霞んだ英雄譚   作:やさま

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第一章 -迷宮都市オラリオ-
第一話 離別


 

 

 

俺達にとっての最愛の祖父。

快活に笑い、俺達に生きる力を与えてくれた頼もしい彼は―――もう居ない。

彼が亡くなったと知らされてからすぐに、俺は弟と共に生まれ故郷を抜け出し、馬車に揺られて新天地へと向かっていた。

 

「兄さん、まだ着かないのかな」

「あともう少しって所だよ。だからもう少しだけ、辛抱しな」

 

故郷から目的地まではやや遠い。

決して平らとは言えない道の凹みに車輪が嵌まる度に馬車は揺れ、僅かに浮いた体は堅い寝床へと落ち痛みを生じる。

居心地が良いとは、お世辞でも言えない。

そんなものに苛まれる苦痛は耐えがたいものだろうと、隣に座る綺麗な白髪の弟―――ベルを励ます事、5度目。

 

しかしその度に、ベルは俺の激励を否定するように首を振った。

 

「違うんだよ。僕は楽しみなんだ!冒険が……出会いがさ」

「出会い、ね。お前は正真正銘、お爺さんの孫なんだな」

「何言ってるんだ、兄さんだって孫じゃないか。兄さんは楽しみじゃないの?」

「……」

 

苦笑に苦笑を返され、俺は暫し返答に困った。

―――ここで俺は、彼になんと答えれば良いのだろうか。

祖父が居なくなった現在、その希望を否定し、待ち受けているであろう過酷な現実を諭させるべきか。

それとも、ぬるま湯の希望に同調し、待ち受けているであろう絶望から目を離させるべきか。

 

「―――そうだな。俺も、そう思うよ」

「ほら、やっぱり!兄さんも正真正銘お爺ちゃんの孫で、僕の兄だよ」

 

そう言って、楽しそうに笑うベル。

その笑顔を見て、俺は自分の選択が間違っていない事を確信した。

そして、俺は弟に甘すぎる事もまた、自覚した。

 

「だが冒険者になるにしても、お前は神の恩恵を受けなければモンスターには太刀打ちできない。それは分かっているよな?」

「分かってるよ。まずは、ファミリアに入れてくれる神様を見つけなきゃ、でしょ?」

「そうだ。死んでしまっては、出会いも何も無いからな」

 

期待に胸を膨らませる弟を後目に、俺はふと窓の外を眺めた。

すでに故郷の姿は見えず、望めるのは果てしない地平線のみ。

上空に広がる大きな青の空、鳥たちは舞うように飛び回っている。

絶望的なまでの美しい景色に、ここまで来てしまったのだと俺は改めて思い知らされた。

 

「……ふぅ」

 

本当に、出てきてしまってよかったのか。

重く暗い後悔を吐きだすように、深いため息を吐いた。

 

実のところ、俺は故郷を出ていくことに反対だった。

祖父が居なくなった今こそ、顔見知りの知人が居る地の方が生きやすいと考えていたから。

しかし、夢に目を輝かせ故郷を出ようとする弟を引き留める事は出来ず……ついに俺も故郷を飛び出した。

―――納得はしていないが、しかし仕方のない事なのかもしれない。

 

「一人になんか、出来ないしな」

 

俺は兄だ。

ベルは弟だ。

両親が亡くなり、そして祖父も亡くなった。

故郷を飛び出し、弟が向かうは助けなどありはしない新天地。

であれば、俺がするべきことはただ一つ。

押し寄せる現実から希望を……弟を守る、壁となる事。

待ち受けている得体のしれない不安に、俺は覚悟を決めた。

 

―――その時。

 

「うわぁっ!?」

 

大きな衝撃音と共に、馬車が揺れる。

目的地に着いた故の揺れとは到底思えないその異常事態に、弟の悲鳴が響き渡る。

 

「何事ですか!?」

「お客さん、モンスターです!モンスターの群れが、馬車を……!!」

「なっ……」

 

御者の焦燥に満ちた声に、俺は言葉を失った。

今進んでいる道は、それほど危険性の無い道の筈。

居たとしても群れを成す事は殆ど無く、多少戦闘の心得がある程度の俺にだって対処できる程弱い。

慌てて窓から身を乗り出し周囲を注視すると、すぐにソレは俺の眼に止まった。

 

「ウルフの群れ!?」

「今、仲間に応援を頼みました。ですが、少々離れており時間が掛かるようで……」

「……くっ」

 

本来、街間の馬車はこのような有事から客と自分の身を守るため、モンスター討伐の専門家を雇う事が多い。

そして馬車の代金には通常そういった専門家との契約金も含まれているため、長距離になればなるほど指数関数的に料金は増額していく。

だが、祖父の遺産は無きにひとしい俺達に、そのような料金を支払う能力は無い。

そんな俺達が、馬車に乗れている理由……それは。

 

「……俺が時間を稼ぎます。その間に、出来るだけ遠くへ逃げてください」

 

立てかけてあった得物―――両刃剣(ブロードソード)を手にして、更に俺は続ける。

 

「目的地まではそう遠くない。俺を降ろした後、可能な限り急げばあとはモンスターに襲われる事なく目的地に着く筈……そうでしょう、御者さん?」

「えぇ……ですが、それでは」

 

