霞んだ英雄譚   作:やさま

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第十三話 怪物祭

怪物祭(モンスターフィリア)

ガネーシャ・ファミリアが闘技場で主催する、大規模な祭。

昨日その存在を知る事となった俺は、当初の予定通りナァーザを誘った。

やれ、恩返しだとか。

やれ、息抜きだとか。

色々理由を取り繕いつつ祭を一緒に回らないかと誘う俺に、彼女は二つ返事で了承してくれた。

まるで告白する前のような妙な緊張感に汗を流したのは記憶に新しい。

だがナァーザも、祭だという事で心なしか嬉しそうにしていたのが唯一の救いだった。

 

―――しかし、なんて大胆な事をしでかしたのだろうと今になって俺は思う。

 

あの時ナァーザに、デートへ誘われたのだと思われる可能性もあったのではないか。

普段から一緒に外食をするような事をしていたなら別だが、生憎彼女とはそういう事をまったくしていない。

彼女から誘われることもないし、俺から誘うこともなかった。

そんな俺からの突然の誘いに、ナァーザが何もない何かを勘ぐる可能性もあったのでは―――

 

「テクト、何をそんなに顔を赤くしているの?」

「……己の無計画さに自己嫌悪していただけだ」

「?」

 

ただ、俺がナァーザをそういう目で見ていないわけではない。

彼女とはただでさえ毎日同じ空気を吸って寝ているのだ。

よからぬ何かを、いつか祖父がベルや俺に言っていたような事を、男として妄想しなかったといえば嘘になる。

 

ただ、そういう事を妄想する度に、俺の中で自問自答するのだ。

俺は本当にナァーザという女性に対しそういう想いを抱いているのか、と。

 

女ならだれでもいいんじゃないか。

それは全く特別な思いでは無いんじゃないか。

そう、例えば、ギルド職員の友人達。

贔屓目に見ても綺麗で可愛い彼女達と同じ状況に陥った時、きっと俺は同じ思いを抱くのではないだろうか。

 

そのたびに、自分が彼女に抱いている想いがとても我儘で自己中心的な事に気付かされ。

一人で勝手に落ち込んで、彼女への申し訳なさから俺はいつも心に蓋をして……

 

(……って、俺は何を延々と言い訳を立て並べているんだ)

 

「はぁ……」

 

顔を顰めて。

俯いて。

嘆息して。

到底祭りを楽しみに来ている人間とは思えないテクトの様子に、ナァーザも眉をひそめる。

 

「もしかしてあまり楽しくないの?」

「い、いや!そんな事は無い」

「そ。じゃ、早く行こう」

 

そう言ってナァーザが指差した先は、東のメインストリート。

その先にこそ、怪物祭(モンスターフィリア)の舞台である闘技場が存在する。

―――だが今の俺には、それよりも気になる事があった。

 

「……なぁ、流石に人多すぎじゃないか?」

 

俺達は今、オラリオの中心であるバベルに居る。

八本のメインストリートの終着点であるバベルには、今現在多くの人間が流入し、そして東のメインストリートへと大挙している。

その様は、まるで―――人の川。

 

「当然でしょ、祭りだもの。ま、それでもいつもよりちょっと人多いかも」

 

にぎやかな雰囲気を前に浮足立っているナァーザの隣で、青ざめている男が一人。

 

「……こなくそッ!」

 

ここまで来たらもう退けない。

何が川だ、そんなもの土足で踏み込んで泳ぎ切って見せる。

意味の分からぬ覚悟を胸に、俺はナァーザと共に濁流(ひとごみ)へと飛び込んだ。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

「っ……」

「テクト……そんなに人混み苦手だったんだね」

 

案の定、濁流を泳ぎ切れず溺れ流されてしまったテクトは、闘技場周辺の広場へ漂着。

顔が青を通り越して白くなっているテクトを、私はクレープを食べつつ呆れたように眺めていた。

 

「クレープ分けてあげようか?食べたら元気でるかも……」

「あ、甘い物だけはやめてくれ……というか視界にも入れてくれるな」

 

ぐるぐると廻る視界の中、呻くように告げる青年。

いつものどこか達観しているような余裕さなど、今の彼には欠片もない。

なんだかそれが、私にはとてもおかしくて―――――笑えてきた。

 

「ふふ……」

「人が切羽詰ってるってのに、よく笑えるな」

「人の不幸は蜜の味って言葉、知ってる?」

「……お前、ホームに戻ったら覚えてろよ」

 

恨めしげな彼の視線すら、今の私には蜜よりも魅力的な何かに見える。

いつもとは違う新鮮なテクトの姿を見れた事だけでも、祭の誘いに乗った甲斐があるというものだ。

 

「クレープが無理なら、クリームだけでも……」

「そういう問題じゃないッ!!」

 

看病をするでもなく、そうやって病人を弄り続けていると。

ふと、視界の隅でいつぞやの白髪頭の少年と黒髪ツインテールの少女が楽しげに歓談しているのが見えた。

 

