八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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……ぐっ、お、終わった……


卒業 〜graduation4〜

 

 

 

 さわさわと、まだまだ冷たい春風に揺れる雑草達を眺めながら、適当な段差に腰掛けて本日の主役の登場を待つ。

 

 時間まで自由にしててと言われたものの、さすがにそれでは身に危険を感じるばかり。体育館を出てから、俺の目を二度見した小学生が三人目に達した時点で心が折れました。時間でいうと体育館を出てから三十秒くらいの出来事。折れるの早えーな。

 

 それならそうとすぐさま呼び出し場所である体育館裏に来てみたものの、ここはここで結構な危険地帯だと気付く。

 小学校の卒業式に、体育館裏で目の腐った高校生が一人でぼーっと座ってたら普通に恐いよね。

 さらに卒業式の体育館裏という事で、俺以外にも他に利用客が居る可能性だってあるのだ。利用客ってなんだよ。

 

 なにせ今後想い人と会う事が適わなくなってしまうという可能性を秘めた卒業式。これを機に攻めに転じるアグレッシブな小学生諸君だって居るだろう。そしていざ呼び出し場所に行ったら不審者が立ってました!

 なにそれ恐い。せっかくの晴れの日に小学生の心に傷を負わせちゃう!

 その傷の深さといったら屋上ラブレター罰ゲームの比じゃないかも!

 

 というわけで、前途ある若者達に深い傷を与えてしまわぬよう、ビクビクと辺りを気遣いながら待つこといかほどか。

 待ち人来るか俺が招かれざる邪魔者なのか、ついに伸びた雑草をカサリと踏み鳴らす音が、体育館裏一体に響いたのだった。

 

 

× × ×

 

 

「……八幡。良かった、来てくれたんだ」

 

 雑草を踏みならす音のする方へ恐る恐る目をやると、そこにはほっとした表情で微笑む留美が立っていた。

 

 良かった。どうやら俺は見知らぬ小学生の純情を踏み躙らずに済んだらしい。まぁ呼び出し場所に来てみたら不審者が座ってたもんだから、失意の末に泣きながら去っていった小学生が何人か居たかもしれない可能性も微レ存ですけども。

 

「おう。そりゃ来るだろ。せっかくご招待してもらった上に、母ちゃんから伝言聞かされたんだから。これで帰ってたらあとあと恐い」

 

「ふふっ。うん、もし八幡が来てくれてなかったら、私総武高校に行って平塚先生? だっけ。あの先生にあることないこと報告してたかも」

 

「恐えーよ……」

 

 いやマジで恐えーよ! あることないことって、一体なにを報告する気だったんでしょ、この子ったら。

 

 大層ひきつっているであろう俺の顔を見て、悪戯っ子みたいにクスクス笑いながら、とてとてとこちらへ歩いてくる留美。

 普段と違うフォーマルな格好からか、今日の留美はいつもよりさらに大人びて見え、笑顔もどことなく柔らかい。

 

 そんな留美に、俺はまず言わなくてはならない事がある。本当はいの一番に言うつもりだったのに先に声を掛けられてしまったものだから、後れ馳せながら……なのだけれど。

 

「……あー、留美」

 

「ん」

 

「卒業、おめでとな。……いい卒業式だったぞ」

 

「……ん……っ」

 

 基本的に口数の多くない留美は、俺からの言葉に二回「ん」と答えただけなのだが、二回目の「ん」は、なんだかとてもこそばゆそうで。

 ま、卒業おめでとうとか言われんのって、なんか妙に照れ臭いもんな。家族以外に言われたこと無いけど。

 

「……て、てか八幡、この格好見て、なんか言うこと無いの……!?」

 

 そんな照れ臭さを誤魔化す為か、つんっとそっぽを向きつつそう言って反撃してくる留美。

 ああ、これはあれですか。正装して大人びた自分を褒めさせて、こっちにも恥ずかしさをお裾分けしようって寸法ですか。

 

 だが残念だったなルミルミ。女の子の服装を褒めるのは確かに恥ずかしくて苦手だけども、それはあくまでも同年代の女の子を褒める場合に限られるのだ。

 「ほらほらせーんぱい? 褒めてもいーんですよー?」とでも言わんばかりに、いろはすにドヤ顔で私服姿を見せつけられたときとか超つらかったですもん。

 

