Danger
『ーーー止めるんだ』
冒険者の喧騒を裂く、しかし静かな女神の一言。
その声は、周囲の音を飲み込み空間を打った。金縛りに合ったかなのように、モルド達の体が一斉に停止する。
愕然とし、顔を青ざめる。その神物をよく知るベル達でさえ、表情を消した女神の威圧に言葉を失っていた。
……こうなった経緯は、ぽっと出のルーキーの鼻っ面をへし折る、とある神の画策も混ざった
……もう一人の生意気な
もっともモルド達首謀者は、ベルの「あの人は恩恵を貰ってないから、自分一人だけにしろ」と、言う言葉を聞き、ならば次に会ったときに身の程を教えてやると、内心で下劣な笑みを浮かべた。
だがベル一人をいたぶる思惑も上手くいかず、こうしてヘスティアの神威の前に、崩壊した。
問題はこの後だった…。
ーーーバキリッ、と18階層が、謎の揺れを起こしていた時、その音は聞こえた。
18階層を照らす水晶、その中でも一際大きな水晶の中で、巨大な何かが、蠢いていた。
……ダンジョンは憎んでいる、こんな
その光景を、ベル達から離れて見ていた、いらぬ画策をした神ーーーヘルメスはほとほと困り果てたように、眉を下げて笑った。
「あぁ、やっぱり階層主か」
18階層と17階層を繋ぐ洞窟が、岩によって塞がれたことにより、逃げ道を失った瞬間、それは生まれ落ちた。
ーーーーーー
17階層。
此処でも一つの喧騒が、終わりを告げていた。
「……ふん、我に吠えたからどの程度のものかと思っていたら、所詮は雑種。この程度か…」
『
その光景を見ていたフィンは驚愕を隠せなかった。17階層の階層主『ゴライアス』。今では、遠征の度に難なく打ち倒していたが、まだ己がここまでの域に達してなかった頃、若かりし時代はそうは出来なかった。
『ゴライアス』
まだ『ロキ・ファミリア』の名声が都市最強ではなかった時代。フィンも己のファミリアと共に対峙したことがある。その灰褐色の肌には、何度も手を焼いていた。
しかし、目の前の光景はどうだ。そのゴライアスの足を撃ち抜いた一撃は、その勢いを弱めることなとどなく、その後の壁に巨大なクレーターすら造り上げていた。
……彼の所属するファミリアは知っている。アイズが気にかけ、自分達の目の前で死闘を演じた少年のだ。
だが、と。それはあくまで彼自身。彼のファミリア自体は、言ってしまっては悪いが中堅所でさえない、極貧ファミリアだ。
彼ーーーベル・クラネルの名は、ランクアップと共に、少しづつだが都市内で聞こえ始めた。…だが、今目の前にいる彼はどうだ?
聞いたことがない。とてもではないが、彼と同じファミリアの者が、一人でゴライアスと対峙できるはずがない。そう、そのはずだ…。
「……アイズ、彼は何者だ?魔法、いやスキルかも知れないが、今のはなんだ?…いや、それ以前に彼のLvはいくつなんだい?」
驚愕した表情を瞬時に正し、壁際から移動し自分と同じく彼を見つめるアイズに問いかける。
……地に伏せていたゴライアスが体を反転し、天井を仰ぐ体勢に向き直った。しかし、彼はその身を跳躍させ、ゴライアスの胸辺りに降り立つ。そして、新たに顕現させた二対の槍を、ゴライアスの手に射出させる。
その手に突き刺さる槍の痛みから、ゴライアスは苦悶の声を上げる。…両足を失い、手を封じられ最早なすすべを無くした階層主。そのあまりの無惨な姿に、フィンもアイズも言葉を無くす。
……圧倒的だ。
「……ない」
「えっ?」
その光景を共に見ていたアイズの不意の言葉に、フィンは聞き逃してしまう。…衝撃の事実を。
「ない。Lvなんてない。ましてや、恩恵ももらっていない」
「なっ!?」
その事実を聞いたフィンは、再び言葉を無くしてしまう。そんな馬鹿なと。
あり得ない。あり得るはずがない。このオラリオ、いや世界において、恩恵を貰わず階層主を倒し。魔法やスキルを行使できるなど。
「はは…。アイズでも、そんな冗談を言うのか。これは驚いたよ」
「嘘じゃない。…私も信じられないけど、確かに聞いて、そして、実際に見た」
