ダンジョンに英雄王がいるのは間違っている   作:あるまーく

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カンピオーネじゃないです。


神殺しの王

「……ふざけるな…」

 

「……イ、イシュタル様ッ!?」

 

広大な庭園。その場には既に四人しかいなくなっていた。ファミリアの団長にして、唯一のLv.5フリュネ。そして副団長のタンムズ、儀式のための(・・)春姫。

 

自身等四人を残し、他の眷族は総出で状況の確認に向かわしたが…。

 

ーーー誰一人戻ることはなく、街を囲っていた炎もとどまることを知らず、自身が治めていたきらびやかな歓楽街は見るも無惨なものとなっていた…。

 

状況の確認に向かわした者。鎮火を命じた者、一人残らずだ。

 

「ふざけるな…。ふざけるな!ふざけるんじゃないっ!?」

 

「お、落ち着いてくださいっ!?イ、イシュタル様…」

 

「……落ち着けだと。この状況で何を言ってやがる!!」

 

もはや先程見せた落ち着きもなく、イシュタルは錯乱したように声をかけたタンムズを怒鳴り付ける。そのあまりの剣幕に、口をつぐんでいたフリュネも、儀式場で事を見ていた春姫も肩を震わせた。

 

ーーー神の怒り。下界に降りし超越存在(デウスデア)の怒り。神威を抑えることもせず、眷族達を怒鳴り散らす。

 

その敬愛する女神の見せた形相に、タンムズが尻込みした時…。

 

 

 

ーーーコツン…。

 

 

 

「ッ!?」

 

こちらに近づく足音が聞こえてきた。

 

静寂を切り裂く不気味な足音だった。その足音は靴音を鳴らせながらこちらに近づいてくる。

 

その近づいてくる足音にそこにいる全員は味方ではないと察知した。同時に敵だと本能が告げる。

 

 

 

 

こつ、こつ、と。

 

 

 

 

足音が近づいていき、フリュネとタンムズは自身の武器を抜く…。

 

イシュタルは紫水晶(アメジスト)の瞳を見開き、その通路に目を向けた。春姫もまた、次々と訪れる混乱に頭が回らない中、その翡翠の瞳を向ける。

 

 

 

そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様がイシュタルか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーその男は現れた。

 

ーーーーーーー

 

「お、お前は…」

 

「お、王様…?」

 

その顔に見覚えがある二人は口を開き絶句した。そして突如として現れた見知らぬ二人に武器を構えた二人は敵意を向けた。

 

「『金色の孤王(ゴージャス)』か…?」

 

前回の神会(デナトゥス)にて、紛れ込んでいた冒険者登録の紙で名前を付けられた男がそこに立っていたことに驚愕し。

 

春姫もまた、昨日まで会っていた人物の登場に驚愕した。

 

「ほぅ。ゴージャスか、まぁ我に似合う名ではあるな…。ほれ…」

 

空間が歪む。そしてそこから紅蓮の槍が現れる。

 

始めてみる目を疑う光景、唯一先日も見たことのある春姫はその光景に驚きはしなかったが、それでも神に武器を向けたことに他の者と同じく言葉を失う。

 

それは…。

 

 

 

 

 

「ーーー褒美をくれてやる…、雑種(・・)!」

 

 

 

 

 

イシュタル(・・・・・)に向けて放たれた。

 

「なっ!?」

 

「イシュタル様ッ!?」

 

その一撃は、イシュタルを横合いから庇うように突き飛ばしたタンムズの胸を貫いた。

 

Lv.4のタンムズであったが、その貫かれた場所。そして貫いた槍によって悲鳴を上げる暇もなく屍とかした。

 

「ん……?雑種の見てくれで気づかなかったが、よもや貴様がイシュタルか?」

 

「タ、タンムズ!?……お前よくも私のタンムズを…っ!」

 

「世界が違うと、見てくれも変わり、見るに耐えんおぞましいものとなっていたものかと思ったのだがな。…なるほど雑種の方がイシュタルか…」

 

その男は突然の強襲に対し、何の反省の色も示さず。フリュネの方を『イシュタル』だと思っていたと発言した。

 

……自身のファミリアを襲い、街を無惨なものに変え。あろうことかフリュネの方を『イシュタル』だと言ったこの男に、イシュタルはぶちギレた。

 

ふざけるな(・・・・・)!」

 

「……」

 

