「こんな夜中にどうしたんだい、アイズ?」
夜も更け野営地では出歩く人も居らず、見張りの者が少数、辺りの様子を見回っていた。
そのテントの一つ、『ロキ・ファミリア』の団長ーーーフィンの居る場所に、アイズは一人訪れていた。
夜中の逢瀬などといった訳でもなく。その場合はとあるアマゾネスが突入して来そうだが…。こんな夜中に、自身を訪ねてくる理由に、見当がつかないフィンは何か
「……フィン。ちょっと、お願いがあるの」
「なんだ頼み事かい…?それで、こんな夜中に、しかも明日地上へと戻る前に、君が頼みたいことってなんだい?」
身構えていた事でもなかった報告に、ガクッと肩をすくめる。アイズはそのことに首を傾げたが、何でもないよ、とフィンは首を振りながら答える。
「それで、頼みたい内容ってなんだい?あんまり無茶なものは止してくれよ?」
「……明日のゴライアスの相手を、私一人だけに任してほしい」
ファミリアの幹部であるアイズの頼みだ、余程荒唐無稽でない限り許容するつもりでいたが、よもやゴライアスを一人で相手したいと、言ってくるとは思ってもみなかった。
ましてや、地上へと戻る前の打ち合わせの時には、そんなことは興味も無さそうだったのに。
確かにこの間、下層の階層主ーーーウダイオスを倒したアイズなら、一人でも万が一も起きはしないとは思うが…。
……もしかして、階層主と一人で闘うことに味をしめた?
そんな馬鹿な、と自身の考えを内心で否定する。アイズもそこまで馬鹿じゃない。上層より下層の方が、より経験値を多く積める。 下層のウダイオスを倒したアイズが、今更上層のゴライアスと闘う理由がない。
「……どうしてだい、アイズ?」
「……確認したい、ことがあるの」
その答えに、更に謎が深まる。遠征から戻ってきて、今更何を確認することがあるのだろう。
「……一体何を確認したいんだい?」
深まる謎に顎に手をあて思案するが、ピースも少なく答えが出ず、率直に聞いてみるが。
「……ちょっと、気になることを…」
明確な答えは貰えず、ばつが悪そうに視線を反らすアイズに、嘆息してしまう。
どうしたものかな、と苦笑いを浮かべ。でも、戻る道中は他の皆の目もあるため、大した隠し事ではないのだろうと決め、アイズにOKを出す。
返事を貰ったアイズは、おやすみと最後に残し、テントから去っていった。
アイズが出ていったことにより、一人になったフィンは、アイズの頼みを思案する。
……確認したいことか…。自身のステイタスではないとしたら、何をだ?
ふと脳内で考えていた事に、一つの考えが思い浮かぶ。遠征に行き、その帰りから変わっている事柄と言えば…。
「もしかして、
偶然、この18階層で休息していた時に出会った者達。アイズが以前から気にかけていた、あの白髪頭の少年だ。
……もしや、あの少年と闘わせるつもりか?
そんな馬鹿な、首を振る。彼らは17階層にてゴライアスと遭遇し、命からがら逃げ延びてきたのだ。今の彼と闘わせた所で、結果は見えきっているだろう。
……ならばなぜ?
何故アイズはあんな事を言ったのだろう…。何を確認したいのか…。彼ではないとすると、後から合流した『ヘルメス・ファミリア』の『
「ーーーッ!」
居た。確かに居た。アイズが気にかけていた、もう一人の人物が。そう言えば彼は、 白髪頭の少年と同じファミリアの人物だ。
彼女と同じ色ーーー金色の髪を持つ彼と。
ーーーーーー
翌朝。
まだ早い時間のためなのか、テントから出てくる人は少ない。そんな時間に私は、地上へ戻る前に用事をすませるため、うっそうとした森を歩き目的地を目指す。
……これだけ早いと、モンスターもいないですね。
既に何度か来ていた場所のため、道のりは覚えている。運が悪い時は、モンスターと出会してしまうが今回は大丈夫そうだった。
二十分ほど時間をかけ、狭い木々のトンネルをくぐった先にあった目的地は、墓場だった。
頭上から差し込む、一筋の光の下、木の一部を紐で結ばれ作られたそれら。
……かつて、私とこのダンジョン、この都市にて共に過ごしていた仲間達の。
手向けの花を抱えていた、私はそこで気付いた。
「ん?なんだまた貴様か、リュー」
「……何故ここに?」
ーーーいるはずのない人物がいたことに。早くに起きた私よりも先にいたその人物は、その墓場をなんとなしに見下ろしていた。