 しかしフルオートお兄ちゃんスキルの持ち主の俺には、ある程度年下の女の子の服装を褒めることなど造作もない事なのだ。

 つまりルミルミのその作戦は完全なる失策。八幡にも恥ずかしさを与えてやろうどころか、むしろ留美の恥ずかしさが増すだけなのであーる。

 

「おう。やっぱ元がいいとなんでも似合うんだな。なんつーか、そういう大人っぽい格好もすげー可愛いぞ」

 

 と、まるで軽石くらい軽いジゴロのように余裕な態度で褒めてやったのだが──

 

「っ〜〜〜!? ……ぁぅ……っ」

 

「……っ」

 

 どうやら留美の作戦は大成功だったようだ。

 なぜなら思いのほか照れて真っ赤になってしまった留美を見て、俺も負けじと恥ずかしくなってしまったのだから。

 ……くっ、ルミルミ、この中々の策士さんめ。完全に俺の自爆ですよね分かります。

 

「……ばか八幡っ」

 

 蚊の鳴くような小声で、そうぼそりと呟いた留美。

 通常なら呟いた本人以外には聞こえるはずもない小さな声ではあるものの、あいにく難聴系どころか耳聡い事に定評のある俺にはまるっと丸聞こえだ!

 

 だから俺は、そんな留美にこう言葉をかけるのだった。

 

 さーせん、調子に乗っちゃいました、と。

 

 心の中で。

 

 

× × ×

 

 

 服装を褒めろと言ってきたJSと、言われたから褒めたDT……じゃなくDK(男子高校生)。

 ……ち、ちげーし、DTとかじゃねーし!

 

 お互いに望んだ事、つまりwin-winなやりとりをしただけのはずの二人が、なぜかお互いが意に沿わぬともじもじ悶えること数分。

 先に立ち直ったのは、もちろん年長者たるこの俺の方だった。

 

「……で、でだ。わざわざこんなとこ呼び出しゅて、なんか用でもあんにょか?」

 

 こうして年長者(笑)な余裕をまざまざと見せ付けた俺を見て、留美はぷっと軽く噴き出すとようやく照れ照れモードを脱したようだ。

 どうですか皆さんこの捨て身の道化っぷりは。身を挺してまで幼い少女の緊張をほぐしてやらんとする、これぞ溢れんばかりの大人の余裕(白目)

 

 そして留美はんんっ、っとひとつ咳払いをすると、ふっと柔らかい微笑みを浮かべ、とても落ち着いた様子で口を開く。

 

「……あのね、どうしても今日、八幡に言っておきたい事、あったから」

 

「今日言っておきたい事?」

 

 今日、つまり卒業式のこの日、俺にどうしても言いたい事があると留美は言った。

 それは一体なんだと言うのだろうか。

 

 

 ──あくまでも冗談としてたが、何度か頭の中で反復させていた想像がある。それは……『告白』

 

 なにせ卒業式に体育館裏という、これでもかってほどのシチュエーションだ。誰だってその想像には行き着いてしまうだろう。例え相手が小学生であろうとも。

 そもそもルミママがイヤって程からかってきやがったし。

 

 まさか、な……なんて思ってはいたけれど、今の留美の空気感、そして今のセリフを総合するに、やはりその馬鹿げた想像はただの『まさか』なのだろう。

 なぜなら、もしも本当に留美が俺に告白などという有り得ない事をするつもりがあるのなら、別に今日である必要が……卒業式である必要がないのだ。

 だって、卒業式に告白を行うという行為は、あくまでももう今までみたいに毎日会えなくなってしまう相手だからこそ行う行為なのであって、俺と留美の間にはなんら関係の無いイベントなのだから。別に今までちょくちょく会っていたわけでもなければ、この卒業を機に会う機会が減ってしまうような間柄でもない。

 

 だが先ほど留美はこう言った。

 

『どうしても今日』

 

 と。

 

 だからこれは告白などと言う甘ったるいものではなく、俺と留美と卒業式という三つのワードに関連する“何か”であるはずなのだ。

 

 それは一体なんなのだろう。とんと見当がつかない。

 

「あのね」

 

 そうやって、一人では決して答えなど出せるはずもない無駄な思考を巡らせていると、ついには留美が語り始める。

 

 さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。

 しかと聞き届けよう。目の前で、真剣な眼差しを真っ直ぐ向けてくる少女の言葉を……

 

「私、今から八幡に告白するから」

 

 

 ……あっれー?

