仮想世界の先駆者   作:kotono

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第五十三話

 アインクラッド第二層フロアボス攻略戦。

 

 ずっと後になって振り返ってみると、二年におよんだデスゲーム攻略の中で俺たち《攻略組》に訪れた最初の分岐点が、この戦いだったのだろう。

 なにせ一層のそれと違って、第二層攻略戦は選択の余地というものが確かにあったのだ。

 

 そして、俺たちはその中から1つの道へと舵を切った。

 当然ながら選択権は俺たちのリーダー格だったあの二人に与えられていたが、選ばれたルートはあの時の俺たち全員の総意だったことは疑いようもない。

 

 

 それでも俺は、あの戦いを思い返す度にほんの僅かな違和感を感じずにはいられない。

 

 

 

 

 あの時、提示された選択肢の中から、おそらく正解の1つを選び取ったのはまだ《攻略組》と呼ばれる前の俺たちで、............

 

 

 

 そして、選択肢を提示したのは..........ユウだった。

 

 

 

 

 

 

 ふと思う。

 俺たちは本当に自分の意思で進んできたのだろうか?

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ウ"ゥゥウ"ォオオオオオーーッ!!!」

 ボス戦の形式ゆえか、一層の時よりも広々としているボス部屋に雄叫びが響く。

 よくよく聞けば雄牛の嘶き声に聞こえなくもないのだが、手にあせ握るこの状況下での牛の爆声なんぞ、もはやデバフ攻撃と違いがない。

 ようするに、恐くて体がすくんでしまいそう。

 とは言え、このまま恐怖に屈して足を止めるのは悪手どころじゃない失態だ。

 なにせ、目の前のmob《ナト・ザ・カーネルトーラス》、通称《ナト大佐》がデバフ付き範囲攻撃《ナミング・インパクト》の初動動作(プレモーション)に入ってるのだ。

 

「《ナミング》くるぞ!距離をとれ!」

 

 声を張り上げて指示しながら、自分も後方にステップバックする。

 幸いながら、《ナト大佐》はβテストの時と変更されてないようで、過去に散々やりあったこともあって《ナミング》の効果範囲の限界も正確に把握できる。

 

 ズガァン!!

 降り下ろされたハンマーは床にぶつかり凄まじい音を響かせ、叩かれた床を震源に放射状に衝撃波とスパークが広がる。

 

 スパークがブーツの爪先に触れて微かに痺れたことに、冷や汗をかき、デバフを受けてないことをすぐに確認して内心で安堵する。...........少しギリギリを狙い過ぎた。

 

「全員、全力攻撃一本!」

 

 再び指示をだし、前に突っ込む。

 セオリーでいけば、ここは攻撃に移るのは三人ほどで留め、残りのメンバーとスイッチで入れ換えながら攻めるとこだが、こちらの陣営は、俺とアスナを除く四人がエギル率いる重戦士パーティなので、ゴリ押しでスタンを狙いにいくことにした。

 というのも、こちらでの順調な戦闘とは反対に、本戦の方がどうにも雲行きが怪しくなってきているのだ。できるだけ早くこの戦闘を終わらせて支援にいきたい。

 決して、セオリー無視の常習犯の影響でリスクリターンの計算がずれてきてるせいではないのだ。そう信じたい。

 

 

「回避!回避ーッ!!」

 

 広大なはずのボス部屋の反対側から聞こえてくる声には、必死さと焦りがはっきりと感じられる。

 

 ちらりと目を向けると十数人のプレイヤーに囲まれても尚目立つシルエット。

 《ナト大佐》の二倍はある巨体のmob《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》、通称《バラン将軍》が眩い黄金ハンマー片手に暴れている。

 《バラン将軍》のユニーク技《ナミング・デトネーション》は、性質やモーションは他のトーラス族が使う《ナミング・インパクト》と殆ど変わらないが、効果範囲がバカでかく、続けて喰らうと二回目は行動不能(スタン)ではなく麻痺(パラライズ)が発生する。

 他ゲームと同様、《麻痺》の主な効果は行動遅滞。持続時間は最短でも10分ほど。

 SAOでは《麻痺》にも強度があるが、今回の《麻痺》は『頑張れば手足も毎秒10センチ程度で動かせるレベル』。どうあがいても、戦闘離脱は避けられない。

 

 事前の情報のおかげなのか、リンドの指揮力のおかげなのか、本戦メンバーも損失者なく立ち回れているが、如何せん《麻痺》にかかったプレイヤーが多い。

 まぁ、それでも今のところβテストとの違いもないし、もう少ししたら馴れるだろう。

 しかし、これ以上麻痺者が増えると撤退が難しくなりそうなんだよなぁ......。

 

 《ナト大佐》の腹にスラントを叩き込みながらそう思案する。

 中ボスクラスの《ナト大佐》だが、現状は他のことを考えていられるくらいには余裕がある。

 

 この余裕は、βの時の経験に加え、優秀な壁役が四人もいるおかげ。

 でもあるが、それ以上に、隣にいる精密機械さんが正確無比な単発ソードスキルでクリティカル連発してるのが一番の原因だろう。

 見たところ敏捷値よりのバランスタイプであるアスナの《リニアー》一発で、筋力値よりのバランスタイプである俺の《スラント》の1.5倍は奪っていき、さらに高確率で《スタン》付与なんだからその恩恵はあまりに大きい。

 というより、自分のスタンスに不安を覚えそうだ。

 

 そんなことを考えていると、隣から精密機械こと、アスナが此方に振り向いた。

 読心術でも持ってるのだろうか?まさかな......

