「ねぇねぇ、ヘスティア様。あの男の人って何者ですかー?」
「そうそう!あの傲慢な男、一体何様のつもりなのよ!」
けたたましい滝の音をバックに、泉で女性の一団が水浴びを楽しんでいた。
そんな時、ティオナはふと疑問に思ったことを口にし、姉のティオネは今までのやり取りやさっきした会話を思い出し、少しばかり口調を強める。他の者も同様にティオネの言葉に頷きヘスティアに視線を向ける。
注目を浴びたヘスティアは苦笑いを浮かべ、その隣にいるリリもまた同様の表情を浮かべる。
「あはは…。まぁ王様君は王様らしいし…」
「王様の態度は何時もああですし…」
「何よそれ…」
返ってきた答えにティオネは溜め息を吐く。まぁ興味もなかったので、それ以上深く聞こうとも思わなかった。
しかもその聞いた本人は、話を聞いていたのかさえ分からないほど周囲をキョロキョロと見回していた。
まったくこの妹は…、と軽い頭痛で頭を押さえるティオネは何をしているのか聞こうと視線をそちらに向けた。
「ねぇねぇ、アイズ遅くない?」
それに気付いたティオナは、いまだに現れない人物の名を出した。
ーーーーーー
「確かこの辺りに…」
うっそうと生えている草を踏み分け、木々のすきまを縫うように歩き目的地を目指す。
『ロキ・ファミリア』が水浴びをしている泉と別の場所を目指していた。出来れば一人でゆっくりとしたいですし…。
そうしてしばらく目的地を目指し、そこに近い木々のすきまから金色に揺れる何かを見つけた。
はて、この階層にはそのような毛並みのモンスターはいないはず…。
私は万が一に備え、腰に据えている木刀に手をかけ気配を消してそれに近付いていく。
……もしモンスターならば、入浴中に襲われると面倒ですしね。
ゆっくりと、しかし確実にそれに近付きその背中が見えた時、私はそれが誰かと気付き、手を木刀から離し溜め息を一つ吐く。
「……一体何をしているのですか、貴女は」
「……!」
その人物は、突然背後から声をかけられたことに驚き振り返った。昨日私と寝床をともにした、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインだ。
「なんでも、ない」
「……そうですか、私も用があって声をかけた訳でもないので。失礼します」
視線をあちらこちらにさ迷わせる彼女を不信に思ったが、私的にも彼女と話すことないのでその奥の目的地に行こうとする。
「あの…。そこを通して貰えますか?」
「……」
が、彼女の横を通り抜けようとすると、彼女も横に動き通れなくなる。逆に動けば逆に。
チラリと彼女の顔を見ると、その視線から背けるように目をそらす。
……なんなんですか?
何度もそんな行為を繰り返し、痺れを切らしてまた声をかけようとした時…。
「ーーー我の沐浴中に何か用か、雑種共?」
目的地である、奥の小さな泉から声が聞こえてきた。ここからでは何も見えないが、その声には聞き覚えがあった。
……ま、まさか!?
ばっ、と彼女も振り返り奥にいるであろう人物に体を反転させる。私も確認のために、彼女の横から泉の方を覗く。
木々のすきまから、入浴中の彼の顔が見れる。そして泉の近くには彼の物とおぼしき服と剣が置いてあった。
「何をしているのですか、貴女は!?」
彼に聞き取れない程度の声量で、彼女に問いただす。彼女はブンブンと首を振り、口元に指を当て静かにとジェスチャーする。
いやいや、そんな場合じゃないでしょう!?
私は彼女の手を引いてこの場から離れようとするが、微動だにしない。くっ…、これが『剣姫』の力か。
そのような押し問答をしている時、再び奥から声が聞こえる。
「答えぬか…。まぁよい、どちらにしろそのような不敬許さんがな」
ば、ばれた!?い、いえ、私は何もしてませんが!?