神威の全開放。下界において許される限りまで、それを放った。そして、フリュネはそれと同時に襲いかかった。

 

だが…。

 

 

 

 

「くっくっ。なるほどな…」

 

 

 

 

 

ーーー新たに現れた剣の射出。フリュネは直前に回避行動をとるが、急な回避のため間に合わず、右腕に突き刺さり後に吹き飛ばされた。

 

「ギッ!?ギェェ!?わ、私の腕を…!!」

 

「ど、どういうことだ!?何で貴様は動けるんだ!!」

 

痛む右腕に刺さった剣を抜き、腰袋から慌てて万能薬(エリクサー)を取りだしそれを右腕にぶっかける。そしてイシュタルは、自身の神威を受けたはずの男が動けたこと怒鳴り付ける。

 

「……たわけが。貴様ごときの威嚇でこの我を止められるとでも思っていたか?」

 

……ありえない!?そんな奴が下界にいるはずがない!

 

下界の子に頭を垂れさせざる負えなくする神威が効かない。そんな奴がいるなんてこの世界においているはずがない!

 

こんな状況等を想定しているはずもなく、それと同時にイシュタルがこの男に対して何も対抗できないことを意味していた。

 

「春姫…」

 

「えっ?」

 

右腕の治癒を完了させたフリュネを一瞥すると、後ろでただ見ていた春姫に声をかける。フリュネもまた、イシュタルの意図することが分かり、その動向を伺う。

 

アレ(・・)を使え…!」

 

アレと呼ばれたことがなんなのか察した。『イシュタル・ファミリア』が今の今まで秘匿にしていた、あの魔法だった。

 

「そ、そんな!?お、お許し下さい、イ、イシュタル様…」

 

「ーーーいいからさっさとしろっ!!」

 

余裕のないこの状況。春姫の言い分を怒鳴り付け、フリュネも春姫を睨み付ける。

 

……同じ眷族。そして、自身が主神とする神からの命令。もはやそこに春姫の意思など聞いてはいなかった。その二人あまりの剣幕に押され、春姫は…。

 

 

 

 

「『ーーー大きくなれ』」

 

 

 

詠唱(・・)を始めた。

 

「ゲゲゲゲゲゲッ!?それでいいんだよぉ!」

 

その歌を聞き、フリュネは愉悦と嘲笑の声を上げる。

 

……男は動かない。その歌をただ聞くだけに徹していた。

 

「『其の力に其の器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を』」

 

何かを差し出すように両手を胸の前に突きだし、狐人(ルナール)の少女は玉音の声音を奏でていく。

 

「フフっ。それでいいんだ!」

 

春姫が紡ぐ歌にイシュタルは満足気に頷く。

 

……男はその二人に、哀れみ(・・・)の目を向ける。

 

「『ーーー大きくなれ」』

 

得物を構え、今か今かと待つフリュネ。

 

少女の瞳は後悔からか、大粒の涙を溜めていた。

 

「『神饌(かみ)を食らいしこの体。神に賜いしこの金光。槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を』」

 

詠唱が完成に近付き、伴って薄い霧状の『魔力』、光雲が生まれた。フリュネの頭上に、魔法円(マジックサークル)と見紛う紋様の渦が出現する。

 

形作られるのは巨大な光りの柱ーーー柄のない光の槌。

 

「『ーーー大きくなぁれ』」

 

少女は涙でくしゃくしゃになった顔を上げ、男を見た、が…。

 

ーーー昨日のままの、つまらなそうな表情だった。

 

「『ウチデノコヅチ』」

 

少女の唇から紡がれた魔法は、燦然と輝く光槌となってフリュネを包み込んだ。

 

「ゲゲゲ…。ゲゲゲゲゲゲッ!さぁさっきまでとは…」

 

「ーーー終わったのか?」

 

高笑いを裂く、冷たい声音。春姫の紡ぐ魔法を、黙って聞いていた男は口を開いた。

 

「……何で何も(・・)してこなかった?」

 

イシュタルの疑問は当然だった。この男は魔法の詠唱中、何も攻撃してこなかった。詠唱中春姫は無防備、勿論フリュネも警戒していたが、この男はただ見ているだけだったのだ。春姫の持つ力が分からないとはいえ、魔法の行使を黙って見ているなど普通じゃない。

 

「……そやつの力には興味があったところ。それに道化がせっかく演じているのだ、邪魔をするなど無粋と言うものだ」

 

