「それじゃあ神様、行ってきます!」
「うん。行ってらっしゃい!無事に帰ってきておくれよ」
ホームの前。僕は神様に挨拶をしてダンジョンに向かう。昼前だけれども王様は寝ていて見送りはしてくれなかった。
昨日月見酒をするって言ったから、王様は夜までは眠るんだとたか、今日始めて中層に行くって言ったのだから見送りぐらいしてくれてもいいのに…。
「ベル君、本当に無茶だけはしないでおくれよ?」
「はい神様。それじゃあリリ達も待っているので行ってきますね」
神様が見送ってくれる中、僕はダンジョンのあるギルドに向かって歩いていった。
ーーーーーー
「……ふむ。ヘスティアよ、今何時だ?」
「やっと起きたのかい王様君…。とっくのとうにベル君は出ちゃったよ。今は夕方のちょっと前ぐらいかな」
ここは地下故時間が分からなかったが…。ふむ、まだ月も出ていないか…。また寝て待つのもいいが、むぅどうしたものか。
……時間まであの道化を見ておくのもよいか。最後になるのだしな。
「ヘスティアよ、しばし外に出るぞ」
「今からかい?もうすぐ夜だし、ベル君も帰ってくると思うよ、今日は月見酒するじゃないのかい?」
「案ずるな、それまでには戻る」
我が外に出掛け用とすると声をかけてきたが、貴様ソファーでぐうたらとは本当にだらしがないな…。まぁ駄神故それも仕方ないか。
ーーーーーー
「……フレイヤ様、お耳に入れておきたいことが」
「何かしらオッタル?」
バベルの巨塔の最上階。『美の女神』フレイヤは自身の側で控えていたオッタルに顔を向けた。まだ夜には少し早いが空は薄暗く、満月が浮かんでいた。
「どうも最近、ホームの周りを『イシュタル・ファミリア』の者が彷徨いてるとのこと。やはり何か企んでいるのでは…」
「……そう、イシュタルが…」
イシュタルと己の確執ーーーと言っても相手からの一方的な妬み、それを理解しているフレイヤだが相手が何をしでかそうと…。
「ねぇオッタル?万が一襲撃されたとして、貴方はやられるの?」
「ありえませんね」
即答だった。オラリオ唯一のLv.7ーーー『
イシュタルも馬鹿じゃない、何かしらの策を用意しているだろうが、『
「ふふっ。オッタル今日はもういいわ、貴方も
「畏まりました」
念のためファミリアの皆にも伝えておいてね、と口添えし、オッタルはそれに頷き部屋をあとにした。
「……」
一人部屋に残ったフレイヤ。オラリオの最も高い位置から窓を見る。暗くはなってきているが空には満月が浮かんでいた。
考えるは今一番目をかけている、
ワインを一口飲み、あの時に見えた光景を思い浮かべる。けれどもやはり、あの青年には
「……あり得るのかしら…」
フレイヤの眼は『魂』の
……あの時、あの少年の輝きに目が釘付けになっていたし、あの青年の隣には
「そうよね…」
フレイヤはグラスに残っていたワインを飲み干し、新たにボトルからワインをグラスに注いだ。そう私が見逃しただけ。今度見たときにはきちんと確認しよう、そう思い直した。なぜなら…。
ーーーそんなことは
フレイヤは意識を窓に戻し、外を見た。
そこには先程までとは違い、空に広がる蒼い闇。
はっきりと姿を現し始める、満ちた黄金の月が浮かんでいた。
ーーーーーー
「……
「連絡隊の報告はなし。…どうやら動きはないようです」
そうか…。『イシュタル・ファミリア』のホームーーー『
「儀式の準備は?」
「抜かりはありません。後は時が満ちるのを待つだけです」
「ゲゲゲッ!イシュタル様、皆アンタの号令を待っているんだよ」
自身の横に控える美青年、タンムズは淡々と答えるが、これからの起こる事に興奮しているのか、腰に備えている剣に既に手を置いている。その反対側フリュネは、待ちきれないのか急かすように自身に促す。
「くくっ。そうさな…。お前ら!」
イシュタルは声を大にし、眼前に控える眷族達に号令をかける。
「待ちに待った日が来た!」
自身の両手を大きく広げ。
「あの憎き女神を地に落とす日が!『フレイヤ・ファミリア』を打倒する日が!」
その笑みは、見るものを『魅了』する美神の一笑。同時に黒い感情を帯びた歪んだ笑み。
「さぁお前ら!今こそ我が『イシュタル・ファミリア』が頂点に立つ日だ!今夜は全員思う存分暴れなっ!!」
瞬間、ホームは揺れた。主神の号令に眷族達は自身の武器を天に掲げ吠えた。
「……これは戦争じゃないぞフレイヤ…。これは
イシュタルは一人大咆哮の中、黒い笑みを浮かべたままそう言った。
それは儀式の完了までもう一時間もなかった。
ーーーーーー
女主の神娼殿からけたたましい声が聞こえる頃、その裏手にある別館の屋上。広大な平面上の庭園には隙間なく石板が敷き詰められていた。
