変化球?ふふふ、今回は超どストレートですよ(^皿^)
超どストレートなファストボールが、バッター目がけて一直線☆
節子、それデッドボールや。
「むー……」
先ほどから、リビングのソファーで寝そべったり起き上がったりと、一切落ち着きのない様子の女の子。
その手には、朝からずっとスマートフォンが握られている。
「むー……」
寝そべるとスマートフォン、起き上がったらスマートフォン。
なにをするにもスマートフォンと睨めっこをする女の子。そんなにずっと睨んでると、スマートフォンくんも恐がっちゃって鳴るに鳴れなくなっちゃうわよ?
「むー……」
朝起きてきてからこの昼下がりまでの時間、いったい何度目の唸り声なのやら。
どうやら本日、我が愛する娘一色いろはは、ご機嫌斜めのようです。
まったくもう……可愛い愛娘がこんな風になっちゃったのは、一体いつ頃の事だったかしらねー?
そう。あれは確か──去年のクリスマス前後……いろはがまさかの生徒会長になっちゃったあとくらいの事だったかしら。
× × ×
いろはは可愛い。
いえ、別に親バカとかではなく、客観的に見て余裕で美少女の部類に入る女の子。
うん。なんていうか、私の若い頃にちょっと似てるのよね。もっとも私はこんなにあざとくは無かったけれど。……無かった……はず。
そう。いろははとっても可愛いくてとってもあざとい。
この子は小さい頃からその恵まれた容姿を如何なく発揮して、多くの男の子達からモテモテだった。
そんなちやほやがクセになっちゃったのか、気が付いた時にはかなりのジャグラーになってたっけ。
決して一人の男の子だけと付き合うとかではなく、みんなの一色いろは(男の子限定)として可愛く振る舞い、いつしかそれが娘の処世術となっていた。
学校帰りに家に連れてくるお友達は女の子じゃなくって男の子。しかも彼氏ってわけでもない、ただの友達としての異性。友達と言ってもその子達は明らかにいろは狙いっぽかったし、しかもいっつも違う男の子なのよね。
でも決して自室に通す事はせず、ただリビングに置いといて自分の作った焼き菓子を振る舞う……という名の餌付けをする日々。
休日にデートに行ったかと思えば、男の子たちは単なる荷物持ち件アクセサリーでしかなく、ランチとお買い物が終わるとすぐに帰ってきちゃうし。まぁ遅くまで遊んでいる事がないから親として安心だけれど。
でも正直、母親としてはそんな娘の振る舞いがほんの少しだけ心配だったのよねー。
そんな何気ない毎日を過ごしていた時だった。
なんていうか、娘の様子が変化していったのは。
「ねぇねぇお母さん聞いてよー」
「ん? どうしたの?」
「今日、まーた先輩にあざといとか言われたんだけどー! マジありえなくない!? わたしとかちょー素じゃんねー?」
……ん、んー。確かに“今”はちょー素よね。
でもあんた、家に男の子連れて来た時の態度はちょー素じゃないわよ?
「ほんっと超失礼しちゃうんだけどー。ガチでムカつくっ」
そう言って、むーっと頬っぺを膨らます娘はやはりあざとい。可愛くって仕方ないけれど。
──それにしても、なんだか最近はなにかと言うと先輩ガー先輩ガーよね、この子ったら。よくもまぁ毎日毎日先輩ネタを持ち帰って来られるわね。
ちょっと前までこうして先輩の話をしてた時って、こんなにも楽しそうだったかしら? 幸せそうにニコニコしてるからいいけど。
お母さん、いろはがそんな顔してるととっても幸せよ?
