18階層にてベル達と合流を果たしたギル達捜索隊。その様子をアイズは背後で見ていた。
……会話をしていた途中に走り去っていったのを見て、気になってついてきていたのだ。
「神様、ここまで他のモンスター達とか大丈夫でした?」
「あ、うん。王様君がね…」
あぁ、とその言葉で察する事ができたベルはそうでしたね、と呟いた。リリとヴェルフ、そして後で会話に聞き耳をたてていたアイズは首を捻った。
「階層主は駄目だったけどね…。くそっ!あそこで怯んだからもしかしたらと思ったのに…!」
「あはは…」
渇いた笑い声を上げ、
……ゴライアスが、怯んだ?
不可思議な
……レアスキル?
自身の脳裏に浮かんだ疑問に、その好奇心が疼いた。
……見てみたい。
その背中に書かれているだろうステイタスを。もしかしたら、自身が強くなる事に繋がるかもしれない。そう思い一つの考えが浮かんだアイズは、その集団の方に歩いていった。
ーーーーーー
無事合流した一同だったが、滞在することの報告をしにギルとリュー、そしてヘルメスとアスフィの4名は現れたアイズについて行き、他の者は話があるとベルが借りていたテントに向かっていた。
「で、王様君。結局モンスター達が逃げるのは君のスキルかい?」
「あのような雑種共、いちいち我が相手することの方がありえん」
アイズに泊めてくれるテントに向かう途中、気になっていた事を尋ねたが、
最初はここに街があると知り、そこの宿を取ろうとしたギルだったが、もう空いてないとアイズに言われ仕方なくテントに泊まることにしていたのだが…。
「ふん、そのような些事どうでもよい。雑種、我が泊まるのだ最上級の宿を用意するがよい」
「おいおい…」
他のメンバーはその尊大な物言いに、溜め息を吐く。泊まる側のこちらがそんなんじゃ貸してくれるなくなるぞと。
しかしその予想を裏切るように、アイズはこくんと頷いた。
「貴方には、私のテントで、寝てもらう」
「「「ええっ!?」」」
「……雑種にしては殊勝な態度だが、我に雑種のテントで眠れと?」
驚愕する他のメンバーを無視して、二人は話を進める。
「……私の、テントは、このファミリアの中でも、良い方だと、思う」
「ちっ、まぁよい、元より雑種等には期待していなかったしな」
あの『剣姫』がテントを空け渡す…。その予想を裏切る答えに、二人の顔を交互に見やる。
彼等の仲が分からないメンバーは、疑問に思ったが今日は疲れていたため、追及することはしなかった。
その後、ヘルメスとアスフィ…。一緒で構わないとの事なのでテントの一つに案内してから、二人はベル達の様子を見に行った。
残されたリューも、アイズのテントとおぼしきものの近くの一つに案内された。
ーーーーーー
「ふぅ…」
今日は本当に疲れました。神ヘルメスに頼まれて来たものの、私のやることはほとんどありませんでしたし…。
それにあんなことになるなんて…。
思い出すのは18階層に辿り着いた時の事。手を握るだけではなく、あんな態勢になるなんて。
……近くで初めて拝見しましたが、
「わ、私は何をっ!?」
はっと意識が戻り、頭を振ってその考えを振り払い、テントの簡易式のベットに置いてある枕に顔を押し付ける。
……もう今日はこのまま寝てしまおう。
そう思って目を瞑り眠りにつこうとした時…。
「ーーーリュー!」
「は、はい!?」
突如テントの中に件の人物が入ってきた。突然の事態に、自分でも驚くほど情けない声を上げてしまった。
……一体何事ですか!?
「ど、どうなされました、王よ?」
「あの不敬な雑種め!ベルが借り等作らなければ…っ!」
訳が分からない…。彼が良く使う雑種という言葉のせいで、誰が何をしたのか分からない。
その表情は嫌な事があったのか、端整な顔は崩れ苦渋のそれになっていた。
「何を寝ている!こっちにこい!」
「えっ?ええ!?」
また手を握られ、なすすべなく連れてかれてしまう。あの、その、またですか!?と言うか私も何で普通に握られてしまうのですか!?
そのままテントから連れ出され、彼のテントの方に入っていく。そこには何故か剣姫がベットの上で腰掛けていた。何故彼のテントに?ここは彼に渡したのでは?
