6/8:文章を加筆修正。リリの心情描写をより丁寧に。
2017/10/12:加筆修正
探索中、偶然遭遇した二人組の冒険者。
彼らとの邂逅を終えた後、この冒険者は目に見えて張り切って探索しだした。
その理由はきっと―――――
「ごめんね、リリ。兄さん、何か勘違いをしていたみたいでさ」
「いいえ、大丈夫ですよ」
このヒューマンの兄……テクト・クラネル。
弟同様に癖っ気のある灰髪の、長身の男性。
リリを見つめていた瞳は夕日のように朱く、綺麗で。
あの、弟を見る優しげな目を見たら、慕うのも無理はないと思ってしまった。
しかし―――――あの“初期レベル3の冒険者”が、まさか兄だったとは。確かに、同じクラネルだったけれど。
ちょっと、“差”がありすぎやしないだろうか―――――何が、とは言わないけれど。
「それに、“似た風貌をしていた”リリも悪いですから」
「そんな!リリは悪くない言うけれど。でも実際、悪いのは本当にリリ。
そしてフードを掴まれたあの時、焦った。
気付かれてしまったのかと、このヒューマンに全てバレるのかと、恐怖した。
思わず身が震えてしまった程に、あの男は―――殺気を込めて、リリを見ていた。
「っ……」
今までの冒険者達が見せてきたような侮蔑ではない。
あれは、徹底的なまでの“嫌悪”。
絶対的な殺意を、テクト・クラネルはぶつけていた。
「リリ?どうしたの?」
「あ、いえ。なんでもありません」
足取りが重くなっていたリリに、心配そうに視線を向けてくる。
あの冒険者の弟とは思えない程、優しい眼差しを向けてくる。
一見すれば本当に兄弟なのかと疑ってしまいかねない程、彼らが向ける視線は真逆だ。
(でも……やっぱり、兄弟なんですね)
身内には……信頼している人間には、とことん甘い。
この人が今リリに対しそうしているように、あの兄もまた弟に甘い。
リリには見せず、弟には見せていたあの眼を見れば、誰だって分かる。
あの人は―――――どうしようもなく、弟が大切なのだろう。
「リリ、ベル様がちょっと羨ましいです」
「え?」
あんな兄が居たら。
あんな風に見てくれる人が居たら。
リリを守ってくれる人が居たら、きっと今頃―――――
(……シオン)
ふと、幼馴染の顔が脳裏に浮かんだ。
空色のサラサラな髪を肩まで伸ばした、幼げなハーフエルフの少年。
でもあの子は、リリにとっての兄などではない。
どちらかというと、弟だ。
リリが居ないと何もできない、守らなければならない存在。
冒険者になれなければ、リリのように手を悪に染める事も出来ない、純粋無垢で弱い存在。
「あの子も、もう少しベル様のように頑張って欲しいものなのですが」
「あの子……?」
「幼馴染です。シオンっていうハーフエルフなんですが、どうしようもなくヘタレで……」
一度、あの子も冒険者になろうとしていた時期があった。
かなり前の話だから、非力な今よりも更に非力な、モンスター一匹殺せないんじゃないかと思うくらい当時は弱い子だった。
それでも、シオンはシオンなりに頑張ったようだったけれど、結局諦めてしまったようだった。
その証拠に、丁度リリがサポーター紛いの事をし始めてからは、めっきりその話を聞かなくなってしまった。
外から杖代わりの妙な木の棒を持ってきては、いつも懐かしげにそれを眺めている。
「でも、しょうがないんじゃないかな。誰にだって、出来る事出来ない事があるからね」
「……それでも、強くなって欲しかったんです、あの子には」
リリは冒険者が嫌い。
でも、シオンがその嫌いな冒険者になるという事自体に、嫌悪を抱く事はなかった。
むしろ嬉しかった。
あの子が、リリを守ろうとしてくれた事が。
(……でも、諦めてしまった)
彼はモンスターと直接やり合う事が出来る程身体能力は高く無かった。
つまり“盾”となるような助けが必要な彼は、いつもどこかのパーティに所属していた。
一人でダンジョンに潜れる程の能力は、彼には無かった。
けど同時に、自己主張が激しく血気盛んなそこら辺の冒険者達とは違って、シオンは純粋過ぎた。
裏を知らず、表しか知らなかった彼は、そのことごとくに裏切られ、金を騙し取られ、そして捨てられた。
そしていつか、ボロボロになって帰って来た時、あの子は言った。
冒険者が怖い―――――と。
「ベル様とあの子が会ってたら、もしかすると何か変わっていたかもしれませんね」
「僕が?そんな、買い被りすぎだよ。その子だって、僕みたいな弱い冒険者と一緒に冒険したくないよ、きっと」
そんな事は無い。
そう言い切れる程に、確信があった。
サポーターであるリリにすら、おかしいくらいに優しいこの人なら。
きっと、あの子を絶望させる事はなかっただろう。
―――
(シオンのサポーターになら、喜んでなるのに……)
きっとリリはシオンのサポーターとして、ダンジョンに潜っていただろう。
一緒に苦労を経験して、一緒に命がけで頑張って。
苦しい事も辛い事も、シオンとなら一緒に乗り越える事が出来たかもしれない。
でも、それは全て泡沫の夢。
叶わぬ願いに胸を高鳴らせたところで、ただただ絶望するだけ。
諦めるように小さく嘆息して、ベル様を仰ぎ見ると―――――不意に、その隣に冒険者としてのシオンの幻を視た。
その幻は、楽しげに笑っていて。
その笑顔に、ベル様も笑い、リリも笑うのだ。
もしかしたら、あの兄も一緒に歩いていたかもしれない。
弟に向けるようなまなざしを、リリにも
―――そんな、希望に満ちた
陰険なダンジョンには似つかないその眩しさに。
頬を、雫が伝った。
(……っ)
夢に押しつぶされそうになり、慌てて頭を振って幻想を振り払う。
―――どうせそんな幻想はあり得ない夢。
―――ベル様だって、その優しい笑顔の裏で何を考えているか分からない。
―――ベル様のお兄様はあんなに恐ろしい人間なのだ、その弟も腹に一物抱えているに違いない。
―――見ただろう、あの日の夜のテクト・クラネルの暗い眼を。
そんな風に自分に言い聞かせ、納得させて。
(冒険者は……やっぱり嫌いですっ)
リリをこんな目に遭わせる冒険者が。
そして、シオンの夢を壊した冒険者が。
リリを守ろうとしてくれた弱いけど頼もしいシオンを、“潰した”冒険者が。
リリとシオンの夢を壊した冒険者が。
リリは―――――大っ嫌いです