八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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全国一千万人の俺ガイルファンの皆様方お待たせいたしました!今宵、ついにあの女の子の初登場です←誰一人待ってない





にんにく薫る湯気が漂う店内で 【前編】

 

 

 

 ──き、気まずい……

 

 わたしは今、目の前で引きつった顔でずずずっとラーメンを啜っている男の子を、多分この男の子と同じくらい引きつっているであろう顔でチラ見しながら、心の底からこんな事を思うのです。

 

 どうしてこうなった……と。

 

 

× × ×

 

 

 ラーメン屋さん。

 

 そこは、周りの目とカロリーをなによりも気にする“普通”の女子高生であれば、まず滅多に近寄らない魔境である。

 

 しかし残念ながら、誰とは言わないけどわたしの親友はあまり“普通”ではなく、そういう“周りの目”とか“カロリー”とかを気にするくらいなら、自分のしたいことを思いっきり楽しめばいーじゃん! という根っからの自由思考であるため、彼女とつるみ始めてからはわたしもちょくちょくそんな自由に付き合わされた。

 

 ラーメン屋さんに入るのもそんな彼女の自由気ままな行動の中のひとつで──

 

『やー、女子だけだとなかなか入りづらいじゃん? みんな嫌がるしさー。前々から一回行ってみたかったんだよねー』→『ヤバいラーメンて超美味しいじゃん! 男ばっかこんなに美味しいの食べまくってるとかズルくない? ウケる』

 

 と、彼女ご自慢の自由なゴールデンパターンが見事に炸裂し、それからはよく二人でラーメン屋さんを開拓するようになった。訂正。よくラーメン屋さんの開拓に連れ回されるようになった。

 

 そんな日々が続くと、わたしにだっていつしか芽生えてしまうんですよ。

 

 ──あぁ……なんか無性にラーメン食べたい……

 

 なんて気持ちがさ。

 

 ホントにかおりの奴マジ許すまじ。あいつのせいで、ごくたまにどうしてもラーメンが食べたくて仕方なくなるという衝動が、周期的に襲ってくるようになってしまったのよ……っ。

 

 と、とはいえ? あいつの誘いが無かったら? わたしはあの魅惑的な食べ物を知らないままで青春を無駄に過ごしてたはずですから? ……ま、まぁプラマイゼロって事で許してあげるわよしゃーないな。

 

 

 と、そんなわけで休日たる今日、特に予定もなく部屋でごろごろしていると、脂がテカテカと浮かぶ凶悪なスープ、ツルツルしこしこなちぢれ麺、そしてトロットロに煮込まれたチャーシューが三位一体となった、年頃乙女の最大の敵ともいえるあのラーメンのビジュアルと香りが、不意に頭をよぎってしまったのだ。

 やばい無性に食べたい!

 

 途端にベッドから勢いよく起き上がってかおりに電話してみるも、こういう時に限って今日は家の用事があって遊べないからとピシャリと断りを入れられました。

 ちょっと! わたしをラーメン中毒にしてくれたあんたが責任取らないで、いったい誰が責任取ってくれんのよ!?

 

 

 ──なんてね。実はこんな事態は一度や二度ではなく、こう見えてお一人様ラーメンなんて何度か経験済みなわたし仲町千佳は、いそいそと外出の準備を済ませて颯爽と家をあとにするのでした♪

 

 

× × ×

 

 

 やってきましたのは我が家から、そして我が校からちょっとだけ離れたとなり町。

 いくらラーメンに魅せられたからといってもそこは年頃の乙女。さすがにひとりラーメンしてるところを知り合いに目撃されてしまうのなんてのは、絶対的に許容範囲外。

 数回ひとりラーメンを楽しんではきたけれど、その全てで“知り合いに目撃されないように”との警戒だけは怠らなかった。それはラーメン女子に残された、乙女としての譲れない最後の矜持なのです。

 

 

 

 ふふふ、ここは以前からちょっと目を付けてたお店なのだ。たまーに地元グルメ誌のラーメン特集かなんかに載るお店で、前々から一度来てみたかったお店なのよね。

 ようやくありつけるラーメンに、わたしは意気揚々と暖簾を潜る。

 