 

 

× × ×

 

 

 告白。それは気になる異性へ愛を告げる行為。

 え? それは異性だけで行われる行為じゃないでしょブッハァー? 同性だって、いやむしろ同性だからこそ神秘的で尊い行為キマシタワー?

 

 すまん、少し黙っててくれないか、俺の中のビギナ・ギナいやさ海老名姫菜。今は腐女子の深紅な噴水の水流に身を委ねている場合ではないのだよ。

 

 と、クッソどうでもいい妄想海老名さんで脳内一人遊びに興じてしまうほど、今の俺はいささか混乱している。

 

 

 ……え? この子いま俺に告白するって告白しました? うっそマジかよ。さっきまでのちょいシリアスなモノローグなんだったんだよ。

 おいおい、俺マジで告白されちゃうん? 告白バージンを女子小学生に奪われちゃうのん? 初めてだから優しくしてね、ってやかましいわ。

 

「八幡、ごめんね」

 

「ふぇ?」

 

 ふぇ? じゃねーよ。キモいな俺。

 でも思わずふぇが出ちゃうくらいにびっくりしたんだからしょうがない。

 だって、告白するって言われて混乱していたところに届いた第一声が「ごめん」だったのだから。

 

「……いきなり、どうした」

 

「……うん。いきなりでびっくりさせちゃったよね。……でも、ずっと言いたかったの。ごめんねって。……あと、そ、その……」

 

 そう言ってもじっと身をくねらせた留美は、スカートの裾をいじいじしながら上目遣いで言葉を紡ぐ。

 

「あ、あり……がと」

 

 ぷしゅっと音を立てて頬を染めた留美を見て思う。

 ……やっべ、超可愛い──ではなく。ではなく! 大事なことなので二回言いました。

 ああ、これは告白違いなんだな、と。

 

 

 告白とは、なにも気になる異性に愛を告げる事を差すだけの言葉ではない。

 内緒にしていた事を思い切って告げる告白や懺悔の告白。

 これらも立派な告白という行為なのだ。

 

 そして留美は、俺に「ごめん」と「ありがとう」と告白した。

 正直ごめんに関しては思い当たるフシがない。しかし、ありがとうにはあるのだ。思い当たるフシが。

 

『あ、あの……』

 

『ツリー、まだやってるだろうし、行ってみたらどうだ?』

 

『……あ、うん』

 

 俺はあのクリスマスイベントで、留美の口から出てきたのかもしれないありがとうを遮った。だって、あの時の俺には、留美からありがとうなんて言われる筋合いも資格もないと思っていたから。

 

 あの時留美は、作業を手伝ってくれた事に対してのありがとうを言おうとしただけなのだろう。

 それなのに勝手に深読みした俺は、そのありがとうに別の意味を見いだしてしまいそうだった。あの千葉村での最低な解消法までも留美に肯定されたのだと、自分を甘やかしてしまいそうな意味を。

 

 

 いま考えれば本当に自意識過剰で恥ずかしすぎる思考だ。そんな下らない自意識過剰で、ようやく笑顔を浮かべることの出来た留美から零れかけた言葉を遮ってしまうなんて、そしてそのありがとうをこんなにも長いあいだ留美の心の中で引きずらせてしまうだなんて、本当にどうしようもない馬鹿だったな、俺は……

 

 にしても、にしても……だ。いくら引きずっていたとしたって、果たしてそのありがとうをわざわざ晴れの舞台の日に呼び出してまで告白するものなのだろうか?

 正直俺には、留美からお礼を言われる事に思い当たるフシなんて、それくらいしかないんだよなぁ。

 そしてさらに分からないのがごめんという謝罪の言葉。俺から留美に謝る事ならいくらだってある。例えば留美の事を内心ミニノ下とか思ってたり、でも将来的には本家雪ノ下よりもある一部分だけは健やかに育ってね! とかセクハラまがい(全然まがいじゃなかった)の事を思っていたり、つい先ほどの思考だってそうだ。俺は身勝手な理由で留美の言葉を遮ったりもした。──そしてなによりも、千葉村での一件。

 

「……さっき」

 

 いくら考えても留美からのごめんに見当を付けられずにいると、留美は遠慮がちに、ぽしょりとその答えの出せない答えを語り出す。

 

「お、おう」

 

