五分。それも賭けるのは自分達の命。

 

「だから君の武器(・・)を貸してほしい」

 

その言葉を聞いた彼は、笑みを消し表情を無くす。その凍てつくほどの殺気に、しかしフィンは怯まない。

 

「随分とたわけたことを申すな、雑種。我が宝物を貴様らごときに貸せと?」

 

「無理を言ってるのは承知だ。しかし、それしか僕らには方法がない」

 

フィンの顔を一筋の雫が伝う。後ろにいるアイズは、もはや事の成り行きを見ることしか出来ない。

 

無表情から、徐々に目尻をつり上げ怒りのそれへと変わっていく。そして、二つの歪みが現れる。…間違いない、あれは自分達に向けられている。

 

このままでは不味いと、声をかけようとしたアイズより先に…。

 

「それとも、王である君の器はその程度(・・・・)かい?」

 

ピクリと、彼の肩が揺れ動く。そして、歪みからはまだ武器は出てこない。

 

「ほう…。雑種の分際で我の器を問うか?」

 

「……僕は『勇者』だ。時には勇気ある発言を王にするものさ」

 

射抜くような鋭い視線に、目を逸らさず見つめ返す。その様子を後ろで見ていたアイズは、ごくっと喉を鳴らす。

 

視線を逸らす事をしない両者の間で、一瞬の静寂が生まれる。

 

『ゴァアアアアアアアアアッ!!』

 

それを切り裂いたのは、今だ戦闘を続けていたゴライアスの悲鳴だった。背から倒れ付したゴライアスを、いつの間にか腕を再生させたウダイオスが睨む。

 

「……いいだろう」

 

ハッとアイズがそちらに視線を奪われていた時、瞑目していた彼が目を開く。

 

そして、歪みから剣と槍を一つずつフィンの眼前へと突き立てる。

 

「本来なら、貴様らごときが触れるなどあり得ぬが、貴様の勇気に免じ、三分だけ我が宝物を貸してやる」

 

その剣は、その刀身を銀色に輝かせ神聖な雰囲気を漂わせていた。

 

片や槍のほうは、黄色(きしょく)の色を放ちつつ禍々しい雰囲気を漂わせていた。

 

だがその武器は一目見ただけで分かる。自分達でさえ見たことがない、最上の品だと。

 

持っていた槍を地面に刺し、王から賜った槍を引き抜く。その武器の装飾に、思わず感嘆の声を上げそうになる。

 

アイズもまた愛剣を鞘に収め、フィンの横へと移動しその剣を引き抜く。柄には煌めかせるような装飾が施されているそれ。しかし、キラリと光るその刀身は、全ての物さえ斬れそうに感じられる。

 

「悠長に見とれている場合ではないぞ、雑種共」

 

彼の言葉に、ハッと意識を覚醒させる。貸した癖に不機嫌そうな表情を浮かべる彼は、何時の間にやら、豪勢な装飾が施された、金の砂時計を持っていた。

 

フィンはその手に持つ槍を二転三転させ、アイズも剣の重さを図るように二回ほど振るう。

 

そして彼の脇を抜け、今だ健在のウダイオスへと視線を向ける。

 

ふと、フィンは思い出したように後ろにいる人物に語りかける。

 

「僕の名前は『勇者(ブレイバー)』、フィン・ディムナだ。雑種じゃない」

 

「……私も、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。いい加減、覚えて」

 

「はん、知ったことか。我に名を覚えて欲しくば、武を持って示すがよい」

 

『王』は壁へと寄りかかり、砂時計を天へと放る。それが合図だったかのように、『剣姫』と『勇者』は戦場へと駆け出す。

 

王から賜った武器を持って、今だ君臨し続けるウダイオスを討伐するために。

 

……王が許した時間、残りーーー三分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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