アインクラッド第一層フロアボス攻略戦は30分を経過した。
ボスである巨大なコボルドの王様、《イルファング・ザ・コボルドロード》をディアベルの指揮の元、役割ごとにナンバリングされたパーティーが着実に攻める。
悲鳴に似た雄叫びをあげるコボルド王。
すでに、四本あるHPゲージのうち二本が削られている。
オレは、その中央付近で人の身長を優に越える怪物にプレイヤーたちが群がっていく光景をぼんやりと眺めていた。
一応、攻略レイドに組み込まれているオレだが、ボス攻略が始まってから今まで、これといった活躍をしていない。
それどころか、未だに剣すらも振っていない。
さすがに、ここまできて何もしていないのは心苦しいものも僅かにあるのだが、オレの意志に関係なく戦闘できないのだ、どうしようもない。
「スイッチ!」
ぼんやりしていると近くでキリトの声が響く。
もはや諦めた表情でそちらを見ると、アスナが《ルイン・コボルド・センチネル》の喉元にある鎧の隙間に《リニアー》を打ち込んでいた。そして、仰け反ったセンチネルがポリゴンに換わる。
キリトがいとも簡単に敵の武器をはね上げて、『スイッチ』と告げる。
そして、その瞬間にはすでにアスナが懐に潜り込んでレイピアを突き刺す。
さっきからこの繰返しで新しく湧いた取り巻きを超速で倒している。
アイツらの連繋が巧すぎて戦闘に参加できない......
いや、いいんだけどね?戦わないで済むんなら、それに越したことはないんだけどさ。
やることも無いんで、再び、コボルド王の方を見る。
討伐は順調に進んでいるようでコボルド王のHPは着々と削られていっている。
プレイヤー達の余裕ある様子からして、どうやら、攻略本との変更点はなさそうだ。
ちなみに、オレは件の攻略本は読んでいない。
なにしろ、一昨日まで攻略に参加する気なんて無かったんだし、そもそもアルゴとパイプがあるんだから持つ意味を感じなかった。
そのアルゴに情報規制されてたんだけどな......
つーか、クエ情報の報酬すらまだ貰ってねぇし。
...........しかし、あの茅場晶彦がβテストとの変更点を作らないというのはあり得るのだろうか?
一ヶ月前、デスゲームの開始を告げた、赤ローブを纏った自称茅場は言った、
『この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーブギアを、SAOを造った。』、と。
歴史に名を刻むであろう犯罪を犯してまで、ヤツが『観賞』したかったのは、こんなにヤワなものだったのだろうか?
いや、これでも、ここに来るまでは一ヶ月も掛かったんだ。
それに、単純に考えて百体のボスがいるんだから、わざわざβテストのと変更する余裕なんて無かったのかもしれない。
だから、この懸念は無駄な考えであり、杞憂なのかもしれない。...........現にもうそろそろ終盤だ。
そう結論付けて思考を切り換えようとした。
その時、視界の端でキリトにキバオウが話しかけようとしているのが写った。
わりと近くで話していたためか、耳を澄ますと声が届いてくる。
「アテが外れたやろ。ええ気味や」
相変わらず、耳障りな濁声だ。
「............なんだって?」
「ヘタな芝居すなや。こっちはもう知っとんのや、ジブンがこのボス攻略部隊に潜り込んだ動機っちゅうやつをな」
「動機......?ボスを倒すこと以外に、何があるって言うんだ?」
「何や開き直りかい。まさにそれを狙うとったんやろが!」
...........何か会話が噛み合ってないなぁ。
「わいは知っとんのや。ちゃーんと聞かされとんのやで......あんたが昔、汚い立ち回りでボスのLAを取りまくったことをな!」
キリトが驚いて、言葉に詰まった。
「(聞かされた?やっぱりキバオウは仲介だったのか、じゃあ、大元は誰なんだ?)」
「(いや、そんなことより、『LA』って......っっ!!!?)」
「LastAttack......? SAOは、ラストアタックボーナスがある、のか......?」
思わず声に出して呟いていた。
今まで、戦闘はずっとソロプレイだったから知らなかった。
そして、さっき切り捨てたはずの懸念がもう一度浮かぶび、思考は警鐘を鳴らしだす。
初のボス戦、βテスト、未だ変更点なし、ラストアタックボーナス。
...........もし、茅場晶彦がここまで予測してこの世界を創ったとしたら、なるほど、確かに《観賞》しがいがあるのだろう。
まだ何か話しているようだが、声が小さくなったのか、聞き取ることをやめたのか、もうキリト達の会話は届かなくなっていた。
雄叫びが響いた。
再び、ボスの方を見る。コボルド王のHPが最後のゲージに突入した。
三段目のゲージを消し飛ばしたF・G隊が後退して、体力MAXになっているC隊が突撃した。
C隊にはあの青髪イケメンの騎士様がいた。
............もしこれで『そう』なら、創造主様はホントいい性格してるな。友達に成れそうだよ。
オレは今、装備している
ストレージから、例の特製武器《アニールブレード+5(5H)》を取り出す。
手に掛かるアホみたいな重量にウンザリしながら、雄叫びをあげるコボルド王に、そして武器を掲げ、勇敢に突っ込んでいくC隊に集中する。
新たに湧いた取り巻きコボルドはキリト達がやってくれるから気にしなくていい。
コボルド王が手に持った盾と斧を投げ捨て、腰に引っ提げていた武器を引き抜く。
なるほど、終盤に武器を替えるのか......『先に知ってなくて良かった』。
「さてと、少しは働くとするかね..........短時間で最大級の功績か。理想的な社会人だな。まだ学生だけど」
なんて、ひとりごちながら歩きだす。
手に持った重すぎる片手剣は硬い床を引き摺って運ぶ。
「下がれ!!全力で後ろへ跳べーー!!!!」
背後からキリトの絶叫が響いた。