「あの…、何故まだいるのですか?」
「……?私は今日、
「たわけぇ!この我が貴様のような雑種と床を一緒にするなど、あり得るものかっ!」
私でも羨望を覚えるその顔をこてんと横に傾げ、とんでもないことを言い放つ。彼女は一体自分が何を言っているのか分かっているのか…。
「でも…。もう、他のテントもないし…」
「くだらん言い訳をするな、雑種!貴様はここにいるリューと寝ればよかろう!」
「あの、私は承諾はしてないのですが…」
確かに異性の彼と眠るよりは、同性の私との方が良いのかもしれない。しかし、今日は一人で過ごしたい。色々な事で疲れているので、他の人に配慮をして眠るのは遠慮したい。それに彼女なら他のファミリアのメンバーの所にいけばよいのでは?
「知らん!我も今日は面倒事で疲れている、貴様らは、さっさと出て行け!」
そう言って彼は私達をテントの外に追い出す。あの、本当に私は彼女と寝ないといけないのですか?
チラッと彼女の方を見ると駄目だった…、と呟いていた。いや、駄目でしょう…。
「仕方ない…」
そう小さく呟き、私の視線に気付いたのかこちらに顔を向ける。無言のままこちらを見つめてくるので、その視線に同性の私でも一瞬ドキッとしてしまい、それから逃げるように、自身のテントの中に戻る。
その私の後に続くように、彼女も私のテントの中に入ってくる。…どうやら今日は彼女と過ごす事になるらしい。
もうこうなってしまえば、変に気を使わず早く寝てしまうことに限る…。
「……貴女も、彼が気になるの?」
……何を言っているのでしょうか、彼女は?
ベットに入ろうとする私の後ろから、かけられた問いに動作が止まる。気になんて…。
「わ、わたひぃが…」
……噛んでしまった。
いや、決してさっきの事で彼を意識しているからなんて、そんな理由じゃありませんよ?
そんな私を見て、そうなんだと頷く彼女。いや、違います、さっきのは間違いです。できれば忘れてくれるとありがたい…。
自身の失態に軽い自己嫌悪に陥っていると、彼女はもうひとつ頷いてから、その口を開いた。
「なら、貴女も手伝って」
「は?」
ーーーーーー
モンスター達も活動を沈める深夜。この時間帯に起きている人は、いや神でさえいないだろう。
そんな皆が寝ていると思われる時、私達は…。
「ーーーじゃあ、行こう」
テントから外に出ていた。彼女の後ろをついて行き、辺りを見回し誰も居ないことを確認する。
……何故こんな事を。私はさっきまでの彼女とのやり取りを思いだし、軽い自己嫌悪に陥っていた。
ーーー遡ること数時間前。
「こうなったら、夜中に忍び込むしかない…!」
「何を言っているんですか、貴女は!?」
剣姫と呼ばれる彼女から信じられない提案をされた。しかも、その内容に思わず声を荒げて問い返す。
第一級冒険者の中でも最強の一角と称される彼女。その彼女がよば…、いや彼女の名誉のために、せめて異性の寝室に忍びこぶと言いましょう。…どちらにしろ駄目ですね。
「どうして?」
「どうしても何も…。あ、貴女は分かっているんですか!?」
こくんと頷く彼女を見て、私は軽い目眩がした。…まさか彼女はそこまで彼を…?片手で顔を押さえる私を見て、彼女は首を縦に振る。
……本気ですか!?
しかもよりによって、彼に。…その事に、少しばかり胸の奥の方が疼く。
「貴女は、どうするの…?」
ーーー結局私はその質問に答えることはなく、しかし気になって眠れなくなってしまい、こうして彼女と行動を共にしている。
……別に彼にそういう事をする訳ではないですよ。ただちょっと、ほんのちょっと、あの彼の寝顔が気になって…。いや、違います。彼女の行動を阻止するため、これは正義のためです!とブンブンと頭を振り、自身の考えを振り払う。
テント自体が近かったこともあり、誰にも見つかることなく目的地の前に辿り着く。
「寝ている…」
チラリと中の様子を伺う彼女から出た言葉に、ごくっと喉が鳴ってしまう。それは緊張からしてしまったものなのか、自分でも驚いてしまった。
そんな私に振り返り、その無言の意図が通じた私は、彼女と共に中に突入していった。
中は灯りがついていなかったが、私達が侵入した入り口から漏れた松明の火でベットの上で寝ている人物の姿が見れた。彼は私達には気付いておらず、しかし体を横にしているためその顔を伺うことは出来ない。
彼女は迷うことなくしかし、音をたてる事なく彼の背後に回り込む。入り口の前で何時までも立っていては外の灯りで起きてしまうかもしれないと思い、私は彼の顔が見れる正面に回る。Lv.による恩恵なのか、この暗闇の中でも近くに寄れば二人の表情が分かる。
……彼は寝ていた。何時も開かれている瞳は伏せられており、静寂の中にいるためか彼の寝息が聞こえる。
「……ッ!」
思わず出そうになった声を手で押さえる。こ、こんなにも違うなんて…。
そして、私は寝ている彼の唇を凝視してしまう。
……さ、さすがに駄目です!何を考えているのですか、私はっ!?