「さっき、八幡いい卒業式だったって言ってくれたよね。……でもね、こうしていい卒業式を迎えられたのは、全部八幡のおかげ」

 

「……はい?」

 

 え、どういう事だってばよ。

 俺は留美を育てた覚えもなければ、留美の足長おじさんになってこっそり生活を支えてきた覚えもない。

 留美の卒業には俺の影なんてどこにもないはずなんだが。

 

「……だから、まずはごめんなさい」

 

 よく分からずあたふたしているところにまたも掛けられたごめんなさいに、俺はさらなる思考の迷宮にハマりかける。ただでさえわけ分からんのに、いい卒業式を迎えられたのが俺のおかげってのとごめんのダブルコンボにKO寸前だ。

 しかし次に留美の口から発っせられた言葉は、そんな迷宮をたった一撃で破壊した。

 

「……夏休み、林間学校で八幡は私を助けてくれたのに……キャンプファイヤーであんなに辛そうな顔してたのに……、私、八幡のこと無視して、横を通り過ぎちゃったから」

 

「……」

 

 

 ──ああ、そうか。やはりこの子は全部理解していたのか。

 てか昼間に川原で言ったもんな。肝試し、楽しいといいなって。

 聡いこの子が、あの事態の顛末に気が付かないはずは無いのだ。

 

「あんな最悪でばっかみたいなキモいやり方、考えたのなんて八幡に決まってるって、八幡くらいしか居ないって分かってたのに──」

 

 おうふ……

 

「でも私、なんて言えば……どんな顔すればいいか分かんなくて、無視……しちゃった。だから、……ごめん、なさい」

 

 ナチュラルにちょくちょく罵倒されながらも、そう言って留美は俺にひとつめの告白をしてくれた。

 

 でもそれは違うぞ。留美は俺に対して負い目など感じる必要はこれっぽっちもない。

 あんな最低な手段で小学生の人間関係を破壊しただけの俺は、留美にそんな思いをさせるような立派な奴では決してないのだから。

 

「……アホか、別にお前が気にす──」

 

「お前じゃないって何度言わせんの……? てか今は私が喋ってるんだから八幡は黙ってて」

 

「アッハイ、スイマセン」

 

 あまりの食い気味な小学生からの冷たい視線とツッコミに、コンマ一秒で従順になる俺超クール。

 

「……八幡の言いたいこと、なんとなくだけど分かる。……でも、それは八幡の都合であって私には関係ないから。私はごめんなさいって言いたいから勝手に言ってるだけ。だから八幡は黙って受け取ってくれればいいの」

 

 ……ったく、すげー言い草だな。勝手に言ってるだけだと宣うのに、受け取るのは強制ときたもんだ。

 

「……おう、了解だ」

 

 そう、だよな。ついさっき自分の馬鹿さ加減を嘆いてたばっかじゃねぇか。身勝手に留美の言葉を遮って、留美の心の中で長いこと引きずらせてしまった事を。

 だったらここでまた留美の言葉を遮るのは、大人としてなんとも無粋ではないか。

 

 だから俺はもう邪魔はせず、留美の想いを素直に受け取ろう。

 ……決して留美が恐いから黙って聞いてようって心に誓ったわけではないのだ。そう、決して。

 

「……八幡が邪魔するから、せっかく言ったのにもう台無し。……仕方ないから、もう一度言うから」

 

「……さーせん」

 

 謝罪を受けているはずなのに謝罪を返さねばならないこの解せなさ。クセになりそう。

 

「あの時は、ごめんなさい」

 

「……おう」

 

「あとお前じゃなくて留美だから」

 

 やだ! そっちもまだ引きずってたの!?

 

「お、おう。留美」

 

「……ん」

 

 と、これでようやく謝罪の告白は済んだご様子。

 きちんとごめんを受け取った事ときちんと留美と言えた俺に、どうやらご満悦らしい留美はむふーっと満足げ。

 

 

 でも、まだこれで終わりってわけではないんだよなぁ。

 だって留美は言ったのだから。ごめんね、と。そして、ありがとう、と。

 

 ついさっきまでは、てっきり留美からのありがとうは手伝った件のお礼かとばかり思ってたのだが、どうやらこの様子だと違うんだろう。

 

「あと、ね、」

 

「おう」

 

「……あり、がと。……私、あの時八幡が助けてくれなかったら、どうなってたか分かんない。夏休み明けに学校行くの、やになっちゃってたかも……」

 

