その後、ダンジョン探索を終えた僕達は換金の為にギルドへと向かった。
換金を済ませ、魔石の鑑定士から受け取ったヴァリスはいつもより多額で。
その多さと重さに、僕はもとよりテクトさんすらも驚愕していた。
恐らく初めての中層という事で、魔石の価値もいつもより上がっていたのだろう。
そしてあの様子から察するに、やはりテクトさんも僕同様中層以降に潜った事が無かったのは確実。
―――――ところで、テクトさんはレベル3だ。
適正階層だけ見れば、既にダンジョン下層へ片足を突っ込んでいる能力である。
そんな彼が中層へ潜っていないなど通常なら考えられない。
というか、上層だけでレベル3に上がれるのなら多くの冒険者もレベル1で留まっていたりしない。
僕自身、レベル2に上がるまで4年も費やしたのだから。
(やっぱり……)
やはり、テクトさんが“初期レベル3”だという噂は本当だったのだ。
そしてそれはつまり、地上のモンスターを相手に戦闘を重ねた結果、テクトさんはレベル3まで上がったわけで。
―――――けどそれって、上層だけでレベルを上げるより難しい気がする。
地上のモンスター達は、地上で繁殖するために体内の魔石を消耗し続けている。
その関係上、地下迷宮のモンスターより彼らは非常に弱体化しているのだ。
それこそ、ダンジョンではかなり奥深くに棲息するようなモンスターでもレベル2の冒険者ですら善戦できる程度には。
実際に戦った事はないけれど―――ダンジョンのモンスターに比べれば力など無きに等しいと、以前母さんからそんな話を聞いた。
(でも……テクトさんの“アレ”を見たら、納得もしちゃうんだよなぁ)
多くのモンスターを前にして見せたあの冷静さと、波のように絶え間なく押し寄せる攻撃を捌き切るあの戦闘技術。
神様からの恩恵だけでは決して得る事の出来ない、卓越した“技”。
レベルはともかく、技だけなら一級冒険者にも匹敵しているのではないだろうか。
戦闘中にも関わらず見惚れてしまった程、テクトさんの技術は高かった。
要するに、だ。
恐らくテクトさんは、ここオラリオでいう所の“一級冒険者並みの経験”を積んでいる。
ただ、今まで相手にしてきたモンスターが弱すぎた為に、レベルは3で止まっているわけで。
仮に神の恩恵を無しに考えた時、テクトさんの実力は結構上位にまで食い込むのではないだろうか。
―――――まぁ、仮定を考えたところで仕方ない事ではあるのだけれど。
「なんだ。俺の顔に何かついているのか?」
「い、いえ……」
怪訝そうに細められた彼の視線。
なんとなく眼を合わせ辛くて視線を逸らすと、手に麻袋を持たされた。
思わず手から落ちそうになるほどずっしりと重く、慌てて胸に抱きかかえる。
それは本当に重かった。
―――――今日の僕の働きに対して、まったく不釣り合いな程に。
「今日の報酬だ。明日もよろしく頼む、シオン」
「あ……」
お礼を言おうと顔を上げ、かち合う視線。
不敵に笑うテクトさんと目が合い、僕は思わず再び視線を逸らした。
「……」
―――――僕なんかとパーティを組ませてしまって、よかったのだろうか。
勿論、彼にパーティを迫ったのは僕だという事は分かっている。
突き離されかけた時には女々しくも縋る程、僕はテクトさんに依存している事も分かっている。
けれどその上で、やはり僕は考えてしまう。
厚顔無恥にも、罪悪感に苛まれてしまう。
どうしようもなく僕では力不足なのだと。