無意識にそれに近寄ってる事に気付き、バッと彼から顔を離す。あ、危ない…。
『……リュー…』
突如として、脳裏から響く懐かしい声。私が聞き間違えるはずがない…、今は亡き友の声だ。
……そうですよね、共に正義の為に貴女と行動していた私がしていいはずがないですよね。
その懐かしい幻聴に私の意識は冷静に戻っていた。…しかし錯覚なのか、先程の離れていた距離が近寄ってる気が…。
『行っちゃいなさい、リュー!』
次の瞬間、更に彼との距離が狭まる。
……!?
ここへ来てようやく異変に気付いた。彼が近付いてるのではない、私が近付いてる!?
ありえてはいけない緊急事態に心臓が止まりかけ、嫌な汗が全身に広がる。
……どうしてですか!?貴女は何を言っているのですか、友よ!?
『まさかリューが異性に興味を持つなんて…!友として応援せざるを負えないよ!』
……こんな応援はいらない!
内心でツッコミをいれるが、彼との距離は近付いてく。そ、そうです!こんなこと我らが主神が許すはずがない!
目を瞑り、会うことを今は叶わなくなった主神の顔を思い浮かべる。
『……大丈夫よ、リュー…』
……こんな行動をする私を許してくれるのですか…。その慈悲深い主神の言葉に、思わず目尻に熱いものが浮かぶ。
『
……神は死んだっ!
思わず失礼なツッコミを入れてしまう。何を言っているのですか、アストレア様!?
かつて平和の為に、共に行動していた友よ。そして、正義と秩序を司る
必死で抗おうとするも、彼の唇との距離は近付いて行くばかり…。
『『さぁ!さぁ!!』』
……うるさい!
内心で怒りのツッコミを入れるが、女神が加わった事による天秤は覆ることはなかった。
僅かもなかった距離をぐっと埋め、私は彼と鼻と鼻とが触れ合う場所まで近づいた。
「……!」
瞳の閉じられた美しい寝顔が視界を直撃する。焦点など既に見失っていた。目と鼻の先にある彼の顔に意識と体が赤熱する。
脳裏に浮かぶ彼女等は『『キャー!!』』と笑みを浮かべたまま、甲高い声を上げる。
私の唇が、彼と触れ合おうとした刹那…。
「ん…」
「!!」
ーーー瞬時に体の自由を取り戻す。
がばっと顔を引き、勢いよく回転して彼とのもとから体を離脱させた。心臓が早鐘を刻み、汗が止まらない。
『『ちっ!』』
大きな舌打ちをしてから、
……あ、危なかった…!
荒ぶる呼吸を、彼を起こさないよう静かに沈める。もし彼が身動ぎしなかったら…。
チラリと後ろを見ると、彼は目を覚ましていなかった。内心で安堵の溜め息を吐き、そして彼の背後にいた彼女と目が合った。その瞳をぱちくりとさせて、まるで私が
……ちょっと待ってください。
その彼女の行動に疑問を覚えた私は、ジェスチャーで外に出るよう促す。彼女はそれに頷き、私と共に一度テントの外へ出る。
静寂が辺りを包む外。私は疑問に思ったことを問いただす。
「……あの、貴方は何をしていたのですか?」
「……?彼のステイタスを、見ようとしていた」
……おかしいですね。
「彼が気になっていたのでは?」
「うん…。あの人のステイタスが」
……それでは今日、貴女が忍び込んだのは…。
私はそこでやっと彼女との相違点に気付いた。これでは私の方が、そ、そうではないかっ!?
