霞んだ英雄譚   作:やさま

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第二章 -兄の心、弟知らず-
第十話 想い、想われ


「五階にミノタウロスゥゥゥゥ!?!?」

「……テクト、うるさい。黙って食事しなよ」

「これが黙っていられるか!!それにベルが襲われたって……!!」

 

翌日、昼食の場でナァーザより告げられた爆弾発言。

“五階層に現れたミノタウロスにベルが襲われた”は、寝起きのテクトの頭を殺人的な衝撃でもって目覚めさせた。

 

「どうしてすぐに俺を起こさなかった!?」

「……だってベルに怪我無かったし。必要なかったから」

 

そう、テクトは今日盛大に寝坊した。

いつもなら早朝には起きているはずが、すでに今は陽も昇り切った真昼間。

そしてそれが、昨晩のオラリオ探訪が原因である事は間違いないだろう。

全て自己責任である事を認めているのか、テクトはそれ以上の反論を口にする事は無かった。

 

「くっ……」

 

―――――もし時間を遡る事が出来るのなら、今すぐ昨日の俺をぶん殴りたい……!

何が嫉妬だ。

何が10年の重みだ。

そんなもので弟を失ったら、一体どう責任を取るというのだ。

一ヶ月も経たずしてこのザマでは―――――両親に見せる顔が無い!

 

「御馳走様でした!」

「テクト、食器は炊事場へ……」

「申し訳ありませんミアハ様、帰ってきたらやります!」

 

昼食を無理やり口へ押し込み、慌ててテクトは青の薬舗を飛び出した。

恐らくベルの様子を見る為に、ヘスティア・ファミリアのホームへ行ったのだろう。

 

「……ふっ。テクトは相変わらず弟思いなのだな」

「えぇ、ミアハ様……」

 

昨晩のテクトの眼を、ナァーザは思い出していた。

全てに対し絶望し濁り切っていた、あの眼。

あんなモノを見せられては……忘れる事など出来はしない。

 

「テクトに何があったのか、何を考えているのかはまだよく分からない。だが、恐らく彼は背負い込みすぎている」

「……弟であるベルを、ですか?」

 

ナァーザの言葉に、ミアハはゆっくりと首を横に振る。

 

「いいや。兄である事そのものにだ」

「兄である、事……」

「テクトは、ベルの兄である事に極端に固執している。まるで、そこにしか己の居場所が無いかのように」

 

それは同時に、まだ青の薬舗(ミアハ・ファミリア)を居場所として認めていない事でもある。

それでも彼はこれまで冒険者としてよくやってくれているし、調合の素材を商人から仕入れなくて良いというのは大きな利益を生んでいる。

―――――なんと不器用で、実直な青年なのだろう。

 

「だが、これは全て彼自身の問題だ。私達には見守る事しか出来まい」

「はい、ミアハ様」

 

優しき青年にとって、これは命がけの綱渡り。

一歩間違えれば、少し油断すれば、一気に奈落へ真っ逆さま。

想いと感情に蓋をし、理性だけで綱の上を歩き続けている。

―――だが昨日、青年は足を踏み外し落ちかけた。

そして今日、それを青年は決死の覚悟で掴み直し、その手を離さぬよう歯を食いしばっている。

 

「……気付きなよ、馬鹿」

 

その下では、私達(ミアハ・ファミリア)が手を広げて待っているのに。

いつでも彼を救う用意は出来ているというのに。

前しか見えない彼は、下には奈落しかないと思い込み、恐怖と戦い綱を握り続けている。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

ヘスティア・ファミリアがホームとしている竈火の館。

西の大通りにあるその教会に、半ば蹴り破るようにして侵入。

そのままズカズカと祭壇の奥へ大股で歩き、主神とその眷属が居る隠し部屋の戸を開けた。

 

「ベル!!」

「兄さん!?ど、どうしたのこんな所まで!?」

 

