ユウは夢を見ていた。懐かしい記憶の夢。
それは眩しくて、美しくて、だけど今はもう見れない光景............
『ねっねっ、私のこと《お姉ちゃん》って呼んでよ。』
いつものように、ソファーに寝転んでいたの頭を持上げ、自身の太股に乗せて座りながら彼女はそんなことを言ってきた。
『やだよ』
悠は短くもはっきりと拒否して手元の雑誌に視線を戻す。何を読んでいるのかはもはや言うまでもないだろう。
『えぇー、なんでさー?』
彼女はさも不思議そうに小首をかしげながら聞いてくる。
『《なんで》がなんでだっつの。その受け入れて当然みたいな雰囲気はなに? っていうか、同い歳だろ............』
『あっ、じゃあさっ!逆に私が《お兄ちゃん》って言ってあげるよ!』
逆転の発想ですか。わかりま.....いや、わかんねぇ。
『ねぇ、話し聞いてた?同い歳だって言ったよね?』
このバカの話しには乗るまいと思い、雑誌を見つめ続ける。が......
『おにぃちゃんっ♪』
つい、声に釣られて目線を上げてしまう。
目の前には空色の目を細め満面の笑顔を浮かべながらこっちを見てくる妹がいた。...........妹?はっ!?
『.................やっぱ、オレが呼んでやるからそっちは止めろ』
視線をねじ曲げて雑誌に戻すオレ。
『あっ!照れてる~♪』
いたずらが成功したかのように笑いながらいじる彼女。
『照れてない.....』
『素直じゃないなぁ。まぁいいや、じゃあ早く呼んでよ。《お姉ちゃん》って』
『............』
『............』
このままでは悔しいと思ったのだろう。
オレはまばたきを数回して同色の瞳を濡らし、寂しそうに見つめながら囁く。
『...........お姉ちゃん..』
『........................』
『オイ、何故黙る。』
『はっ!?......い、いやぁ、中々の威力だったからつい、ね?』
そう言って彼女は笑った。頬を染めて照れながら、それでも、嬉しそうに。
相変わらず楽しそうに笑うヤツだ。オレとは欠片も共通点を見つけられない。
そんなことを思いながら悠は三再び雑誌に目線を移す。さっきから、ページなんざ捲っちゃいないのに。
『ねぇ、悠。私ね。今、すっごく楽しいんだぁ~』
そう言いながら彼女はオレの頭を撫でる。その声は本当に楽しそうで幸せそうだ。
『知ってる』
いつものコトなので特に拒むこともせず、ただ身を任せて相槌をうつ。
『来年も再来年もずっとずーっと、こうやってのんびりできたらいいね』
『そーだなー』
撫でられるのが気持ちいいのだろう。悠は睡魔に負けかけながら返事を返す。
『ありゃりゃ?眠そうですね?お兄ちゃん?』
また楽しそうに笑いながら彼女は閉じかけた瞳を覗いてきた。
『お兄ちゃんは止めろって。もう無理......ちょっと寝る』
『うん、おやすみ♪』
『おやすみぃ............』
そして、水無瀬悠は夢を見る。
それは、寂しげに笑いながら落ちていく彼女と必死に手を伸ばし虚空しか掴めなかった自分自身のいる、《1ヶ月後》の夢だった。............
「.................グェ」
腹に強い衝撃を喰らってユウは目を覚ました。
目の前にはローブを着て顔にペイントで左右6本、皺で縦に一本ラインを付けた情報屋さんが仁王立ちで立っていた。
............さすがに、弄りすぎたな。
少し反省しながら腹に突き刺さった短剣を抜いて、朝の挨拶をする。それはもう爽やかに。
「おはようアルゴ。刃物で刺されて起こされた意外はいい朝だな。起こしてくれてありがとう。」
ここまできて、これを言葉通りに受け止めれる訳がない。
アルゴは嫌みな挨拶をシカトしてスペアの短剣を手に再びソードスキルの発動モーションをする。
「............ごめんなさい。調子に乗り過ぎました。」
これにはいくらユウでも謝るしかなかった。ちなみに潔く土下座である。
「............貸し1つダ。それで我慢してやルヨ」
「おぉ、慈悲深い。わかった。」
滅多刺しにされると思っていたため、これには素直に感謝するユウ。
これがどこぞの黒髪童顔のβテスターなら顔を青ざめさせていただろうが、まだ出会って1日しか経ってないユウにはアルゴに貸しを作るコトの重大さなんてわかりようもなかった。
「ハァ......さっさと降りてこいヨー」
アルゴは部屋から出ていった。そのとき、見えないように笑みを浮かべていたが、ユウにやり返せそうで嬉しいのだろう。
「さて、と......準備しますかねぇ」
オレはベッドに腰掛け装備を着けるために右手を動かそうとした。
そして、右手が震えていることに気づく。いや、すでに気づいていたのだがアルゴにバレないように考えないようにしていたのだ。
震えは全身を飲み込んできた。顔は歪み、涙がでそうだ。
《アイツ》はオレの半分だった。オレは《アイツ》の半分だった。
いや、もしかしたらそれ以上のものなのかもしれない。
今も、自身の危険なんかよりも《アイツ》との記憶によってオレの頭はぐちゃぐちゃになっている。
すべてが終わったあの時。すでに半分以上が失われたからオレはあんなに冷静でいられたのだろう。絶望なんて今さらするはずがない。
............落ち着け。《アイツ》のいないこの世界にオレが負けるわけにはいかないんだ。だから、震えるな、止まれ。
この世界はオレにとってロールプレイだ。鏡に写るこのアバターがなによりもの証拠だ。
そう言い聞かせて体の震えを止め。ウインドウを開いて装備を着た。
深呼吸を1つして部屋から出ていく。その顔には薄っぺらい笑みが貼り付いていた。