 

「キリト君。あれ以上麻痺した人が増えると、撤退が難しくなるんじゃないかしら?」

 読心術以前に、考えていたことは一緒だったらしい。

 《ナト大佐》の連撃を避けながら同じようにステップ回避をしてるアスナに返答する。

「ああ。今のうちに一度仕切り直して、ナミング対策を徹底したほうがよさそう...........なんだけど」

「リンドさん達はそうは思ってなさそうね。...........というより、目の前の敵を倒すのに夢中。って感じね」(※ユウのせいです)

「あぁ、、同感。なんか、必死過ぎて周りが見えてない気がするんだよな」(※ユウのせいです)

 

「ここから叫ぶわけにもいかないし。とりあえず、リンドさんに提案してみましょう。キリト君いってきて」

「え......大丈夫か?」

「おう、No problem だ!」

 いつのまにか話を聞いていたエギルが流暢な発音で叫ぶ。びっくりしてそちらを見ると、褐色のおっさんがサムズアップ。

「ガードだけなら俺たち四人で回せる!あんたが二、三分離れるくらい問題ないさ!」

 やけに頼もしさのある声に背を押され、《ナト大佐》に一撃ぶちこんでから、俺は我らがリーダーの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 無事にリンドに進言できた結果、『あと一人麻痺者がでたら撤退』となった。

 急いで持ち場に戻って、アスナたちにこのことを伝えた。

 戦闘に戻り、攻撃を避けながら、先程のリンドたちとの会話を思い返して首を傾げる。

「まだ、なにかあるの?」

 アスナにその様子を指摘された。

「いや、あからさまに敵視されてるのに、意見はすんなり聞いてくれたのが意外で......」

「当然でしょ。流石に、こんな時に私情は挟んでこないわよ」

「んー......そうかもしれないけど.....」

「切り替えなさい。今は目の前の敵を倒すのが私たちの役目。さっさと倒すわよ」

「了解」

 

 アスナの言に諭され、キリトは《ナト大佐》に突っ込んでいく。《ナト大佐》のHPバーはあと少しで最後のHPバーに突入しようとしていた。

 

 

 

 ユウとリンド、キバオウが交わした密約はこうやって効果を発揮しながらも、その存在が白日の下にさらされることは遂ぞ訪れなかった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、ユウ一行はと言うと......

 

 

 

「もう帰っていい......?」

「ダメに決まってんダロ。まだ迷宮区にすら着いてネェヨ」

 フィールドを走りながらボヤくユウとそれに答えるアルゴ。

 走ってはいるが特段急いでいるように見えないのは二人の敏捷値が高いからか、そもそもヤル気がないからなのか、判断がつかない。

 

「いいじゃん。戦闘はディアベル一人でどうにかなるんだしー。だいたい、今頃になってクエスト新発見するとかマジあり得ない。しかも、報酬が『ボス戦の情報』なのに、無駄に手間のかかる採取調達系......」

 

 なおも愚痴るユウに周囲を警戒しながら前を走るディアベルが答える。

「確かに無駄に走り回ったね。しかも、薬草、肉、骨ときて、調合品を配達して、最後に手紙を届けるだからね............それはそうと、そろそろユウには前衛か後衛を換わって欲しいんだけど? 特に後衛。《ネズハさん》が疲れ果ててるんだけど 」

「い、いえ。全然、......だ、だだ大丈夫です」

 ユウとアルゴの前、ディアベルのうしろをいくネズハ。彼の声は緊張でガチガチになっている。

 戦闘経験が少ないのに、最前線に出されれば誰だってこうなるだろう。

 

 ここまで、不安な『大丈夫』もそうそう無いだろうな......なんて考えながら一言。

「だってよ?」

 

 空気が凍った。

 

「...........明らかに大丈夫じゃなさそうじゃないカ!替わってやれヨ!!」

 

「いやいや。これからボス戦に割り込むかもしれないんだから少しでもスキル熟練度上げてたほうがいいじゃん?」

 

「だからって、普通、FNC判定のプレイヤーに最前線の戦闘を任せるカ?ホント鬼畜だナ、オマエ」

「ユウは自分が怠けたいだけだろ」

 アルゴ、ディアベルに即効で批判を受ける。

 そんなもん馴れた、と言わんばかりに黙殺するユウ。

 

 

「い、いや。ユウさんの言う通りですよ。僕なんかがボス戦に割り込むんですから......」

 

「なんでだろう.....ここまで殊勝でネガティブだとオレが悪いことしてる気がする......」

「実際に、悪いことしてるじゃないカ」

 

「...........仕方ない。後衛替わるよ」

「え、でも。......いいんですか?」

「まぁ、今回の《ボス》はアンタのスキルが必要だろうし、ボス部屋つく前に戦力外になられたら困るしなぁ」

「い、いえ、その、ありがとうございます.....」

 

 感謝の言葉に偉そうに頷いて、ネズハと位置を代わる。

 そして、タランからここまで、ずっと前衛のディアベルへと指示を下す。

「ってことで、ディアベル。今からオレが後衛な。連携は、スイッチなし。POTローテなし。それ以外は全部有り。よし、いけ」

「............あれ?それって実質ソロプレイなんじゃ......」

「なに言ってんの?コマンドで《声援》が選べるじゃん」

「そこすら『オート』じゃなくて『コマンド』なんだ......」

「いいから。ホラいけー。急がないと、死者がでるぞー」

 

 そこから数分後、迷宮区タワーにて悲鳴が響いた。

 その声は、エンカウントしてすぐにポリゴンに変えられるmobどもの断末魔なのか、涙目バーサーク化したディアベルの嘆き声なのか......

 


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