 お一人様ラーメン──初体験の時こそ信じられないくらい緊張したけれど、実はラーメン屋さんに一人で来る女性のお客さんって、そんなに珍しいわけでもないのよね。通い慣れたOLさんなんかが、澄ました顔でズルズルと麺をすすっているのが日常の光景だったりする。

 

 結局のところ、こういうのを恥ずかしがってるのって、思春期の女の子だけなのかなーって。

 だからわたしはそれ以来、胸を張って暖簾を潜るようにしている。知り合いの目を気にして遠征に来ている時点で堂々と胸は張れてないけどね。そもそも張るほど立派なモノも持ち合わせてないですし。ってうるさいわ。

 

 店内に足を踏み入れると、むわっとした熱気と共に、ぎらぎらに脂ぎってそうなとんこつの香りと芳ばしいブシの香り、さらにはネギやにんにくといった香味の香りが混ざり合った、暴力的なまでのかぐわしい香りがわたしの鼻腔と脳髄をこれでもかと刺激してくる。

 ……こ、これはもう堪らない……! 早く! 早くわたしの渇いた心を満たしてよ……!

 

「何名様すかー?」

 

「……あ、ひとり、です」

 

「お好きな席どうぞー」

 

 まだお昼時まで時間がある事もあってそれほど混み合ってはいない様子の店内。そんな店内を見渡すと、そこかしこに空いている席が。

 なのでわたしは迷わずテーブル席へと歩を進める。ぶっちゃけカウンター席はまだちょっぴりハードルが高いのよね。なんか店員さんにお一人様女子高生がラーメンを味わってる様子を観察されちゃいそうとかそんなイメージで。

 

 あとここのお店は食券制じゃないんだなぁ……。口頭で注文するのはちょっと恥ずかしいんだよね。ま、致し方なし。とにかく今は一刻も早く食べたいの!

 

「しゃせ! ご注文どーぞ!」

 

 威勢のいいちょっと格好良いお兄さんが注文を取りに来てくれたので、わたしは多少恥ずかしがりながらも、遠慮がちに小声で注文する。

 

「えっと……じゃ、じゃあその……ネ、ネギチャーシューの大盛り、にんにくマシマシで……」

 

 おいおい、年頃の乙女が進んで大盛りとにんにくマシマシとか言っちゃうのかよ。

 でもだってさ!? たまーにしか来られないひとりラーメンの時くらい、食べたいモノ食べたいじゃない!?

 

「ハイ! ありがとうございますっ! ネギチャーシュー大盛り、にんにくマシマシ一丁!」

 

 ちょ、ちょっとお兄さん!? せっかく遠慮がちに小声で注文したんだから、そんなに店内に響き渡るような通る声で復唱しないでよ!

 

「ハーイ! ネギチャーシュー大盛り、にんにくマシマシ一丁っ」「にんにくマシマシ一丁っ」

 

「……」

 

 厨房の方からの追い打ち連続復唱で、わたしの戦意は喪失寸前。威勢の良すぎるラーメン屋さん、ツライ……

 

 あれだけ無い胸を張ったというのに、わたしの心は早くも悲鳴を上げる。

 やだ! 店内のお客さん達、みんなわたしのこと見て笑ってるんじゃないかしら!?

 

 そんな羞恥にしばらく縮こまって俯いていた年頃の乙女たるわたしだけれど、そこはほら、花より団子な年頃の乙女です。注文のお品が目の前にドンッと置かれる頃にはもうすっかりとラーメンの虜。羞恥? なにそれ美味しいの?

 

 

 あぁ……やっとやっと食べられる……

 思えば、ホントは昨夜あたりからずっと頭の片隅に居座っていた、この憎たらしいコイツの姿。でもわたしはずっと気付かないフリをしていた。

 なぜなら昨夜はママの作ってくれた美味しいハンバーグをたらふく食べたあと、ついつい焼き芋も完食してしまったのだ。

 

 ああもう……! なんで焼き芋ってあんなに美味しいの……?

 一昔前までの焼き芋は紅あずまという品種のサツマイモが主流で、少しノドに詰まるくらい繊維質が豊富で、まぁホクホクと美味しいには美味しいんだけど、そこまで好きってほどじゃなかったの。

 でも最近は、しっとりねっとりで信じらんないくらいに甘くて美味しい新品種の蜜芋・紅はるかが主流となって、世の女の子達を恐怖のドン底に突き落としている。

 なんなのあれ! 皮を剥いただけでもうスウィーツそのものなんだもん! どれだけわたしたち女の子を太らす気なのよ!