あるはずのステイタスを、と。貰っているはずの恩恵を、と。その答えに、フィンはまたしても言葉を無くし、驚愕してしまう。
……故にアイズも見たかったのだ、階層主相手なら未だ知らぬスキルの名を唱えるのではと、期待して。だが、思惑は結果通りいかず、いやその斜め上を越えてしまったが。
「……彼の名は?」
「……それも」
せめて名前だけでも、とフィンは口を開くが、アイズは首を横に振る。…思いもしなかった事実、これほどの実力者が、未だその名を轟かせていなかったことに。
「さて…」
刺された槍の威力のものなのか、ゴライアスは体を奮わせ、腕を動かそうとするがピクリとも動かない。…惨めにその顔が横に振り動いただけだ。
王のその声と共に、新たに現れた一つの剣。最早ゴライアスはその断罪の一撃を受け入れるほかない。そう思っていたその時…。
「何っ!?」
「くっ!?」
「これはっ!?」
ーーーダンジョンが揺れた。
その突然の揺れに、王は裁きを一時止め、アイズとフィンも顔を歪める。そしてまず、
しかし、元より三人の思考にそのようなものはない。
……ダンジョンは神を憎んでいる。そして今、ダンジョン内には三柱の
……そして、もう一柱の神は、いや人物は、別段隠してなどいなかった。…けれど、ダンジョンは気づかなかった。それは、
だが、ヘスティアの神威を感じ取り。…同時にダンジョンは目敏く見付けることが出来たのだ、その血を。微かに感じるそれを。半神半人の王を。
許すまじ、と。ダンジョンはその憎しみの火をたぎらせるように、その揺れを拡大させた。
「……アイズ」
「うん…」
フィンは、親指がうずき始めた事を感じ、隣にいるアイズに目配せをする。アイズもまた、その揺れに嫌な予感を抱いていた。
そして、その憎しみに同調するように、
……許すまじ。
三人の瞳が、『嘆きの大壁』に集中する。地に伏せつけられたゴライアスもまた、その視線を這わせる。
……
自身を倒しせしめた相手。しかし、そのモンスターは憎んでいた。…たった一人でよくもと。
その辛酸を舐めさせてくれた相手もいる。故に、ここは己に任せろと、ダンジョンが決めたはずのルールをその憎悪で押し退け、
アイズは腰に携えた愛剣『デスペラート』を抜き、フィンもまた、失った主武装の代わりに携えていた、彼女の剣と同じ銀の
……現れるとしたら、あそこだ。
確信にも近い思いを浮かべ、『嘆きの大壁』を睨み付けていたの二人だが…。
「ーーーたわけどもがっ、何処を見ている!」
王の一喝。思わず振り返る二人だが、彼が見ていたのは…。
ーーー17階層。この広大な広間において、モンスターを産み出さないと思っていた、
地面が割れる。そのモンスターは、此処では絶対に現れるはずのない存在だった。それはつい最近、倒したはずのモンスターだった。そして、そのモンスターには次産期間もあり、いやそれ以前に、
下層、そして中層までもぶち抜き、そのモンスターは地面から出現した。
「うそ…」
「やれやれ、本当かい…?」
アイズは驚き、フィンはそのモンスターに力なく笑う。それもそうだろう、誰が想像できる。ここに
『ーーーオオオオオオオオオオオッ!!』
階層主が果てしない産声を上げる。その威圧感は、本来のそれとは、全く異なっていた。…37階層に君臨するはずの『
下半身は地面から抜け出てはいない。しかし上半身のみで高さ十Mを誇り、地に伏せられたゴライアスを優に越えていた。
その全身は巨大な骸骨のモンスター。その中心、胸部内部では、規格外の大きさの魔石が怪しく輝いていた。
臓器と呼べる器官が存在しない中で、その結晶が心臓のようでもあった。
ーーー37階層にいるはずの階層主『ウダイオス』
その身を復讐の色に染め。通常とは異なる紅く染めた骸骨の王は、もって苦渋を味わせてくれた、金髪の少女を睨み付け。
『オオオオオオオオオオオッ!!』
怨嗟の声を上げ、
『剣姫』と『勇者』。…そして『英雄王』の前に、迷宮の主は現れた。
……くしくもそれは、18階層で黒いゴライアスが現れた瞬間と同じ時刻だった。