八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

88 / 117

来月中どころか、今月中に“中編”を上げてしまった件('・ω・`)



あ、それはそうと(都合悪い話の話題逸らし)、先日読者さんから有難い感想をいただきまして……

「ここはこんな風に思ってるのかなーと1話で2度楽しめました」

との事です♪

この感想こそまさに私の理想とする所で、香織視点じゃない香織はいつもの香織とは思えないくらい大人しくて可愛らしく錯覚しちゃうかも知れませんが、このように楽しんでいただけたら、このお話も二度おいしいゾ☆




フェスティバルは、パーティータイムでカーニバる 【中編】

 

 

 

 文化祭二日目。

 二日目は一般公開という事もあり、校舎内は総武生のみだった昨日に比べてかなり賑わっている。

 

 そんな混み合う人ごみの中にあり、今特に目立っているであろう二人組がさらなる人ごみを掻き分けずんずん歩く。他でもない、僕と家堀さんです。

 

 ああ……昨日に引き続きのコレじゃ、クラスメイト達からの謂われのない非難の眼差しと悪評にさらに拍車がかかるんだろうなぁ……などと頭を抱えつつ、俺を引きずるように引っ張ってのしのし先を行く家堀に、文句のひとつも言ってやる事にした。

 

「……だから離せっつの。大体なんでお前そんなに急いでんだよ。別にただの時間潰しなわけだし、ゆっくり適当に行きゃ良くないですかね」

 

「だ、だって早く比企谷先輩のクラスから離脱しないと邪魔者共がっ…………て、な、なんでもないです☆」

 

「……今、完全に邪魔者共って言ったよね? なに? お前誰かに命とか狙われてんの?」

 

「狙われてんのあんただからぁッ! …………って、あ、……んん! な、なんちゃって〜、てへっ……?」

 

 てへじゃねーよ。こいつたまにノータイムで激しいツッコミ入れてくんな。

 てか俺って誰かに命とか狙われてたのん? やだ国賓級の超VIP! そんなわけあるか。

 

「……まぁ良く分からんけど、俺もちゃんと家堀のペースに合わせっから、とりあえず袖伸びちゃうんで離してね。……あと周りにすげー見られてて恥ずかしいし」

 

「ふぇ? …………にゃっ!? か、かしこま……っ」

 

 ……うん。見慣れたこのアホなポーズも、真っ赤な顔ではにかんでやられるとなんか知らんが妙にそそる……げふんげふん。ま、まぁ、うん、なんかちょっと可愛いですね。

 ……そもそも女子がこんな状態で凄い勢いで歩いてたら目立つに決まってんだろ。そんな恥ずかしがるくらいなら、こんな人目の多い廊下で男子の袖を引っ張るんじゃありません!

 

 

 そんな家堀の残念可愛い姿に怒る気も削がれてしまったフェミニストな俺は(ただ年下の女の子に弱いだけ)、ようやく袖を離してすたこら歩きだしてしまった真っ赤な耳の女の子の背中を追うように、忠犬の如く従順に付いて行くのだった。わん。

 

 

× × ×

 

 

 後輩に連れ去られること十分ほど。

 特に目的も無しにただ歩いているだけかと思っていたのだが、意外とこいつには目的の地があったらしく、俺達は今、特別棟にあるとある教室の前で息を飲んで佇んでいた。

 

「……なぁ、これ、マジで入んの?」

 

「や、やー、これはのっけからいいパンチ打ってきますよねー……」

 

 

【おかえりなさい! お兄ちゃんっ♪】

 

 

「……」

 

「……」

 

 ここは漫画研究部、いわゆる漫研の部室前。等身大スク水萌えキャラの立て看板の吹き出しには、そんな危険なフレーズが記されていた。

 ぶっちゃけ、かなーり入りたくない。

 

「……で、でも、どうしてもここ見てみたかったんですよねぇ……ほ、ほら、私ってこう見えて意外と漫画とか好きじゃないですかー?」

 

 家堀さんや、意外の使い方まちがってますよ?