「……ん」

 

「……でも八幡が全部めちゃくちゃにしてくれたから、全部壊してくれたから、……夏休み明けに学校行くの、恐く……なくなった。……だから学校、行けたの」

 

 

 ──ああ、だからか。だから今日なのか。

 「だから学校に行けた」。それはつまりこうしていい卒業式を迎えられたという事と繋がる。それは、八幡のおかげでいい卒業式を迎える事が出来たという留美の弁と見事に合致したのだ。

 

 だから留美は、今日という日を選んだのか。

 

「そうか」

 

「……うん。……だから、ありがと」

 

 ほんのりと頬を染め、あっちをチラチラ、こっちをチラチラと羞かしげに目を泳がせながらも、留美は一生懸命ありがとうと伝えてくれた。

 

 常の俺ならば、ここは間違いなく突っぱねるところだ。

 頑張ったのはお前だろ、俺の手柄じゃねーよだの、俺のやった事は最低の泥を葉山達に被らせただけだ、だからお礼なんて言われる筋合いはねーよだのと、面倒くささここに極まれりの下らない戯言を並べて。

 

 でも今は、今ばかりはそれをしてはいけない。それをしてしまったら、こんなにも一生懸命告白してくれた留美の真っ直ぐで純粋な気持ちを、自意識とかいう名の汚い靴底で踏み躙ることになってしまうのだから。

 

 

 しかし、今まで他人からの厚意を素直に受け取ってこなかった俺は、残念なことにこういう時どう接すれば正解なのか、どう応えれば正解なのかが分からない。完全なる経験不足ってやつだ。

 それでも俺は経験不足ならば経験不足なりに、実戦ではないものの今までの人生で読んできた活字で得た数々の知識を総動員し、拙いながらも精一杯の優しい笑顔を浮かべてこう答えるのだった。

 

「……ま、なんだ。どう、いたしまして……?」

 

 慣れない己の素直さにむず痒くなった俺は、そっぽを向いて頭をがしがし掻きつつ、真っ直ぐで純粋な謝意に対してなんとも情けの無いカッコ悪さでそうお返ししたのだが──

 

「うんっ」

 

 そんな酷く格好悪いお返しでも、どうやらキラキラで満面な笑顔のお姫様は満足してくれたようだ。

 情けないお返しで大変恐縮ですが、ご満足いただけたようでなによりです、お姫様。

 

 

 

 ──こうして、ドキドキとワクワクが渦巻く卒業式の体育館裏を舞台とした留美と俺との告白劇は、まだ冷たいながらも心地好い春風に包まれつつ、静かに……そして優しく終幕していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、ね……?」

 

 あっれぇ? まだ終わりじゃなかったのん?

 てっきり文末に『了』の文字が躍って、綺麗に締めくくられるもんだと思ってたよ?

 

「ど、どした」

 

「ありがとうは、それだけじゃない、の……」

 

 呟くように弱々しくそう言った留美は、潤々と瞳を揺らして、とてもとても恥ずかしそうに俺を見上げている。

 ん? なんだこれ、なんか嫌な予感ががが。

 

「……イベントの準備を八幡が手伝ってくれた時、……わ、私ね? ホントは嬉しかった。私ってあんま素直じゃないみたいだから、思わず「八幡いらない」とか言っちゃったけど、でも……ホントは嬉しかった」

 

「そ、そうか」

 

「それに劇に誘ってくれたのも、……ホントはすごく嬉しかったの。あの時は恥ずかしくて言えなかったけど、あれもこれも……ぜ、全部、あり、がと」

 

 っべー! あのルミルミがついにデレ期に突入しちったわー、この威力まじぱないわー。

 キャー! なんだこれ、なんだこの空気、超恥ずかしいんですけどー!

 

「お、おおおう、ど、どういたしまして」

 

 ちょっとルミルミ! このこっ恥ずかしい空気どうしてくれんだよ。ふぇぇ……八幡めっちゃ恥ずいよぅ……!

 やはり、嫌な予感は的中していたと言うのかッ!

