仮想世界の先駆者   作:kotono

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第三十八話

「ふぁ~~~......」

 長い欠伸を1つつきながら上体を反らす。

 これが現実なら背骨がバキバキ鳴り幾分かスッキリするものだが、残念ながら仮想世界じゃ音もしなければ、あの背筋が伸びる感じも曖昧にしか表現されない。

 完全な徒労に終わった動作をしたせいで余計に萎えてきた。

 しかし、椅子に座って長時間作業ってのはどうしてこう眠くなるのか。

 さっきから度々視界がボヤけてしまう。こういうのは現実の感じを完璧に再現できているあたりに茅場晶彦の意地の悪さを想像してしまうが、流石に考え過ぎだろう。

 

 気を抜くと垂れ下がってくる瞼に耐えながら、表示されているウィンドウに記された文字を読んでいき、チェックしたり、バツを付けたり、新しく文を書き込んだりしていく。

 

「眠いんなら寝てもいいんだゾ?」

 

 長机の対面に座ったアルゴが声をかけてくる。

 ちらりとそちらの方を見るとアルゴもオレと同じようにウィンドウを弄くっているが、オレとは違って眠気なんて欠片も感じていない様子。

 どうしてこうも違うのか......

 それはもちろんアルゴがこの作業に慣れているのもあるだろうが、単純にオレの状態が悪いせいだろう。

 なにせすでに日を跨いでるのだ。

 そりゃ眠くもなるだろうし、オレは二層に来てからまだ一度も睡眠を取ってない。つまり二徹である。

 

 『じゃあ、寝れば?』と普通に思うだろうが、オレも好き好んで眠気と戦ってる訳ではない。

 それなりに理由があるのだ。

 

 今やってるのは情報の精査。

 昼間にアルゴが集めた情報の真偽や利用価値を判断していく作業だ。

 最早、アインクラッドで単独首位の座を勝ち取っているアルゴに集まってくる情報なのだ。さらに第二層が開通したばかりとあってその情報の量は桁外れに多い。

 さらに、アルゴが集める情報はその情報を売った人の情報とかも事細かに記してあるので、1つ1つの密度が濃かったりする。

 

 本来、こういったことはアルゴ1人でやることなのだが、この量は到底一人じゃ捌けない。

 しかし、二層開通によって新勢力だって当然現れるので、仕事がたまって扱いきれないなんてあってはアルゴの情報屋首位の座を喰われる可能性がでてきてしまう。

 なので、狩りから帰ってきて心身ともに疲れきっているのに手伝うことにしたのだ。

 確か、作業を始めたのが19時頃だった気がする。

 

 

 さて、これでオレが睡魔と殺りあいながらチマチマと作業している理由は解っただろうが、実はこれだけでは理由として不十分だったりする。

 そもそも、いくらなんでもこんな時間まで手伝う義理はない。

 では、どうしてここまでやるのか?

 答えは、言ってしまえば『いつものあれ』である。

 

「今にも眠そうな顔じゃないカ。ホラ、ろくに寝てないんダロ?もう休めヨ」

 優しく、ことさら優しくアルゴが言ってくる。

 表情もそれはもう無邪気で明るい母性たっぷりの笑顔だ。

 しかし、よくよく見るとここからでも辛うじてフトモモの上にコイツの今の声と顔には似合わない無骨な短剣が置かれており、空いてる椅子の上に荒縄のロープが置かれているのも見える。

「......いや、いい......あと少しだし」

 若干の冷や汗と多大な眠気のまざった声で返しながらオレは思う。

 『寝たら殺られる』と。

 逃げだしたい所だが、実はここオレの部屋だったりする。

 僅かばかりの抵抗としてオレも右手の近くに得物(アニブレ)を置いているが、正直、今はコイツにさえ勝てる気がしない。

 

 

 この状態が始まったのは22時くらいだったろうか。

 きっかけはオレと一緒に手伝っていたディアベルが寝落ちしたのが始まり。

 まぁ、朝からずっとモンスターを狩ってたので疲れていたのだろう。さらに、新しい戦闘スタンスでやっていたのだ。それなりにストレスがあったのだろう。

 早々にダウンしたのはこの際仕方ないといえる。

 しかし、オレとアルゴの前で隙を見せることの意味をディアベルはもっと考えておくべきだったのだ。

 

 そのディアベルはオレとアルゴによって今もロープで亀甲縛り&エビ反り状態で天井に吊るされて暴れている。

 最初は煩かったが、今は口に猿ぐつわを噛ませているので問題ない。

 いやむしろ、煩かったほうが眠気が醒めて良かったかもしれない。ミスった。

 

 そうして、ひとしきりストレス発散にディアベルを眺めていると、何を思い付いたのかアルゴがしきりにオレに『寝ろ』と言ってくるようになった。

 当然、オレはすぐに意図に気づいた、されど逃げ場は無かった。

 こうして現在まで、オレが潰れるか、仕事が終わるかのレースが続いている。

 

 

 しかし、ここまで必死にやってきた甲斐があって、あと少しでノルマが終わる。

 そうすれば、アルゴとディアベルを外にほっぽり出して扉の設定をいじればいい。

 あと少し......それで解放される!

 

「そう言えば...... 」

 こちらの生気が少し回復したのを見てかアルゴが話し出す。

 時間稼ぎか.....だが、それには乗らん。

 オレは無視を決め込むことにした。

 

「初のプレイヤー鍛冶屋が現れたそうダヨ」

「...........それは本当か?」

 つい聞き返してしまった......

 予想外に良いニュースだったのだもの。

 第一層ボス戦であの重い剣ひろい忘れてたのだ。また作らないといけない。

「あぁ、明日にでもウルバスの南区にでも行ってミロ。多分いる」

「.....明日は移動じゃねぇのか?」

「いや、次にいく《マロメ》って村は貧相だからネ。こっちで色々補給するためにも移動は明後日にするヨ」

「おー マジか。じゃあオレは明日はゆっくりできるんだな......」

 ここのところ全く休めなかったからか気がどんどん緩んでいく。

 それに伴ってオレの瞼が降りていくが......もう止める気力がない。

..................あ、ヤバ......。

 

 

 ボヤけていく視界の中でアルゴがにっこり微笑んでいた。


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