 

 

 

 知らなかったのだが、我が校の漫研はなかなか活動的な部活らしく、夏とか冬のアレにもちょくちょく参加するような部らしい……と、この危険な立て看板に書いてある。

 この文化祭には、そんなコミックなマーケットで販売した薄い本などを展示しているようだ。もちろん学校の催し物な以上、全年齢対応のヤツだろうが。

 

「私、同人誌っての見たこと無いんですよねー。てかコミケとか行った事も無いですし」

 

「そうなのか? お前ガチオタだからそういうのの常連かと思ってたわ」

 

「ガチオタではねーし!? ……あ、いや、オタクでさえ無いし……? えへ」

 

 こいつこのネタほんと好きだよな。もうそういうのいいんで。

 いつもの家堀ネタに目を細めていると、こいつはなぜか急にポッと頬を赤らめ、もじもじと髪を弄ったり胸のリボンを弄ったりとなんだか落ち着かないご様子。どしたの?

 

「な、なんかそういうのって、アレなんでしょ? りょ……凌辱とか……触手……? とか……?」

 

「……」

 

 すごい偏見だ。だいたい例を挙げるチョイスが触手とかちょっとマニアック過ぎませんかね。そんなもんばっかりじゃないと思うぞ? ……たぶん。

 にしても、こいついきなりなんてこと言いだしやがる……でも恥ずかしそうな女の子の口からそういう単語が出てくると色々捗りますねげふん。

 

「……いや、ぶっちゃけ俺も全然知んないんで分からんわ。材木座とかなら詳しいだろうが」

 

「あ、あー……あの先輩ですか〜。ちなみに紗弥加のお兄さんもかなりヤバめで、お兄さん不在の時にみんなでコレクション鑑賞会しない? とかって話もありますよ」

 

 お願いだからそれだけはやめたげてよぅ! お兄ちゃん自殺しちゃう!

 ……てか、あのクールビューティーな笠屋の兄貴が家堀が引く程のガチオタなのか……大丈夫かよ千葉の兄貴。

 

「ま、まぁそれはそれとして、さすがに私もそういうのはちょっとアレですけども、文化祭の展示な以上はたぶん大丈夫そうなヤツだと思うんですよねー。前々から同人誌ってのもちょっぴりだけ……ちょっぴりだけっ! 興味あったんで、せっかくの機会だし見てみたいなー……なんて」

 

「……ああ、そう」

 

 こいつまさか、この為に俺を引っ張ってきたんじゃねぇだろな。でも確かに家堀ひとりじゃ、ここに足を踏み入れる勇気はないだろう。

 にしてもこいつって、隠れのくせにホント隠れる気がないよね。

 

「……はぁぁぁ〜、女は度胸女は度胸っ……よっしゃ!」

 

 胸に手を添えて深く深呼吸をした家堀は、「えーい! ままよ!」と、なんとも勇ましく漫研のドアに手を掛けた!

 いやいや、俺まだ入るって言ってないんですけど。

 

 はぁ、仕方ねーな……と、頭を掻きながら追い掛けるように入室すると、部室の中は長机がいくつか並んでおり、その上には何種類かの同人誌らしき薄い本が。

 そこはさしずめ、アニメや漫画なんかで見たことあるようなコミケ会場を、そのまま小さくしたような造りになっていた。

 

「……おぉ〜」

 

 そのプチコミケ会場のような佇まいに、家堀は思わず感嘆の声を漏らす。

 やっぱこいつ絶対行ってみたいんだろ、ホンモノに。

 

 

 だがしかし! 予想通りと言えば予想通りなのだが、漫研の部室の中は、部員も客も地味地味地味!

 置かれた漫画の表紙や壁中に貼ってあるポスター、そしてあの圧倒的存在感の立て看板は異常なほど派手だというのに、そこに居る人達はみんな地味というね。人様のこと言えませんけど。

 

 部員か客か、女子もちらほら居るようだが、どの子も決して目立つまい……目立ってなるものか! と、とてもとても地味でいらっしゃる。

 ちなみに海老名さんは居ませんでした。ふぅ、安心安心。そりゃね、文化祭の展示で十八禁BL本置くわけないから興味ないよね。

 

 そんな地味空間に、着崩した制服、かなり短くしたスカート、外ハネ茶髪のショートボブのリア充美少女が突然乱入してきたのだからもう大変。

 リア充の冷やかしマジ勘弁! とばかりに、みんなわちゃわちゃと慌てだし、なんなら全員で協力し合って展示物を隠しちゃいそうな勢い。

 

 なんかね、地味なオタクってリア充に対して異様な警戒心があるよね。外出先ならまだしも、学校内、しかも同じ学校の生徒とくれば、その警戒心はさらに高まるだろう。

 なんならライオンに睨まれたインパラの子供くらいの怯えっぷり。みんな逃げてぇ!

