ーーー10階層
僕とリリは、今日初めてこの階層に足を踏み入れた。
何でも、リリが近日中に大金が欲しいとのことで、10階層まで降りてきていた。
装備しているプロテクターの中に、リリから貰った
「霧…」
足を踏み入れ、数歩。僕達の前には白い靄がダンジョン内で立ちこめていた。…視界がまったく見えなくなる訳じゃないけど、これは…。
「リリ、離れないでね」
「……はい」
ダンジョンに入ってからリリの様子がどうにもおかしい。僕に返事を返しているが、どうにも暗いように思える。
『ブグッゥゥゥ…』
そうこうしていると、前方から、低い呻き声とともに大型級のモンスター『オーク』が姿を現した。
「やっぱり、大きいよね…」
「逃げては行けませんよ、ベル様?」
僕は大きく息を吸い込んで、意を決した。
オークは、その瞳で僕とリリを射抜く。そして、ダンジョンから一本の木を引き抜いた。
ーーー『
「タイミング、悪いよ…」
ダンジョンの厄介な特性の一つだ。武装したオークに悪態をつき、振りかぶった瞬間を狙い、オークの横っ腹にリリから貰ったバゼラードで斬撃を見舞わせた。
バランスを崩し、倒れかけたオークの頭にその刃を突き刺した。
「ベル様、もう一匹来ました!」
「!」
絶命したモンスターから顔をそらし、リリの言葉に振り返った。僕達の通路の逆方面から現れたオークを視認する。
僕はそいつに自身の右腕をつき出した。
「『ファイアボルト』!」
『プゲェァァァ!?』
炎の矛はオークの胸部に命中する。
先日発動したばかりのためか、今の僕の魔法じゃあオークは一撃で倒れなかった。
でもーーー
「ファイアボルトッ!!」
立て続けに放った、魔法でオークは灰色の塵となって消えていった。
(勝てた…)
内心で、自身のトラウマとなっていた、『ミノタウロス』と同じ、大型級のモンスターに勝てたことに、僕は嬉しさを噛みしめた。
「リリ。やったよ…」
喜色を浮かべながら振り返ったが、リリの姿が消えていた。
「リリッ!?」
僕は悲鳴に近い声を上げ、急いで周辺を見渡した。
「……っ?」
その場から駆け出し、リリの探索をしていた時に、突然の異臭を嗅ぎとった。
「これって…。モンスターを誘き寄せるための?」
以前、道具屋で売られていた、モンスターを誘き寄せるトラップアイテムがそこには落ちていた。
そして、強い地響きが耳に入った。
「……嘘でしょ?」
ーーー四体。
前方からやってくるオークの群れに、僕は呆然と呟いた。
「いっ!?」
突然飛来した金属矢に、ナイフがしまってあるホルスターが宙に舞った。
僕が目を見開く中、オーク達は一斉に襲いかかってきた。
『オオオオオオオッ!!』
「っ!?」
オーク達の攻撃をかわすなかで、リリがとことこと歩いてるを見つけた。
「リリッ!?」
「ごめんなさい、そしてさようならです、ベル様。もう会うことはないでしょう」
『神様のナイフ』を拾って、リリは僕にいつもの笑顔でそう言ってきた。
ーーーそして、白い霧の奥に消えていった。
ーーーーーー
「……これで、あの二人とはお別れですね…」
あの少年とダンジョンに入っていると、純粋にサポーターとして扱ってくれて、嬉しかった。
あの青年は、言葉使いはアレだけど、リリなんかにも優しくしてくれた。
なにより、あの二人との居心地は…
「……」
俯きながら思考していたが、そこまで至って、はっと頭をぶんぶんと振る。
何を今更、と罪悪感を蹴りつける。
ベルも内心ではリリのことを馬鹿にしているに違いない。
王様もいつリリを、ギルドに突きだそうかと考えていたに違いない。
リリは無理矢理に眉を吊り上げた。
(冒険者なんて、冒険者なんてっ…!)