「慢心し過ぎだ、この馬鹿がっ!!」

 

その声と共に走り出すフリュネ、先の痛手に油断もなく駆けるその顔はまさに第一級冒険者のそれだった。

 

新たに現れ、同時に射出された剣。今度は先程違い、これを弾くことに成功する…。

 

ーーー春姫の魔法。その効果は対象人物の『ランクアップ(・・・・・・)』。

 

制限時間内に限りLv.を一段階上昇させ諸能力を激上させる。イシュタルが情報を伏せ続けた切り札…。

 

ーーー『階位昇華(レベル・ブースト)』。

 

弾いたのを見たイシュタルは口角をつり上げ、フリュネも確かな手応えを感じた。

 

だが…。

 

 

 

 

 

「ーーーくだらんな…」

 

 

 

 

ーーー彼の王の脅威にはなり得なかった…。

 

背後の歪みが増え、その数は十数に及びそして顔を覗かせる幾多の剣に槍。

 

「な、なぁにっ!?」

 

閃光となって放たれる武器たち、そのあまりの物量にLv.6に一時的になっていたフリュネでさえ、なすすべもなくそれらは身体中に突き刺さり、フリュネはたたらを踏んだ。

 

「ぁ、あああっ!!」

 

「……さっさと失せるがいい。汚物が!」

 

王の一喝。それと共に放たれた、剣はその心臓を貫きフリュネはピクリとも動かなくなった。

 

春姫の魔法によって一時的とは言え、このオラリオにおいて数人しか居ないLv.6。そのフリュネが何の抵抗もできず、触れることさえ叶わぬまま倒れ伏した。

 

「……なんでだ!?」

 

自身の最強の眷族を、そしてさっきまでいた眷族達を殺した男にイシュタルは悲痛な叫びを上げる。

 

恩恵(・・)を貰っていないんじゃないのか!?」

 

恩恵を貰っている者と持ってない者。両者の力には比べるべくもなく、多大な差がある。それがこの世界の常識(・・)

 

だが目の前で起きた出来事は、その常識を易々と破壊した。

 

……歪みから、一本の剣が現れる。

 

「ヒッ!?な、なんだそれはっ!?」

 

自身に向けられるその剣に、イシュタルは死の恐怖(・・・・)を感じた。

 

超越存在たる神々は、この地上においてかすり傷から地上の子供が死ぬような傷を負おうと即座に『神の力(アルカナム)』が発動し、再生する。勿論下界で使ってしまえば、瞬時に『天界』に送還される、が。

 

だがその男の背後に現れた剣からは、確かな死の恐怖が感じ取れる。

 

「死の臭いでも感じたかイシュタル?くっくっ。それは正しいぞ」

 

……イシュタルが感じたそれは正しく。目の前のその剣は、異なる世界において神殺しの概念を持つ宝具の原典。

 

……神を死滅させ、『天界』に戻ることは出来ない、対神宝具だった。

 

忌々しい怨敵が恐怖に顔を歪めるを見て、愉快そうに笑う。

 

その笑みを見て、イシュタルがとれた行動は…。

 

「ーーーヒィィッ!!」

 

ーーー逃走だった。

 

だが、そのような行為…。

 

 

 

 

 

「ーーー『天の鎖』よ!」

 

ーーー目の前の男は許さない。

 

自身の周囲から突如として現れた、鎖。それは瞬く間に、身体中を縛り上げた。

 

「なっ!?」

 

「この我の前から、天の鎖(この我の友)から貴様が逃げられるとでも思ったか?」

 

驚愕するイシュタル。目の前の男はその哀れな行動に、歪んだ笑みを浮かべる。

 

そして…。

 

「さぁ、疾くこの世から消えるがいい!!」

 

ーーーその剣は放たれた。

 

ーーーーーー

 

 

下界の子供に置いて、禁忌とされる神への攻撃。だが目の前の男は何の躊躇もなく行ってきた。

 

「ガハッ!?」

 

口からは真っ赤に染まった血が、とめどなく吐き出された。

 

……何故こんなことになった?

 

自身の爪先が金の粒子となって消えていく。その光は徐々に頭頂部を目指しゆっくりと進行する。

 

突如として現れたこの男に、ファミリアは壊滅させられ、本物の死が近づいてくる。

 

……何故私がこんな目に合わなくてはならない?