 

 

 ──ああ、マズいな。これは場違い感ハンパないわ。俺だけなら場にピッタリフィットちゃんですがなにか。

 家堀の為にも、ただただこの場を“楽しんでいる”連中の為にも、こいつには悪いが一旦退散した方がいいのかもしれない。

 家堀だって純粋にこの場を楽しみたいだけだけれど、残念ながらこいつらの目から見たら『大好きな趣味を冷やかしに来ただけのクソリア充』にしか見えないのだ。

 これは……どちらにとってもマイナスにしかならない。

 

「なぁ、家堀……」

 

 他いかねーか? そう声を掛けようとしたのだが、あれ? なんか様子がおかしいぞ?

 つい先程までリア充の突然の来襲に慌てていた部員達と一部の客が、なぜだかホッとした様子で自身の趣味の世界へと帰っていくではないか。

 

 ザワついた教室内に不審がって固まっていた家堀だが、慌てふためいていた部室の住人達が落ち着きを取り戻すと、「ん?」と可愛らしく小首をかしげつつも、軽ーい感じで「ま、いっか」と納得し、とてとてっと楽しそうに展示同人誌が置かれた長机へと駆け寄って行った。

 

 ……どゆこと?

 

「比企谷先輩っ! ほらほら! これとか超イイ感じですよ! へぇ……こういうもんなんだぁ……うわやべ、ちょっと欲しいかもっ……ふへ」

 

 と、この謎な空気に唖然としている俺のことなど知ったことかと、人生初めてなのであろう同人誌に興奮気味の家堀さんは、ちょいちょいと手招きして一緒に見ましょうと促してくる。

 ……ホントオタクって、自分の興味のあるモノを前にすると、周りが見えなくなって声でかくなるよね。

 その例に漏れず、家堀も興奮すっと見境無くトークが弾んじゃうんだよねー。かしこま☆とかね。

 ここら辺が、家堀がイマイチ隠れきれない残念な所以なんだよなぁ……

 おっと、中学時代、別に誰も聞いてないのにクラスメイトが聞いてくれてると勝手に勘違いして、熱血ロボアニメの話をひとりで大声で熱く語っちゃってた俺が通りますよ?(白目)

 

 

 未だ疑問符だらけではあるが、ほっといたら家堀の手招きと大声が激しくなる一方だし、とりあえず一旦その疑問は横に置いて家堀のもとへ歩み寄ろうとしたその時だった。漫研の部員だか漫研の客だかの安堵の溜め息と共に、ボソリとこんな呟きが聞こえたのは。

 

「あー、びっくりした……なーんだ、家堀さんかぁ」

 

 

 

 …………やったね香織ちゃん!

 クラス内どころか、キミ、少なくとも校内のオタク達にはすでにこいつ仲間だって浸透してるみたいだよ!

 

 ……ドンマイ。

 

 

× × ×

 

 

 漫研見学にほくほくの家堀に連れられ、またも校内を縦横無尽に闊歩する。

 

「あー、超おもしろかったぁ! 同人誌ってやつも、なかなか悪くないもんですねー。絵は違うけど」

 

「おう……そうだな。そういや同人誌の中には、漫画じゃなくてSS? って小説とかもあるらしいぞ。家堀の好きなラノベとかのSSもあんのかもな」

 

「マジですか!? うわぁ、なんかちょっと読んでみたいかも! それだったら絵が違う違和感とか気にしないでもいいし」

 

 もっともそのSS書いてる同人作家が材木座クラスだったら、文章だけでも違和感たっぷりだけどね!

 

「……えと、比企谷先輩って、コミケとかは行った事ないんですよね」

 

「まぁ、ねぇなぁ」

 

「じゃ、じゃあ今度、もし良かったら行ってみません!? ほ、ほら、私もひとりじゃ無理そうですし、先輩だってひとりじゃ無理でしょ……?」

 

「いや、そもそもあんま興味が……」

 

「ダメ、ですか……?」

 

「ぐっ……!」

 

 

 なんか最近この子さぁ……こういうとこ一色に似てきちゃってんだけど。

 一色がこうやって俺を落とすとこ見ちゃって、家堀も味をしめちゃったのかな?