胸中で驚いていた私だったが、それ以上に驚愕する光景が目に飛び込んできた。
彼の背後が歪み、そこから二本の剣が顔を出したのだ。
「なっ!?」
「あっ」
驚きで声を出してしまった。そのことに、彼女も私の声に反応し小さく呟く。
今の声は先とは違い声音を抑えていないので、そんな声を出してしまえば…。
「ーーーそこか、では疾く散るがいい雑種共」
歪みから現れた剣の矛先が動き、私達の方向に向けられる。そして、それは射出された。
その速度は回避など間に合わない程だったが、事前に危険に気付いた彼女が私を引っ張り、横に緊急回避したことによってかわすことができた。
だが、その勢いが強すぎたためか、私達はそのまま転がり、彼が入っていた泉の離れた場所に入水した。
「むっ?なんだ貴様かリュー…。それと、また貴様か雑種!」
飛び込んだ一瞬で誰か判別した彼は、私を見て軽く溜め息を吐き。そして、隣の彼女を見て顔を歪めた。
「い、今のは…」
一体何なのか…、そう聞こうと彼の方を見たときピシリと固まってしまう。
……彼はさっき沐浴中と言っていた。つまり…。
「なんだ、また欲情したのか…。前に言ったはずだが、時と場所は選べよと」
ーーー裸だ。全裸だ。何も付けていない!
だが、ざんねーーー違います、不幸中の幸い。彼は腰を水中に沈めているので見えるのは上半身だけだ。隣にいる彼女も同様に、彼を一度見て固まっていた。
「あ、あの…」
「それで、一体何の用だ?用がないのであれば早々に失せるがよい」
……言い方には来るものがありましたが、確かに私達の方がこの場合は悪いでしょう。立ち上がりその場から去ろうとしたが…。
し、しまった!?
服を着て飛び込んでしまったので、衣服が水を吸い透けてしまっていた。こ、これでは立ち上がれない。
羞恥から、また水の中に戻った私を見て怪訝な眼差しで見てくる。で、出来れば目を反らしてくれると、助かるのですが。
そう口にしようとした私より早く、彼は一つ溜め息を吐く。
「まぁ、我の裸身は最高水準のダイヤより優る。貴様が何時までも見つめたくなるのも頷ける。…仕方あるまい、貴様を欲情させたせめてもの詫びだ、同席を許そう」
……いやいや。
私が否定の言葉を述べようとしたそれより早く、水中で彼女が私に触れるのが感じられた。
「……これは、チャンス」
「……はい?」
彼に聞こえないように、小声で囁く彼女。チャンス?何を言っているのですか、貴女は。
「今、近付けば、彼のステイタスが分かる」
「まだ懲りてなかったのですか、貴女は…!」
この状況下に置いても、まだそのような事を?
昨日の夜から懲りてないことに、他ファミリアの、しかも数少ない第一級冒険者と言われている彼女に、軽い頭痛を覚える。
「さっきの、気にならない?」
「っ!」
それは気にならないと言えば嘘ですけど…。でもだからといって…。
先程見た異様な光景。そして、後ろをチラリと見て先の一撃によって、貫かれた木々を見る。
……確かにあの攻撃は
『そうそう!これはチャンスだよ、リュー!いろんな距離を縮める!』
『そうよ、リュー。相手も合意してくれてるのだし、うっかり襲っても問題ないわ♪』
……私の頭の中で
第一何ですか襲うって!?私はそんな邪なこと考えてはいません!
「……だめ?」
「そ、そんにゃこと…」
……また噛んでしまった。
駄目ですよ。ええ、本来ならこんなこと駄目ですけれど、致し方ないですね、私の失態を黙ってくれる代わりに見逃しましょう。
だから、やっぱり気になるんだ、とか言わないでもらいたいっ!
「……何故まだいる、雑種。貴様に同席を許した覚えはないぞ?」
彼の背後が歪みまた一本の槍が現れる。剣だけではなく槍まで…。一体どういうスキルなのでしょう?
……アレをまた放たれると、彼女もこの距離ではかわせないでしょう。
何とかしなければ…。隣で彼女もお願い、とその可愛らしい顔で言ってきますし…。
「お待ちください、王よ」
「……なんだ、リューよ?」
彼女にその矛を向けたまま、視線だけを私に向ける。何とかなればいいですが…。
「彼女もまた、一人の女性。御身の裸身に欲情したのでしょう。ここは御身の寛容な器で見逃してあげては如何ですか?」
……隣で彼女が勢いよく首を振っていますが、私には分かりませんね。
ここはこれしかないでしょう、ええ。昨日から巻き込まれた、仕返しだなんてとんでもない。そんなこと、これぽっちも思っていませんよ?