思わぬ来訪者に目を丸くする我が弟。

その無事な姿を改めて確認し、安堵するように大きく嘆息する。

 

「まったく……ミノタウロスに襲われたんだってな」

「え、どうしてそれを……」

「ナァーザから聞いた。頼むから、こんな事はこれっきりにしてくれよ……?」

 

1から10までベルが悪いわけでは無い事は分かっている。

5階層へと調子に乗って乗り込んだその時、偶然にも本来は居る筈のないミノタウロスが5階に来ただけだ。

偶然に偶然が重なった事故……とはいえ、まったくベルに非が無いとも言いきれない。

頬を掻いて俯く弟に、俺はただただ呆れていた。

―――――果たして、安心して目を離せる日は来るのだろうか。

 

「絶対に、絶対にもう無理はするなよ!?」

「わ、分かったから!それはもうエイナさんにもこっぴどく怒られたから……」

「……そういえばベル、ヘスティア様の姿が見当たらないが」

「この時間はバイトに行ってるよ。多分今は、北のメインストリートの露店に居ると思うけど……」

「あぁいや、別に用事があったわけじゃない。気になっただけだ」

 

―――――神様さえもバイトするほど、生きるのに必死らしい。

確かに、レベル1の駆け出し冒険者が二人分の生活を支えるというのは厳しいものがあるか。

 

「……ま、お前の無事が確認できただけでも良かった。これからはくれぐれも無理をするなよ」

 

何度目か分からない念押しを口にし、踵を返す。

いつまでも他人様のファミリアのホームに、それも神様が居ないところで長居するのもよくはないだろう。

そのまま隠し部屋を出ようとしたところ、慌てたようにベルから引き留められた。

 

「ま、待って!ねぇ兄さん、アイズ・ヴァレンシュタインさん、って知ってる?」

「アイズ・ヴァレンシュタイン……剣姫、か?」

 

聞いた事はある。

ナァーザにロキ・ファミリアについて聞いた時、有名な人物の一人としてその名を教えてもらった。

【剣姫】と呼ばれる彼女の実力は相当高く、実力者集団のロキ・ファミリアでもその強さは上位に君臨する。

レベルも5である事から、俺なんかでは到底及びもしないのは確かだろう。

 

「ロキ・ファミリアのエースさんがどうかしたのか?」

「いや……何か知ってないかな、って」

「例えば?」

「……思い人の有無、とか」

 

恥ずかしそうに頬を紅潮させ、呟く。

それはまるで、片思い中の乙女のような。

その様子から何か只ならぬ感情を……例えば、“恋”なんていう感情を抱いている事を察した。

ベルが、【剣姫】に。

恋い焦がれ―――――隣に立つ事を、願う。

 

「―――――諦めろ」

「兄さん!?」

 

応援してくれると思っていたのだろうか。

非難めいた驚愕の声を上げたベルに、俺は。

 

「“逆”ならまだ分かるが、それは正直無理だ。今のお前じゃ、不釣合いにも程がある」

「で、でも……」

「諦めきれない、か?」

 

―――――そう、ベルはそういう人間だった。

想い始めたら一直線。

愚直なまでの一途さ、それこそベルの大きな長所なのである。

だから彼は、今に至るまで夢を捨てずに生きてきた。

 

兄からの言葉を肯定するように頷くベル。

そんな弟を、俺は結局なんだかんだで応援してしまうのだった。

 

「それなら、頑張れとしか俺は言えない。剣姫は俺より強い……アレの隣に立つのなら、俺を死ぬ気で超えてみせろ」

「……うん、分かった。僕、兄さんを越えるよ」

「ハッ、そんな簡単に断言されてしまっては俺も立つ瀬がない」

 

じゃあな、と今度こそ兄はヘスティア・ファミリアを後にする。

石畳を踏み、地上の教会への階段を登っていく音が部屋に優しくこだまする。

 