石板には、いや庭園全てには特殊鉱石『
「あ~あ、向こうは随分盛り上がってるな」
「見張りなんだ、しょうがないだろ。それにもう少ししたら皆もこっちに来るさ」
庭園には二人の娼婦が気だるげな様子で喋っていた。二人は春姫の見張りと言うことでここにいるのだが、やはり集会に出れなかったことを不満そうにしていた。
その二人に挟まれるようにいる春姫は、夜空に浮かぶ満月を黙ってみていた。
涙は出ていない。春姫は無表情で、後数刻したら自身を殺す光を放つ満月を見ていた。
思い出すのは今までの思い出。それが段々今に迫る時に出てくるのは、王様と呼んでいた青年だった。
……あの人の問いに結局答えられなかったな…。
酒の席で聞かれ、昨日も最後に聞かれた『私の願い』。結局今になっても私は何も答えられそうにない…。
私は見上げていた満月から目を閉じ頭を垂れ、来るべき時を待った。
ーーーーーー
地下室。薄暗い中に、お情け程度に掲げられた灯りがその牢屋を照らしていた。
「……くそ」
その牢屋に両手を鎖で縛られ、座っている人物アイシャは憎らしげな表情を浮かべ、自身の軽率な行動に悪態をついた。
救うなどと高尚な思い出はない。ただ単に気にくわなかっただけだった。
……そうすれば、あいつが気紛れで連れ出すかも知れないと思ったのだが…。
結局無駄になってしまった。あの石を壊すことも出来ず、自分は二度と逆らえないよう『魅了』された…。
もうじき自分も戦いに駆り出される、けれどもやはり逆らう気にはなれない。…背こうとする気さえ起きない。仮に起きたとしてもそう思うだけで手足は勝手に震えていた。
来るべき時を待っていたが、少ししたらこちらに近づく足音が聞こえてきた。
……もう時間か…。
そんなことを考えて上を見上げると…。
「……なんだ女、貴様か。しかし随分と似合う格好だな。くっくっ」
ーーーあの男が立っていた。
今日はこの日のために、歓楽街は閉めているはず。しかし、こいつは始めて会ったときでさえ勝手に入ってきていた。大方今回もそんなものだろうか…。
「……ちっ。テメェかよ、どうやってここが分かった」
「その格好でなお吠えるか、まだ活きがいいな女。何、いつもの部屋に誰も居なかったのでな、何気なく歩いていたのだが気配を感じてな」
何の因果か、ここはいつもあいつが来る部屋の真下の地下室。扉も開きぱっなしのため、外に灯りが漏れて気づいたのか…。まぁ何にしても。
「生憎と今日はどこもやってないぞ、ファミリアの集会で店仕舞いさ。分かったならさっさと帰りな」
「ほう…、集会とはな。このものものしい雰囲気といい…戦争でもするのか?」
「何言ってやがるっ!?」
「ふん、我を甘く見るでないぞ女。この雰囲気はそうとしか言えんぞ」
マジかよ…。こいつにそんな眼力があったのかよ。つってもこいつに今更ばれたってどうこうできないか…。
「……こっちはあと少ししたらおっぱじめんだ。巻き込まれねぇうちにさっさと帰んな」
「……まぁいい、道化を見に来たが居ないのであればどうでもいいしな。今宵は雑種の狂乱でも眺めて酒を飲むか…」
そうすると一度戻ってあいつらも呼ぶとするか…。等と言うこの男に、私は内心で怒りが芽生えた。
自分の買った女をどうでもいいと言いやがった。あいつがこれからどうなるか知りもしないのに…。
「……あいつがどうなっても、本当に良いのか?」
「……ああ。我の所有物とは言え、不敬にも我に虚言をはいたのだ、もはやいるまい。強いて言うなら最後まであやつが道化を演じきれるか見たかったがな」
こいつはもはや春姫に何の未練も抱いていない…。なんだ私の眼は大分曇っていたらしい。くくっ。託そうとしたこいつがこれじゃあ笑えるよ、自分の情さに…。
「さっさと出ていきな。もうテメェの顔は見たくない」
「ふん。我とてこのような所、長居したくないわ」
踵を返し、もう言うことはないと扉に向かっていった。鎖で繋がれてて良かったな、これがなけりゃあテメェのその顔に殴りかかってるところだ。
「おっと、もしやと思うが貴様が今宵相手にするファミリアは…」
「フレイヤだよ。あの『美の神』が率いる都市最強のファミリアだ。テメェ見てえな野郎がいる所じゃない!」
こんな奴が、あのファミリアに入れるわけないだろ。良いとこ中堅ファミリアが良いところだ。
私の答えに何か思うところがあったのか、歩みを止めてこちらに振り返ってきた。
「『美の神』か…」
「あぁん?なんだ『美の神』と聞いて、向こうに味方するのか?男ってのは皆そうだなっ!」
私の挑発に対して、珍しく何の皮肉もなかった。神妙な表情を浮かべ、何かを考えている?なんだ、『美の神』と何かあったのか?