……それにしても……
「でもちょっと意外よねー。葉山くんって、いろはから聞いた話を聞く限りではそういうタイプじゃないっぽいんだけどなー」
「へ?」
「もっとこう……王子様って感じの子かと思ってたわ? もしかして王子様は王子様でも、俺様系の王子様なのかしら?」
……確か葉山隼人くんって言ったかしら? 高校に入ってからいろはがよく話すようになったいろはの王子様って。いろはが葉山くんの話をよくするようになってから、私は少しだけ安心してたのよね。
今までみたいに『みんなにモテる女の子』じゃなくて、『一人の男の子に恋する女の子』になれたのなら、私のあの心配が無くなるから。
もっとも“恋する”とは言っても、いろはの葉山くんに対する思いは、どちらかというとアイドルとか人気モデルの男の子に憧れる、ミーハーな女の子に近い気持ちに見えたけど。もしくは恋に恋するっていうのかしら。
それでも、一人の男の子に夢中になっているようなら私が心配するような危ない目には合わないだろう。
「お母さんなに言ってんの? わたしが言ってるのって、全然葉山先輩と違う人だからね?」
「あら、そうなの?」
「そうだよ。先輩はせんぱいだから。てかあんな捻くれたキモい人と葉山先輩間違えるとか、葉山先輩に超失礼だってばー!」
「あはは、ごめんごめん。そっかー、違う人なのかー。……じゃあ葉山くんとは最近どうなの?」
「んー……、さぁ? 最近生徒会忙しいからあんまマネやれてないし、それにほら、寒いし?」
「あ、そう……」
それ完全に寒いからって方が主な理由よね。
──にしても、そうなんだぁ。私てっきり、ずっと葉山くんの話をしてるものとばかり思ってたわよ。
だって最近のいろははその先輩の話をする時、決まってすごく楽しそうだったんだもの。
「……あ」
「どーかした? お母さん」
「んーん? なんでもなーい」
「……? ふーん」
なんでもなくは一切無い。なぜなら私は「そーいえば!」と、少し納得する部分を見つけてしまったのだ。
そんな母親に訝しげな視線を向けてくるいろはだけれど、悪いけどお母さんそれはまだ言えませーん! だって言ったらいろはに怒られちゃいそうなんだものっ。
そう。ちょっと前まで葉山くんの話をする時のいろはって、恋というより憧れ。好きは好きでも違う意味の好きっていうオーラを発してた。
でもここ最近先輩の話をする時のいろはは、なんかもうすごく生き生きしてたのよね。それこそ本当に恋する乙女のような。
──ああ、そっかぁ。いろは、ついに本気で恋しちゃったのね。そしてそれは葉山先輩じゃなくって“せんぱい”なのね。
寒いからって理由で葉山くんの居る部活に行かない時点でお察しだけれど。
そんな母親の勘はズバリ的中したようで、いろははそれからも──
『ねぇねぇお母さん知ってる!? 大手の編集者になると年収一千万とかザラなんだってー。でねでね? それ見ながら「わたし編集者と結婚します」って言ったら先輩なんて言ったと思う!? 「むしろ俺が編集者と結婚する」だってー! 超バカじゃない!? ホントあの人どうしようもないよねー。あはは、ヤバい思い出しただけでお腹痛いぃぃ!』
『ねぇお母さん! 今度先輩とフリーペーパー作る事になったって言ったじゃない? でさでさ、その下見を兼ねて明日先輩とデー……遊びに行っちゃうんだけどー、でもでもあの人の事だからしょーもないトコに連れて行かれそうだよねー。やっばい、ちょー楽しみなんですけどっ』
『ねぇねぇお母さん、明日のバレンタインイベントでさ、一応先輩にも義理でなんかあげようと思ってるんだー。も、ち、ろ、ん! 本命で気合い入れて作るのは葉山先輩用なんだけどー、先輩にはなにあげよっかな? クッキー一枚とかがいいよねー。勘違いされちゃっても困るし。……ま、まぁ? ホントはもっとこう、それなりのモノをあげてあげてもいーんだけどぉ、なんか色々あってめんどくさいんだよねー』
等々、先輩くんの話題には事欠かない日々が続いていた。
そして私は娘のそんな幸せそうな笑顔を見て、母親としての幸せをたっぷりと味わっていたのです。
× × ×
「ん? どうかしたのか? なんかお前、最近妙に楽しそうだな」
「ふぇ?」
おっと。せっかくの夫婦の時間だと言うのに、私ったらまーたいろはの締まりのない顔を思いだしちゃっていたわ?
