ベルが文字通り脱兎のごとく消えていった後、沐浴にも飽きたギルはさっさと服を着て野営地へと戻っていった。
残された二人は、当初の目的を達成はしたもののその驚愕の事実に呆然とその背を見送るしかできなかった。
……彼は恩恵を貰わずにスキルを使える。名を付けるとしたらオリジナルスキル?
リューは、脳内であり得ないスキルに仮称名称を付け、納得はしないが手を顎にあて思案する。
……とは言え、今日はもう色々と疲れました…。お墓参りは明日の出発前にしましょう。
予想外の事態に、精神が疲弊したリューは、ため息を一つ吐いてから予定を変更する。…塩も用意しなくてはいけないですし。
……恩恵を貰っていない?それなのにあの強さ…。
もう一人の少女、アイズもまた思案するが、その予期せぬ答えに更に好奇心を深める。
……知りたい。
でも彼が教えてくれることはないだろう…。そうなればどうすれば良いか、その答えの出ない問いに更に思案に耽る。
ーーーーーー
「あ、王様。どうなさいました?」
「リリか…。何、寝ようとしていたのだがな、暫し悪寒を感じ夜風に当たっていたのだ」
闇に包まれた帳を野営地の松明が照らす中、ぶらりと外に出ていた私は、王様を見つけた。
ほの暗い中でも見てとれる、その黄金色の紙を、仕えると言った王の姿を違えることはなかった。
背後から声をかけた自分を一瞥し、また視線を夜の風景へと戻す。私もとりあえず暇でいたので、王様の隣へと移動する。
……昼間は我が儘も聞いてもらいましたことですし…。いえ、臣下としては王に付き従うのは当たり前ですしね。
臣下と、自身のような存在を認めてくれた人物に、内心で微笑みながら戻るまでの間は付き合おうと決める。
「王様?明日は地上へと戻るのですし、今日はお早めにお眠りになったほうがいいのでは?」
「ふっ、気にするでないぞリリ。それならば貴様が起こせばよいではないか。まぁ、戻るのにそれほど心配することなどありはしないがな」
自分をここまで信頼してくれる発言に照れ臭くなる。
水浴びの時ふと耳にしたのだが、睨み付けるだけでモンスターが王様から逃げ出すと知ったので、それ事態も起きないかも知れないですしね、と付け足して。
他者が聞いたのでは信じないかも知れないが、王様の事を信じているリリはその言葉を真実と受け取っていた。
……ではここは、臣下らしく王様に進言しましょうか。
「ですが王よ、一つ上には階層主『ゴライアス』が居ります。ここは皆とご一緒に戻ることを勧めます」
「……『ゴライアス』?何者だそやつは?」
名を知らなかったのか、首を傾げる王様に私は軽く驚いた。でも王様は冒険者ではないので、名前自体はしらなかったのだろうと納得してから、会っているはずのゴライアスの説明をする。
「ご存知ではありませんでしたか?ここへ来る一つ手前に居たと思いますが?」
「……ああ、あの時の雑種か。ふん、我が名を覚える相手でもないのでな、気にすらしてなかったわ。それで?あやつは戻る道中、この我が手ずから裁いてやると思っていたが。そやつがどうかしたか?」
……流石に王様でも無理でしょう。
内心でその慢心に嘆息するが、知らなかった王様が奴に挑む危険がなくなったことに進言してよかったと思う。
……まぁ、ゴライアス自体は『ロキ・ファミリア』が倒してくれるのですが、ここは万が一が起きぬよう忠告しておきますか。
「……それは良かったです、王よ。もしも皆様より早く地上へと戻ろうとすれば、奴と遭遇していたでしょう。いかに王といえど奴は手に余るでしょう。今回は幸い『ロキ・ファミリア』の面々が倒してくれますが…」
「……何?」
空気が凍った。横目でこちらを見てくる視線に、思わず息が詰まる。その豹変した雰囲気に、一瞬たじろいでしまう。
向き直った体勢、こちらへと向けられる視線に、さっきまでのらしい物言いは忘れてしまい、地へと戻ってしまう。
「い、いえ!?王様がお強いのは知ってますよっ!ただ、王様が自身の手で倒すのが、その…」
「意外だったとでも?まぁ、よい。それで、あやつを他の雑種共が打つとはどういう了見だ?」
微かに向けられた雰囲気が和らぐ。しかし、向けられた視線はそのままだ。
ベル様達との打ち合わせした際は話をしていたが、その場には居なかっため話を聞いていないのは確かだが、まさかここまで雰囲気を変化させるとは。
しどろもどろになりながらも、ベル様達に打ち合わせした内容を告げる。
「そういうことか…。ちっ」
苛立たし気に舌打ちした後、身を翻し野営地のとあるテントへと向かっていった。
「お、王様!?ど、どちらへ!?」
「貴様から有益な情報を得たのでな、することが出来た。何、貴様は気にすることはない。故に貴様は早く寝るがよい、寝る子は育つと言うしな」
……リリは
去っていく背中に、そのような事を思いつつ、しかし止めることはできなかった。
王様はそのまま、昨日自身が泊まったと聞いたテントのすぐ近くのテントへと、何も言わず入っていった。
そして、聞いたことのあったエルフの悲鳴が微かに耳に届いた。
ーーーーーー
「それじゃあ、俺を楽しませてくる面白い
同時刻リヴィラの街の、とある酒場。その酒場の出入口から出たヘルメスは、とある冒険者へとエールを送る。その目を怪しく光らせて。
「……何のつもりですか、ヘルメス様?」
夜の街へと付き添いで来ていたアスフィは、自身の主神の企みに、眉を潜める。とある冒険者に協力する意図が読めないと、疑惑の眼差しそのままに。
「んー、俺の愛かな?それに、運が良ければ
「……そんな愛など、堪ったものではありません」
しかし彼の力に、興味が無いのかと問われれば、それは否と答えるだろう。それほどまでに、彼がここまで来るのに起こした出来事は見過ごせない。
頭上にあるクリスタルが夜へと変えた18階層で、清濁併せ持つ神は、その性に従うように