 

 いかんいかん。これじゃまるで俺が年下の女の子からの甘えに弱いみたいな印象を持たれてしまう。ここはビシッと言って、先輩としての威厳を見せてやらねばね!

 

「……ま、まぁ……その内、な……」

 

 はいはいフラグ回収乙フラグ回収乙。

 だって断れるわけないじゃない。こんなぷるぷると縋る子犬のような、ウルウルな目で見つめられちゃったら。

 

「……いぇい♪」

 

 ……おい。小声で言ってるつもりだろうが、セリフも表情も、あとこっそりピースとかしちゃってんのも丸出しだぞお前。つい一瞬前の、縋る子犬のようなウルウルな目はもうどこかへ放り投げちゃったのん?

 なにそのペロッと舌を出しての、してやったりなニヤリ顔。腹立つ。

 

 

「えへへ〜」

 

 引きつる顔で恨みがましく眺めていると、家堀はスキップでもしちゃいそうなほど軽やかにタタッと数歩先を行き、楽しそうにくるりと振り返った。

 おい、そんなくるっと回転すると、遠心力にスカートさんが敗北してパンツ見えちゃうぞ。

 

「……どうした」

 

「いやぁ、なんか楽しいなぁって! 文化祭を好きなひ……んん! す、好きなように回るのって、ちょっと憧れだったんですよね〜」

 

「ほーん」

 

 まぁ、そうだろうな。リア充友達しか居ない隠れオタクが、こうやって漫研の展示とか見に行くのは難しいだろうし。

 一色達なら家堀の趣味を理解してるから付き合ってくれるかもしれんけど、さっきのあの部室の騒ぎを見ちゃうと、それもまた難しいだろうな。

 

「だからその……今日は、ワガママに付き合ってくださって……ありがとうです……!」

 

「っ……」

 

 

 たかだか漫研の見学に付き合ったくらいで贈られるには些か割りに合わないくらいの素敵なはにかみ笑顔を向けられて、俺は一瞬どきりとさせられてしまう。

 やっぱこいつの笑顔って……なんつーか、気持ちがいいんだよな。

 

「ま、その……なんだ」

 

 後輩相手にこんなに慌てさせられるのは格好悪くて仕方ないが、こうして真っすぐなお礼を言われてしまった以上はきちんと返さなければならない。

 むず痒くてあまり真っすぐは見つめ返せないから、少しだけ視線を横に逸らしてお返しを告げる。

 

「役に立てたのなら、ま、良かったわ」

 

「はい! 超役立ちましたよ? ひひ〜」

 

 

 ──だからちょっと眩しいっての……

 

 

× × ×

 

 

 それからも、やれノドが渇いたからカフェ行こうだの、やれ小腹が空いたからたこ焼き食べようだのと各所を回されて、気が付けばもう結構な時間。

 詳しくは分からないが、そろそろマズいのではないだろうか。

 

「なぁ家堀。時間とか大丈夫なのか? もう結構いい時間だけど」

 

 そう。なんだかんだで結構楽しんでしまい、何時の間にやらエンディングセレモニーの予定時刻まであと一時間ほどになっていた。

 着替えとかあるだろうし、ステージ入りの準備を考えたらそろそろ頃合いなんじゃねぇの?

 

「……あ、で、ですよね……」

 

 家堀は俺の質問にビクリと肩を揺らすと、スマホで時間を確認してそう首肯し、

 

「……やー、すっかり楽しんじゃいましたね、あははー……も、もうそろそろ行かなきゃなー」

 

 人差し指で頬をぽりぽりと掻きながら、なんとも気まずそうに笑う。

 

「……だな」

 

「はい……」

 

 

 そして、僅かな沈黙。

 家堀は俯き、俺はそんな家堀をただ見守る。

 

「あ、あの」

 

「おう」

 

「……もう一ヶ所だけ行きたいトコがあるんですけど、いいですか……?」

 

「……ん。構わんけど」

 

「へへ、やたっ」

 