「うふふ、なんでもないわよ」
そう言って、よく冷えたビールと茹でたての枝豆を乗せたトレイを、リビングのソファーに座りながら野球観戦している夫へと届ける甲斐甲斐しい妻な私。
今日もお仕事お疲れ様です♪
「……そんな含み笑いしといて、なんでもないって事なくないか?」
「そんなことないわよー?」
「……なくはないだろ」
んー。言っちゃってもいいんだけど、この人めんどくさいからなー。
でもまぁ、私達の娘の成長を一緒に喜びましょっか!
「じゃああなた? 言っとくけど嫉妬しちゃダメですからねー?」
「な!? お、お前……! まさか他に好きな男でも出来たのか!?」
「あのねぇ……そんなわけないでしょ……。私じゃないわよ。……はっ!? なんですかもう何年も連れ添った仲だというのにまだ私をそんなにも束縛したいんですか、とっても嬉しいしキュンってきちゃったけどそういうのはあとで寝室に行ってからにしてくださいごめんなさい」
「何年連れ添ってもまだ振られちゃうのか……」
あらいけない、つい昔のクセが。でも未だに現役でも行けそうね。ちょっと息は上がっちゃったけれど。
ぴっと両腕を真っ直ぐに伸ばしてハァハァ息を整えていると、夫は疲れ切った目をさらにどんよりさせて、恐る恐るこう訊ねてきた。
「ま、まぁお前に振られたのなんてもう数えきれないからもういいけど、……えっと……も、もしかしていろはに何かあったのか……?」
嫉妬といろはという強烈な二つのワードに、夫はわなわなと不安気に肩を震わせる。
「ふふっ、そ。いろはってばね〜──」
ゴクリと咽喉を鳴らす夫に、私は愉しげにこう言ってあげるのです。
「恋しちゃってるの!」
「よし、そいつ今度うちに招待しろ。二人で色々と話をしなきゃならんことがありそうだ」
……うっわぁ。やっぱりあなた、ちょっとめんどくさいわねぇ。
「だからもうホントそういう気持ちの悪い発言やめなさい? まーたいろはにウザがられて泣く事になるわよ?」
「ぐっ……!」
つい先週もいろはにウザがられて、数日間無視された事でも思い出したのだろう。
うっすらと涙目になっている夫に、少しだけ助け船を出してあげましょう。
「大丈夫よ。まだ彼氏とかってわけでも無さそうだし、どっちかというといろはが絶賛片想いしてるだけみたいだから」
「そ、そうなのか!」
い、いや……だが待て、いろはが片想い……だと? くそ……! などと、安心と不安の二つの感情に襲われ、頭を抱えて悶える夫。本当にこの人も昔っから変わらないわねぇ。ま、そんな変人なとこに惚れちゃった私もあれだけど。
「大丈夫よあなた。もしその子がいろはと付き合う事になったとしても、いろはの話を聞いてる限りではとってもいい子みたいだから。私的には応援してあげたいし、むしろいろはにそんな素敵な恋を教えてくれたその子に、すっごく感謝してるくらいなんだから」
──いろはは可愛い。そしてあざとく巧みに男の子を手玉に取る。……そう、一昔前の私みたいに。
今はね、それでも大丈夫なのよ。まだ上手く手玉に取れているうちは。手玉に取られている男の子達がまだ幼くて、いろはの方が上手(うわて)なうちは。
もちろんその男の子達には本当に申し訳ないけれど。
でもね、そんなのが上手くいくのなんて今のうちだけなの。大学に進学したり相手が大人になったりして、いろはよりも人の扱いが……異性の扱いが上手で狡い男が現れたら、あの子は痛い目に合ってしまうかもしれない。傷付いてしまうかもしれない。
いろははあの頃の私なんかよりずっとリアリストだししっかりしてるし、なによりも手玉に取ってる男の子達との距離もしっかり取っているから、たぶん大丈夫だとは思う。