 

同じ『美の神』のフレイヤは、都市最強派閥の地位を持ち、その名声は世界に名を馳せる。

 

自身は同じ『美の神』の名を持ちながらも、この都市の一部。それも歓楽街の女神と一部に知れわたる程度。ならば…。

 

こんな世界はいらない。

 

消え行くその瞬間。イシュタルはこの世界において禁忌とされる神の力を。いや…。

 

 

 

 

 

ーーー神の呪いを発動させた。

 

ーーーーーー

 

「……つまらぬ幕切れだったな」

 

先程まで大勢いた者達は居なくなり、自身の主神もこの地から消え去ったことにより私の背中の『恩恵(ファルナ)』もなくなっていた。

 

「さて…」

 

そう呟いて、王様は私に近づいてくる。その腰に携えた剣を抜いて…。

 

「本来ならこの場で無様に散るはずだったろうが。こうなると、我自らあの時の虚言裁かなくてはな…」

 

その瞳は何の興味を宿さず、その声音は本当につまらなそうだった。

 

……どうでもいい。そう言外に伝わってくる。

 

この人は私を殺すつもりだ…。その事に私は不思議と恐怖を感じない。いや、頭が今までの事でもう考えることを拒否しているのかもしれない。

 

「ふふっ…」

 

私は笑っていた。それは自身の不幸を嘆いたのか…。それとも自分の今までの人生が、本当に滑稽でわらってしまったのか。

 

「……自身の欲もわからぬまま死ぬがいい、道化。」

 

「……」

 

欲の形。それは結局なんだったのだろうか?

 

私の願い。それはあるのだろうか?

 

その時、私の脳内にはたくさんの本が浮かんできた。

 

数々の英雄が紡いだ、英雄譚。私が憧れ好きだったものだ。

 

……走馬灯。死の間際に春姫が見たそれは、今までの人生ではなく、英雄譚が映る。

 

……垣間見るその中で、春姫はひとつのことに気づいた。

 

「……ではな」

 

黄金に輝く剣が振り上げられる。

 

そして、その剣が下ろされる直前…。

 

「ーーー生きたい…」

 

「何ぃ…?」

 

止まった。後少しで自身の首を跳ねようかというところで、剣は制止していた。だが止めた本人は、その言葉に眉目を歪め、忌々しそうに声を紡ぐ。

 

「生きたい、だと?はっ。死の間際で絞り出した答えがそれか?まったくもって話にならんな」

 

「私は生きたいんです!」

 

先程とは違い、はっきりとした声音。そして、表情。だがそんな生への執着など、彼には見飽きたものでしかなかく、つまらぬ雑種と大差ないと感じた。「くだらんな…」そう言って剣を動かそうとした時…。

 

「ーーー生きて英雄王(あなた)の英雄譚を紡ぎたい!」

 

自身の願い、欲の形を示した。

 

「……なに?」

 

「私は今までたくさんの英雄譚を読みましたが、貴方のことを載せたものは一つもありません!」

 

「ふん。それで?ただ単に貴様が見落としていただけだったのではないのか?」

 

「ならば貴方の物語は、その程度のものなのでしょうか!」

 

叫びにも近い声。だがこのまま何も言わずに、死ぬことは出来ない。自分の願いがやっと見つかったのだ、最後になったとしても、この人には伝えたい。

 

「私は貴方の物語(オラトリア)を書きたい!」

 

ーーー言い切った。

 

臆することなくその瞳を見据え、願いを言い切った。その向けられた本人は、その真剣な瞳を見て剣を持っていた反対の手で顔を覆い…。

 

「くっくっ…」

 

ーーー破顔した。

 

「フハハハハ!…この我の物語を書く?くっくっ。ずいぶんと愉快なことをいう」

 

先程までの興味のない表情とは違い、愉快だと笑っていた。…それでも私は視線を逸らさない。

 

「私は本気です…!」

 

「……」

 

笑い声が止んだ。破顔していた顔を引き締め、私に向き直った。そして言葉を紡ごうとした時。異変に気づいた。

 

先刻まで、雲等ひとつもなかった空には、暗雲が立ち込め満月の光を遮り、漆黒の闇が辺りを包み込む。

 

それに気付いた王様は私から目を離し、忌々しそうに空を見据えた。

 

「……死して尚煩わしい奴だなイシュタル、いいだろうーーー」

 