俺は、完全に置いてけぼりとなる。

つまり……囮だ。

そんな俺の提案に、隣でへたり込んでいたベルが目を見開いた。

 

「そんな!兄さん、だめだ!それじゃ……」

「ベル……仕方ないだろう。そういう"約束"なんだから」

 

有事の際の用心棒。

それを俺が引き受けたからこそ、俺達は馬車を借りる事が出来た。

そしてそのような契約である以上、俺には馬車を……弟を守る義務が発生する。

 

「御者さん、俺が外へ飛び出したら一目散にこの場から退散して下さい。出来るだけ早く……目的地へと、向かって下さい」

「っ……兄さん!」

「ベル、大丈夫だから。あの程度のモンスターなら、俺だってやれる。全てが終わったら、すぐに追いつくから……」

 

今にも泣きだしそうに涙を湛え、必死に引き留めようとするベルを必死に説得する。

どうせこのままだと、二人とも……いや、馬車もろとも果ててしまう。

それならば、一人でも多く助かる道を、俺は選びたい。

用心棒を引き受けたという義務ではなく、守りたいという己の意思からの、本心。

 

「ベル、俺はこんなところじゃやられない。お前の活躍を……そして、新しい英雄が生まれる瞬間を見なきゃならないんだからな」

「兄、さん……」

「じゃあな、ベル。お前ならきっと、英雄になれるさ」

 

新天地へ降り立つ弟を守れなくなるのは、ちょっと残念だけど。

変わらぬ俺の意思を悟ってか、おずおずと縋る手を放した弟に、俺は小さく感謝の意を呟いた。

 

―――そこからの行動は早かった。

弟へ別れを告げるなり、馬車の戸を蹴り破り外へと飛び出す。

揺れもあり、宙を不格好に二度三度反転する結果となったが、気にせず目線を後方へと向ける。

今まさに馬車へとりついている、ウルフの群れの一匹へ。

 

「―――ッふ!!」

 

重力を味方につけた、渾身の一撃。

ウルフの脳天へと突き刺さったソレによって、ウルフは絶叫を上げる間もなく絶命し、灰と化す。

予想だにしない奇襲を受けたウルフの群れは、その一匹の絶命によって一瞬動きが止まった。

 

「まだッ……!」

 

―――見逃すものかっ!

振り下ろしたブロードソードはそのまま円弧を描き、更に奥に居たウルフの胴体に赤い線が走る。

致命傷には至らなかったものの、一連の攻撃に激昂したウルフの群れはついに攻撃対象を馬車から変える。

 

「今だ、御者さん!!」

 

刹那、ウルフという重りから解放された馬車は急加速し戦線を離脱。

既に手の届かぬ場所まで逃げ切った彼らに安堵し、しっかりと剣の柄を掴みなおす。

 

「……さて」

 

目的は半分達成した。

あとはもう半分……時間稼ぎが出来れば、こちらのもの。

しかしふと周囲を見てみれば、右も左も前も後ろもウルフばかり。

 

(複数対一……形勢は圧倒的に不利、か)

 

『『『グォォォッ!!』』』

「っ……」

 

ウルフくらい、どうだってことないだろう。

これまで、一体どれだけの数を倒してきたと思っているんだ。

恐怖に震える己を誤魔化すように、俺はひたすら自分に言い聞かせ。

もう諦めよう、と折れそうになる膝を叱咤し、膝下で踏ん張りウルフを見据える。

 

―――先に動いたのは、ウルフ達だった。

 

「くっ!!」

 

高速で間合いを詰める、ウルフ達の稲妻の如き俊足。

内二匹のウルフが跳躍し、上空から二組の牙が明確な殺意をもって迫り来た。

 

(同時攻撃……!!)

 

真正面から受け止めるのは愚策。

横か、後ろか。

むしろ、ここは―――

 

「―――せいッ!」

 

跳躍したウルフの下部を潜りぬけるように前進。

すれ違いざまに高く振り上げられた剣先が、無防備な腹を深く切り払った。

 

『グゥッ!?』

「まず一匹ッ!」

 

切り払われたウルフは着地できずに地面へ墜落。

―――やれる!落ち着いてやれば、この数だって……!

確かな手ごたえを感じ安堵するも、後方から迫りくる気配に気づきすぐさま反転。

案の定、4匹のウルフが地を駆け面前へと迫っていた。

 

「チッ、一々連携良すぎなんだよお前ら……!!」

 

反転した勢いを乗せた回し蹴りでウルフ一匹の頭を粉砕。

同時にその衝撃で横へと跳躍。

着地には失敗し地面を転がってしまったが、しかし残り三匹からの攻撃は回避できた。

 

(地道にやっていくしかないか……)

 

一度に大勢のモンスターを討伐出来る程の人外な力は、俺にはない。

だから地道にウルフの数を減らし、そして避け続けるしかないのだ。

一発逆転など不可能―――そんな賭けにも等しい行為にでたその瞬間、俺の体は奴らの血肉となるだろう。

防具もまともにつけていない衣服を土色に汚しながら、俺は改めて剣を構え直した。

 

「さあ……来るなら来いよ、狼野郎」

 

―――だが、これなら勝てる。

今こそ、これまで祖父と共に行動する事で培ってきた経験を活かす時だ。

もはや震えも止まった膝下に、俺は口角が上がるのを感じた。

 

 

 


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