仮想世界の先駆者   作:kotono

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第二十八話

『恐い』

 

 起き上がったボスと対面で向かいあって抱いた感想は恐怖だった。

 当たり前だ、死なないことを第一に考えて動いてたはずなのに、今、オレが全生存者の中で一番死に近いとこにいるのだ。

 武器を持つ手が僅かに震える。

 

 どうやら、先の不意討ちで、タゲも完全にオレに移っているようだ。

 あんまりダメージは入ってないように見えるが、どうやら『膝カックン』は0と1で構築されたバケモノですらも苛立たせる効果があるらしい。目付きも恨みでも籠ってそうに鋭いし。

 

 正直に言えば、逃げ出したい。

 なんでオレがこんなことを......とかめっちゃ思ってる。

 

 それでも、逃げるわけにはいかないのだ。

 

 それは、他のプレイヤーのため、だとか、現実に帰りたい、とかいう理由じゃない。............そもそも、今の現実にオレの居場所なんてないしな。

 

 オレはただ、癪にさわっただけ。

 ここで、逃げたらシステムに、そして、あの自称茅場に手のひらで弄ばれたのと同義なのだ。

 知恵を搾って戦うだけに、策略に嵌まるのがキライってだけの超個人的な理由。

 それでも、オレにとって恐怖を耐えて戦うには十分な理由だ。

 

 コボルド王を見据える。

 当然、武器を変えたコイツの情報なんてオレはかけらも持っちゃいない。

 それでも、やる。

 

...........βテスターどもの行動は予測できても、オレみたいなのは想定外だったようだな。茅場ぁ?

 残念ながら、第一層ボス攻略は死者0で終わらせてやるよ。

 

 

 随分と軽く感じる剣を持って、オレは雄叫びを上げるコボルド王に向かって駆け出した。

  コボルド王は手に持った鋭い剣、いわゆる野太刀、を構えてソードスキルを発動しようとする。

 

 SAOで最も凝っているのは当然ながら戦闘に関わる類いのものだ。

 特に、モンスターのデフォルトは異様なまでの再現度で、関節や腰の動き、筋肉の動きまで、リアリティーにできている。

 だから、こそ、プレイヤーは敵の攻撃モーションがわかるのだ。

 

 オレがやるのも、他のヤツらと同じ、そのモーションからの見極めだ。

 ただし、『精度が違う』。

 

 コボルド王が、ソードスキルを繰り出す。

「右水平斬りだ!」

 遠くから、キリトの声が聞こえる。

 本来ならナイスフォローなんだが、

 しかし、『そんなことはとっくにわかっている』。

 

 腰の動き、ヒジの使い方、手首の向き、......

 さまざまな要素から野太刀の『軌道』を割り出す。

 オレはその軌道上に立たないようにするだけでいい。

 野太刀のほうを見もしないでジャンプして避けて、そのまま腹を斬りつける。

「グウゥ!!!」

 苦悶の声を上げるコボルド王。

 

 今を解析して、未来を予測する。

 大丈夫。 一ヶ月間、オレを生かしてくれたこの技術はボスにだって通用する。

 

 オレは、三日月の笑みを貼り付ける。

 そうやって恐怖を圧し殺さないとすぐに体が震えてしまうから。

 

 コボルド王が光りだした野太刀を頭上に持ち上げ、振り下ろしてくる。

 サイドステップで避けるが、予測以上に剣速が速かったせいで肩を僅かにカスる。

「ぐっ......ウラッ!!!」

 衝撃を耐えながら、地面にぶち当たった野太刀を横合いから片手剣単発水平斬り《ホリゾンタル》で、打ち付ける。

 すると、体重を前に傾けていたコボルド王は支えを失いタタラを踏む。

 その隙に背後に回り込んで、背中を何度も斬りつける。

「グルララァァァ!!!!!」

 コボルド王の絶叫がこだまする。

「うるせぇんだよ」

 振り向こうとしたところで、投剣を顔に投げつける。

 僅かに、のけ反ったところで、連撃を浴びせる。

 立ち直ったコボルド王に、それでも肉薄して斬りつける。

 

 パリィはしないし、ソードスキルを直接攻撃に使わない。

 それなのに、避けながら攻撃したり、切られながら斬りつけたり、攻撃の手は途絶えない。

 しばらく、そんな無茶苦茶な攻防が続いた。

 周りのほとんどのプレイヤーが入り込める余地のないこの戦闘に、ただ茫然と立ち尽くして、不気味な笑みを浮かべたユウを見続けるしかできなかった。

 

 

 何回目かのコボルド王の斬り下ろし。野太刀は禍々しい緋色に輝いている。

 オレは、先のようにサイドステップで避けず、剣を肩に担ぐように構える。

 真上からくる刃を、《ソニックリープ》で斜め上方に跳び上がりながら避け、野太刀を振り下ろすために地面に近づいていた顔を斬りつける。

 

 コボルド王は......退け反らなかった。

 どうやら、コボルド王のソードスキルはただの斬り下ろしじゃないようで、地面に触れそうなとこまで降りていた野太刀が向きを変えて急浮上してきた。

 

「グハッ!!!」

 

 直撃して、宙を舞う。残りHPはすでに赤く染っている。

 あろうことか、コボルド王のソードスキルはまだ終わっておらず、振り上げた野太刀を腰に持ってきていた。

 斬り下ろし、斬り上げ、突きの三連撃か............これは初見じゃ無理だわ。

 

 迫りくる刃を無抵抗で見ながら、オレは『笑う』。

「オレの勝ちだよ、ポンコツAI。『3分』だ。」

 

 そう呟き、そして、オレは叫ぶ。

 

「スイッチ!!!」

 

ガッキィンッッッ!!!!!

 

 激しい激突音と共に、オレとコボルド王の間に黒髪の少年が割り込んだ。

......おぉ、コイツ、コボルド王をぶっ飛ばしやがった。

 キリトはオレの横に降り立ち、ポーションをオレの口に突っ込む。

「後は任せろ!!」

 そう言って、ぶっ飛ばしたコボルド王に向かって駆け出した。

 横には、アスナもいる。

 コボルド王のHPは最後のゲージの半分まで削れている。

 我ながら、よく頑張ったな。もう限界だけど.....

 

「ハハハッ......これはまた、カッコいい登場だこと......んじゃヨロシク」

 

 そう言ってオレは気を失った。

 

 


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