でももしそうなってしまったらって不安も同時に付きまとっていた。そしてそうなってしまっても、それは自業自得。だからそうなってしまう前に、ちゃんとした恋を知って欲しかった。
──あれは私が大学に進学した初めての夏の出来事。
食事は男の子に奢らせておけばいい……プレゼントだって買ってくれる。あとは適当に軽くあしらっておけば万事OK。そう、いつものように軽い気持ちで遊びに行ったとある合コン。
私は甘く見ていた。下心たっぷりの、狡くて上手な男の思考回路を。
普通に楽しく飲んでたつもりが、いつの間にやら強いお酒をガバガバ飲まされていたらしく、気が付けばくらくらになるまで酩酊させられていた。
頭はぼーっとしてたんだけど、でもなぜか状況はなんとなく理解出来ていた。ああ……これはお持ち帰りってヤツをされちゃうんだろうなって。
自分では泣きながら必死で抵抗してたつもりだったけど、体は全然思うように動かずろくな抵抗も出来ないまま、あと少しで強引にホテルに連れ込まれてしまう……って所で、たまたま知り合い? に助けられたのだ。
それが今の旦那さんだったりするのよね。
彼とは同じゼミでたまに顔を合わせる程度の、他人以上・知り合い未満な間柄で、なんとなく認識してた程度の存在だった。
まぁ所謂地味系の苦学生って感じだった夫は、お金も無さそうだし、正直当時の私にはなんら興味の無い男の子だった。そもそも彼が私に一切興味が無かったっぽいしね。
でもたまたま友人と近くの居酒屋さんで飲み終えて、フラフラな足取りでホテル街へと連れられていく私の頬を伝う涙を目にした彼が、そんななんら興味の無い私を助けにきてくれたの。
結果はもうぼっこぼこ。。
どうやら喧嘩慣れしてたらしき、私をホテルに連れ込もうとしてた男にぼっこぼこにされちゃった夫。
でもそんな夫の異変に気付いて駆け付けてきた夫の友人達に、今度はそいつが袋叩きのぼっこぼこにされて泣きながら土下座させられて、ようやく一件落着ってわけ。
いや、あれは一件落着とは言えないかー。むしろあれが始まりなのかしら。
その一件以来、夫に夢中になってしまった私の猛烈アタックと、そもそも私に興味が無かった上に、飲みに誘われて簡単にほいほい付いていっちゃうような女が苦手な彼の逃げ足との、壮絶なバトルの始まりだったのよね。
「ふふっ」
「……どうかしたか?」
そんな昔話に意識を傾けていたら、未だいろはの恋心に目を腐らせている夫が、訝しげに声を掛けてきた。
「んーん? なんでもないわよー」
ちくしょう、よく笑っていられるな。俺は今そんな気分じゃないんだよ、とかなんとか、しつこくぶつくさ言ってる夫に呆れ眼を向けながらもこう思う。
ホント、あの時あなたが来てくれなかったらどうなっていた事だろう。
仮にあれで襲われたとしても私の自業自得でしかないけれど、それでも本当にこの人が助けにきてくれなかったらと思うと、恐ろしくてたまらない。
なにが恐ろしいって、そのまま襲われていたとしたら、たぶん私はそういうのを普通の事だと感じてしまう女になっていたであろうって事。
今までは、ちやほやされるのが気持ちいいからそういう女のフリ──最近の子たちは、そういうのをファッションビッチとかって言うのかしら?──をしていたけれど、多分あのままだったら、私は本当にそういう女になっていただろうって思う。
そうなっていたら、今のこの幸せ……素敵な旦那がいて愛する娘がいてくれる、そんな普通の幸せに囲まれていられる普通の主婦には、……なってなかったんだろうな〜。
「ホントあなたはいつまでもウジウジしてるんじゃありません!」
そんなあなたに助けられた私だからこそこう思うのよ?