 そうして連れられて行った行きたいトコとやらは、あまりにも意外な、とある出展が行われているとあるクラスだった。

 

 

 

「……え、お前が行ってみたいのって……ここでいいの?」

 

「ですよー。ここに入りたかったんです」

 

「あ、ああそう」

 

 返事が生返事になってしまうのも無理はない。

 どこに連れてかれるのかと思いきや、そこはなんの変哲もない、ただのお化け屋敷だったのだから。

 お化け屋敷をなんの変哲もないと言うには些か非日常的な代物ではあるが、こと文化祭というイベントにおいては、それは定番中の定番の出展だからである。

 

「お前ってこういうの好きだったっけ?」

 

 家堀と知り合って、よく話すようになってから早八ヶ月ほど。

 いろんなアニメや漫画やゲーム、ラノベの話をしてきたが、ホラー物の話をしていたのなんててんで記憶にない。

 だから家堀がわざわざもう一ヶ所行きたいと言っていたのがお化け屋敷だという事が、あまりにも意外すぎたのだ。

 

「……あ、実は私、こういうの結構好きでして……だからぜひぜひ行ってみたいなぁ、と」

 

「……そうか」

 

 

 それがホントか嘘かは、こいつの態度を見れば一目瞭然ではあるのだが、じゃあなぜそんな嘘を吐いてまでお化け屋敷なんかに来たかったのかまでは分からないし、そもそも俺は家堀が行きたいと言ったから納得してここへ来たのだ。つまり自分の意志で自分の好きに来ただけ。

 であるならば、その理由まで深く追及する必要もない。

 

「ようこそ……我が三ーBの、呪いの館へ……」

 

 白い着物を着て幽霊っぽいメイクを施した受け付け女子が、わざとらしく恐怖っぽい雰囲気を作りつつ、来客である俺達を教室内へと誘(いざな)う。

 こういうのはプロがやるから恐怖演出になるのであって、単なる素人高校生が大根演技でやっても茶番にしかならないんだよなぁ……なんて益体もない事を思っていると、

 

「……んじゃ入りましょっか」

 

 早く入れやボケとばかりに、家堀に背中をぐいぐい押されて暗い室内へと押し込まれました。

 そんなに早く入りたいのん?

 

 

 教室内は先ほどの受け付け女子の大根演技に比べ、かなり気合いの入った造りだった。

 窓からの光を黒い厚紙かなんかで完全に遮断しているのであろう真っ暗な教室は、蝋燭に模したライト(火気厳禁のため本物の蝋燭は使用不可)の弱々しい灯りのみにぼんやりと照らされ、お化け屋敷としての雰囲気を十二分に漂わせている。

 さらに少し強めの冷房で教室全体が必要以上にひんやり冷やされて、より一層の恐怖心を煽る。

 

 去年のトロッコロッコの例を見ても分かるように、ウチの学校の生徒ってこういうとこへの情熱というか本気度というか悪ノリというかが半端無いんですよね。進学校ゆえの、勉強のストレスに対する捌け口なのかもしんない。

 

 とはいえそこはやはり高校生の文化祭レベル。感心はするもののビビって及び腰になるという程でもなく、まぁ雰囲気を楽しめればいいかなーと奥へ進むことにした。のだが……

 

「……」

 

 なぜか、先程まで一秒でも早くお化け屋敷に入る気まんまんだった家堀が、室内に入った途端、急に俯き押し黙り、歩みを止めてしまっていた。

 

「? どうした家堀。行かねーの?」

 

「……や、やー、あ、あはは〜」

 

 薄暗いこの部屋では細かな表情までは読み取れないが、仄かな灯りに照らされた家堀の顔は、とても緊張した様子で、弱々しく苦笑いを浮かべていた。

 

「どうか、したのか?」

 

「あ、……んーと……そ、そのぉ」

 

 次の句が言いづらいのか、もごもごと言い淀み両手でスカートをギュッと握る家堀。

 

「えと……そ、その」

 

 ごくりとノドを鳴らし、ようやく意を決したのかスッと顔を上げると、家堀は不安げな上目遣いで、とんでもないお願いをしてきやがった。

 

「あのっ……手、手をちゅな……繋いでも、い、いいでしゅかね……っ」

 

「……は?」

 

 

 

 

 え、手を繋ぐの……? こんな学校のど真ん中で?