どんなに僕が頑張ったところで、僕の存在そのものがテクトさんの足枷となっているのだと。
(僕は足枷……でも、それでも僕は―――)
―――――けど、もうくよくよするのはやめにしよう。
今の僕が足手纏いなら、明日の僕が少しでもテクトさんの役に立てるようになればいい。
例えテクトさんが既に遠くへ走ってしまっていたのだとしても、少しずつ追いついていけばいい。
出来るだけ早く、けれど確実に一歩ずつ差を縮めよう。
見捨てやしない―――――テクトさんはそう僕に言ってくれたんだから。
新たな決意を胸に、俯いていた顔を上げ。
深呼吸するように大きく息を吸い込み、僕は宣言する。
「テクトさん!僕は―――」
「……シオン、この後時間あるか?」
「――――えっ?」
「ちょっと付き合って欲しいんだ」
だが、紡ごうとした言葉は呆気なく遮られ。
出鼻を挫かれた僕の心境などいざしらず、テクトさんの声はとても楽しげだった。
―――――
道中、テクトさんは僕に告げた。
曰く、紹介したい店がある、と。
テクトさんからの紹介とあっては、特に断るような理由も無い。
僕は二つ返事でそれを了承し、テクトさんに連れられるがまま西のメインストリートを歩く事数分。
僕の耳に、騒がしい音が聞こえてきた。
「……酒場?」
鼻腔を刺激するアルコール臭。
店は多くの冒険者による喧騒で賑わい、アルコール臭に紛れて漂う料理の美味しそうな匂いが僕の空腹を刺激する。
冒険者の為の酒場、【豊穣の女主人】。
金がない僕にとっては最も遠い存在だと思っていた店が、そこにはあった。
「あっ不良債権!いらっしゃいニャ!」
「……アーニャさん、そうやって俺を呼ぶのはやめてください」
店に入るや否や、猫人の娘が親しげにテクトさんへと駆け寄ってきた。
決して好意が向けられているとは思えない名で呼んではいるが、その一方でテクトさんが来た事には喜んでいる。
ゆらゆらと大げさに左右に揺れる尾は、まさしく彼女の心境を言い表していた。
―――――口ほど体は物を言う、という事か。
「アーニャさん、今日は二人なんですが……」
「二人ぃ?もしや、ウワサの嫁を―――――」
テクトさんの言葉に、アーニャという名の少女はイヤらしい笑みを浮かべ。
背後に隠れていた僕を覗き見るように、彼女は体を乗り出した。
「あ、どうも」
テクトさんより頭二つ分程背が小さい僕と、彼女の視線が交差する。
「……」
最初は唖然。
「……?」
次いで怪訝。
「……あぁ」
更に嘲笑。
そして最後に、したり顔でアーニャさんは言ってのけた。
「……オニイサンって、ロリコンだったのかニャ!?」
「ちょ、ちょっと待てアーニャッ!!」
爆弾発言。
その言葉に余程焦ったのだろう、テクトさんの敬語も抜けていた。
そしてそんな僕達の騒ぎに、周りの冒険者達からは好奇の視線が向けられていて。
努めて無関係を装い、僕はそっと後ずさった。
―――――僕は無関係、赤の他人です。
「だから俺には嫁など居ないと何度言ったら分かる!!大体、コイツは男だ!」
「んニャ!オニイサン、まさかショタコ」
「その先は言わせねぇよッ!!」
「むぐっ!?」
テクトさんの腕がアーニャさんの口へと伸び、無理やりに塞ぐ。
しかしアーニャさんも負けじとそれを振り払い、尚もテクトさんを嘲笑いながら言葉を続ける。
―――――というかテクトさん、女の子の口を無理やり塞ぐとか中々大胆ですね。
「ぷはッ!不良債権な上に犯罪者とか、オニイサンは罪深い男ニャ!!」
