スタンしたアステリオス王ともどもフリーズしたボス部屋に乱入してきたユウとネズハ。
かたや鼠の下僕、かたやSAO初のプレイヤー鍛治屋という珍妙なペアの出現に、先程までのピンチもあいまって、茫然と立ち尽くすプレイヤーたち。
彼らの総意をあえて表現するなら、《訳がわからない》の一言だろう。
その困惑が、時間にしてわずか数秒の硬直を生み出す。
その一抹の静止世界を、ユウは現状把握という利益に還元してしまう。
「リーダーが復帰するまで、オレが指揮を代行する」
普段より数倍大きい声でユウは静寂を破った。
「異論反論は認めない。生き延びたいなら今は従え」
その堂々とした宣告に、反論できる余裕のあるプレイヤーは居なかった。
「まずは、H隊。デバフ持ちを救助!特に、リンド、キリト、アスナの三人を優先してとっとと復帰させろ!」
H隊。麻痺中のキリト、アスナ、の所属する部隊であり、この二人以外は部隊長エギルも含め、パワーファイターで構成されている。人命救助にはうってつけの筋肉たちだ。
加えて、ユウにも、キリトにも、悪感情を持っていない。
即座に動き出すH隊。
「つぎいくぞ。戦えるプレイヤーはABC、DEFでまとまれ!G隊はボスのタゲをとって時間稼ぎ!ブレスはすべてこっちで止めるからナミングにだけ注意!」
反論できる状況じゃないからか、素直に従い始めるプレイヤーたち。
その動きに目を向けたまま、斜め後ろにいるこの戦いのキーパーソンにも指示を下す。
「ネズハ。一発でもブレス止めれなかったら、オマエを殿にして撤退させるから」
「?! は、ははっはい!!!」
訂正。指示じゃなく脅しでした。
「まぁ、オレのはただの時間潰しだ。気楽にやれよヒーロー」
ネズハに、いや、《ナタク》に聞こえるギリギリの声でユウはそう言った。
「G隊はそのままタゲをとり続けろ!ABCは左回り、DEFは右回りに背後にまわれ!」
「そろそろブレスがくる!それを止めたら、G 隊はソードスキル1本」
「敵が後ろに下がったら、ABC、DEFは挟撃。G隊は回復」
「ブレスくるぞ!G隊はソードスキル用意。ネズハ、カウント3、2、1」
目を光らせて、ブレスのプレモーションに入ろうとしたアステリオス王の王冠にネズハの武器であるチャクラムが吸い込まれるようにぶつかる。
のけぞるアステリオス王。
指示通りにG隊、レジェンドブレイブスが剣を光らせフルアタック。
スタン中に強攻撃をうけたアステリオス王が、G隊のレジェンドブレイブスから距離をとろうとバックジャンプしてくる。
そこに待ち受けていたABC、DEFの合成部隊二つが攻める。
「ナミングくるぞ。G隊は突撃用意。他は距離をとって回復!」
まだ、ナミングのモーションをとってすらいないアステリオス王に疑問を覚えながらも、攻めるのをやめて下がり始めるプレイヤー。
直後、アステリオス王が雄叫びと共に握りしめたハンマーを振り上げる様子に、すでに半信半疑ながら回避を始めていたプレイヤーたちは驚きながらも全員安全圏へと逃げ切ることに成功。
さらに、レア防具を装備し、デバフ耐性のあるG隊がスパークをものともせずにアステリオス王に特攻する。
次々と行われる指示をこなし、結果、着実にアステリオス王を追い詰めていく様は、プレイヤーに快感を抱かせる。
この繰り返しが、徐々にプレイヤーの士気を高めていき、ボスのHPはどんどん削れていく。
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ユウに指揮されたレイドは外から見ると、その異常性を際立たせていた。
ABC、DEF、G、の3つの集団は次々と位置を変えながら、タンク、ダメージディーラーの二つの役割を変則的に入れ替わっている。また、それだけではなく、回復の機会すらきっちりと作っている。
「あいつ、マジで何者だよ......」
「まったくだわ......」
