くっ……スランプで筆が進まない上に終わんねぇよ……っ
「鶴見留美」
「……はいっ」
厳かな空気の中、粛々と卒業証書授与式が執り行われている真っ最中の体育館。
本日をもってこのクラスの担任を卒業する事となる教師なのであろう人物の点呼に、小学生らしい快活さではなく、年頃の女の子らしい大人びた留美の返事が体育館に響き渡る。
壇上へとゆっくり上がっていく少女。紺色のブレザーにチェックスカートという、どこかうちの学校の制服を思わせるフォーマルな出で立ちのその美しい少女は、数多の卒業生の中でも、一際目立つ存在と言っても過言ではないだろう。
ま、身内の贔屓目が入っちゃってるかもしれないけれど。
「卒業証書、鶴見留美殿。あなたは本校において、小学校の全課程を修了したことを証します」
証書に書かれた文面を読み上げた校長の目を真っ直ぐ見つめ、両手でしっかりと卒業の証を受け取る留美の背中は、とても小さいはずなのに、なんだかとても大きく見える。
なぜ招待されたのか定かではないくらい、俺と留美にはそこまでの接点は無い。はず。だよね?
それなのに、なぜかこの瞬間を目撃した俺はなんだかよく分からない感慨が胸に込み上げて来て、情けない事に目頭が熱くなってしまった。
いかんいかん。これが親心ってやつか。あんなに小さかった留美の背中が、今ではこんなにも立派になっちまいやがって……よよよ、とか思っちゃったよ。小さい頃の留美見たことないのに。
『惨めなのは嫌か』
『……うん』
でも俺は、あの日……あの夏の日……弱々しく揺れる大きな瞳から今にも零れ落ちそうな涙を目にしてしまったのだ。そりゃ感慨深くもなるってもんだろう。
──良かったな、留美。惨めさなんて欠片もない。惨めどころかすげー立派だぞ。いい卒業式じゃねぇか。
「って、やべ……っ」
おっとこれはいかん。決壊しちゃいそうだぞ?
このままあの小さくて大きな背中に集中していると目から汗が大量に流れ出てしまいそうだったので、気を逸らすべくちらりと横に向けた視線。
しかしその視線の先では、ルミママがハンカチで目尻を拭ってらっしゃいました。
やばいやばい! 気を逸らすどころか更に貰い泣きしちゃうぅぅ!
すぐさま正面へと向き直る俺。気を逸らす為の光景から気を逸らす為に視線を元に戻して気を逸らすとかコントかよ。
そして戻した視線の先では、ちょうど校長に恭しく一例した留美が舞台袖へと捌けていくところだった。
「……あ」
その時、俺は思わず小さく声を上げてしまった。
壇上から下りようと階段の前まで歩いてきた留美が、階段に足をかける前にまるで誰かを探すかのようにキョロキョロと会場を見渡し、そして……俺と目が合ったのだ。
壇上と保護者席。目が合ったかどうかなんて分からないくらい離れているはずなのに、でも確かに合った。それは気のせいとか意識過剰とかではなく、間違いの無い感覚。
そして留美は俺の姿を確認して柔らかくふっと微笑えむと、すぐさま前へと向き直り、しっかりとした足取りで階段を下りて行く。
──びびびびっくりしたぁ! まさかあんな遠くから発見されてしまうとは!
おおかた愛娘の雄姿を会場で見守ってくれているであろう母親の姿を探した際、たまたま母親の隣で間抜け面(半泣き)を晒していた俺が目に入って思わず笑ってしまったのだろうけども、あれではまるで、見晴らしのいい壇上から俺の姿を探して、発見できたから思わず笑みがこぼれちゃった☆なのかと勘違いしちゃうじゃねぇか。
ま、そんなわけは無いんだけれど、どっちにしろ俺のステルス機能仕事しろ。
こんな大勢の中から見つかっちゃうなんて、ステルスどころかガイドビーコンだよ! シーマ様に叱られちゃう!
