仮想世界の先駆者   作:kotono

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第五十四話

 ピリピリと不快な感覚が継続的に伝わる。

 腕一本すら満足に動かせない。

 それでも、何かに突き動かされるかのように、キリトは眼前の少女を助けるため、治療ポーションへ必死に手を伸ばす。

 

 「アス...ナ...回復..を....」

 

 

 現在、プレイヤーの多くがボス部屋の中央付近という危険域に《麻痺》のデバフアイコンを付属しながら地面に倒れ伏している。

 新たに現れたこの部屋の真の主《アステリオス・ザ・トーラスキング》が放った雷ブレスを食らったのだ。

 

 その中にはレイドリーダーのリンドと副リーダー的立場のキバオウさえいる。

 

 もはやプレイヤーたちに勝ち目はなく、麻痺者の大半がHPを消し飛ばされる未来を容易に想像させられる。

 

 

 この少女だけは......、と迫り来る危機の中で少年は思った。

 

 その感情の正体を理解できるほど人生における経験値を稼げていない。

 しかし、重要度だけは十全に理解できた。だから.....

 

「どうして....きた、の?」

 

 だから、キリトはアスナが震える声で聞いてきた問いに、はっきり答えることはできず、

 困ったような、どうしようもなかったかのような笑みを浮かべながらこう言うしかなかった。

 

「......わから..ない」

 

 

 カッ....カラカラカラ........。

 悲運は重なり、やっとの思いで掴めたポーションビンが手の隙間からこぼれて床に、そして手の届きそうにない場所へと転がっていった。

 

「.............」

 神様は俺が少女一人救うことさえ許してくれないらしい。

 

 

 

 

 《アステリオス王》が嫌味なくらいに緩慢に、されど着実に、麻痺で動けないプレイヤーたちへと迫る。

 流石に、戦闘の際中に完全不意討ちで出現しておきながら、そこらの《トーラス族》と同様に走り回るようなことは無いようだ。

 ......まぁ、それもおそらく四段あるHPバーの初段のあいだだけだろうが。

 

 とはいえ、どちらにしろ麻痺が治まるほどの猶予はなく、どちらかと言えば、生き地獄が続く分こちらのほうが質が悪く感じる。

 無論、こんなことを考えているのは生き残る見込みがほとんど無いからだ。どーせ死ぬなら楽に、ってこと。

 

 真っ先に狙われたのは連なって倒れているリンドとキバオウだ。

 彼らが死ねば、指揮系統は消失し、雷ブレスを喰らっていないプレイヤーたちは一斉に逃げ出すだろう。

 つまり、半数のプレイヤーがボスの情報を持って生き残ることになる。

 きっと、いつか行われる二回目の二層ボス攻略戦で彼らは活躍してくれるはずだ。

 一度諦めてしまえば、意外とすんなり現状を受け入れられるようで、アスナを生かすことができなかった以外は心残りもとくに思い浮かばない。

 

 いや、あと1つ、とても大きな心残りがあった。

 

 アスナと二人で、攻略戦を終えたら....、と道中話してたんだった。

 

「結局、ユウ....に...説教できな..かったか.....」

「ふふっ.....そうね....」

 

 

 

 

 その時、小さな光が飛んでいるのが視界に写った。

 その光はハンマーを振りかぶらんとしている《アステリオス王》の額の王冠へと吸い込まれ......

 

 

 

 甲高い金属音が鳴り響く。

 光点とぶつかった《アステリオス王》が上体をぐらりと揺らした。

 

 

「やれやれ、....」

 

 声が聞こえた。

 けっして、大きくはない声量なのに、コロシアムにいる全員が、まるで意識の隙間に差し込まれるように言葉を認識させられ。

 

 

「もうさ、なに?なんだ? オマエらって実はピンチ大好きドマゾ集団なの? もしくは、全員が姫属性持ち? 言っとくけど、こんなにいっぱい《ピ●チ姫》いらないからな。 偉大なるヒゲのオッサンだって、最近は弟のヒゲとツーマンセル組んでようやく《ピー●姫》一人救出してんのにさぁ。少しは自重しようぜ?」

 

 

 意識の隙間に差し込まれたのは、ただの愚痴だった。ダメだしとも言う。

 全面的にマイナスな発言に、不覚にも、確かな希望を感じた。

 全身に去来していた諦感が消えていくのを自覚できた。

 

 

 

 

 だが、それはそれとして......。

 

 

 

 

「サボりの分際でヒーローぶってるんじゃネーヨ」

 

 

 

 

 ボス部屋入り口に留まったアルゴが此処にいるプレイヤー全員の心の声を代弁してくれた。

 やっぱり、サボりだったか......

 

 

 

「サボらせたのはオマエだろーが.....。つーか、サボりじゃねぇ、遅刻だ!」

 

 

 

 


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