「うっ、大声出したら余計眩暈が……」

「……テクト。場所、移動するよ」

「は?おい、ちょっと、待……」

「黙って」

 

なんとなく、その二人を邪魔してはいけない気がして。

クレープを口いっぱいに頬張って食べきり、気付かれないよう静かにその場を後にする事にした。

 

騒ごうとするテクトの口を手で塞いで、ズルズルと引き摺り。

先ほどの広場とはやや離れた、どこぞの裏路地へと顔の白い青年を連れ込んだ。

 

「……これ、普通は立場逆だよね」

「む……むぐっ!!」

「あ、ごめん」

 

思い出したように手を放すと、テクトは四つん這いになり肩で息を始めた。

そんなに苦しかったんだろうか。

そういえば、口だけでなく鼻も一緒に塞いでいた気もする。

―――――流石にちょっと、悪い事をしたかもしれない。

 

「ったく、いい加減にしろよ。というか、ここはどこだ」

「見て分からない?裏路地だよ」

「そういう事を言っているんじゃないッ!俺達は祭に来てるんだ、こんな所来たって仕方ないだろ」

「人混みが苦手なくせに……」

 

非難の声を上げるテクトは放置し、ちらりと周りを見渡す。

昼だと言うのに薄暗く、風通りが悪い為かどこか空気は湿っている。

ただ道自体はそれほど汚くはなく、人気もそれほど少ないわけでもない。

それどころかあちらこちらから感じる気配と、壁に記されている矢印の記号に気付き、理解した。

 

ここは、裏路地などではなく―――――

 

『『『ガアァァァァァァァ!!』』』

「「!?」」

 

突如として響き渡る咆哮。

ここ(オラリオ)ではまず聞く筈の無いその声に、私達は驚きから肩を跳ねさせた。

 

「モンスター……!?」

「何故オラリオに!!このオラリオは巨大な壁で守られているんじゃなかったのか!?」

「わ、分からない!こんなこと、私も初めて―――」

 

―――――まさか。

この時期、オラリオにモンスターが入り込む可能性が一つだけある。

ギルドの眼も掻い潜り、正規ルートでダンジョンから街にやって来る可能性、それは―――

 

怪物祭(モンスターフィリア)……!!」

「はぁ!?じゃあなんだ、これは怪物祭(モンスターフィリア)の催しだとでもいうのか!?」

「違う!怪物祭(モンスターフィリア)はモンスターを調教する様を見せる見世物。だから今、闘技場には調教対象のモンスターが保管されている……」

「それじゃ、そのモンスターが闘技場から逃げ出したってのか!!」

 

闘技場には、冒険者ではない一般市民も訪れている。

そんな彼らがモンスターに襲われでもしたら、ひとたまりもないのは火を見るより明らかだ。

それに、さっきの声からして逃げ出したモンスターは一匹や二匹どころの数では無いだろう。

 

おもむろに緊急時の為にと持ってきた弓を手に取ろうとした、その時。

 

「……ッ!!」

 

蘇る記憶。

血だらけの自分。

圧し折られたココロ。

 

―――気付けば、弓も満足に持てない程に手が震えていた。

 

銀の両刃剣(ブロードソード)だけでも持ってきていて正解だった。ナァーザ、お前は一度ホームへ戻れ」

「っ……ごめん」

 

今の私は足手纏い。

そんな私が彼の援護を願い出たところで、足を引っ張るのは目に見えている。

駆けて行ったテクトを、私は見送った。

 

「……ッ」

 

不甲斐ない自分。

情けない自分。

―――その悔しさに、私は歯を噛みしめた。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

「ベル君!!」

「神様、しっかり掴まっていてくださいね……!!」

 

突如、僕達の前に現れた巨大な野猿のモンスター―――シルバーバック。

全身真っ白の体毛に覆われており、特に発達した腕は筋骨隆々としていて。

今の僕では到底敵わないようなそれに、僕達は現在進行形で狙われている。

 

『グガァァァァ!!』

 

駆ける僕の脇を掠めるように飛んできた巨大な拳。

地を砕き、外壁を破砕したその威力に、僕の背筋は凍りつく。

それでも走る事をやめなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。

 

「神様!なんであのモンスター、神様を狙っているんですか!?」

「分からないよ!ボクだってあんな知り合いは居ないさ!」

「あんな知り合い居て欲しくないですし、居たら驚きます!でも、これは……!!」

 

行く先逃げる先、何処へ行こうとシルバーバックは僕達を……神様を付け狙い、追いかけまわす。

僕達以外には眼もくれず、一心不乱に走り続けるあの様子は、明らかに異常だ。

 

「とにかく、今はどうにか振り切らないと……!!」

 

今僕達が居る場所はダイダロス通り。

道の所々が狭く、そのうえ迷路のようなこの住宅街は振り切るにはうってつけだ。

ただ、迷路を完全に把握していない僕達からすれば、その迷路自体に翻弄される可能性も否めない。

背後から追われているこの状況で袋小路にでも迷い込んでしまえば、その瞬間絶体絶命に―――――

 