 

 

 

 ──しかし、俺の嫌な予感センサーは自分が思っていたよりもずっと優秀だったらしいという事が、残念ながらこのあと判明することとなるのだ。

 

 

「……でね、それ以来、よく分かんないんだけど、八幡の事を考えると……胸がドキドキしたり、胸がきゅうって苦しくなるようになっちゃって、ね……?」

 

「……は?」

 

「……クリスマスにばっかみたいなこと言いながら、キモいドヤ顔で手伝ってくれた時のこと思い出したら嬉しくてドキドキしたり、……林間学校で辛そうな顔してた時の八幡を思い出したら、胸がすっごく苦しくなったり……」

 

「ちょ、ちょっと待って……?」

 

 そ、それはあれだルミルミ。不整脈とかそういう──

 

「だから私、林間学校の事もクリスマスの事も全部全部話して、これってなんだろうって、お母さんに相談してみたの」

 

 や、やべぇぇ! これはマジで嫌な予感がMAXレベル……!

 

「そしたら……お、お母さんに……、言わ、れた……っ」

 

『留美、それは恋よ♪』

 

「って…………ぁぅ」

 

 おいお母さんよぅ! あんた小学生の娘になんつうこと言ってくれちゃってるのん!?

 

「……で、でも私まだ小学生だし、高校生に恋とかおかしいって……そんなの変だって……てかどうせ子供にしか見られないしって言ったら、ね……っ」

 

『でも留美もう少しで小学校卒業じゃな〜い。そしたらもう子供も卒業よねー! だからね留美、小学校卒業したら、八幡くんに告白してみたら☆?』

 

「……って言われた、の…………ぁ、ぁぅぅ〜」

 

 お前が犯人かよチクショウ!

 くっそ、なんか知らんがこの晴れ渡った青空に、てへぺろ☆ってしたルミママのイイ笑顔がくっきり浮かんで見えやがる!

 

 

「……だから、私さっきもう子供卒業したから、ちゃんと、言う。……そ、その、八、幡……す、好き」

 

「」

 

 

 どうしよう。あれだけ『告白とは、なにも気になる異性に愛を告げる事を差すだけの言葉ではない。内緒にしていた事を思い切って告げる告白や懺悔の告白。これらも立派な告白という行為なのだキリッ』などと考えていたのに、実は普通に愛の告白だったよ、やったねたえちゃん!

 

 

 ……初めて女の子から本気告白されました。でもその女の子はまだ小学生だったのです。

 どうやら初めてなのに、優しくはしてもらえなかったみたいですね(白目)

 

 いやさもう小学校は卒業している。つまり留美はもうJSじゃないんだからワンチャンあるぜ。どこにもチャンスなんてなかった。

 

 

「は、八幡……?」

 

 これはもう明日からの身の振り方を真剣に考えなければならないなと真っ白に放心していると、真っ赤な顔した涙目のルミルミが、スカートをぎゅぎゅぎゅって握りしめつつ、とても不安そうな上目遣いでこうパスを出してくるのだった。それはもう香川や本田にはとても出せない、中田ばりに恐ろしいキラーパスを。

 

 

「私に告白されるの、イヤ、だった……?」

 

「ばっか、超嬉しかったに決まってんだろ!」

 

 ふざけんな、こんなキラーパス速攻でゴールネットに突き刺さるわ。はいはいオウンオウン。

 

 

 

 良かったぁ……と、最高の笑顔でグスッと鼻をすするルミルミを見つめ、男比企谷八幡十七歳はこう思うのだった。

 

 

 ──ああ、もう捕まってもいいやー、どうとでもなっちゃえばー? と。

 

 

 

 

 卒業、グラデュエーション。それは、俺が社会から卒業する素晴らしき日。

 

 

 俺が卒業しちゃうのかよ。

 

 

 

終わり

 

 






お前が卒業しちゃうのかよ。


という事でようやく終わりました。……やったぁぁ!やっと終わったぁぁ!
相変わらずしょーもないオチで恐縮ではありますが、最後までありがとうございました☆



さて、この短編集も、なんとあとたった三話でついに百話に到達するという恐ろしい事態になってしまいました!
しかしあとたった三話だというところで完全なる沈黙。……やべぇ、スランプが深刻すぎて全く筆が進まねぇ……しばらくなにも書けないかも(´・ω・`)

このまま失踪は……しない……はず。


よし!ここはリフレッシュの意味を込めて、一番得意なジャンル(はやはち)で新連載でも始めてみっか!
いやなんでだよ。


というわけで、次回はホントいつ書けるようになるのか分かりませんが、またいずれお会いいたしましょうぞっノシ




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