アインクラッド第一層、《はじまりの街》中央広場。
そこは今、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
絶望に呑まれ泣き叫ぶ者、理不尽に堪えられず怒り狂う者、事態の急変についていけず呆然とする者、と違いはあれど、誰もが赤く染まった空に浮かぶ赤ローブを視界から外すことができずにいた。
そんな中で、視線を地に落としているプレイヤーはおそらくユウただ一人だろう。
もっとも、ユウも他のプレイヤーと同様に、もしくはそれ以上に絶望に染まった顔をしているのだが......
要するにorzをしているのである。
その隣に居合わせたシルバは、地に伏していたユウの悲壮感に心配になり自分の混乱をひとまず落ち着けて、これまでの急展開とユウが地に伏した理由について考えることにした。
自身もこの大事件の当事者だというのにまっさきに今日始めて会った人を心配するシルバはやっぱりスゲーいいヤツである。オジキと呼びたい。
俺、シルバは太陽に向けて飛び出し堕ちたイカロス......もといユウを見送って、仲間探しを再開するために《はじまりの街》に戻ることにした。
というか、イカロスでさえロウで固めた翼を作ったっていうのに...........
しかし、様子をみるにどうやら自殺体験がしたくなるだけの理由があるようだし、いつまでも俺が気にするのも筋違いだろう。
そう思い俺は思考をこれから集まる予定の仲間たちのコトに切り替えた。
俺がSAOを始めたのは職場の同僚である俺たちのリーダーに誘われたのがきっかけだ。
元々、そのリーダーのおかげでネトゲ自体はかなりやりこんでいたので世界初のVRMMOにも興味があった。なので俺はこの誘いに即座にうなずいた。
嫁に呆れられながらも溜め込んだ小遣いを全部使ってナーブギアを買い。
さらにソフトを買うために、わざわざ発売日の前日に店の前に皆で並んだのも今ではいい思い出であると言える。
............今月どうしよう......拝み倒せばちょっとは恵んでくれないだろうか......
確か、我らがリーダーは一度落ちてピザ食ってから落ち合うとか言ってたな、こういうのだけはやたら準備がいいなアイツは。せめて集合場所くらいあらかじめ決めとけっての。
心の中でリーダーに呆れながら、街に向かって歩み始めようとした直後、俺の体を青い光が覆った。
浮遊感と共に青い光が止んだ。周囲はさっきまでいた野原ではなく。西洋風の街並みに囲まれた広場に変わっていた。
どうやらここは《はじまりの街》の中央広場のようで俺だけではなくおそらく全プレイヤーが集められているようだ。なんなんだ?
突然の事態に混乱していると、今度は俺の真横に青い光が現れ、新たなプレイヤーが『頭を下にむけて』転移してきた。............ん?
「えっ?......なんぐぇっ!?............」
転移してきたのはユウだった、呆けた顔をしたユウは頭から石の地面に激突し沈黙した。
「.......お、おい!?大丈夫か?」
「............こわかった。本当に恐かった。そして痛い」
「お、おう。よく頑張ったな、なんかおごってやっから元気だせよ。」
恐怖でぷるぷる震えているユウを落ち着かせるためにそう言いつつ、手を差し出し立ち上がらせる。
「オジキぃ............」
「誰がオジキだよ!」
涙目でボケてきやがった.....
「さて、冗談はこれくらいにして。ここは《黒鉄宮》ってとこじゃないよな?死んだって感じしなかったし。人いっぱいいるし......」
そこまでで、ユウの言葉が途切れた。
ユウも周囲を見回して気づいたのだろう。
俺たち以外のプレイヤーのほとんどがひどく落ち着きがない。叫びだしている者もいる。果たして、強制転移されただけでこうも慌てるモンなのだろうか?
「冗談にしてはオマエさん えらい震えてたけどな。ここは《はじまりの街》のど真ん中にあるでっけぇ広場だな。なんでか全プレイヤーが集められているみたいだぜ?」
そこまで言ったところで、叫び声が聞こえ。全プレイヤーが上を見上げた。第二層の底が次々に赤く染まっていく。
その様はまるで、世界が塗り替えられていくようだった。
天井が赤く染まりきると、今度はそこから赤ローブのアバターが産み出された。
赤ローブは告げる。
『プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ』
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
その名前を知らないプレイヤーはこの広場には存在しなかった。
そこからの赤ローブ、もとい茅場晶彦の発言は全てが常軌を逸したものだった。
曰く、『すでにログアウトボタンが消滅しているのに気づいているだろうが、これがSAOの本来の仕様である』
『現実世界の方からの強制ログアウトはできず、無理にやるとプレイヤーの脳が破壊される。』
『多くのメディアがこのことを報道しているので諸君らは安心してゲーム攻略に励め』とのこと。
まず始めに俺とユウだけが驚きの声をもらしたのは言うまでもないだろう。なるほど、だから他のヤツらはあんなに慌ててたのか......
そんなことよりも、だ。ゲームクリアだと?ふざけてんだろ。この状況下で悠長にゲームできる訳がない。
「ありえねぇ!そうだそんなことできるわけがねぇ!な、なぁそうだよなユウ!?」
同意を求めるためにそう言って、隣りを見ると、ユウが地に手をついて項垂れていた............
そして、冒頭にいたる。
隣でまるでこの世の終わりのように落ち込んでいるのをみて逆に落ち着いてきたシルバはとりあえず、ユウに声をかけるコトにした。
「いや、まぁ気持ちはわかるけどよ。落ち着けって。な?そのうち助けがくるって!」
「マガ●ンが読めない状態でゲームクリアとか...........絶対無理だ......明日水曜日なのに......」
「この状況で週刊誌の心配!?しかも、そんなコトでその落ち込みよう!!?」
「そんなことだと!!?オレにとっては死活問題なんだよ!下手したら3、4年はマガ●ン読めなくなるんだぞ!」
光の速さで立ち上がってユウは言った。
「どんだけマガ●ン好きなんだよっ!? ......っつーか、3、4年!?どういうコトだ!?」
声が大きかったためか、周りのプレイヤーにも聞こえてたみたいで、ざわざわと戸惑いが波及していく。
「え?.....あ、あぁそのことなら、多分そろそろ本人が言うはずだろう」
そう言って、ユウは目線をふたたび赤ローブに向けた。
それに反応してか茅場晶彦はふたたび語りだす。
急に騒ぎだした俺たちを睨んでいたように感じたが、そもそも赤ローブのアバターには顔がないので確かめようがない。気のせいだ。
茅場の言うことを要約すると、
『今後ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能せず、ヒットポイントが無くなることは現実世界での自分の死を意味する。』
『このゲームから解放される条件はアインクラッド第百層に待つラスボスを倒すコトのみである。』
これを聞き俺はユウが言ったことを理解し絶望した。
ネットでは2ヵ月間のベータテスト終了時でさえ、たどり着けた層は10層にも満たなかったと書かれてあった、単純に考えてもクリアするまでに2年はかかる。さらに、ヒットポイントがゼロで実際に死ぬのだ。ユウの言う通り3、4年はかかる。
俺たちは更なる絶望に突き落とされ顔を青ざめさせていた。
このとき、すでにこの状況を予測できていたユウもなぜか
顔を青ざめさせており。
現実世界なら身体中を滝のような冷や汗をかいていただろう。