仮想世界の先駆者   作:kotono

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第二十九話

「はっはっはっはっ......!」

 

 嘲笑うような高笑いを聞きながら、オレは意識を取り戻した。

 笑い声の主に目を向ける。キリトだった。

 キリトはなおも周りを見下すように笑い続ける。............ヘタな演技だなぁ。

 

 とりあえず、今の状況を知るために、近くにいた厳ついスキンヘッド.....エギル?、に声をかけた。

「なぁ、これどうなってんの?」

「お?おぉ、気がついたか。いや、な。あのボウズがボスのスキルを知ってたことにキバオウさんらが『ディアベルさんが死にかけたのはオマエのせいだ!』って感じに噛みついてきてな......それにみんなが反応しちまって、終いには『情報屋の嬢ちゃんがボスの情報に嘘をついてたんだ』。ってまで言い出してな......」

 

............なぜかアルゴが本人の居ないとこで悪人になってました。

 アルゴ、どんまい☆

 きっと、普段の行いが悪いから、こうなるんだよ。うん。

 

 

「なるほど、それをどうにかするためにキリトは動いたってことか......」

 

 あの感じからすると、キリトはどうやら、元βテスターに向いていた悪感情を全て自分に集中させようとしているのか......

 確かに、それならキリト一人の犠牲だけでビギナーとテスターの間にある確執は沈静化するのだろう。

 どうするのかは知らないが、たった一人で不特定多数を救うのだ。

 デメリットが小さく、メリットが大きいすばらしい策略だ............『本来ならな』。

 ふと周囲を見回すと、件の青髪の騎士サマは、何も言えずにイケメンフェイスを歪めていた。

 

「元βテスター、だって?俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

 笑い声を納め、キリトが語りだす。

 周囲のプレイヤーは困惑と怒りを混ぜたような反応をとっている。

「いいか、よく思いだせよ。SAOのβテスターってのは、とんでもない倍率の抽選で選ばれたんだぜ。抽選に受かった千人のうち、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う。ほとんどはレベリングのやりかたも知らない初心者(ニュービー)共だったよ。今のあんたらのほうがまだしもマシさ............でも、俺はあんな奴らとは違う」

 キリトは冷笑を浮かべる。

 あきらかに無理した感のあるヘタな芝居なのに、プレイヤーは皆、場の空気に呑まれ、言葉を発っせない。

「俺はβテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知ってたのは、ずっと上の層でカタナを使うMobと散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぜ、アルゴなんか問題にならないくらいな」

 場の空気がよりいっそう凍った。

 

「なんだよ、それ......そんなのβテスターどころじゃねぇ!もうチートだろ....チーターだろ、そんなの!」

 一人がそう叫んだ。

 それを皮切りに、次々と罵詈雑言が響く。

 そして、その中で《βテスターのチーター》は《ビーター》になった。

 

 ちなみに、オレはというと......

「短時間で造語を作っちゃうとか、ネットの住人臭が感じられるな............それにしても、ここにきて、《キリト=廃ゲーマー説》が証明されたか。いったい一人で層を上るのに何回くらい死んだんだろう......」

 無意識に思ったことを呟いていた。だって気になったのだもの。

「...........オマエさん、緊張感とかねぇのか?」

「現実に置いてきた」

「そ、そうか......」

 呆れて、聞いてきたエギルは即座に返して黙らせる。

 もちろん、嘘だ。

 ただ、このお芝居には緊張感を抱く必要がないだけ。

 

 オレは隠蔽(ハイディング)スキルを発動させて、喧騒の中心へと歩きだした。

 そこでは、なおも強張った冷笑を浮かべるキリトが声を上げている。

「《ビーター》、いい呼び名だなそれ。....... そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは、元テスター如きと一緒に「おいしょっ、っと!」..ぅわっ!!?」

 

 キリトの演説は最後までいかずに、誰かがヘタクソな背負い投げでぶん投げて中断した。

 もちろん、その《誰か》とは私、ユウである。....... 投げ技って攻撃判定でないから便利だな。

 

 

 オレの突然の奇行は、騒いでいた有象無象どもを再び黙らせ、キリトに集まっていた注目を余すとこなく奪うことに成功した。

 

