霞んだ英雄譚   作:やさま

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第五話 ギルド

 

 

 

ひとしきり再会を喜んだ後、テクトを始めその場に居る者達は場所を変えた。

なにより犬人のナァーザが生ごみの悪臭に鼻を歪めたため、移動せざるを得なくなったのだ。

 

道を引き返し、散落する枯葉の中を歩く事、数分。

ベンチの併設されている広場が、一行の前に現れた。

 

「―――ウルフの群れをやっつけたの!?」

「楽勝、とはいかなかったけどな……」

 

腰程の高さがある花壇に寄りかかりながら、テクトはあの日を思い出す。

 

「斬っては避け、蹴っては転がり、そしてまた斬って――――」

 

全てが終わった頃には陽も落ち始めていて。

そのうえ度重なるウルフの攻撃による出血も酷く、血の臭いが追い打ちとばかりにモンスターを呼び寄せる。

新たなモンスターが現れる度、震える手で両刃剣を握り締め、頭から滴る血と汗を拭った。

 

「あんな経験は、もう二度としたくないな」

 

カラカラと笑い、テクトは困り顔で視線を落とす。

腰で光る銀の剣を撫で、目を瞑った。

―――――折れずに共に戦ってくれた相棒には、感謝してもしきれない。

 

「……さて。そろそろいいかい?」

 

うずうずと、待ちきれない様子の少女(ヘスティア)

二人の間に割り込むように立ち、彼女はベルをじっと見つめた。

 

「君がベルか?」

「う、うん……そうだけど。兄さん、この子は……?」

 

兄が一緒に連れ歩いていた少女。

自身より年下のように見える彼女が、一体何の用があるというのか。

神を子ども扱いする弟に、テクトは目を見開き滝のような汗を流した。

 

「その子、っていうかその方は……!!」

「いいんだ、テクト君」

 

……だが、想像していたような事は起こらず。

呆けるテクトには背を向け。

少女は……神様(ヘスティア様)は笑い、ベルに告げた。

 

「ファミリアを、探しているようだね」

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

「……さ、行こ。ギルドへ」

「あぁ」

 

その後、テクトとナァーザは当初の目的であるギルドへ向かう為、大通りにやってきた。

北西のメインストリートを歩く二人の間に会話は少なく。

通り過ぎる冒険者や住民の楽しげな会話が、二人を幾度となく撫でていく。

 

「テクト……ほんとによかったの?」

 

黙々と隣で歩く、ミアハ・ファミリアの新人。

見た目では何ともなさそうな彼に、ナァーザは視線だけを向け問いかけた。

それにテクトは、二つ返事で淀みなく応える。

 

「いいのさ」

 

―――――本当に、これでいいのか。

あの神様を、信じてよかったのか。

自身の手で導いてやった方がよかったのではないか。

何度自問自答しても、テクトの中で答えは出ない。

 

「ベルは、嬉しそうだったしな」

 

ヘスティアの、ファミリアへの勧誘をベルは喜んで受け入れた。

ヘスティアもまた、ベルの参加を誰よりも喜んだ。

喜び、喜ばれ、やがて歓喜のあまりベルを引き摺り去って行ったヘスティアを、テクトは見送る事しか出来なかった。

 

―――――引き留める事など、出来はしなかった。

 

「それに、二人を引き合わせたのは俺だ」

 

胸の中に込み上げる黒い感情。

故郷では縁などなかった、醜く惨めな想い。

あの時初めて、弟が―――――ベルが自分や祖父以外の誰かを頼った事への、嫉妬。

 

「ナァーザ」

「何……?」

「帰ったらミアハ様に話そう、ヘスティア・ファミリアの事。未熟な冒険者が入ったし、宣伝すれば売上に貢献できるぞ」

「未熟なのは、テクトも同じでしょ」

 

力ばかり強くても、ダンジョンの知識はからっきしである。

まずはダンジョンについて、少しずつテクトは学ばなければならない。

 

「はは……まぁ、な」

「……だから、パーティ組んだらいいんじゃない」

 

ぽつりと、呟く。

姿が見えてきたギルドを眺めつつ、ナァーザは。

 

「未熟な冒険者同士、お似合いのパーティよ」

 

ファミリアが違えど、パーティは組める。

争わなければいい。懇意にすればいい。

そうすれば何も、問題は起きない。

何よりテクトが一人でダンジョンに繰り出す事に、ミアハは良い顔をしないだろう。

 

「とはいえ、レベル1とレベル3では差が大きすぎる。あまり組みすぎると、あの子の成長を阻害しそう……」

「まぁ、ダンジョンに潜る最初の一回くらいはいいだろ。となると、問題は……」

 

