霞んだ英雄譚   作:やさま

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第八話 目標

 

オラリオの地下に広がる広大な迷宮―――――通称、ダンジョン。

地表から地底へ、深度が深くなればなるほどダンジョンは広くなり、モンスターも強力になっていく。

ゆえに、新米の冒険者はダンジョン上層でまずは力を蓄え、少しずつ先へ進んでいくのが常套である。

己の力量も弁えず、身の丈に合わない階層に進もうものなら、冒険者はその命を呆気なく落とす事となるだろう。

 

一週間という期間、エイナというギルド職員からベルは多くのダンジョンとモンスターに関する知識を学び。

そしてこの日、遂にベルは初めてダンジョンへと潜る事を許された。

 

刃渡り20C程度の短刀を握り締めるベルの視線の先には、一匹のコボルト。

そんな彼の背後には、兄であるテクトの姿も見受けられた。

 

「……っ」

 

初めての戦闘。

初めての武器。

戦闘の空気が、武器の重量が、ベルの体へ重くのしかかる。

どうにも隙が見つけられずベルが攻めあぐねていると、不意にコボルトが動き出した。

 

「っぅあ!?」

「ベル!!」

 

ダンジョン上層に棲息するモンスター、犬頭の姿をしたコボルト。

その鋭い爪が、白髪の少年の体を浅く切り裂いた。

即座に灰髪の青年テクトが弟に近寄り、彼を庇うようにしてコボルトとの間に割り込む。

 

「―――ッ」

 

そして、青年は力を入れるように軽く腰を落とし。

目の前のコボルトを睨みつけ―――――風のように姿を消した。

 

『グォ……?』

 

 

敵の消失にコボルトは混乱。

事態を把握できずに動きが止まったその瞬間、コボルトの体に影が差す。

 

「……遅いッ!」

 

“跳躍していた”青年の握る両刃剣が、一直線にコボルトへと振り下ろされる。

それは銀の軌跡を描き、コボルトの体を縦に一刀両断した。

 

『ッ……!?』

 

それはまるで、豆腐に刃を入れるかの如く。

断末魔を上げる事すら叶わず、コボルトの体は綺麗に両断された魔石と共に灰と化した。

 

 

 

 

 

「大丈夫か、ベル?」

「うん……」

 

―――――強い……!

動きを追えなかった。

瞬く間に、コボルトが両断されていた。

気付いた時には終わっていた戦闘に、僕は呆然と眺める事しか出来なかった。

 

「包帯を持ってきていてよかった。ベル、少しじっとしていろ」

 

甲斐甲斐しく僕の手当をしてくれている兄。

先ほどまで両刃剣が握られていたその手には、今は白い包帯が握られている。

 

「あれ、ポーションは?確か持ってきていたよね?」

「あぁ、あるぞ。だがこの程度で一々ポーションなんて貴重品使ってたら、金なんてすぐ無くなる。痛いだろうが、我慢してくれな」

「う、うん……」

 

……動けなかった。

コボルトを前にして、僕は何も出来なかった。

いたずらに攻撃を受け、悲鳴を上げるしかできなかった。

もし兄が居なかったらどうなっていただろうか。

 

情けなさで一杯で―――――短刀を握る手に、思わず力が入る。

 

「ベル」

「……何?」

 

優しげな、兄の声。

気を使っているのだろうその優しさが、今は辛かった。

 

「攻撃を受けても、よく立っていられたな。お前は凄いよ」

「……え?」

「俺が初めてコボルトから攻撃を受けた時は、恐ろしくて尻餅ついてしまってな。随分と祖父さんにからかわれたものだよ」

 

想像出来ない。

あんな大立ち回りが出来る兄が、あまつさえあの一刀両断したコボルトから攻撃を受けるなんて。

そんな僕の心境を察したのか、包帯を巻き終えた兄は見上げるようにして僕と視線を合わせた。

 

「最初から何事も上手くいく奴なんていない。失敗して、覚えて、成長するんだ」

「……」

「大丈夫、お前なら強くなれる。あの攻撃を受けて立ち続けられたんだ……お前は、俺より強くなるよ」

 

兄は、断言した。

あんな一瞬で戦闘を終わらせられる兄が言うのだ……きっと間違いない。

 

「……うん!」

 

心強い兄の言葉。

目標へと向かう僕への激励。

それに応えるよう、大きく頷いて見せた。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

その日の夜、弟とのダンジョン初探索を終えたテクトは青の薬舗に居た。

その一室に配置されたベッドに寝転がりながら、コボルトの上空へ跳躍したあの瞬間を思いだす。

 

「……凄いな、神の恩恵」

 

本当は、地を駆けてコボルトの目の前まで接近するつもりだった。

だが、自身にかけられていた神の恩恵の力が予想を超えていた結果、脚は地を離れ空を駆けてしまい。

急遽ダンジョンの天井を足場に減速し、何とか跳躍したという(てい)を保てていた、というのが真相だった。

 

「本当は少しずつ慣れていくもんなんだろうけど……初期レベルが高いっていうのも、なかなか面倒くさそうだ」

 

ミアハ様には悪いが……しばらく、一人でダンジョンに潜ってこの力(神の恩恵)に慣れるのを優先した方がいいかもしれない。

力が制御できず、パーティに傷を負わせてしまった時には、眼も当てられなくなる。

 

(……だけどアレ、本当に制御なんかできるのか?)