...........さて、ここからはオレの時間だ。

 

「動くな」

 オレはキリトに剣を突きつけてそう言った。

「......ユ..ウ?ど、どうして......」

 絶望したかのような顔で聞いてきたキリトだけに聞こえるように呟く。

「......βテスターを《ビーター》とそれ以外に分けて、《ビーター》に悪意を向けさせる。被害の範囲を限定でき、それに伴う敵対心で統率と向上心を高めさせることもできる、実に効率的な方法だな。でも、それじゃあ《不正解》なんだよ............そこで黙って見てな、キリトぉ?これが《最適解》だ」

 

 剣はキリトに向けたまま、例の奇抜な頭をしたヤツを指差す。

「おい、そこのドンパッチ」

「キバオウや!」

「うるさいな。オレンジ色のトゲトゲした噛ませ犬とか、まさしくドンパッチだろーが」

「なんやて!誰が噛ませ犬や!」

「あーはいはい。そんなのどーでもいいから......で?そのトゲオウさんは、この足下に転がってるこいつをどうしたいんだ?会議ん時に言ったように『金もアイテムも全部吐き出させる』?」

「だからキバオウやって言うとるやろが......せや、こんビーター野郎には、死んでいった千人とディアベルはんに侘び入れさせなあかん!金もアイテムも情報もコイツがかっさらったLAも、全部吐き出してもらわな収まりつかんのや!」

 キバオウはこれが現実なら唾でも飛んでそうな勢いで捲し立てる。

 

「そうかそうか。確かに、千人の命は大きいな...... じゃあ、『そうするか』。」

「えっ!?」

 オレの賛同にキリトが驚いた。

「なんだ、キリト?もしかして、たかが一回パーティ組んだだけでオレがオマエを助けるとでも思ったのか?ビギナーのオレがビーターを援護するわけねぇだろ」

「そんな......」

 キリトの表情はこの世の終わりでも見ているかのようになっている。

 

「なんや、話のわかるヤツやないか!そうや!その通りや!」

 キバオウとその周りのヤツらはオレの裏切りに歓喜する。

 これで、完全にオレに有利な雰囲気になった。

 もうここからはオレの独壇場だ。

 

「そのかわり...」

 オレはキリトに向けていた剣を動かしながら告げる。

「キバオウ、それにその周辺のヤツら。アンタらには『死ん』でもらおうか」

 剣を真っ直ぐに向けて、そう続けた。.........再び、ボスが消えたボス部屋は静まり返る。

 

「な、なんでや......なんでワイらが死ななあかんねん!ワイらはビーターちゃうぞ!」

 

「そんな叫ぶなよ、ホントうるさいヤツだな。オマエらがビーターじゃないのはわかりきってんだよ。

 死んでもらう理由なんて、オマエらが邪魔だからに決まってんだろ?」

「邪魔やとぉ?」

「そう邪魔だ。.....なぁ?アンタらは、我らが騎士様が死にかけたときに何をやってた?その後、オレが一人で戦っていた時は何ができた?」

「それは......」

「あぁ、言わなくていいから。っていうか、これ以降、勝手に喋んな。......オマエらが何もせず、何もできなかったのは知ってるから」

「クッ..........」

「それに比べて、このビーターさんはどうだろう?騎士様が死にかけた時は何もできなかったとは言え、その後は、オマエらに情報を伝え、指示をだし、さらにはオレとタゲを替わったりもした。

 つまり、この時点で、オマエらは《無能》で、キリトは《有能》って分類されるんだよ」

「............そ、それは、ソイツがビーターだからで......」

「そうだな。確かに、ビーターだからキリトはボスのスキルに対処できたんだろう。......で、オマエらは素人感まるだしのビギナーだから何もできなくていいってか?..........そう思ってんなら、やっぱりオマエらはさっさと死ぬべきだ」

 

 オレは大袈裟にため息をはいて、続ける。

 

「いいか?『ボスの情報なんて一切持っていないビギナーのオレがたった一人でHPゲージの半分を削った』ってのに、同じビギナーの連中が多数いて、ボスの情報がなかったから、とか考える時点でオマエらは《無能》なんだよ。」