通り過ぎて行った、冒険者の一団。

先ほどから見かける冒険者の殆ど……いや全てが、パーティを組んでいる事にテクトは気付く。

 

「俺が居ない時、ベルはしっかりパーティを組んでくれるかどうか、だ」

「大丈夫じゃない?ギルドの人も、その辺りの危険性はしっかり教えると思う……」

「……だと、いいんだけどな」

 

テクト自身、ダンジョンの危険性は未だ理解しきれていないが。

だがそれでも、モンスターの危険性は分かっている。

特に、群れられた時の危険性は……嫌というほど、身に染みている。

 

「何だったら、組まない日は弟を尾行でもすれば?」

「それもアリだな」

「……冗談で言ったんだけど」

 

こと弟に関しての冗談は、このヒューマンにはきっと通じない。

ナァーザが全てを理解した瞬間だった。

 

「ま、尾行はともかくとしてだ。ギルドの冒険者登録についてだが、必要なものは何もなかったのか?」

「所属のファミリアを分かってればそれでいいよ。後、テクトは外からの来訪者だし、戦闘経験とかも軽く聞かれるかもね」

「ステイタスは教えなくていいのか?」

「レベルくらいは聞かれるかもね。ただし詳しいステイタスは聞かれないと思う、その辺りは冒険者側に黙秘権があるから……そうそう、ミアハ様のサインは?」

「ここにある」

 

広げ、見せられた羊皮紙にナァーザは頷く。

その羊皮紙は、テクトが朝刻印を終え青の薬舗を出ようとしていた時、思い出したように手渡されていた物だった。

 

「それじゃ……行っておいで」

 

白い柱で作られた万神殿(パンテオン)

オラリオの運営を一手に引き受けているギルドの拠点が、二人の前に聳え立っていた。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

「うっ……」

 

夕暮れ時であるにもかからわず、ギルドは冒険者でごった返していた。

いや、夕暮れ時であるからこそなのかもしれないが……。

いずれにせよ、ギルドは今大勢の人によって混雑していて。

 

そして、テクトは人混みが苦手だった。

 

「さすがオラリオ……故郷とは大違いだ」

 

―――――とにかく登録を済まさなければ。

偶然にも受付らしき場所には人が並んでおらず、人ごみをかき分け進んでいく。

人の合間を通り抜けるたび謝罪しながら、羊皮紙を片手に携え、息も絶え絶えで受付に辿り着いた。

 

「あ、あの……冒険者登録を済ませたいんですが」

「はい。お名前と、所属ファミリアを教えて頂けますか?」

「テクト・クラネル。所属は、ミアハ・ファミリアです」

 

そして、持ってきた羊皮紙を受付の女性へと渡す。

その女性は軽く確認だけした後、気持ちの良い笑顔で感謝を述べそれをテクトへと返した。

 

「それでは、詳しい事は担当の者が対応させて頂きます。現在やや混み合っておりまして、申し訳ないのですがあちらの席でお待ち頂けますか」

 

―――――ややどころじゃないだろう

突っ込みは心中に留め、受付の女性が指した先を見る。

そこには幾つかの丸いテーブルが置かれており、向かい合うように二つの椅子がセットで配置されている。

既に殆どの席は冒険者らしき者達で埋まっていたが、一つだけ空いているテーブルがあった。

 

「分かりました、よろしくお願いします」

 

何よりもまずは、第一印象。

面倒くさい奴だと思われないよう、テクトは精一杯の笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

ごった返す人ごみに悲鳴を上げていたのは、何もテクトだけではない。

ギルドの職員もまた、対応に追われ悲鳴を上げていた。

 

「つーかーれーたー!」

 

桃色の髪を揺らし、思いきり伸びをしながら呻く女性。

黒い制服をきたギルドの職員、ミィシャ・フロットもまたその一人だった。

 

「大体なんで今日に限って一気に来ちゃうかな~。おかげで仕事増えちゃって全然片付かないよ~」

「仕方ないでしょ、そういう日もあるわよ」

 

一方で、鋭い耳をしたハーフエルフの同僚、エイナは次々とやってくる書類を着々と処理していく。

ろくに取り合ってくれない同僚にミィシャは口を尖らせ、ちょっかいを出そうとした……が。

 

「ミィシャ。新しい冒険者だ、お前が担当してくれ」

「うぇ!?」

「名前はテクト・クラネル。待合席で待たせているらしい、頼んだぞ」

 

言うだけいって、無駄な時間は掛けていられないとばかりにそそくさと上司は自席へと戻っていく。

残されたのは、書類という名の一枚の紙だけであった。

 

「……エイナ~」

「ほら、早く行きなさい。待たせているんでしょう」

 

ハーフエルフの同僚からの急かすような視線。

そして周りの同僚からの同情に満ちた視線に、ミィシャは嘆息し紙に目を通す。

 

「テクト・クラネル……ミアハ・ファミリア所属、か」

 

確か、道具屋を営んでいるファミリアだった気がする。

店番をさせるだけなら冒険者である必要はないし、調合も兼任させるのだろうか。

 

(怖くない人でありますように……!)