「嬉しいねぇ、大当たりじゃねぇか」
「えっ?」
瞬間、腹部に痛みが走った。
ーーーーーー
「そろそろあのガキを捨てる頃だと思ってたぜぇ?こうして網を張ってりゃあ、絶対会えるってもなぁ!」
「あ、み…?」
協力者と一緒にな。笑いながらリリを見下ろす、この間のヒューマンの男に、顔を青くした。
「まぁんなことはどうでもいい。ぶっ殺す前に、落とし前つけてもらうぜ…!」
嗜虐的な目をした男がリリに手を伸ばし、ローブをはぎ取って装備品を取り上げる。
「魔石に、金時計にぃ…おいおい、魔剣なんか持ってんのか?ひゃっはははっ!これも盗んだってわけか!」
高価な魔剣の存在に男は上機嫌に笑った。
「いいぜ、許してやるよ糞パルゥム。俺もこんなもん貰っちゃあ、器のでかいところを見せねぇとな…おらぁっ!」
「あぐっ!?」
二度に渡り蹴られたお腹に、リリは悶絶した。
上手く息も吸えない中で、リリの焦燥は一気に膨れ上がった。
「派手にやってんなぁ、ゲトの旦那ァ」
唐突に、第三者の声が聞こえた。
「……っ!?」
「おー、早かったな」
声の方向を見やると、先日リリを脅迫して、金を巻き上げようとした、これまで何度も金品を巻き上げてきた、『
「聞けよ、カヌゥ。こいつ魔剣なんか持ってやがってよ、お前らの予想通り、たらふく金を溜め込んでるみたいだぜ」
「……そうですかい」
カヌゥと呼ばれた中年の獣人は目を細めた。
「ゲトの旦那。一つ提案があるんですがね…」
「なんだ、
「いえ、ね。
は?と笑みを浮かべ固まったゲトが問い返す前に、上半身だけの
いつの間にか合流した、カヌゥと行動を共にしていた、二人の冒険者も現れ、同じようにそれを放った。
その行動に、後ろで見ていたリリも一瞬で顔色を蒼白にさせた。
「しょ、正気かってめぇらぁあああっ!?」
ゲトの絶叫に、しかしカヌゥ達はぴくりとも動じない。
「俺達とやり合ってる間にそいつらの餌食なんて嫌でしょう、旦那ァ?」
「ひっ!?」
既に後ろからは5匹ものキラーアントが姿を見せていた。
「くそったれがぁっ!?」
そう悪態をつき、リリから奪った荷物を投げ、一目散にその場を離れていった。
去っていく背中を見たあと、カヌゥはリリに近寄った。
「来てやったぜ、お前を助けるためにな?なんせファミリアの仲間だからなぁ」
抜け抜けと口にする男に、リリは唇を噛みながら手を握りしめた。
「……俺の言いたいこと、わかるよな?」
「……」
「おい、早くしろ!本当にやべえ!」
「分かってる!…お前、昨日は金はないって言って出さなかったよな?もうネタは上がってるだ、誤魔化そうってんなら…」
「わかりました!わかりましたからっ!?」
カヌゥの形相に、リリは慌てて顔を縦に振った。
出し惜しみしている暇はないと、隠していた小さな鍵の首飾りを差し出し、金庫の在りかも話した。
受け取ったカヌゥは、薄ら笑いを浮かべながら、リリの軽い体を持ち上げた。
「カ、カヌゥさん…?何をっ…!」
「ちょっとヤバイんでなぁ。囮になってくれや」
「!?」
驚愕した眼差しでカヌゥ、他の男達も見るが、彼等もまた下卑た笑みを浮かべていた。
「金がねぇならお前はもういらねぇよ。最後に俺達を支援してくれよ、
投げられた。
「……は、はははっ」
ダンジョンの天井を見ながら、壊れたように笑った。もしこの仕打ちが因果応報と言うなら、あまりにもあんまりだと、リリは思う。
(……ああ、でも)
これがあの二人を見限った罰なら、気は楽になる。
『ギィアァ…!』
数えきれないキラーアントが、波となって蠢きながら詰め寄ってくる、逃げ道など既にない。
「……寂しかったなぁ」
ぽろりと、最後の最後にこぼれた言葉に、リリは自身でも驚いた。
「そうですか、リリは…」
誰かと一緒にいたかったのだ。
『シャアアアッ!』
キラーアントが爪を振りかぶる。ダンジョンの天井から降る燐光を浴びて、ギラリと輝いた。
(ああ、リリはやっと…)
リリを必要としてくれる、あの二人が最後に思い浮かんだ。
(やっと…死んでしまうんですか?)