「ふ、ふざけんな!俺達は無能じゃねぇ!今まで、必死に攻略してきたんだ!」

 キバオウの近くにいたプレイヤーが怒鳴った。

 

「はぁ?攻略ぅ?オマエらがいったい、いつ攻略なんてやったんだ?」

「俺達が、ボス部屋を最初に発見したんだ!それは、俺達が一番攻略したってことだろうが!」

 どうやら、このプレイヤーはディアベルのパーティメンバーらしい。当然の主張とでも言うかのように声を張り上げている。

 

 オレは、ウィンドウを開き、操作する。

 そして、今まで集めたマップデータを可視化させた。

 

 目の前にアインクラッド最大面積を有する層が写し出された。

 

『............!!!!?』

 プレイヤー全員が、これがなんなのかを理解した瞬間に驚愕の表情を浮かべた。

「これは、オレが集めたマップデータだ。ご覧の通り、第一層の全容が伺える。当然、ボス部屋までの道のりだってある。

 これをオレは、オマエらが会議を開く前に完成させた。迷宮区なんて一週間も前に踏破ずみ。............さて、もう一回聞こう、オマエらはいったい、いつ攻略なんてやったんだ?」

「............」

「おや?『それでも、自分は危険な最前線でも渡り歩けるトッププレイヤーなんだ』なんて言いたそうにしてるヤツもいるな...........でも良く考えてみろよ?

 ここまで来るのに一ヶ月もかかったんだ。

 中堅プレイヤーとオレたちの間に、そんなにレベル差が開いてるとでも?

 そして、レベル差以外に特に優れたものを持っていない、誰かの指揮がなければ動けなかったオマエらよりも実力は下だとでも?

 いいか、オマエらの替わりなんざ、まだいくらでもいんだよ。

 現に、あと一週間まってれば、ボス攻略だってフルレイドで挑めただろうよ」

 

「実力的にも、実績的にも《無能》としか言えず、ましてや、後続プレイヤーでも予備(スペア)になれるようなオマエらが、だ。

 誰よりも情報を多く持っていて、テクニックもあり、なおかつ、初のLA獲得者でもある......まさしく《有能》なキリトを排斥しようっていうんだ。

 まさしく、攻略の《邪魔》だろ?

 ビーターが二千人を死なせた加害者なら、オマエらは生き残ってる八千人の解放を妨害する害悪そのものなんだよ。

 だから、オマエらには『死んでもらう』って言ったんだ」

 

 ビーターに悪意を向けさせる。

 キリトが選択したこの方法は、皮肉にもキリト自身が自分の実力を示したせいで、やってはいけない選択となった。

 これがもし、ボス攻略前の状況なら、キリトが全体の敵となって、集団の強固な団結が生じたこもしれない。

 しかし、集団の統率者であるディアベルがミスを犯した。

 勝手に死にかけたコイツに対する信頼はかなり下がっただろう。きっと、そのうちディアベルはリーダーの座を降ろされ、集団は抱懐する。

 

 だからこそ、オレの方法が最適解だ。

 ビーターであることに対する批判を自分が死ぬかもしれないという恐怖で潰す。

 さらに、完全な実力主義の思想をぶちこんでから、あらかじめ集団を分裂させることで、競争心を煽ることで、実力者の地位を上げる。

 もちろん、この方法を否定する声は上がるだろう。

 しかし、今、この場で、オレに対して意見できるヤツなんていない。

 他ならぬオレが、あまりに大きな実力と実績を誇示したから。

 

 

 オレは不気味な笑みを貼り付ける。

 どっかの大根役者とは違って、実に上手い役者っぷりだろう。

 なにせ、そもそも、オレのこの姿そのものが偽物なんだから。

「さぁ選べよ。死者の怨みを晴らし生者に謝りながら死者になるか、自分の矮小さとビーターの活躍に悔やみながら生き続けるか。」




これにて、第一層は終了となります。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
しかし、三十話で第一層って......展開の遅さと自分の文才の無さが情けないです......

いままではほぼ原作準拠、っていうか所々、原作のセリフをパクりながら進めてまいりましたが、ここから徐々に原作から外れていきます。

これからもどうかよろしくお願いします。

さてさて、第二層は、まずはお馴染みアルゴとユウによる喜劇から入らせてもらいます。

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