 

 

 だから昨夜毛布に包まる頃にふと頭を掠めてしまった大敵には気付かないフリをした……。だってしばらくはカロリーに気を遣わなきゃいけないのだから。

 でもやっぱ駄目だよね……自分の心に、嘘なんて吐けるわけがないよ……

 

 

 

 てかもうそんな回想どうだっていいよね。いつまでおあずけさせとく気なのよ。

 いっただっきまーす! と、わたしは頭の中で元気いっぱいに手を合わせ、目の前のこいつと真剣に向き合う事にした。

 

 テカテカと背脂で輝く美しい水面、そしてその水面の上にはもやしの山が美しくそびえ、そんな山の麓に佇む、どう安く見積もったって間違いなくトロットロでしょ? と太鼓腹を押せるであろうチャーシューとたっぷりネギの美麗なコントラストが、わたしの視界を独り占めにせんと妖しく誘う。

 

 いざ実食……! レンゲという名の小舟がスープの海を自由に航海し、ついにわたしの口元には、ほんの一すくいの甘美なる海水が──

 

「お客さんスイマセ〜ン! 店内混み合ってきたんで相席お願いしますー」

 

「っへ?」

 

 混み合ってきた? 相席?

 

 一瞬なんの事か理解出来ず、よく分からないまま店内を見渡してみると、わたしがお店に足を踏み入れた時の光景は今は昔、そこはいつの間にかお客さんで賑わう大人気店さながらの混み合いとなっていた。

 どうやら復唱に気を取られ俯いている間に、このお店は満席となっていたらしい。

 

 うわぁ、しまったぁ……! 空いてると思って油断しちゃったよぉ!

 こんな事ならカウンター席にしとけば良かったぁ……!

 

 

 わたしがよく友達と行くようなオシャレなカフェは、単にお茶をしに行くというだけでなく“空間と時間”を楽しむ場所であり、その空間と時間を提供してくれる代わりにお店側にはそれなりの見返りを支払っている。つまりメニューがバカ高い。

 なので多少お店が混もうと相席なんてもってのほかなわけなのだけれど、こういうお店はただ単純に“飯を喰らう”為だけに存在するお店なので、お店が混んで店員さんに相席を要求されたのならば、それを断わる事なんかは出来ないのです。

 つまりわたしはこの大盛りラーメンを知らない人と向かい合って食べなければならないという不幸に見舞われたわけなのです。

 ……せ、せめて普通盛りにしておけば……せめてにんにく抜きにしておけば良かった……

 

「は、はい」

 

「さーせん! お願いしゃす」

 

 ああ……せめてせめて女性であってはくれないものだろうか。見知らぬサラリーマンのおじ様と、にんにくマシマシ大盛りラーメンはキツすぎるよぅ……

 

 

 

 

 ──そんな年頃の乙女の切なる願いに神様が応えてくれたのだろう。幸いにも店員さんに連れられてきた招かれざる来客は、見知らぬサラリーマンのおじ様ではなかったのです。

 

「……あ」

 

「……あ」

 

 

 そう。わたしの目の前に腰を下ろしたのは、知らない人でもおじ様でもなく、同い年の知っている男の子だったんですから。

 

 

「……う、うっす」

 

 

 ちゃぷちゃぷとレンゲの中で一すくいのスープが揺れるサマをとても遠慮がちに一瞥してから、気まずそうにすっと目を逸らしたその目は、いつか見たあの日と同じように、背脂が浮いたスープのようにどんよりと濁っていました……

 

 

 

続く

 

 





なんだこれ。
どうも。需要とか一切考えないでお馴染みの作者です。


すみません。他でやってる連載の最終回(仮)の筆が全く進まず、夜食くいてーなぁ……と、つい気晴らしに書いたら気が付いたらこんなものが出来上がってました(白目)


前・後編合わせても一万文字にも満たないであろう今回の千佳SS。なのに分けてしまうというこの不思議。
完全なる気晴らし作品なので、後編は気が向いたら書きますね☆


ノシノシ



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