「はぁ?誰が犯罪者だダレが!!」
「オニイサン、お前はこの少年の可愛い顔に騙されてるだけニャ!雄と
「だぁれがお前なんかと!!せいぜい野良猫相手に尻尾振ってろ!!」
「ニャアアアアアッ!?私みたいな可愛い子に言い寄られておきながらなんて言い草ニャ!!」
「自分を自分で可愛いなどと断言するようなナルシストに、まともな奴なんていねぇんだよ!!」
「ショタコンに言われたくないニャッ」
「だから違うと言ってるのが分からんのかッこのスットコドッコイ!!」
これではまるで子供同士の喧嘩。
そしてこれが、冒険者達にも聞かれているわけで。
―――――聞いているこっちが恥ずかしくなってくる。
そろそろ他人のフリも限界で、流石に止めに入ろうかと考えだした―――――その時。
顔を真っ赤にして白熱しているアーニャさんとテクトさんに、不意に影が差す。
「……アーニャ」
冷徹で、地の底を這うような声。
背筋が粟立つようなその冷たさに、僕達どころか周囲の冒険者達までが息を呑む。
そしてその空気に、猫人の少女もまた肩を跳ね上げて固まり。
硬直する彼女の背後には、いつの間にか淡い緑髪の女性が無表情で仁王立ちしていた。
「リュ、リュー……ッ!?」
「ミア母さんを怒らせたくなかったら仕事に戻りなさい。遊んでいる暇など無いのですから」
「い、いえっさー!!」
言われるが否や、少女はそそくさと退散してしまった。
その逃げ足の速さたるや、冒険者の僕も見習いたいくらいだ。
やがてリューと呼ばれた女性の手により事態も収束し、静まり返っていた店内も再び喧騒を取り戻す。
冒険者達の興味はすっかり酒へと戻り、先ほどまで好奇の禍中にあったテクトさんは疲れ切ったように深く嘆息した。
「はぁ……」
「貴方にはいつもご迷惑をおかけしてすみません。常々お兄さんに迷惑を掛けないよう言っているのですが、中々あの子も聞かなくて……」
「いえ、こちらこそ騒いでしまい申し訳ありません。もう少し静かにするべきでした」
眼光は鋭く、すらりと伸びた背筋とその立ち振る舞いから、彼女がとても礼儀正しい人なのだという事が分かる。
だがそれでいて近寄りがたいというわけでもなく、先ほどの冷徹さは今や見る影もない。
怒らせると怖いだけで、根は穏和なのかもしれない。
真面目で穏和な人ほど怒らせると怖いというけれど。
「貴方も、すみませんでした。アーニャには後できつく言っておきますので」
「あ、いや、別に僕は大丈夫ですから……」
それよりも、僕は彼女の耳に目が留まった。
細く尖ったその耳は、まさしくエルフ特有の特徴。
同族を前に隠すのも失礼だろうと、僕は深く被っていた帽子を脱いで改めてリューさんを仰ぎ見る。
覆いかぶさっていたものが無くなったことで、細く鋭い耳が外気に晒された。
「初めまして、ハーフエルフのシオン・クレマです。よろしくお願いします、リューさん」
別に今時、ハーフエルフなんて珍しくもないし隠すような事でもないのだけれど。
この幼い外見に苦労する事も多かった僕は、出来るだけ種族や外見が分からないようにしている。
ただ、リューさん相手にそんな事をする気にはなんとなくなれなくて。
空色の髪と細い耳は父親譲り。
海色の瞳としっとりとした髪質は母親譲り。
僕は確かにエルフとヒューマンの間に生まれたハーフエルフなのだと、見せつけるように笑って握手を求めた。
「……」
―――――だが。
その握手が返される事は、なかった。
(……あれ?)
