霞んだ英雄譚   作:やさま

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6/7:リリの一人称が「私」になっていたのを修正。
6/8:文章を加筆修正。リリの心情描写をより丁寧に。
2017/10/12:加筆修正


第十六話番外 私の大切な幼馴染

探索中、偶然遭遇した二人組の冒険者。

彼らとの邂逅を終えた後、この冒険者は目に見えて張り切って探索しだした。

その理由はきっと―――――

 

「ごめんね、リリ。兄さん、何か勘違いをしていたみたいでさ」

「いいえ、大丈夫ですよ」

 

このヒューマンの兄……テクト・クラネル。

弟同様に癖っ気のある灰髪の、長身の男性。

リリを見つめていた瞳は夕日のように朱く、綺麗で。

あの、弟を見る優しげな目を見たら、慕うのも無理はないと思ってしまった。

 

しかし―――――あの“初期レベル3の冒険者”が、まさか兄だったとは。確かに、同じクラネルだったけれど。

ちょっと、“差”がありすぎやしないだろうか―――――何が、とは言わないけれど。

 

「それに、“似た風貌をしていた”リリも悪いですから」

「そんな!リリは悪くない言うけれど。でも実際、悪いのは本当にリリ。

そしてフードを掴まれたあの時、焦った。

気付かれてしまったのかと、このヒューマンに全てバレるのかと、恐怖した。

思わず身が震えてしまった程に、あの男は―――殺気を込めて、リリを見ていた。

 

「っ……」

 

今までの冒険者達が見せてきたような侮蔑ではない。

あれは、徹底的なまでの“嫌悪”。

絶対的な殺意を、テクト・クラネルはぶつけていた。

 

「リリ?どうしたの?」

「あ、いえ。なんでもありません」

 

足取りが重くなっていたリリに、心配そうに視線を向けてくる。

あの冒険者の弟とは思えない程、優しい眼差しを向けてくる。

一見すれば本当に兄弟なのかと疑ってしまいかねない程、彼らが向ける視線は真逆だ。

 

(でも……やっぱり、兄弟なんですね)

 

身内には……信頼している人間には、とことん甘い。

この人が今リリに対しそうしているように、あの兄もまた弟に甘い。

リリには見せず、弟には見せていたあの眼を見れば、誰だって分かる。

 

あの人は―――――どうしようもなく、弟が大切なのだろう。

 

「リリ、ベル様がちょっと羨ましいです」

「え?」

 

あんな兄が居たら。

あんな風に見てくれる人が居たら。

リリを守ってくれる人が居たら、きっと今頃―――――

 

(……シオン)

 

ふと、幼馴染の顔が脳裏に浮かんだ。

空色のサラサラな髪を肩まで伸ばした、幼げなハーフエルフの少年。

 

でもあの子は、リリにとっての兄などではない。

どちらかというと、弟だ。

リリが居ないと何もできない、守らなければならない存在。

冒険者になれなければ、リリのように手を悪に染める事も出来ない、純粋無垢で弱い存在。

 

「あの子も、もう少しベル様のように頑張って欲しいものなのですが」

「あの子……?」

「幼馴染です。シオンっていうハーフエルフなんですが、どうしようもなくヘタレで……」

 

一度、あの子も冒険者になろうとしていた時期があった。

かなり前の話だから、非力な今よりも更に非力な、モンスター一匹殺せないんじゃないかと思うくらい当時は弱い子だった。

それでも、シオンはシオンなりに頑張ったようだったけれど、結局諦めてしまったようだった。

その証拠に、丁度リリがサポーター紛いの事をし始めてからは、めっきりその話を聞かなくなってしまった。

外から杖代わりの妙な木の棒を持ってきては、いつも懐かしげにそれを眺めている。

 

「でも、しょうがないんじゃないかな。誰にだって、出来る事出来ない事があるからね」

「……それでも、強くなって欲しかったんです、あの子には」

 

リリは冒険者が嫌い。

でも、シオンがその嫌いな冒険者になるという事自体に、嫌悪を抱く事はなかった。

むしろ嬉しかった。

あの子が、リリを守ろうとしてくれた事が。

 

(……でも、諦めてしまった)

 

彼はモンスターと直接やり合う事が出来る程身体能力は高く無かった。

つまり“盾”となるような助けが必要な彼は、いつもどこかのパーティに所属していた。

 

一人でダンジョンに潜れる程の能力は、彼には無かった。

 

けど同時に、自己主張が激しく血気盛んなそこら辺の冒険者達とは違って、シオンは純粋過ぎた。

裏を知らず、表しか知らなかった彼は、そのことごとくに裏切られ、金を騙し取られ、そして捨てられた。

そしていつか、ボロボロになって帰って来た時、あの子は言った。

 

冒険者が怖い―――――と。

 

「ベル様とあの子が会ってたら、もしかすると何か変わっていたかもしれませんね」

「僕が?そんな、買い被りすぎだよ。その子だって、僕みたいな弱い冒険者と一緒に冒険したくないよ、きっと」

 

そんな事は無い。

そう言い切れる程に、確信があった。

サポーターであるリリにすら、おかしいくらいに優しいこの人なら。

きっと、あの子を絶望させる事はなかっただろう。

 

―――()()()と出会えていたのがリリではなくシオンだったら、あの子は冒険者を辞めなかった。

 

(シオンのサポーターになら、喜んでなるのに……)

 

きっとリリはシオンのサポーターとして、ダンジョンに潜っていただろう。

一緒に苦労を経験して、一緒に命がけで頑張って。

苦しい事も辛い事も、シオンとなら一緒に乗り越える事が出来たかもしれない。

 

でも、それは全て泡沫の夢。

叶わぬ願いに胸を高鳴らせたところで、ただただ絶望するだけ。

諦めるように小さく嘆息して、ベル様を仰ぎ見ると―――――不意に、その隣に冒険者としてのシオンの幻を視た。

その幻は、楽しげに笑っていて。

その笑顔に、ベル様も笑い、リリも笑うのだ。

もしかしたら、あの兄も一緒に歩いていたかもしれない。

弟に向けるようなまなざしを、リリにも()()()()()()()()かもしれない。

 

―――そんな、希望に満ちた現在(いま)の幻想。

 

陰険なダンジョンには似つかないその眩しさに。

頬を、雫が伝った。

 

(……っ)

 

夢に押しつぶされそうになり、慌てて頭を振って幻想を振り払う。

―――どうせそんな幻想はあり得ない夢。

―――ベル様だって、その優しい笑顔の裏で何を考えているか分からない。

―――ベル様のお兄様はあんなに恐ろしい人間なのだ、その弟も腹に一物抱えているに違いない。

―――見ただろう、あの日の夜のテクト・クラネルの暗い眼を。

そんな風に自分に言い聞かせ、納得させて。

 

(冒険者は……やっぱり嫌いですっ)

 

リリをこんな目に遭わせる冒険者が。

そして、シオンの夢を壊した冒険者が。

リリを守ろうとしてくれた弱いけど頼もしいシオンを、“潰した”冒険者が。

リリとシオンの夢を壊した冒険者が。

 

 

 

リリは―――――大っ嫌いです

 


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