仮想世界の先駆者   作:kotono

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第三十一話

「あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ......!!!!!!」

 時刻は夜中の二時を過ぎたほど、草木も眠る丑三つ時にアインクラッド第二層の山奥にて狂気的な叫び声が響き渡る。

 声の主は、これまで、異常にキレる智力を発揮して、生き残るための活路を作ってきたプレイヤー、ユウである。

 

 その超極端な頭脳派プレイヤーのはずのユウは、現在、到底知性を感じさせない、気でも触れたかのように原始的な叫び声を上げながら、見ただけで鬼のような堅さが伝わってきそうな巨岩にインファイトをかましていた。

 殴る、蹴る、体当たり、頭突き。チョップや張り手に回し蹴りや踵落としまで、ただただ、がむしゃらに岩に攻撃を加えていく。

 その顔には、なぜか不自然極まりないフェイスペイントが施され、瞳は涙で濡れている。

 

 周囲が暗いこともあり、あのたった一人でボスのHPの八分の一を削った時とはまた違った気味の悪さが漂ってる。

 

 

 さて、どうしてユウがこんな場所でこんな時間までこんな事をやっているのかというと、全てはアルゴの陰謀のせい。

 アルゴの案内でエクストラスキル:《体術》を習得するため、ここまで連れてこられたユウは、促されるままに、何かの達人っぽい雰囲気があるNPCのジジイに話しかけた。

 始まった会話を、取り敢えず「あ、ハイ。そうですねー」で華麗に流しまくっていると、なぜか巨岩の前に連れていかれ、『この岩を身一つで割れ』と言われる。

 ナニイッテンノコノジジイ?って感じでジジイを見ると、いつの間にか筆を持っていたジジイが、数歩分開いていたはずのユウとの距離を瞬間移動のように一瞬で詰め、顔にナンセンスなフェイスペイントを装飾してきた。

 最後に「信じているぞ。我が弟子よ」と捨て台詞を吐きながらジジイはジジイの家に消えていった。

「...........は?」

「にゃハハハ!にゃーハハハハハ......!!!」

「くっ......くくっ.....」

 取り残され状況に着いていけないユウ、腹を抱えて爆笑するアルゴ、どうにか笑うのを堪えようとするディアベル。

 ここにきて、ユウは、ようやく嵌められたことにきづいた。

「いやぁ、情報屋やっていてホントに良かっタって思うヨ。マァ、他のプレイヤーには、こんな情報は絶対に売らないんだケドナ!にゃーハハハハッ!!!」

「...........やってくれやがったな、クソネズミぃぃぃぃ!!!!」

「にゃハハハハ!じゃあな、ユウ!ソイツが割れるまではオマエの分の仕事はディアベルにやらせるカラ......安心して殴りまくレwww」

 そう言い捨ててディアベルを引き連れて逃げ出したアルゴ、場を迂闊に離れられないユウはただ無力にそれを見逃すことしか出来なかった。

 

 この時点での時刻は確か午後六時くらいだった気がする。

 そこから凡そ八時間、ただ無心に岩を殴り続けてきたが、哀しいことに仮想世界のオブジェクトは耐久値が一定値を下回らないと変化しない仕様になっている。

 つまり、八時間経過してもユウの目の前には、最初と全く変化のない巨岩が転がっているのだ。

 

 これで壊れないでいられる精神力なぞ、果たしてこのユウが持っているのだろうか?

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 宵闇の中、尚も響き渡る絶叫がその答を示していた。

 

 

 この叫び声は、日が上るくらいまでフィールドを震わせ続けたとか......


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