ゆっくりと目を瞑り、やってくる死を覚悟した。
そして、
「……我の臣下を食らおう等…。頭が高いぞ、雑種」
凛とした王の声と…
ーーー
「……え?」
ーーーーーー
「……王、さま?」
「そうだが。仕える王の顔を忘れたとでも申すか?」
それならば許さんと、ギルはムッとした。
その様子を見て、ああ王様だと、リリは納得した。
そして、あれだけいたキラーアントは動かなくなっており、無数の剣も粒子になって消え、ルームにはリリと王様ーーー
「リリィィィィッ!!って王様っ!?」
と叫びながらベルも飛び込んできた。
ベルも王様がいることに疑問に思ったが、リリの安否を確認すると、直ぐに安堵した。
「何をしておったベル。我が出向かなければ、危うかったぞ…」
「……すいません王様。モンスターに集られちゃいまして…。でも、他の冒険者がやって来て、どんどんモンスターがいなくなったので」
リリを追って来たんですけど、遅くなっちゃいました。と苦笑いしながら語るベル。
「……して」
「え?」
「……?」
そんな二人を見て、リリの中で何かの線が切れた。
「どうしてですか?」
気付けば、リリの口は勝手に動いていた。
「何でリリを助けたんですか?どうしてお二人はリリなんかをーーー」
「何度も言わすな、たわけ。貴様は我の臣下、王足る我が救うのは当然のこと」
「……僕は王様みたく、上手い理由なんてないよ。リリを助けることに、理由なんて…」
リリの言葉を遮って言った言葉に、涙腺が決壊した。
「うえっ、うええええええっ…!」
「……我の行動に感謝して涙流すとは、見上げた忠義心よ…」
「ええっ!?王様も感心しないで下さいよ、リリもそんな泣かないで!?」
ベルの心配そうな声が聞こえたが、泣き止むことはできなかった。
「ごめっ、ごめんっ…ごめん、なさいっ…!」
「気にするでない…」
「大丈夫だよ…」
いつまでもどこまでも涙声は響き続けた。
ーーーーーー
「……ベル様、本当に申し訳ございませんっ!」
「いいよ、そんな気にしてないから、頭を上げて?」
あの後リリが泣き止んだため、ホームに戻るためダンジョンから帰っていた。
その帰り道、リリは今までのことをベルに話、ベルはそれを、対して気にしてもいなかったように言った。
「本当に申し訳ないです…。リリはいつかこのご恩をお返ししますから…」
「大丈夫だよ…」
「リリよ」
唐突に前を歩いてたギルが、二人の会話に入ってきた。
「は、はい。王様何でしょうか?」
「
ギルが渡したものを見てリリは驚愕した。ベルは何が何やらわからないような顔をしていた。
「こ、これは…」
「
先程カヌゥ達に盗られた物が、今ギルの手から渡された。
「う、嘘っ!?」
「我は虚言は吐かん。無礼にも我に挑んできおったのでな、雑種に王の威光を示してやったに過ぎん」
ーーーリリを助ける前なら、そんなに時間はなかったのに…
リリは、ギルにずっと抱いていた疑問を聞いてみた。
「……王様ってもしかして、お強いのですか?」
「ふん。今更何を聞いている!我は英雄の中の英雄王ギルガメッシュなるぞ!!」
それだけ言うと、また前を向いて歩いていった。
「……ふふ、リリは偉大な王様にお仕えしてたのですね。王様、リリは一層王様のために頑張りますよ!」
「良い心がけだ。夢忘れるでないぞ」