いろはが本物の恋を知ってくれて良かったって。
もう少し大人になったら、お父さんとの間にこういう事があったのよ? だから男の子には気を付けなさい! って、いろはに言い聞かせるつもりではいたけれど……でもいざ自分が体験するか、もしくは本物の恋をして、興味のない男の子をアクセサリー代わりにするような行為がバカらしく思えるようにならなければ、そんなお小言は右から左だものね。
だから本当に良かった。いろはがちゃんとした恋をしてくれて。
「私たちの娘は、今すっごく素敵な成長のまっただ中に居るのよ? 少しは娘の幸せを祝ってあげなさいよ、まったくもう」
だから一緒に喜びましょ? 娘の成長を。
そして未だぐぬぬと涙目な夫に向かって、私はとどめの一撃を放つのだ。ふふふ、これを言われたら、あなたはもう黙らざるを得ないんだから!
「ふふっ、だーいじょうぶよ。だってその相手はね──」
……いろはの話を聞くうちに、なんとなく分かってきた事があるの。なんだかその先輩くんって、どこかで会った事がある気がするなぁって。
そして一度だけ……渋々ながらも一度だけ見せてくれた先輩くんの写真を見て、私、思っちゃったのよ。
どこかのお洒落そうなカフェで撮られた先輩くんといろはのツーショット。
楽しそうないろはと顔を寄せあって、なんとも照れくさそうにそっぽを向く彼の写真を見て。
別にどこが似てるってわけではないけれど……顔だって髪型だって全然似てないけれど。でも──
「なんとなく、若い頃のあなたに似てるんだもの。猛烈アタックしまくる私を面倒くさそうに、照れくさそうに厄介者扱いしてたあなたに、ねっ」
× × ×
「むー……」
と、昔話とちょっと前の夫との会話を思い出していると、相も変わらずリビングには娘の唸り声が響いていた。
ホント何回唸れば気が済むのやら。
「もういろはー。いい加減に機嫌直しなさいよ?」
「むー、別に機嫌なんて悪くないですー」
はいはい。そんなに唇とんがらせてなに言ってるんだか。
「そもそもちゃんと約束取り付けてたの? 先輩くんと」
「な!? ……べ、別に先輩とか関係ないし。……あとはまぁ、約束はちゃんとは取り付けて、ない、かなぁ……」
……もう。取り付けてないんじゃない。
「でもあの人無駄に記憶力とかいいから、今日のこと絶対覚えてるはずだし? それにどうせいつも暇だから部屋でごろごろ携帯弄ってるだけのはずだもん。絶対わたしからのメールだって見なかったフリして無視してるんだよあいつ! あーもう、ちょームカつくーっ」
むきーっと怒りだす我が娘。まったくもう。可愛いんだから。
「じゃあメールとかLINEじゃなくて電話してみればいいじゃない」
「……どーせ出ないし」
いろははむっすーと頬っぺたをパンパンに膨らませ、ソファーの上であぐらをかいてクッションをぎゅうっと抱き締める。
なんだか、私が若い頃よりも前途多難なようで。
「ホンっトしょうがないわねぇこの子は。じゃあ今日はもう諦めるのね?」
「……ん」
もう! これくらいで諦めちゃうなんてまだまだね、いろは! 私なんて引かれるくらい猛アタックしたんだからね?
……やれやれ、まぁまだまだこれからよね。よし、しょうがない!
「ホラ! 今夜はいろはが食べたいものなんでも作ってあげるから! 少しは機嫌直しなさい?」
「……だから別に機嫌なんて悪くないってばー。……じゃあ、シーフードたっぷりグラタンとフライドチキンとかぼちゃのポタージュ、あとコブサラダで……」
これはあれね。ヤケ食いモードね? せっかくの日だし、ここは腕によりを掛けて作っちゃいましょっか!
「ふふふ、りょーかいっ。あとお父さんが帰りにケーキ買ってきてくれるからねー」
「……んー」
さてと、それでは今夜のご馳走の準備でもしちゃいましょう! と、キッチンで腕まくりをしている時だった。ぴろりん♪と、なんともあざといメールかLINEのお知らせ音がリビングに響いたのは。
途端にがばぁっと起き上がるいろは。その勢いたるや、まるで空腹な猫にツナ缶を見せた時のよう。
あらあら、ようやく愛しの誰かさんから連絡が来たのかしら?