背後の私に気付いた彼は、視線をそちらからこちらへと移す。…事情を聞いたところ、彼もまた早くに目が覚め、散歩がてらふらふら歩いていたところ、ここを見つけ眺めていたそうだ。
……
ふと、そんなことを思うが、くだらない問いだと首を振り、彼の横を抜けてお墓の前で膝をつく。
「……貴様の知り合いのか?」
「はい…。私の友のです」
このオラリオの地に、里を飛び出し訪れた。自分達以外の者を認めず、汚らわしいと見下す同胞の姿に嫌気が差して。
持ってきていた花を、彼らの墓場に並べ黙祷する。…かつてこの地で共に過ごした仲間へと。
「友のか…」
「はい。私には過ぎた友でしたが」
目を伏せ黙祷をしていた私に、背後からの問いに答える。本当に彼女は私に良くしてくれた。
『ーーー何、名前はリュー?言いにくいわね、今日からあんたのことはリオンって呼ぶわ!』
私が手を振り切らなかった最初の彼女は、快活な表情そのままに自分をファミリアに誘ってくれた。
もう懐かしい過去の記憶に、目を伏せながらそれに浸る。
「……興味もない、我は先に行く」
彼は気をきかしてこの場を後にするのか、それとも言葉通り興味などないのか野営地へと歩を進める。
そんな彼の背中に、私は問いかける。
「貴方にも友がいましたか?」
それは、なんとなしに湧いた問いだった。だが興味もあった。彼のファミリアにはクラネルさんしかおらず、あの剣姫を雑種呼ばわりして近くにいるのも嫌そうだった。…となると、彼にそういう者がいるとは思えませんが。
「はっ、そもそも我に友など滅多にいるものか。いたとしても名前など忘れていよう」
そのあんまりにも非情な答えに、私はムッと顔を歪め、言い返そうとする。
……貴方は、友の素晴らしさを知らないのか、と。
だが…。
「ーーーもう口にすることはできぬのだから」
その背中からは哀愁を感じた。
いつも他を省みない彼からは、考えられなかった。
「そうですか…」
「ふん、貴様のせいで興が削がれた。この景色を眺めながら酒でも楽しもうかと思っておったのに」
言いながら彼は、虚空から昨日見た金色の容器が現れる。そして、出したそれを手で引き抜いた彼は、呆然と見ていた私に投げてきた。
「こ、これは…?」
「言ったであろう、貴様のせいで興が削がれたと。ならば処分するのは貴様の務め。そこらの土にでも撒いておくがよい」
受け取った容器に、彼へ疑問を投げるが思いもよらない答えが返ってきた。…そう言えばシルも言ってましたね。彼は素直ではないと。
思わず口元が緩み、笑みを浮かべてしまう。が、彼に見つかると何を言われるか分からないので、彼に背を向け墓場へと注ぎながら。
……王からの手向けですよ、心して飲んでくださいね。
注ぎきり、空となった容器を彼に手渡す。その際に、また彼の手と触れあってしまう。
「知っていますか?私が手を振り払わなかったのは、貴方で三人目です」
「くくっ、知ったことか。貴様こそ理解するがよい、我に触れられる栄誉を授かった者なのなど、さしていないのだからな」
……そうですか、それは光栄ですね。ですが、出来れば何人目か知りたかったですがね。
手渡した容器は、金の粒子となって消えていった。その光景に改めて驚愕しましたが、ふいに彼は遠くへ視線を移す。
その視線に釣られるように、私もそちらへ視線を移す。そこでは、何人かの冒険者の姿が。耳をよくすませば喧騒じみた声も聞こえてくる。
「またあやつは…。ほとほと面倒事を起こす奴だな、まぁ、故に飽きはせんがな」
「やはり、あれはクラネルさん!?」
遠すぎて朧気にしか確認できなかったが、あの見たことのある白髪頭は、クラネルさんだ。
「リューよ、貴様にしばしあやつのお守りを任そう」
「……貴方は行かないのですか?」
振り返り来た道へと戻ろうとする彼の背に、私は問いを投げる。確かに私一人が介入すれば、ことは早くに済むだろう。
「あいにく、我には先に裁く奴がおってな。それに、ゴミの掃除は貴様の仕事でもあるだろう?」
その言葉に、またクスリと笑みを漏らしてしまった。まったく貴方と言う人は…。
そうして彼は森の中へと消えていった。彼が裁くといっていた奴の心当たりがあったが、彼には例のオリジナルスキルなるものがある。それに剣姫も側で見てると言っていた、万が一はあり得ないでしょう。
去っていった彼とは反対方向へと駆け出す。やれやれ、店を休んだはずなのに仕事をしないといけなくなるとは。
……その前に。
