迷宮区最寄りの村《タラン》の東広場。
円形に広がるこの広場は外枠をぐるりと複数の背の高い建物に囲まれることによって形成されている。
この建物、現状では、ほんの数件だけNPCショップや宿として使用されるだけで、それ以外の大部分はプレイヤー全員が自由に出入りできる《空き家》となっている。
十分にコルが貯まっていれば《空き家》を購入し、システム的に保護された《プレイヤーハウス》にすることができるが、今現在、最前線最寄りのこの村で《持ち家》を作ろうとするヤツなんていないだろう。
理由としては、まだ十分に金を持ってないっていうのもあるが、最前線の《空き家》はだいたいが公共施設として利用するのが不文律であるので、そこを封鎖するのはさすがに忍びないと思うのが普通だ。
いたとしたら、ソイツの性根はそうとうねじまがってるに違いない。......おっと、嬉々として買いそうなヤツが一人脳裏に浮かんでしまった。
そんな『誰でも』、『いつでも』、『どんな目的でも』使用できる電気の通ってない薄暗い部屋に十代の男女が二人。
言い方だけでこうも不穏な感じになるんだなぁ.....と俺はある意味年相応な思考を一瞬巡らせるが、隣に控えるフェンサー殿に悟られたら大変だ、と思い慌てて頭を振って思考を打ち切る。
ちらりとその隣にいるフェンサーどのを盗み見ると、彼女は射殺さんばかりの視線を俺に、ではなく窓の外、広場の反対方向に設置された露店式プレイヤー鍛冶屋に向けている。
「まだ客が来る気配もないし、そんなに睨み続けなくてもいいんじゃないか?」
あまりに鬼気迫る様子だったのでつい声をかけてしまった。
アスナはそれを聞いていささか不満そうな顔を向けてきた。どうやら気が立っているらしい。
「もしかしたら事前に準備が必要な詐偽かもしれないじゃない。注意するに越したことはないわ」
「それはそうだけど......少し気負い過ぎてる気がして......まぁ一度被害に遭ってるんだし、それが普通なのかもなんだけどさ」
「......なんだか、良いように踊らされてる気がするのよ」
「??誰に?」
「...........さっきのアルゴさん、詐偽の存在を知ってたみたいだった」
「ん?あ、あぁ言われて見れば、《ブレイブス》の情報について交渉したときも、いつもみたいに追求してこなかったしな」
「それに、《武器破壊》のことを聞いたときもすでに知ってたし......」
「でも、俺たちが気づけたんだから、アルゴも知ってて可笑しくないと思うけど?」
「おかしいわよ。なんでアルゴさんはまだなにも行動してないの? 証拠が無いから止めさせれないかもしれないけど、被害に遭わないように対策することくらいできそうじゃない」
「いやいや、アルゴはあくまで情報屋だし、そんな自分から.........」
反論は最後まで言うまえに収束した。
自分で言ってて気づいた。
そうだ。アルゴはあくまでも中立を保つヤツだからこういうときに動かないのはわかる。
でも、《アイツ》は.....
「《ユウ》はどうしてなにもしないんだ?」
「そう。それよ。 ようやく気づいたのね」
「あ....ああ、なるほど......。それで、『踊らされてる』ってことか」
「ええ。もし、ユウくんたちが『知ってて何もやってない』んだとしたら、あの人たちが後回しにしたことを私たちがやってるってことでしょ? それって巧く使われてるようなものじゃない」
「さすがに、考え過ぎだと思うけど......ユウだもんなぁ」
「そ。だから、こんなことさっさと終わらせて追い付かないと......」
そう言って、アスナは再び窓の外に眼光を飛ばした。
目前の広場でスミスハンマーを握った男が身震いしたきがした。
俺は、さっきまでのアルゴとの会話を思い浮かべた。
それは、《ブレイブス》の情報を依頼し終わってふと思いついて言ったことだった。
『あ、そうだアルゴ、ユウの情報はいくらで買えるんだ?』
『キー坊が実はホモだったなんて....オネーサン、かなり引いてるヨ』
『そ、そんなわけないだろっ!』
『ニャハハハ 冗談だヨ。キー坊は相変わらず素直な反応をしてくれるナー。誰かさんと違っテ......』
『......いいから、幾らなんだよ?』
『ユウの情報なら十四万コルだナ』
『......は?』
『十四万!?そ、それって本当ですか!!?』
『本当だヨー。ン?なんダ?アーチャンもユウのコトが知りたいのカ?買うカ?』
『い、いや。別に私は......』
『なんで、そんな場違いな値段なんだよ?俺の情報だって一万くらいだろ?』
『うぬぼれんナ。キー坊のの値段は三千コルだヨ』
『..................』
隣でアスナが肩を震わせていた。笑うなよぉ!
『最初は七万だったんだけどナー。二層到達直後にユウが上乗せで積んできたのサ』
『七万って......それでも多いだろ.....』
『そうカ?オイラはその価値がある情報だと思うけどナ』
『どうして?』
『現状では、アイツは全プレイヤー中最大の戦力で、オイラの仕事の相棒だから、ダヨ。オイラがポリシーを曲げれるのならすぐにでも非売品にするネ』
『......そんなにか?』
『もちろん。だからこそ多少無茶なコトでも要求できるのサ。憎たらしいことだけどネ』
そう言ったアルゴは不敵な笑みを浮かべていた。
『それで?ヤツの情報は買わないのカ?』
「なんで、ユウはあんなに強いんだろう?」
回想を終え、思わず呟いていた。
それに目敏く反応するアスナ。
「知らないわよ。それがわかれば苦労しないわ」
「「ハァ.....」」
ため息がふたつ。
これが後の『攻略組』トップ3に入るであろう二人がアインクラッドにて初めて味わった敗北感であった。
「よし、切り替えよう。今は監視に集中しないとな。晩飯、ここに置いとくぞ」
そう言って、キリトは紙袋を置いた。
中はホカホカの小籠包。
それにおもむろに手を伸ばすアスナ。
「うみゃぁああ!!?」
小籠包にパクりついたアスナは謎の奇声を挙げるのだった。