「……女、今宵の戦気張るがよい。『
「あん?お前に言われないでも分かっているよっ!つーかそれだと、うちらの主神の
昨日の夜にたっぷりと味わった恐怖が思い出される。『美の神』に目をつけられる何て、最悪なことはない…。
俯きながらそんなことを考えていたが、目の前の男はこちらに戻ってきてから動く気配がなかった。
……なんだよ。まだなんかあんのかよ、こっちはテメェの顔なんてもう見たくないんだよ。そして、目線をその男の顔に向けた。
表情はなかった。けれども全身が恐怖で震えた。昨日イシュタル様に味わったものよりも、今目の前に立つ男が怖い。
「……そうか、この世界には奴がいるのか…。くっくっ」
笑う。しかし目だけは笑っていなかった。
そして、男は何気なく指をならす。その瞬間…。
ーーー男の背後から無数の剣や槍か顔を出した。
「なぁっ!?」
それは現れた瞬間勢い良くこちらに飛来し、鉄格子を壊し、私を繋いでいた鎖を砕いた。
……私の体には傷一つ付いていない。
残った鉄格子もこいつの腰に備えている剣の一刀で、もはやその役目を果たせなくなっていた。
「女。その有益な情報に免じて生かしてやる。疾くこの
「な、何言ってやがる…」
頭が働かない。さっきの急に現れた武器といい。こいつの醸し出す雰囲気…。目の前にいるこいつはなんなんだ。
それだけ言うと、呆然と立ち尽くす私に背を向け扉をくぐって外に歩いていった。
ーーーーーー
「……なるほど、あそこに見える灯りに奴がいるのか…」
建物の屋根の上。夜風を受けながらギルはここからでは横に位置しててたのか正面は見えないが、確かに宮殿の建物が見えていた。
かつて我の友を呪い殺した女神…。その名前を冠するこの
ーーーこの我の庭に奴の名を名乗る神がいる。それだけで虫酸が走り、どうしようもない殺意が体を熱くさせる。
背後の空間が歪み、一本の剣が現れる。その柄を掴み、歓楽街と街との境目に沿うように振るう。
剣先から火が走り、その火は建物に乗り移り燃える炎となった。
「……逃げ場などないぞイシュタル。貴様は我が直接冥府の底に送ってやる…」
手に持つ剣は役目を果たすと、金の粒子となって消え。そして、ギルは腰に備えている剣に持ち変えた。
その刀身は黄金に染まっており。右手を引きその手に持つ剣は、満月の光を受けキラリと光った。
「さぁ聖剣よ!貴様が真に我を主とするならば、その輝きを見せてみよ!」
刀身から夜の闇を裂く輝く黄金の光が放たれる。
その光は、夜空から降り注ぐ月や星の輝きを超える黄金の光。
「
そして、王はその剣の名を高らかに上げ。
「
突き出した。
指向性を持った光の一撃は、轟音を轟かせ、進行方向上の建物を粉々にしながら突き進み、やがて…。
ーーー目の前に建っていた宮殿をも飲み込んだ。
「……挨拶はこれですんだな。さぁ始めるか…。王の裁きを!」
燃える炎を背に王は、瓦解した建物の上を踏み越え。歩みを始めた。
それは、儀式のために『イシュタル・ファミリア』が庭園に集まって直ぐの事だった。