仮想世界の先駆者   作:kotono

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第十九話

 トールバーナの町外れに建っている農家の2階。

 アルゴが言うには、ここは宿になっているらしく、今はとあるプレイヤーが使っているらしい。アルゴはこの部屋の使用者に用があるのだという。

 しかし、こちらとしてはそんなことはどうでもいい事で、太陽も沈んだんだしさっさと帰って寝たい、というのが今の心境である。

 というか、オレを攻略に引きずり込んだ本人がボス戦前日に外を連れ回すってどういう事だよ......

 

 コン、コココン

 部屋の扉をアルゴがノックする。

 しばらくすると、扉が開いた。

「珍しいな、あんたがわざわざ部屋まで来るなんて」

 どうやら、この部屋の主は明日のオレのパーティーリーダーである童顔イケメンことキリトのようだ。

 なるほど、だからオレを連れてきたのね。

「まあナ。クライアントが、どうしても今日中に返事を聞いてこいっていうもんだからサ」

 そう言って、アルゴはさも当たり前のように部屋の中に入っていった。おい、連れて来といて放置かよ。

 

「ん?え、えっとユウ、だよな?どうして...... ?」

 ようやくキリトがオレの存在にも気付いてくれた。

「どーも。オレの名前ならユウであってるよ。ここにいるのはアルゴに連れて来られたから。とりあえず、中に入れてくんない?」

「お、おう。いいぜ。」

 許可が貰えたので、中に入りアルゴを真似てソファに腰を下ろす。

 

 キリトはピッチャーからミルクをグラスに注いでいる。飲み放題らしい。

 見たところ部屋も広いしベッドもふかふかのようだ。しかも風呂まで着いてる。

 なにこの部屋、良すぎだろ、超羨ましい。

 注ぎ終わったキリトはミルクをテーブルに置き、対面のソファに座った。

 それを見たアルゴは、にやっ、とした笑みを浮かべた。

「キー坊にしては気が利くナ。ひょっとして、眠り毒入りカ?」

 え、眠り毒?そんなんあんの?めっちゃ欲しいんですけど.....

「ありゃプレイヤーには無効だろう。だいたい、圏内で眠らせたところで何もできないし」

 なんだプレイヤー(アルゴ)には効かないのか、じゃあ要らね......

「まあ、そうだナ。............圏内で嬉々として眠らせてきそうなヤツならここにいるけどナ」

 どうやら、考えを読まれたらしい。エスパー? 

 違うか、オレがわかりやすいだけだな。

 

 この後、しばらくアルゴとキリトが話しだしたので、オレは黙ってその話を聞いていた。

 どうやら、このミルクは外に5分放置で激まずになるらしい。............ほう?激まずとな?

 

 脇腹を殴られました。どうやら、また考えが読まれたようだ。

 

 

「.....そうだ、ところで、なんでアルゴがユウを連れてるんだ?アンタ、パーティープレイって一切しないんだと思ってたんだが?」

「まァ、色々あってナ。コイツとは協力関係なんだヨ。今日は仕事ついでに紹介しとこうと思ってナー」

「......それこそ珍しいな。あの《鼠》が一個人に入れ込むなんて......」

「詳細な事情が聞きたいのなら500コルは必要だナー」

「......相変わらず、いい商売根性だな。」

「ニシシ。売れそうな情報なら基本的に何でも売るのがオイラのスタンスだからナ」

「500コルといえば、アルゴ。俺、アンタの作った《攻略本》は500コルで買ったんだぞ。なのに、あのエギルってやつが言っていたのは無料配布ってどういうことだ?」

 キリトが弱冠恨みがましい口調で言った。

「そりゃ、キー坊たちフロントランナーが初版を買ってくれた売り上げで、無料の二版を作っているからナ。安心シロ、初版はアルゴ様の直筆サイン入りダ♪」

「うわぁ......要らねッグハ......」

 呟いたら、脇腹殴られた。ようやく喋ったのに。

 なんで男にはハラスメントコードがないんだろう.....

 

「そんジャ、そろそろ本題に入らせてもらっていいかナ」

 アルゴがそう切り出した。っていうか、本題に入るまでがなげぇよ。キリトも『早くしてくれ』って感じで頷いてるし。

「まあ、依頼人がいるって時点で察しはついてると思うけどナー。例の、キー坊の剣を買いたいって話......今日中なら、三万九千八百コル出すそーダ」

「............マジ?」

「......さんっ......!!!?」

 これには、オレもキリトもびっくりである。

 というか、この依頼人はいったい何がしたいんだろうか......

 現在の《アニールブレード》の相場がだいたい一万五千コルくらいだ。いくら強化品だと言っても四万も掛ける価値があるとは思えない。

 キリトも同じ考えなのか、アルゴに詐欺の可能性を指摘してキレられていた。

 

.............しかし、だ。これが詐欺じゃないとすると、その依頼人には何か明確な目的があるということになる。

 アルゴの言い回しから考えて、この取引は今日から始まった事ではないようだ。

 いったい、この依頼人はどこに四万分もの利益を見出だしたのか。

 可能性としては二つ。

 一つは、《キリトのアニールブレード》が依頼人にとって特別である可能性。

 もう一つが、キリトが《アニールブレードを手放す》ことが目的である可能性。

 前者は、有名人であるならばともかく、目の前の少年の物に、しかもゲーム内での武器に、そんな価値があるとはとても思えない。

 まぁ、依頼人がこのイケメンのストーカーっていうなら無くはなさそうだが......

 とすれば、後者になるのだが、後者だって成立する条件がある......

 

 

 オレがそう考えている間に、キリトが隣のアルゴに依頼人の情報を買ったようだ。

 これはオレも気になったので、耳を傾ける。

「キー坊もユウも、すでにソイツの名前を知っているヨ。なんせ会議で大暴れしたからナ」

「............へ?」

 思い浮かんだ人物に驚き、やけに間抜けな声をだしてしまった。

 あ、おいアルゴ、こっち見てにやついてんじゃねー。

「まさか............キバオウ、か?」

 続いて漏れたキリトの囁きに、アルゴは真剣な表情ではっきり頷いた。......何か対応に差がある気がする。

 

 

 

 

 もし、依頼人の目的が、キリトに《アニールブレードを手放させる》ことである場合、この依頼が発生するには、

 『キリトの実力が相当高いこと。』そして、『その実力を依頼人が知っているということ。』の二つが条件になる。

 

 仮にキリトが元βテスターだったとしよう。

 それなら実力があるのは納得できる。

 しかし、その実力をアンチβテスターのキバオウが何で知っている?

 そもそも、誰かがβテスターであったことを知ることができるのは元βテスターくらいだ。この他には方法がない。

 情報屋に聞くにしても、現状でまともに機能している情報屋なんてアルゴくらいのもんだ。

 そのアルゴは元βテスターの情報だけは決して売らない。

 じゃあ、キバオウが元βテスターなのか?......いや、そうは思えない。

 この取引だって元βテスター嫌いのキバオウが元βテスターであるキリトを弱体化させるためだと考えると動機だけは納得できる。

 なら、キバオウは誰かからキリトが元βテスターであるというコトを聞いた?

 いったい誰から?

 

 

 オレが思考の海に呑まれていると、アルゴが意味深な視線を向けてきた。

............なるほど、『これ』を考えさせるのが連れてきた一番の理由か。

 睨み返すと、アルゴは声を出さずに笑った。

 

 アルゴは同じく熟考しているキリトに声かけ、風呂場に向かった。どうやら装備を替えるようだ。

 

 次の瞬間、誰かの絶叫が部屋中に響いた。


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