「これは、昨日から変なことを吹き込んだ罰です!」
墓に塩を撒かなくては…。
ーーーーーー
17階層
『嘆きの大壁』。この広大な
ゴライアスはその巨腕を振り上げ、獲物を葬ろうと振り下ろす。その振り下ろされた大鉄槌に、下位の冒険者ならばそのまま亡き者となるだろう。
……だが対峙している冒険者を、その遅すぎるスピードで捉えられるはずがなかった。
閃光が瞬いたと感じた刹那には、既に獲物は自身の背後にへと移っていた。その目で捉えられなかったゴライアスは、後ろからの一撃で地面へと顔から叩きつけられた。
『オオオオオオッ!』
しかし、直ぐ様顔を上げ、自身を何度もあしらう獲物へ再度襲いかかる。
だが、無情にもその巨腕が当たることはなかった。広い広間を縦横無尽に高速で動き回る相手に、何度も空を切る。
「……何をしているんだ、アイズは。さっさと仕止めればいいものを」
「そうさな。アイズのやつ、何故に何度もあったチャンスをわざわざ見逃す…」
「やっぱり、君達もそう思うかい…」
既に前行部隊の面々は、アイズを残し先に地上へと戻っていっていた。今ここにいるのは、『ロキ・ファミリア』の古豪の面々にして、フィンが率いる後行部隊だ。
それも既に古豪の三人を殿として、他のメンバーは17階層のこの広間を後にしていた。アイズが倒してから一緒に戻ろうと考えていたが、こうまで倒すのに時間をかけていては、苦戦しているというより、
「……アイズのやつ、アイツを倒す気がないのか?それは流石にまずい。集合時間に間に合わなかったから置いてきた者もいたと聞く。あれは向こうの不手際ゆえに仕方ないが、ゴライアスをそのまま残しておくなど、私達のほうが非常識だと罵られる」
杖をかまえ、ゴライアスへ呪文を紡ごうとした瞬間。それをフィンが片手で遮る。
止められた事に、怪訝な表情でフィンを見据える。何故止める?と疑問を口にしようとするが。
「……リヴェリア達は先に地上へと戻って行ってくれ。此処には僕が残る」
「しかし…」
「頼み事を聞いたのは他でもない、僕だ。なら最後まで果たすのが義務と言うものさ。何、心配しないでくれ、流石にゴライアスは倒しておくさ」
渋々と言った風に、構えていた杖をしまう。そして後行部隊に合流するため、ガレスと共に広間を後にする。去り際に、あまり甘やかすなと、忠告して。
後行部隊もいなくなり、広大な広間にはゴライアスと『剣姫』、そして『勇者』が残った。
ゴライアスはフィンには目をくれず、自身の周囲を動き回るアイズに執着していた。フィン自身も、手を出すことはせず傍観を決め込み、広間の壁へと寄りかかる。
……やはり、アイズは何かを待っている。
昨日たどり着いた答えは、決めつけるにしては確証がなかった。しかし、アイズがここまで止めをつけないことに、確信へと変わった。一体どれ程の時間、見ていただろう。流石に手を出そうかと思い始めた時…。
「ーーー最後の時は楽しめたか、雑種?」
その人物は現れた。
18階層から上がってくる洞窟から、そのアイズと同じ色をした髪を揺らし、悠然と歩んでくる。
『ゴアァ…ッ!』
「……本当に、怯んだ」
「嘘じゃなかっのか…。それに、やっぱり彼だったか」
その現れた人物に、執着していたアイズから顔を反らし、後退する。
二人も、あの話が虚偽ではなく真実であったことに、内心で分かっていたとはいえ、小さく驚愕する。
「ふん、我の言い付けを守っていたようだな…」
狼狽するゴライアスの足元、そこにいたアイズに一瞥し、そのまま周囲を見渡し、壁際に寄りかかっていたフィンを見付けた。
こちらに視線を向けてくる人物に、一瞬体が硬直する。『勇者』とオラリオで名を馳せた自分がだ。
だが、その視線も一瞬のもので、直ぐ様ゴライアスへと戻す。僅かばかりにその目尻をつり上げて。その少しの時間に雄叫びを上げた、ゴライアスは咆哮をあげる。
……だが、この時二人にはそれが悲鳴にも感じられた。
「さて、雑種。我は言ったはずだ、この我に吠えた不敬、その身ではらうがよいとな」
言うや否や、彼の背後が歪む。その光景を初めて見たフィンも、階層主であるゴライアスも目を見開き、驚愕する。
「何、あやつらも直ぐ来るのでな。そう時間をかける気はない、貴様への裁きはな!」
二つの歪みから現れた武器は、その王の一喝と共に放たれた。
ーーー17階層『嘆きの大壁』にて、王と勇者、そして姫を冠する者がここに集った。