「ベ、ベル君!!」

「ッ!?」

 

神様を抱き、前へ前へと駆けていく。

長い一本道を抜けきった僕達の前に現れたのは、三軒の住宅に囲まれている開けた場所。

三方を壁に囲まれているその場所に、道はたった今僕達が通ってきた長い一本道しかない。

―――――恐れていた事態が起こってしまった。

 

今戻っても、あの白いモンスターと鉢合わせするだけだろう。

四角に切り取られた青い空が、今はいつもより果てしなく遠い存在のように思えた。

 

『ガアァッ!!』

 

恐らく屋根伝いに追っていたのだろう。

シルバーバックは上空から姿を現し、僕達の退路を―――唯一の道を塞ぐように降り立った。

 

「くっ……」

 

確実に迫っている死の恐怖に、思わず後ずさる。

だが後ろには神様が居る事に気付き、僕は再び前へと歩み出た。

 

―――誰かを救う、英雄になりたい。

その一心で、僕はオラリオに来たんじゃなかったのか。

―――あの時僕を救ってくれた、あの人に追いつきたい。

その一心で、僕はダンジョンに潜り続けていたんじゃなかったのか。

 

「……下がっていてください、神様」

「ベル君!?」

 

そして、何より僕は―――――

 

「神様は僕が守ります!だって僕は、僕の夢の為に―――」

 

―――――あの大きな兄さんの背から、降りたんだからッ!!

 

短刀を手に、一気に懐へと駆ける。

あのモンスターは図体はでかいが、だからこそ懐に入りさえすれば攻撃は届きにくい筈。

だから今の僕の最高速度で、奴の足元へ―――――

 

『ガァッ!!』

「っ!!」

 

僕の動きに呼応して、薙ぐように振り回された鉄鎖。

左から迫る巨大な鉄塊ともいうべき鎖を、伏せるようにして回避。

髪に触れる勢いで頭上を通り過ぎたソレを後目に、短刀を逆手に持ち直して跳躍した。

 

「どんな強大なモンスターでも、魔石さえ破壊すれば……!!」

 

モンスターの力の源は魔石で、それがあるから彼らは強い力を発揮できる。

しかし逆を言えば、彼らの体内にある魔石さえ破壊できれば、それだけで葬り去る事も可能だ。

いつか僕に教えてくれたエイナさんに感謝しながら、勢いを殺さずに一直線にモンスターへと短刀を振り翳す。

鉄鎖を振り回した直後の隙でシルバーバックは身動きが取れず、その刃は容易く白い毛皮へと到達した。

 

―――――だが。

 

「嘘……!?」

 

シルバーバックの白い毛皮を貫通するよりも先に、その短刀が瓦解。

刃が折れ、柄のみとなってしまったそれを見て、ついに僕は現実を理解した。

 

―――――やはり、勝てないッ!!

 

『グォォォ!!』

 

お返しだとばかりに放たれた巨大な拳。

宙を跳んでいた僕には回避する事すらかなわず、ただそれを待つ事しか出来ない。

脳裏に浮かぶのは、あの拳によって破砕された壁の無残な姿。

 

「ッ!!」

 

腕を交差し、衝撃に備えて身を固める。

恐怖を押し隠すように目を瞑った、その瞬間。

拳が到達するよりも先に、体に柔らかな衝撃が走った。

 

「ベル……無事か?」

 

次いで、耳元で囁かれた言葉。

その言葉に目を見開くと、宙に浮いていた筈の僕はいつの間にか地上に座り込んでいて。

そんな僕に背を向けるように、麻のローブを羽織る灰髪の男が立っていた。

いつも携えている筈の黒い両刃剣は見当たらなかったが、銀の両刃剣はしっかりと右手に握られている。

 

「兄さん!!」

「テクト君!!」

 

何故ここが分かったのか。

今なおシルバーバックと対峙する彼へ、驚愕に満ちた二人分の声が向けられた。

 

「まったく……さっきはナァーザを怒鳴ってしまったが、あいつには感謝しないといけないな」

「ナァーザさん、ってミアハ・ファミリアの?」

「あぁ。偶然ナァーザが俺をこの一帯にに……って、そんな事はどうでもいい。ベルと、そしてヘスティア様も少し隠れていて下さい」

 

あとは俺がやりますから、と背を向けて語る兄。

その大きな背が僕は頼もしかったが―――それと同時に、これでいいのかという思いも湧いた。

また守られてしまっていいのか。

こんな事では、僕の夢は夢のまま終わってしまうのではないか。

 

折れた短刀を握り締め、もう一度目を瞑る。

思案するように俯いていると、肩へ伝わる軽い衝撃。

 

「神様……?」

「ベル君。まだ諦めるには早いよ」

 

 

そう告げる神様の眼は、楽しげに笑っていた。

 


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