──しかし、
「だぁっ!」
次の瞬間には宙を舞うスマートフォン。どうやらソファーに叩きつけたスマートフォンがぼよんと跳ねたらしい。
「こらいろは! 壊れちゃうでしょ!」
「むー……」
せっかく夜のご馳走で気を引けたのに、またもやむーむーと不機嫌になってしまう可愛い娘。待ち人からの連絡では無かったみたいね。んー、残念!
でもいろはが頬を膨らませ、もう一度ソファーへと体を沈めようとした瞬間だった。
ぴろりん♪
あ、また来た。
「くぁ〜っ! しっつこい! 戸部ェ!」
飛べ? 今度はあのスマートフォン、どこまで飛ばされちゃうのかしら……と、スマートフォンの行く末を見守っていると……
「ん? え? ふぇぇえ!?」
またスマートフォンを叩きつけようとしたいろはが、画面を二度見して変な声を出した。
なんて忙しい子なんだろう。
わなわなと震えつつ、しばらくスマートフォンと睨めっこしたいろはの顔は、次第に締まりが無くなっていく。
あ、ようやく、かぁ。
「ちょ、マジで連絡してくんの遅いんだけどこの人! はぁ〜、信っじらんない!」
なんだかぶつくさ文句いいながらも、その表情は三十分くらい置きっぱなしのカップラーメンくらい、ニヨニヨとふやけきっている。
「……ってかもうこんな時間じゃん! 今から用意するとか無理すぎるんですけど! 連絡してくるならもっと早くしてきてくださいよぉ! もう、バカ!」
そしていろははどったんばったんと慌て始め、シャワーを浴びに行ったり洋服を身繕いに行ったりと大騒ぎ。でも相変わらずその表情は弛み切ってるんだけどね。
「あ、もう、あの子ったら」
いろはがお風呂へと走って行ったあとには、今朝からずっと握り潰されそうになったり叩きつけられたりと可哀想なスマートフォンくんが一人置き去りに。
いろはが汗を流してる間に部屋に持っていっておいてあげようかな? と手を伸ばしたスマートフォンくん。
でも弱々しく光るその画面は、まだ先ほど届いたばかりの愛のメッセージ画面のままだったのです。
[Fromせんぱい
無題
本文:葉山が無理だったからって俺を巻き込むなアホ。俺だって忙しいんだからな?
でもまぁ、今日だけは仕方ないから付き合ってやるのもやぶさかではない。
指定の時間と場所で待ってるからな。遅れたら帰る]
──ふむ。どうやらうちの娘は、思いのほか先輩くんから愛されているようで。
でもこれじゃ、どうやら今夜のご馳走はキャンセルになっちゃいそうね。
急な休日出勤で泣きながら出社した夫は、死ぬほど急いでお仕事を終わらせてケーキを買ってくるだろうけれど、……ふふふっ、残念ながら二人で食べる事になりそうね、あなた♪
「もぉぉぉ! 早くお湯でてよーっ!」
今夜はどうやって旦那を宥めようかなー、なんて思いつつ、お風呂場から聞こえてくる愛娘の嬉しい悲鳴を聞きながら母は思うのです。
──いろは! お誕生日おめでとうっ!
おしまい☆
生誕祭記念SSとはなんだったのか。
すみません2日の遅刻ですどうもありがとうございました。
(どうしても他に16日に上げたいSSがあったんでマジすみません汗)
そして誰が得するんだよって内容のハピバいろはすSSすぎる…(白目)
誰もお母さんの恋愛エピソードなんて聞きたくもねぇよ。久し振りのいろはすSSだってのに…
そして夫婦の会話は完全に未来の八色夫婦漫才というね。
いまだかつてこんな生誕祭SSがあっただろうか。いや、ない(反語)
とにもかくにもはっぴーばーすでー♪
アイラブいろはす☆