「ふふっ」
すると隣の席から思わせ振りな含み笑いと視線を感じた気がしたのだが、なんかちょっと恐いんでそっちを見るのはやめときましょうね。
留美が着席してからも卒業式はつつがなく進行していく。
わざわざ俺に卒業する姿を見せたいとか言ってきたもんだから、まさか卒業生代表として答辞とかしちゃうんじゃね? なんて少しだけ思っていたが、そんな事も特にはないようだ。
まぁよくよく考えたらそういうのって生徒会長とかを務めた生徒でもなければやらないよね。ウチのもめぐり先輩が答辞で一色が送辞だし。
てかそう考えると俺達の卒業式も一色が送辞やんのか……。なんか恐えーよ……
──そんな、まだ見ぬ一年後の未来に戦々恐々としている俺などどこかへ置き去りに、式はついに終幕を迎えるらしい。
先ほどすぐ隣から聞こえた水気混じりの吐息と同様の吐息や鼻をすする音があちらこちらからぽつぽつと上がる中、会場中を仰げば尊しの音階と歌声が支配したのだ。
……こうして、本日の卒業証書授与式は無事に幕を閉じたのだった。
× × ×
「はーちまーんくんっ」
「っ……!?」
式も終わって保護者達がぞろぞろと体育館を離れる中、これから俺はどうすりゃいいのん? と途方に暮れてボケッとアホ面を晒していると、不意に隣からとてもとても愉しそうなお声がかかり、とっても気持ち悪くビクンッとしちゃいました。
やだ、周りの奥さん達、そんなに冷たい目で見ないで!
「な、なんでしょうか……?」
だが連れの俺があまりにも気持ちが悪いとルミママにも迷惑が掛かってしまうので、紳士な俺は何事もなかったかのようにスマートに返事を返す。多少声が裏返ったのはご愛嬌。全然スマートじゃなかった。
「今日は留美の我が儘に付き合ってくれて、本当にありがとうね!」
「……う、うっす」
娘を想うとても素敵な笑顔でそんなことを言われたもんだから、綺麗なお母さんに相変わらず緊張を隠せないながらも、「いえいえこちらこそご招待いただき──」、そう言葉を繋げようとしたのだが……
「うふふ、あの子ったら、壇上からすっごい八幡くん探してたわよねー。八幡くん見付けた時の嬉しそうな顔ったら! 隣にお母さん座ってるってのになぁ、ちょっと妬けちゃったわよー、もー!」
「ブッ!?」
え、なんなの? あれってマジで俺を探してたの? いやいや違うでしょ。
ぷくっと可愛く頬を膨らませながらも、どこか悪戯じみて愉しげなルミママの視線に耐え兼ねた俺は、思わずこう口を滑らせてしまう。
「い、いやいや、あれは俺じゃなくてお母さんを探してたの間違いなんじゃ……?」
「やーだー! もう八幡くんってば、まだお義母さんって呼ぶには早すぎよー?」
え、なに言うてはりますのん? ちょっとお母さんの受け取り方に語弊がありませんでした?
あれじゃないの? 知り合いとか友達の母親はお母さんって呼ぶもんじゃないの? 鶴見さんとか呼ぶべきだった? もしくはお母さんの前に「留美の」って付けなきゃダメだった?
ふぇぇ……知り合いの母親と会話した経験なんかほぼ無いから、こういうの分からないんだよぅ……! なんか改めてそう言われちゃうと、他人をお母さんって呼んじゃうなんてハズカシィー!
ころころと笑いながら二の腕をぺしぺし叩いてくるルミママを尻目に、周りの奥様方が「ちょっと奥さん、お義母さんですってよ……!?」とかってヒソヒソ話してますから!
小学校の卒業式でお義母さんとかマジヤバい。おまわりさん、こいつ(俺)です。
「ふふふ、ま、お義母さん呼びの件はとりあえずいいとして〜──」
ひとしきり笑ってひとしきりぺしぺしして、ようやく満足するとお母さ……母親は指で涙を拭いながらこほんと咳払いをひとつ。
「ふぅ〜……んん! ……んっと、このあとなんだけどね? 八幡くん、まだ時間大丈夫?」
本来であればこのあとアレがアレでと即座に帰宅提案するのが常の俺だけれど、ようやく終わったお母さん事件に異常なほどの安堵感を覚えていた俺は油断していたのだろう。
「は、はぁ。まぁ大丈夫っすけど」
などと、うっかり暇である事を打ち明けてしまった。
なにこれ新手のハニートラップかな?
「良かった! これでこのあと予定があるって帰られちゃったら、せっかくの卒業式なのに留美がむすっとしちゃうとこだったもの〜♪」
やっぱルミルミって家でもむすっとしちゃう子なのね。
実は家では親に甘えっぱなしな女の子とかだったらギャップで萌え死に待ったなしだったのに。でももちろんツンツンしたルミルミも同じくらい美味しそうですけどね。
やっぱルミルミって言ったらデレ萌えよりもツン萌えだよね!
