『《
そう聞かれても、正直、別になりたい訳じゃない。
そもそも、ゲーマーとは言え、俺はもう社会人。ファンタジーに思いをはせる期間はとっくに過ぎている。
じゃあ、俺はどうして《騎士》を自称したのだろう?
たぶん、俺は憧れたのだ。
β時代、フロアボス相手に一歩も引かず正面から剣を打ち付ける姿に。そして、身の丈を優に超えるボスたちを何度もポリゴンに換えてきたその姿に。
黒髪をたなびかせ、堂々と全プレイヤーの先頭に立って戦い続けるその様は、まるで《騎士》のようで......
この一ヶ月、行動を共にした仲間達とボスに立ち向かう。
彼らは俺が元βテスターだと知っていたらどうしたのだろうか?
これから、もしバレてしまった時、どうするのだろうか?
そんな不安はいつまでも消えてくれないが、俺はそれでも、このゲームをクリアするために《騎士》になってプレイヤーの皆を率いていくと決意したんだ。
だからこそ、ここでLAを取り、今度は俺が全プレイヤーの先頭に立ち続ける!
「下が...... !!ぜ..りょくで....... に..べ!!!」
遠くから、叫び声が聞こえた。
ボスの剣から響くサウンドエフェクトにかき消され、聞き取ることができなかったが、誰の声なのかはすんなりと理解した。
この声は、俺が嫉妬し、憧れ、そして追いかけたプレイヤーのものだ。
........彼は、今、何を叫んでいるのだろうか?
ふと思った疑問はすぐに消え去った。
「えっ....?」
思わず、声が漏れる。
もう追い詰めたと思っていたコボルド王が武器に光りを纏わせながら、垂直に跳んだのだ。
そこではじめて、俺はコボルド王の武器が無骨な湾刀じゃなくなっていることに気づいた。
............知らない。俺はあんなの技知らない!あれは、なんなんだ!?
コボルド王は空中で体を限界まで、まるで力を溜めるように、ひねる。
そして、着地と同時に、俺達に、まるで円を描くような軌道で、鋭く研ぎ澄まされた剣が襲いかかった。
そこからは地獄の時間だった。
時間にしたら数秒ほどであっても、俺には、この地獄が無限に続くように感じた。
攻撃を受けスタンする俺達にバケモノが追撃する。
狙われたのは、俺だった。
バケモノはソードスキルで俺の体をいとも容易く打ち上げる。
浮遊感が恐怖を助長し、俺は自分の死を予感した。
どういう理屈かわからないが、バケモノは技後硬直することなく、ヤツにとってちょうどいい高さで宙を浮く俺に切りかかった。
結局、俺は無力だったんだ。《騎士》を名乗る器じゃなかったんだ。
やっぱり、皆を救うのは俺の役目じゃなく、あの黒髪の剣士にこそ相応しかったのだ。
だから、これは罰なのだろう。
元βテスターであるのを隠して、LAを取るために卑怯な手を画策した、とても《騎士》らしくない俺への罰。
俺は迫り来る剣を眺めながら、そう結論付けた。
............あぁ、でもやっぱり、『悔しい』な
多大な後悔を抱きながら、近づいてくる緋色に光る剣をぼんやり見ていた。
...ドガッ!!
突然、鈍い衝撃音と共にコボルド王が『こけた』。
死を確定させたはずのソードスキルは中断され、鋭く光る剣はディアベルの体を僅かにカスっただけだった。
膝を突いたコボルド王の背後には、一人のプレイヤーが立っている。
ソードスキルを繰り出すために、踏み込もうと足を上げた瞬間に、軸足のひざうらを片手剣突進技『レイジスパイク』で強攻撃してバランスを崩したのだ。
『ソニックリープ』が敏捷値や装備の重量で飛距離がかわるように、『レイジスパイク』は筋力値と武器の重量で威力が変わる。
それを利用して、重量のある剣を使ったのだろう。現に今もそのプレイヤーは持っている剣を重そうに握っている。
ようするに、このプレイヤーはフロアボス相手に『膝カックン』を決めたのだ。
ディアベルが攻撃されるのを見ていることしか出来なかったプレイヤー達は皆あっけにとられて口を間抜けのように開けた。
それほどに、コボルド王が軸足を外されて、こける様は先程までの危機感が霧散するほどに無様だった。
それを実行したプレイヤーである、ユウは手に持った、人一人の命を救った剣を鬱陶しそうに投げ捨て、腰に差した剣を抜きながら起き上がろうとするコボルド王を眺める。
「キリト、ディアベル」
ユウはボスに視線を固定して呼び掛ける。
静まり返っていたボス部屋では、あまり大きくはないその声もはっきりと聞こえた。
「『3分やる』。そのあとはどうにかして」