手元の黄金に輝く剣を腰に納め、暗雲立ち込める空を睨み、手元に暗闇を切り裂く黄金の鍵が現れた。

 

そして…。

 

「ーーー貴様には、人類最古の地獄を見せてやる…!」

 

ーーー黄金の鍵は開かれた。

 

ーーーーーー

 

……それは天に昇る、赤い幾何学を裂いて現れた。

 

……それは剣というには奇妙な形をしていた。ただそれを見たとき本能が、いや、細胞一つ一つが恐怖した。

 

だけど私はそれから目を離さなかった。いや離させられなかった。

 

「……ハルと言ったか、娘?」

 

「えっ!?わ、私ですか!い、いえ春姫と申し…」

 

「ふん。我が認めずして姫を名乗れるか、たわけ」

 

その声は、何時もの聞き慣れた口調だった。さっきまでの興味のない口調ではなく。

 

王様は手元に現れた剣を携えたまま、目線を私に戻していた。

 

「くっくっ。貴様の言う通り、この世界には我にまつわる書物はない。いいだろう、貴様に我の栄華を綴る権利をくれてやろう!」

 

……その剣は緩やかに回転し始め、辺りに紅き風が吹き荒れた。

 

その風を浴びながらも、その場で耐え凌ぐが地面にしがみついても吹き飛ばされそうになる。

 

その様子を見て、王様は近くに寄れと言葉を落とす。

 

……少しでも近くに寄ろうとしているのですが、風の勢いが強すぎます…っ!

 

そんな私を王様は…。

 

 

 

 

「しがみついていろ」

 

「きゃっ!?」

 

ーーー左手で抱きとめた。

 

お、おおお、王様っ!?ち、近すぎです!?

 

声にならない悲鳴を私は上げようとしたのですが…。

 

「ーーー目覚めろ、エア!」

 

周囲の建物をも吹き飛ばす豪風に、かき消された。

 

遥か上空、私たちの真上では暗雲が割れ光が漏れ始めた。

 

……『神の力(アルカナム)』。イシュタル様が死に際に残したこの人を…、いやこの地を滅ぼしかねない神の断罪の力。

 

「その一撃を持って、異世界(この地)英雄王(オレ)の名を刻め!」

 

周囲の建物が、庭園を除く歓楽街の全ての建物が崩壊し始めた。そして天を見据え、王はその名を口にする。

 

「いざ仰げ!」

 

……空から光が降り注ぐ。それは神による下界の子供を裁くための、裁きの光。

 

だが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天から降りし、神による裁きの光は…。

 

地上から放たれた王の一撃によってかき消され、紅き風となって振り上げたそれは空を、この世界の天上を貫いた。

 

 

ーーーーーー

 

「ふん。神の力と言えど、この世界ではあんなものか…」

 

異なる世界で、我の友を呪い殺したあやつと言えどやはり敵ではないか…。

 

まぁ、面白い奴も手に入ったことだ、今宵は良き夜と言えるか。

 

……腕の中にいるこやつは呆然と我を見つめているが怖じ気づいたか?

 

まぁよい、忘れておったが今宵は満月だったな。

 

……背後の空間が歪み、ヴィマーナが現れそれに飛び乗る。

 

「えっ?えええ!?」

 

意識が戻ったかと思ったら、うるさく騒ぐのでな、上で降ろしてやったわ。そして、浮上し空へと上がる。

 

「騒ぐな煩わしい。今から月見酒だハル」

 

「えっ!?えっ?月見酒…?」

 

やっと正気に戻ったか。あれ以上騒ぎおったらこれから叩き出していたところだ。

 

「ほれ、何時ものように酒を注ぐがよい」

 

「は、はい…」

 

騒がしかったり、陰鬱になったり質面倒なやつだ。いい加減…。

 

「ーーー王様…。私王様の英雄譚きっと書いてみせます!」

 

……。くっくっ。なんだきちんと覚えていたか。だがな…。

 

「間違っているぞハル。貴様が紡ぐは我の英雄神話だ。英雄譚等、凡百の英雄と一緒にするでない、たわけ」

 

「ふふっ。すいません王様♪」

 

雲一つない天上で、満月を眺め暫しの月見酒とするか…。




「ちなみに王様、これって凄いですけど後で何か言われません?」

「たわけ。雑種等には見えんわ」

ヴィマーナ、光学迷彩onです。

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