 

ほんのすこしだけ、力を入れたつもりだった。

だというのにアレ(飛翔)である……力加減がまったく分からない。

本当にパーティを組めるほどに制御できるようになるだろうかと、初めてのダンジョン探索は早速不安要素が露呈する結果となった。

 

「それに、問題は他にだって……」

 

仰向けにしていた体を横に傾けると、視線の先には束となっている羊皮紙。

それは、ダンジョンの探索終了後にギルド職員のミィシャに頼み、手に入れた資料。

そこには、オラリオの全ファミリアのエンブレムが記載されている。

 

(ファミリア、思った以上に多かったな……)

 

主要なファミリアだけでいいとは言ったのだが、結局ミィシャには全て手渡された。

軽くナァーザから説明を受けたロキ・ファミリアやヘファイストス・ファミリアのような大手ならともかく、それ以外は名前だけ聞いてもさっぱりだ。

とはいえ、折角の資料、大事に有効活用したい。

それに、あの資料はあくまでも借り物であるため、いずれは返す必要がある。

そうなる前に、可能な限り頭に叩き込まなければ。

 

束の内の一枚を手に取り、エンブレムをじっくりと眺める。

その下には、【ソーマ・ファミリア】という名が書かれていた。

―――――どこかで聞いた事があるような……

 

「……何やってるの?」

「ッ!?」

 

音もなく掛けられた声―――やや表現がおかしいが―――に驚き、思わず手放した羊皮紙が床に落ちる。

たった今部屋に入ってきたナァーザが、訝しげにそれを拾った。

 

「……ソーマ・ファミリアのエンブレム?」

「の、ノックくらいしろ!驚くだろうが」

「いいじゃない。ここ、私の部屋でもあるんだし」

 

拾った羊皮紙を俺に手渡しつつ、ナァーザはもう一つのベッドへと腰掛ける。

……そう、俺はナァーザと相部屋であった。

 

「やっぱり、俺、ミアハ様の部屋で寝たほうが……」

「ミアハ様の部屋、見たでしょ?調合用の素材や大切な機材が隙間なく置かれてるそんな所に、テクトみたいな素人置けるはずないじゃない……」

「だが……」

「じゃあ客間の床で寝たら?多分、一週間もすれば体が悲鳴上げだすだろうけど……」

 

話は終わりとばかりに、ナァーザはそのままベッドへ潜りこむ。

冒険者は体が資本、そうでなくても床でこれから毎日寝るのは御免だ。

これ以上は自滅を招きかねない事を察し、魔石灯を消灯してから俺もそそくさとベッドへ潜り込んだ。

柔らかなベッドが疲れ切った体を癒し、意識は次第に闇の中へ―――――

 

「……ソーマ・ファミリアの事、調べてるの?」

 

―――――落ちかけたが、ナァーザの声がそれを引き留めた。

 

「……知ってるのか?」

「質問に質問で返さないでくれる?……まぁいいけど」

 

呆れたように溜息を吐くナァーザの姿は、闇に紛れよく見えない。

恐らくベッドの中で呆れた顔をしているだろう事は、想像に難くないが。

 

「いい噂は聞かない。あそこの冒険者、やけに必死だからね……」

「必死……?」

「とにかく金を少しでも多く稼ごうとするの。その為に争いを起こす事も少なくない……」

「金、か」

 

貧乏なファミリアなのだろうか。

金の貧しさは、心をも貧しくさせるという事か。

 

「で、そんな事知ってどうするの……?」

「……どうもしない。ただの興味だ」

「……そ」

 

興味の無くなったらしいナァーザは、それきり口を開く事はなく。

やがて聞こえてきた小さな寝息に、なんとなくドギマギしつつも無理やり瞼を下ろす。

 

(……増築してもらうための金、頑張って稼ぐか)

 

俺はヒューマン、ナァーザは犬人(シアンスロープ)

種族は違うが、しかしお互い伴侶を持つ前の男女である。

この状況に、俺はともかくナァーザが良い思いをしていないのは明白。

 

―――――弟の大層な目標とは対象的に、自身の目標はどんなに矮小なのだろう。

 

そのちっぽけさに自嘲しつつ、明日の為に今度こそ俺は意識を落とした。

 

 


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