「―――――ありがとう、兄さん」

 

誰にも聞こえない声で、そう呟いた。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

オラリオ北西のメインストリートに位置するギルド本部、万神殿(パンテオン)

いつものように書類に向かい、テキパキとそれらを処理していたエイナ・チュールは、先ほどの少年を思い出していた。

 

「……はぁ」

 

何故、あんな無茶をするのか。

全身血塗れで帰ってきた時には、本当に心臓が飛び出るかと思った。

ミノタウロスの出現自体は普通起こりえない事だし、ただただ不運であっただけだが……それでも。

 

「あ~終わらない~!!エイナぁ、手伝って~」

「サボってた自分の責任でしょ」

「う~、エイナ酷い……」

 

時刻は夕暮れ時。

いつぞやのような混雑は無く、ギルド内は閑散としていて冒険者の数は少ない。

それでもいつもと変わらず自身を頼ろうとする同僚に、エイナは苦笑する。

 

「そういえばミィシャ、テクトさんはどうなのよ?」

「あの人なら、まだ12階層止まりだよ~。ダンジョン上層から先へ進むつもりは無いみたい」

「……ベル君とは違って、テクトさんは堅実ね。それが一番なんだけれど」

 

レベルだけ見れば、彼なら上層などすぐに踏破できるし、中層でだって良い所まで行けるかもしれない。

ただ、やはり中層からは敵の動きも大きく変わるし、ダンジョンから生まれる数も桁違い。

行くにしたって、出来ればパーティを組んで行ってほしい。

何か不測の事態が起きた時、仲間の存在は大きな力となる。

 

「あの人が無茶したのは、12階まで一気に駆け降りた時くらいかな~」

「それでも、中層である13階以降には手を出さなかった。ベル君も、少しはお兄さんを見習ってほしいよ」

 

それからブツブツとベルに対する愚痴を零し始めたハーフエルフの同僚に、ミィシャがニヤリと笑う。

 

「あれあれ~、もしかしてエイナってベル君の事……」

「へ?……違う違う、心配なだけよ。私達が担当する冒険者の中には、そのまま帰らぬ人になってしまう事も多いし……」

「ふぅん」

 

納得したのか、それとも照れ隠しと判断したのか。

曖昧な返事で深く突っ込もうとはしなかったミィシャに、今度はエイナが反撃する。

 

「ミィシャだって、テクトさんの事どう思ってるの?」

「ん~……良いかなぁとは思ったけど、多分無理だね~あれは」

 

からからと笑い、溜まった仕事へ向かうミィシャ。

その言葉に少なからず寂しげな色が見え隠れしている事に、エイナは気付いた。

 

「頭の中は弟の事ばっかり。赤の他人が入り込めるような隙は無いよ~アレは」

「ミィシャ、もしかして本気で……」

「……ま、ちょっと弟君が羨ましいとは思ったかな」

 

弟の為、家族の為、身命を賭して行動する兄の姿。

富でもなく、栄誉でもなく、ただ家族を想っていた彼。

その姿を間近で見ていた彼女が、気付いた時には胸の中に芽生えていた感情。

表出する事なく潰えていた感情を、初めて同僚はエイナに吐露した。

 

「ミィシャ……」

「だからさ、エイナ!傷心の私のために、仕事手伝って~」

「それとこれとは別よ」

「ですよね~……」

 

厳しい言葉に意気消沈し、諦めて書類を読み始めた同僚。

その寂しげな姿が、なんとなく可哀そうで。

 

「今日は久々に飲もうか、ミィシャ」

「え、いいの~?エイナ、酒場ってあまり好きじゃなかったでしょ」

「う……い、いいよ、今日くらい。覚悟決めるわよ」

「おぉ~!それじゃあその覚悟でついでに奢っ……」

「割り勘ね」

 

野良猫に餌はやるな。

……訂正、同僚は甘やかすな。

 

 

 


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