「美しすぎると言うのも、また罪深いものだな。良かろう、リューの嘆願認めてやろう。雑種、本来なら貴様が目にするには過ぎたものだが、特別に拝謁の権利をくれてやる」
隣で彼女が「私は、欲情なんか、してない」と言っていますが、何ですか私はって、私もしていませんよ!
……しかし疑問ですね。前にクウネルさんに聞いた時は、彼は恩恵を貰っていないと言っていましたが…。
もしや神ヘスティアに隠蔽するように言われている?そこまですごいのでしょうか?
彼は許したことによって、背後の歪みをそこから現れていた槍を消す。その脅威が消えたことを確認した彼女は、水面に体を隠したままゆっくりと彼に近付いていく。
……彼女の服は材質が良いのか、私よりは透けていなかった。私は薄手のものなので、その…。
「……というより、何故近寄るのですか?」
「……ここからじゃ、見れない」
彼とは距離が少し離れその正面に位置し、その背中を泉の縁に預けているため、ステイタスが書かれているはずの背中を見ることは出来ない。
……見るためには彼の隣、横合いから覗くしかない。
『行くのよ、リュー!』
『行きなさい、リュー!』
脳裏でキャーキャーと騒ぎながら、私を捲し立てる二人。…お墓参りの際には塩でも撒いてあげましょうか?
しかし一人残されるのもあれなので、私も彼女の背に隠れるようにそちらに向かう。
「……何故寄る貴様。むっ?リューもか…。なるほど、我が裸身を近くで一目見たいのか、良いだろう。たまには我も羽目を外そう。そう言うことだ、もそっと近くに寄ってもよいぞ?」
最初彼女が近寄ってくる事に怪訝な顔をしたが、後ろから私も近付いてくるのを見た彼は、フッと笑らいその両手を泉の縁に置いた。…まるで私達をそこに来るようにと。
……覚悟を決めるしかありませんね。
彼の正面直ぐ側まで来た私達は、互いに顔を見合わせてこくんと頷いてから、彼女は彼の右に、私は左隣に腰を下ろした。
『『キャー!!』』
脳内でその興奮が最高潮に達した二人は大音量でその声を響かせる。う、うるさいっ!
赤面した顔を隠すために水面に向けるが、その透き通った水が今回ばかりは裏目に出た。
「ッ!?」
か、彼のが見えてしまう!?
すぐさま顔をあげ、何でもないように彼方へと視線を変える。
「くっくっ。貴様らには過ぎた褒美、今回の幸運しかと噛み締めるがよい」
また歪みが現れる。しかし今回は武器ではなく金色に輝くお盆に、何かが入っていると思われる同色の陶器とグラスだった。
現れたそれをおもむろに水面に浮かし、その上にそれらを乗せグラスに陶器から飲み物を注ぐ。香りが隣にいる私にも届き、この酔いしれそうな感覚はお酒だろう。
……どうやら彼は、私達が隣に居ても特に思うことがないらしい。
そのことに胸の奥が疼くが、彼は私達に視線を向けることなく、歪みから出したお酒をあおる。
「えっ?」
羞恥と、彼が近くにいた事に気を取られていた私に、反対側にいた彼女の声が聞こえた。
彼の奥からその声の人物を覗くと、その顔には驚きの色が見てとれた。
……そうだ、忘れていた。私達が何故彼に近寄ったのか。
彼も突然上げた声に疑問を持ったのか、彼女の方に視線と体を向ける。
若干半身になったその体勢に、視線を滑らせその背後へと向かわせる。
……彼女のあの驚きかた、余程高かったのでしょう。
そう思い、そこに書かれている内容に驚かないよう、心構えをしたのですが…。
「えっ?」
私も彼女と同じ声をあげてしまった。何故なら…。
ーーーそこには何も書かれていなかったから。