先も言ったが、ハーフエルフは今時物珍しいものでもない。
特に多くの種族が混在して暮らすオラリオでは、そういう人達も一定数いる。
街を管理するギルド職員にだって居るくらいだ。
だが、リューさんの眼は違った。
その眼は驚愕からか、満月のように大きく見開かれていて。
微かに震える瞳は、決して僕から視線を逸らす事無く。
僕を凝視し、固まっている。
―――――何がなんだか分からない。
何故リューさんが、そんな眼で僕を見ているのだろう。
まるで幽霊でも見たかのような、狼狽入り混じるそんな瞳で……何故。
「えっと、リューさん……?僕、何か気に障る事でも言いました?」
とはいっても、僕は挨拶しただけである。
ただそれだけで気に障るというのも可笑しい話。
意味が分からず首を傾げ、未だ差し出したままの自分の右腕を見下ろした。
―――――そして、気付いた。
「……あっ」
エルフは、心を許した相手以外に接触を許さない。
僕自身そういう事をあまり気にしない質だったせいで、今の今まですっかり忘れていた。
なるほど、リューさんからすれば僕のような素性の知らぬ男の手など取りたくもないだろう。
慌てて差し出した腕を戻し、恥じらいを押し隠すように頭を掻いた。
「す、すみません。迷惑でしたよね」
「―――いや、こちらこそすみませんでした。空いている席にご案内します」
取り繕うような笑みの謝罪。
ただそれでもリューさんは困惑顔で、僕に背を向け歩き出してしまった。
(あー……やっちゃったかな)
ファースト・コンタクトは大事だというのに、これは大失敗したといっても間違いない。
リューさんの案内に従いつつ、己の失態に僕はテクトさんの後ろで頭を抱えた。
―――――
「はぁ……」
テーブルに肘をつき考え込む僕の視界の隅では、給仕の娘達が両手一杯に料理や酒を抱え、忙しなく動き回っている。
ヒューマンも、猫人も、エルフも、色んな種族が手を取り合って働いている。
店内に配置された席のほぼすべてには先客が居り、際限なく溢れ湧く注文はまさに嵐のよう。
だがそれを前にしても、主に調理を担当しているドワーフの女主人はまだ余裕を見せていた。
この数を捌ききれるのは、やはり一流冒険者であるからなのだろうか。
更に少し店内を見渡せば、先ほどの緑髪のエルフの姿も容易く見つかる。
しかし仕事に打ち込んでいるその姿は、先ほどの困惑顔など想像もつかない程凛としていて。
差し出してしまった右手を眺めつつ、脱力して机に突っ伏す。
押しのけられた料理の皿が、寂しげに音を立てた。
「やっちゃった……」
「シオン、そんなに落ち込む事もないだろ。たかがあんな事でリューさんも怒るわけがない」
「でも……」
あの時僕に見せたリューさんの眼。
あの目を見て、僕は確信した。
怒らせはしなくても、嫌われてしまったのは違いない、と。
ただでさえ綺麗な人だと思っていただけに、出会い頭で失敗したのは本当にマズかった。
僕も男だ、女性に嫌われるよりは好かれる方が良いに決まってる。
―――――別に、“そういう事”を期待はしていないけれど。
「それより、シオン。お前に今日付き合ってもらったのは、お前にリューさんを紹介するためじゃない。それは分かってるよな?」
「分かってますよ。何か話があるんでしょう?」
でも、不甲斐ない僕への忠告ならダンジョンの中で済ませている筈。
まさかまだ何か言い足りない事でもあるのだろうか。
それとも、その後の戦闘でまた何か気になる事でも―――――
「……ッ」
―――え、まさかやっぱりパーティ解消?
―――見捨てないと言ったがあれは嘘だとかいうそういう流れ?