 

 

 

 

 

 

先に片付けなければならない仕事が少々あったミィシャは、新しい冒険者への面会より先に仕事を優先。

程なくして、上司からの書類を手に目的の場所へとやってきた。

書類に記された特徴には―――――灰色の髪で、瞳は朱。黒いローブを羽織っていて、腰には得物と思われる“抜き身”の両刃剣。

 

(抜き身って……あれ、もしかして危ない人?)

 

その剣、血で濡れたりしてはいないだろうか。

何となく気後れしつつも混雑する待合席を見渡すと、その人はすぐに見つける事が出来た。

恐らく出されたのであろう水を手に、その青年は細く鋭い眼で雑踏を眺めている。

まるで、誰かを探しているかのような……

 

(うわぁ……あれ絶対怒ってる!)

 

待たせ過ぎたのかな……。

仕方ないじゃない、緊急の書類が残ってたんだもの。

悪いのは私じゃない、大勢一気に押し寄せた冒険者!

 

考え得る限りの、自分の非を棚に上げる言い訳をたてならべ。

覚悟を決め、ミィシャは青年の着座するテーブルの前へ姿を現した。

 

「テクト・クラネルさん……ですか?」

「……?」

 

細められた朱の瞳が、ミィシャを貫く。

こころなしか、水の入ったグラスを掴む手の力も強まった気がする。

焦るミィシャの視線の先には、キラリと光る抜き身の銀の両刃剣。

まるで首筋に刃が当てられたかのように、冷や汗が流れるのを感じた。

 

「あなたの担当をさせて頂きます、ミィシャ・フロットと申します。あ、あの、遅れてすみませんでした……!」

 

先手必勝。

……勝ちたいわけでは無いけれど。

何か言われるより先に、頭を下げて陳謝したミィシャ。

周囲の冒険者からの視線が、ギルド職員の女性と青年へ突き刺さる。

 

「いや、あの……顔を上げてください。怒ってませんし、お忙しい事も分かってますから……」

「……へ?」

 

てっきり、糾弾するような声を浴びせられるとばかり思っていた。

しかし予想に反して、青年はむしろこちら(ギルド)の事を労わる様子さえ見せて。

ゆるゆると顔を上げると、青年の親しげな笑みがこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

「……人混みが苦手?」

 

向かい合うように座ったミィシャに、青年は語った。

曰く、人混みが非常に苦手で。

曰く、目まぐるしく行きかう雑踏に酔いそうになっていた、と。

 

つまり、グラスを持つ手に力が入っていたのも、眼が細められていたのも、そういった酔いに耐えようとした結果で。

 

(よかった……結構いい人そう)

 

誠実そうな好青年―――――ミィシャの彼に対する第一印象は、そのようなものだった。

 

「冒険者登録、との事ですが~……過去、どこか別のファミリアに所属されていた事は?」

「いえ、ありません」

「そうですか~」

 

書類には、住民データ無しとある。

つまり、オラリオで昔から住んでいた人ではなく、外から来たという事。

 

「テクト・クラネルさんは、外から来た方ですよね?」

「外……オラリオの外、という事でしたらその通りです」

「ありがとうございます~。それでは、幾つか質問をさせてください―――――」

 

種族、生まれ故郷、経歴―――――

登録に際し必要となる事項を聞いていき、登録に必要な書類もおおよそ完成に近づいた頃。

ミィシャは、冒険者にとって必須でもあるステイタスについて、話を移した。

 

「最後に、ステイタスですが~……ご存じかもしれませんが、こちらにはテクトさんに黙秘権が与えられていますので詳しい事はお聞きしません」

「はい」

「ですが、どの程度の能力なのかは把握しておきたいので、今現在のレベルを教えていただけますか~?」

 

過去、所属していたファミリアは無し。

故郷での職業は農民。

オラリオへは、つい先日来たばかり。

まぁ多分、レベル1だと思うけど。

 