ボス部屋の扉付近にて、そわそわしながら回復にいそしんでいたキリトもアスナも驚き呆れていた。もはや驚き疲れたようだ。
通常のレイド戦では(と言ってもまだ2回目だが)、それぞれ役割ごとにパーティーを作りローテーションを組んで攻めていくのが定石なのに対し、ユウの戦わせ方はまるっきり異質。
3パーティーを1つにしてできる多人数チームの高火力を、装備の優秀な奴を利用しながら、ぶつける。
言うは易し、行うは難しの戦わせ方だ。そもそも、あれではどれか一集団が失敗したらとたんに総崩れする。
それなのに、レイドは失敗する気配すらみせないのは、完全にユウの指揮によるものだ。
彼の指示によってボスの反撃はことごとく無力化されていくのだ。
ちなみに、そのユウは指示だけだして、場を一歩も動いてない。
「それにしても、ユウはどうやってるんだ?まるでボスの行動を読んでいるみたいに次々と......」
「アレは読んでるんじゃナイヨ。誘導してるんダ」
馴染み深いカタカナ語尾が後ろから聞こえた。
振り向くと、さっきまで扉の反対側でリンドたちに話しかけていたアルゴが開きっぱなしの扉に体を預けていた。
どうやらそこまではギリギリ、ボス部屋じゃないらしい。
「誘導って......どうやって?」
「一層でキー坊とバトルした時と同じサ」
「それって、キリトくんの考えを限定させたアレですよね?でも、今回は......」
今回はキリトくんのような思慮の浅い人間が相手じゃない。とでも言いたそうなアスナ。
「敵が人間じゃなくてもアイツなら誘導は可能ダヨ。もっとも、mob相手なら条件が揃えば誰でも少しはできるんだケドネ」
「条件って?」
「AIのパターンを覚えることサ。キー坊でもいくつか知ってるダロウ? 例を上げると、mobの多くはたいていタゲが向いてる方に目を向ける性質がアル。とかダネ」
「なるほど、それで......」
まァ、ユウのはそれとはまた違うんだけどナー。アルゴは声に出さずに頭の中だけでそう囁いた。
状況把握に特化したユウにとって、mobの眼球運動なんて蛇足でしかない。
”一瞬で大ダメージを食らえば、距離を取ろうとする”
”囲まれて殴られれば、範囲攻撃で一網打尽を狙う”
そういった合理的な判断しか下せないAIの行動を誘導することはユウにとってみればなんら難しくないのだ。
とは言え、さすがに『ユウは未来予測ができます』なんて重要な情報は教えられないので黙秘するしかない。
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もはや、王将を獲りにいく終盤の将棋のようにアステリオス王を追い詰めていきながら、ユウはキリトたちを見た。
正確には、キリトと同じく扉付近にいるリンドへと視線を向けた。
どこか試すような、見下すような視線だ。
それに応えるように、リンドはキバオウと共に戦場へと足を動かしはじめた。
「H隊!」
最初以降ずっと放置されていたH隊に指示が下る。
「G隊と一緒にタゲをとれ。他はそれぞれパーティごとに別れて、離脱してたヤツらと合流。元に戻るぞ!指揮官もリンドに戻す!」
「だとヨ、H隊。もうとっくに麻痺治ってるダロ?」
意地の悪い笑みを浮かべながら、アルゴはそう言った。
「麻痺どころかHPすら快復済みだよ」
「待ちくたびれたくらいよね。.....いきましょ」
「おう!」
そう言って、キリト、アスナは先行したエギルたちを追いかけるように駆け出した。
リンドに指揮権を戻し終えたユウは役目は終えたと言わんばかりに、テクテクと扉の方へと歩きだす。
目の前からこちらに走ってきた二人にすれ違い様、声をかける。
「ふぁいとっ☆」
「うるせぇ!!」
「終わったら覚悟してなさいよ!!」
更新遅くなって申し訳ありません。
さて、予告になりますが、
次はついにあのお方とユウが初対面です。
ついでに二層も終わりです。やっとです。