「え、えと、それで一体なんでしょうか?」
まさか家にお呼ばれとかはしないよね? さすがにそれはちょっと……
「えっとね、実は留美から八幡くんに伝言があるの。もし八幡が来てくれたら伝えといてって」
「伝言……すか?」
と、どうやらお呼ばれの類いではなさそうで一安心。
あとルミママから八幡って呼び捨てにされるとちょっぴりドキドキしちゃいます。
「うん。このあとクラスで最後のホームルームをやるみたいなのね?」
「はぁ」
「それが終わったら解散なんだけど、そのあと体育館裏まで来て欲しいんだって」
「た、体育館裏……?」
え、なにそれ。ここにきてまさかの体育館裏への呼び出し?
やだ俺ってばJSに〆られちゃうのん? か、顔はやめな! せめてボディーに!
「そ、体育館裏だってー。ふふっ、卒業式のあとに体育館裏だなんて、まさに青春真っ盛りね! 若いって羨ましい〜」
ちょ、ちょっと……? 俺が留美に呼び出された行為を、まるであの伝説の青春イベント・卒業式のあとに体育館裏で告白☆みたいなニュアンスで言うのはやめていただけないでしょうかね。意識しちゃわないようにわざとふざけてたのに。
てか小学生女子に告白されちゃうかも! とか一瞬でも考えちゃってた自分が超キモい。
「それじゃ伝言伝えたからね〜八幡くん。私このあと留美の教室行ってくるから、八幡くんはそれまで自由にしててねっ」
「え、いやちょっと……!?」
言うだけ言って背を向けたルミママに、慌てて声をかけざるを得ない俺。
なに? 放置? 縁も所縁もない小学校の校内で放置プレイ?
それもう放置どころかハードなサディスティックプレイだよ!
「お母……つっ、鶴見さんが居ないと、俺一人で校内うろついてたら通報されちゃいますってば……!」
「もー、鶴見さんだなんて他人行儀ねぇ、八幡くんはー」
「……」
……お母さん呼びはダメなんじゃないのん? じゃあどないせいっちゅうのん?
「だーいじょーぶ! 八幡くんはウチの“か、ぞ、く”なんだから、もし怪しまれて先生に声掛けられたら鶴見家の者ですって言っとけばいーのよ?」
……なんでそんなに家族を強調すんの? 今日卒業式に参列する為だけの一日家族ですよね……?
「それともお義母さんと一緒に嫁の最後の小学生姿を教室まで見学に行くー? 高校生男子がクラスの様子なんて見に来たら、子供達の注目の的になっちゃうわよ?」
嫁て……。おい、もうオブラートに包む気ねーな、この主婦。
「……え、遠慮しときます」
とりあえずこの主婦の問題発言は全力でスルーして、まずは直近の危機を回避する為に動かねばならない。小学生どもの注目を一身に浴びるとか超無理。
絶対「ねぇねぇ! あれって誰かのお兄さん!? なんかキモくなーいw!?」「うわ、ホントだー!」「えんがちょー!」とか言われるに決まってるから留美の為にもよろしくない。あとえんがちょってなんだよ。
「でしょ? だからちょっとだけあの子を待っててあげてね!」
そう言ってパチリとウインクしたルミママは、俺を残して体育館から去って──
「あ! そうそう」
は行かず、くるりと振り替えると、最後にこう一言だけをそっと添えていくのだった。
「八幡くんまた今度ねー♪ウチで待ってるわよ」
……どうやら俺の与り知らないところで、この綺麗なお母様との再会は約束されている模様です(白目)
続く
というわけでホントすいません(白目)
進まない進まないと思っていたら、半月もお待たせしてしまった上にまたしても終わりませんでしたぁ゚+。(*゜∀゜*)。+゚
あとは体育館裏で留美が告白するだけですので(これは酷いネタバレ)、次回できちんと終わりますよ☆
ただし書けるとは言ってない
な、なんとか今月中に締められように頑張りますッ……!
ではまた次回(いつか)お会いいたしましょーノシノシ
あ!そして今話において、ついに感想数が二千に届くかもしれないですw(°O°)w
こんなにもご支援いただいて、まっこと有り難い限りでございます!と同時に、い、今まで全作品で返信してきた文字数だけで一冊くらい本が出来んじゃねーの……汗?って、軽くガクガクしております(吐血)