「ミアハ様が仰るには、レベル3との事でした」

「はい、レベル3……え?」

 

聞き間違えたのかな。

今、レベル3と聞こえたような―――――

 

「……えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

「し、失礼しました……」

 

案の定、ミィシャの叫びはギルド中に響き。

何事かと、冒険者たちが一斉に二人へと視線を向けた。

 

「いえ……レベルについては私も説明を受けてますし、お気持ちはわかります」

「そう言って頂けると助かります~……」

 

ただの農民が、レベル3。

一体何をどうしたらそうなるのか。

 

「あの、テクトさんは農民でいらしたんですよね……?」

「はい。あぁ、でも……7歳の頃から、祖父と共にモンスターの討伐をしていました」

「……え?」

「ミアハ様にも不思議がられたんですが、恐らくレベルに関して言えばそれが理由かと」

 

―――――それを早く言ってほしかった

新たな情報に苦笑しつつ、ミィシャは経歴の欄にそれを付け足した。

 

「何故、そのような幼い頃からモンスターを……?」

「……どうして、なんでしょう」

「……へ?」

 

言っている意味が分からなくて、公事の最中である事も忘れもう一度聞き返してしまった。

 

「弟の為、である事は間違いない。けど、それはもっと後の理由で、最初の理由は……」

 

首を傾げ、目の前の青年はぼそぼそと呟き始める。

ミィシャに聞こえたのは弟という言葉くらいで、それ以外はよく聞き取れないほど小さな呟きだった。

 

「テクトさん?」

「……あぁ、すみません。ちょっと混乱してて……タブン、弟の為だと思います」

「弟さんがいらっしゃるんですか」

「はい……。」

 

腑に落ちない。

そんなような顔をして、青年は自信なさそうに答えた。

―――――何やら色々あったのかもしれない。

これ以上の追及は避けるべきだろう。

 

「……これで以上です。質問にお答えいただき、ありがとうございました~」

「これで、ダンジョン……地下迷宮に潜れるんですか?」

「はい。あぁでも、防具くらいは身に着けたほうがいいですよ。もしお金が無いのでしたら、こちらから支給しますので~」

「そうですか……ありがとうございます」

 

(新米……ではないのかな?)

 

モンスターとの戦闘経験はあるみたいだし。

けれど大分毛色の違う人がやってきたな、と改めてミィシャは書類を眺めた。

テクト・クラネル。

初期レベル3の新米冒険者。

人当りの良い好青年で、過去約10年間にわたり―――――

 

 

 

 

 

 

―――――-

 

 

 

 

 

その後、登録を終えてギルドを出たテクトは、先ほどの話を思い出していた。

 

「……何故、俺はモンスターと戦い始めたんだ」

 

強くなるため?

弟を守るため?

祖父を見返すため?

 

―――恐らくそのどれもが、正しいのだろう。

ベルは昔モンスターに襲われた事があり、その影響で弟を守ろうという意識が強くなったのは事実だ。

ただ、それは途中から生まれた理由であって、モンスターとの戦闘を積極的に行おうと考え出した理由ではない。

第一、襲われた当時のベルは2歳などという若さではなかった。

もっと成長していた筈だし、その年で襲われていてはひとたまりもないだろう。

 

「―――――だめだ」

 

思い出せない。

7歳以前の記憶は、白い霧で霞んでいるようにおぼろげで。

掴めそうで掴めないじれったさに、髪を無茶苦茶にかきむしった。

 

(……まぁ、いいだろう)

 

始めた理由なんて、気にしたって仕方ない。

大事なのは今であり、これからだ。

そう自分に言い聞かせ、テクトは自分を納得させた。

 

「登録、終わったんだね……」

 

抑揚のない間延びした声に、テクトは顔を上げる。

夕食の食材らしき荷物を片手に、ナァーザがこちらへと歩いてきていた。

 

「どうしたの?なんか、ものすっごい疲れた顔してるけど……」

「ギルドが混んでていてな。どうにも人混みは苦手なんだ」

「へぇ、意外。平気そうな顔してるのに……」

「俺は元来人見知りなんだ。さぁいくぞナァーザ、ミアハ様へ報告だ」

「ちょっとー。帰り道が分からないだろうから、待っててあげてたのに……」

「道を覚えるのは得意なんだが、感謝するよ。ありがとな」

「……テクトって、礼儀正しくしてる時と垢抜けてる時の差が激しいよね」

 

さっさと歩き始めてしまったテクトを追うように、ナァーザも歩き始める。

既に陽は暮れ、空は夕日で赤く染まっていた。

 

 


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