考えれば考える程、頭をネガティブな思考が占めていく。
額からは滝のように嫌な汗が流れ落ち、緊張からか膝が激しい貧乏ゆすりを始めていた。
「……シオン」
「ひゃい!!」
緊張でガチガチに固まっていたためか、思わず舌を噛んでしまった。
激痛に悶え苦しむも、テクトさんはお構いなしにゆっくりと告げる。
「明日、俺は用事があって出られなくてな。すまんが、明日の探索は休みにする」
「へぁ、へぁあ……」
「だがシオン、お前はもっと経験を積みたいだろう。特に今は、やる気に満ち溢れているようだしな?」
「っ……」
どうやら気付かれていたらしい。
そう、僕は少しでもはやくテクトさんに追いつきたい。
けれど残念ながら、僕は独りではダンジョンに潜れない。
例え上層のモンスター相手でも、魔法が命綱な僕ではいつ燃料切れになって身動きが取れなくなるか―――――
「そこで、だ。明日はベル達と一緒に探索をするつもりはないか?」
「―――――え?」
ベルさん―――つまり、テクトさんの弟。
ダンジョンで出会った白髪の新米冒険者。
そしてまだまだ駆け出しの彼は、未だレベル1。
対して僕はレベル2だけど……しかしこの際、そんなレベル差は関係ないだろう。
重要なのは、僕は一人ではダンジョンに潜れなどしない事で。
そしてそんな中で無理して潜る度胸も力も、僕には無いという事。
「で、でも、ベルさんの気持ちはどうなんです?僕達だけで勝手に決めてはまずいのでは……」
「そこは俺がなんとかする。ベルの主神、ヘスティア様にも掛け合っておこう。後はお前の気持ち次第だ、シオン」
「僕の……」
―――――正直に言えば、願ったり叶ったりな申し出。
レベルが僕より低かろうが、仲間というのは居る事が重要なのだ。
それにベルさんは良い人そうだったし、個人的にも仲良くなりたい。
「―――――是非、僕からもお願いしたいです」
「よし。それなら明日、いつもの時間にバベル前でな」
「はいっ」
もし断られたらどうするんだろう―――――なんて事は考えもしなかった。
なんとなくだが、テクトさんなら何でもやってのけそうな気がするのだ。
それに兄をあんなに慕っているベルさんの事だ、話を聞きもせず突っぱねるなんて事はしないだろう。
(ベルさん、か)
もう、今すぐにでも帰って長杖の手入れでもしていたい。
ダンジョン探索がこれほどまでに楽しみなのは、一体いつぶりだろう。
期待に大きく高鳴る胸が、このままどうにかなってしまいそうで。
我ながら純心すぎるその思考に、僕は自嘲するように笑った。
―――――そう。
期待で盲目的になっていた僕は、まだ気付いていない。
リリとパーティを組んでいるベルさんと共に探索するという意味を。
僕の存在をもっとも知られたくない相手に知られる危険性など―――――この時の僕は考慮すらもしていなかった。
―――――
シオンとテクトがそんな会話をしていた頃。
エルフの女性、リューは黙々と皿洗いに没頭していた。
「……」
手は常に動いているが、しかしその視線の向かう先は手元ではなく店内。
先ほど親しげに自己紹介してきたハーフエルフの少年が、今は灰髪の青年と楽しげに歓談している。
男ばかりの暑苦しい店内で、少年の空色の髪は眩しい程に目立っていた。
(……そっくりだった)
父のように、多くの事を教えてくれた人。
かつて師と仰ぎ、自分の目標だった人。
一緒に居た時間はそう長くなかったが、それでもその影はリューの記憶に鮮烈に刻まれている。
その大きな影と少年の影が、リューには重なって見えて。
見覚えのある空色の髪が、似ているようで似ていない懐かしい笑みが、酷く胸をざわつかせる。
「そういえばオルさん、恋人が居ると言っていましたね……」
恥じらいを隠すように頭を掻きながら、師はかつてリューに告げていた。
自分には愛する人がいるのだと。
今は無理だが、いずれ一緒になるつもりなのだと。
そしてその時は、君を―――――
「……ふぅ」
そこまで考えたところで、リューは思い出に縋る事をやめた。
もう十年以上も前を想ったところで、仕方がない。
守られる事のなかった口約束を惜しんだところで、後悔しか生まない。
どちらにせよ、リューの目標だった師はもう手など届かない所まで行ってしまったのだから。
―――――逝って、しまった。
「リューさん、大変そうですね。手伝いますよ」
「あぁ、シル。ありがとうございます」
優しいヒューマンの友人。
隣に立ち共に皿を洗い始めた彼女を横目に、リューの視線は少年から手元の皿へ。
諦めるように薄く笑い、止まっていた手を再び動かす。
だが皿を掴むその手には、無意識の内に力が込められていた。