ふるふると体を震わす私に、彼女は、さっき何をしていたの?と問い返す。しかし答えられるはずもない私は、キッと目に涙を浮かべ睨み返す。
突然睨まれた事に驚き、体を硬直させた彼女の腕を掴む。そして…。
「貴方はぁぁぁ!!」
「!?」
奇声じみた大声を上げながら、その腕を掴んだまま私達のテントに飛び込む。そして、彼女をベットに押し倒し寝るように命じる。
私のあまりの剣幕に、こくこくと頷く彼女を見て私も隣に横になる。
横になったものの、しかし、さっきの事がフラッシュバックして眠れそうにない。
……今日は寝れるか分かりませんね。
でも今夜はそれで良かったのかも知れない。諦めきれないのか、度々ベットから離れようとする彼女に気付けたのだから。
ーーーーーー
『豊穣の女主人』の前。夜の遅い時間ということで、中で働く者は片付けの最中だった。今日も一日の営業が終わり、従業員の一同は疲労から軽い溜め息を吐く。そこに…。
「こ、こんばんわ…」
キィと木製の扉を開き可愛らしい、しかも珍しい狐人の少女が訪れた。その後ろにはテイムされているのか、一匹の
それは注目を集める一人と一匹だったが、今は閉店しようとしている時、営業時間内なら余分に興味をそそられるが、疲れきっているため一つ溜め息を吐いてから、キャットピープルの者が彼女らに近付く。
「ごめんニャさいな、お客さま。もうお店はお仕舞いニャ」
開いてるときにまた来てニャ、とポンと頭に手をやってから振り返り、また仕舞い仕度を再開させる。が、彼女は去っていく己の裾をちょこんと掴み、一枚の紙を手渡す。
ニャんニャ?と首を傾げながら、その紙に視線を走らせる。そして、紙からバッと顔を上げ彼女の顔を見やってから、カウンターの裏で片付けをしている女将の名を呼ぶ。
かけられた声に気付いたのか奥から出てきたミアは、自身を呼んだキャットピープルから紙を手渡せられる。その紙を訝しげに読んだ後、ミアは春姫と偽ベルをカウンター席に座るよう指示し、また奥へと戻っていった。
暫くして戻ってきたミアは、その両手に料理を、もう片方には人参を二つほど持って現れた。
「はいよ。本当なら営業時間外だから追い出すんだけど、あんた達はあの王様の連れなんだろ?なら、無下には扱わないよ」
「あ、ありがとうございます!」
『キュ、キュイイ!』
差し出された料理に、胃袋が刺激され今にも食べてしまいたかったが、一つの懸念事項を思い出した。
「あ、あの、春姫は今手持ちが…」
「知ってるよ。あんたの食事は私が見るよう、ここに書いてあるしね。それにそのことで今更王様に金銭をせびろうなんて思わないよ」
今までも散々うちらに使ってくれてるしね、と言って早く食べるよう再度言付ける。
春姫はその返答に表情を輝かせ、しかし、食べるより前に着物の裾から紙を取りだし、メモを録っていく。
「『王様は行きつけのお店がある…』よし!では、いただきます」
『キュイイ!』
メモを甲斐甲斐しく録るその姿に、苦笑いをしつつミアはまた奥に戻っていった。しばし料理に舌鼓をうっていったが…。それは偽ベルが二本目の人参に手を伸ばそうとするときに起こった。
「ーーー危ない!」
『キュ、キュイイッ!?』
それはその手を刺し貫かんとするがの如く、素早い一撃だった。しかし間一髪本能に従い、手を引っ込めたことにより、春姫のフォークはテーブルに突き刺さる。
「だ、大丈夫ですか!偽ベル!?」
『キュイイ…』
ぜぇぜぇと、荒い息づかいで自身の命を危ぶめたフォークを見つめる。運良くかわすことに、良かったと安堵の溜め息を吐いてから春姫は何事も無かったように、食事を再開させる。
『キュゥゥ…』
もうやだ…、そう聞こえそうな、か細い鳴き声を上げながら、涙目のまま二本目の人参にかじりついた。
アストレア様の容姿がどっかの銀髪のお嫁さんと被る…。
それと早く新刊出ないかな…。
だってここから戻ったら…(遠い目)