 いやいやいや、そんなの無理に決まってんだろ。俺はお前らリア充とはワケが違うんだぞ! こちとらノリとか勢いで、人前でぽんぽん手を繋げちゃうような人種じゃないんですよ!

 

「お願い……します……恐いんで……す」

 

 未だ動揺し続ける俺ではあったが、家堀は許可を得ようと訊ねてきたにも関わらず、返答も待たずにそっと手を合わせてきた。

 

「……ちょ!? ……お、おい」

 

 許可も取らず合わせてきた小さな右手は、勝手に繋いでしまっていいのか分かり兼ねているのか、緊張で硬直する左手を握るでもなく、不安げにただぴとりと寄り添う。

 

 思い起こされるのはあのディスティニーシーの帰り道。

 駅のホームの人波にもみくちゃになる中、離れてしまわぬよう、はぐれてしまわぬよう、いつの間にか握られてしまっていた手。

 だが今回は、あの時のように人波に揉まれているわけでも、繋いでいないとはぐれてしまうわけでもない。だからこそ家堀は迷っているのだと思う。勝手に繋いでしまってもいいのかどうか。

 

 

 

 ──でも、まだ繋がれていなくとも、まだ触れているだけだとしても、それでも俺は気が付いてしまった。

 家堀の手が、かたかたと小さく震えているのを。

 

 

 おいおいマジかよ、たかだか文化祭レベルのお化け屋敷が、ホントにそんなに恐いのかよ……だったらなんでわざわざお化け屋敷なんて来んだよ。

 

 

 ……なんて、空々しすぎだよな。

 

 本当は分かっていた。今日のこいつの、時間を追うごとの変化を。

 

 漫研見学の時の家堀は本当に楽しそうだった。にへらっと笑いながら初めての同人誌を捲る残念な姿は、まさにいつもの家堀そのもの。

 しかし、漫研を出てからカフェに行ったりたこ焼きを食ったりと時間が経過していくごとに…………つまり、あの時間が近付いてくればくるほど、家堀の口数は段々と減っていき、そして顔色も優れなくなっていった。

 

 やはり家堀は不安で仕方がないのだ。緊張とプレッシャーに押し潰されそうなのだ。

 ……週のアタマに有志ステージの報告に来た時と一緒なんだ、こいつは。そんな不安と緊張を塗り潰したくて、ステージまでの時間に文化祭を見て回って心を落ち着けようとしていたのだ。

 

 だから家堀が最後に行きたい所があると言った時、普段なら「面倒くさい」「行きたくない」と無駄な抵抗を試みるはず俺が、何も理由を聞かず、何の文句も言わず、ただただ少しでも家堀の不安を和らげる手助けになればと、大人しく黙って付いて来た。

 

 

 ──ああ、そうか。だから家堀は最後にお化け屋敷を選んだのか。

 真っ暗なこの場所なら、周りの目を気にせずに手を繋げるから。誰に気にされる事もなく、不安と緊張で震える手を、誰かに優しく包んでもらえるから。

 

 

 ……アホか。だったらとっとと仲間んとこ行きゃいいじゃねぇか。一色に、笠屋に、大友に襟沢に、いっぱいの手に包んでもらえばいいだろ。

 その方がよっぽど緊張も和らぐだろうに、なんでよりにもよって俺なんかの手を選択しちゃったのかね、この子は。

 

 ……ま、同じ緊張で震える手同士で握り合っても、緊張の和らぎなんてたかが知れてるか。むしろ緊張が相乗効果で膨れ上がっちゃうまである。だから無関係の俺の手を選んだのだろう。

 

 だったらま、そこまで考えていたのかはいざ知らず、これははからずも無難な選択なんじゃねーの? 緊張を和らげるには、自分よりも遥かに緊張してる奴の、情けなく慌てるサマを見るのが一番の方法ってヤツだ。

 

 ならば嫌で嫌で仕方がないけれど、俺の出来る事を精一杯してやろう。

 ……こんな可愛い後輩に頼りにされてしまった先輩として。

 

 

「……チッ、こ、恐がりなら、わざわざこんなとこ来んじゃねーよ……」

 

 そう言って、あのシーの帰り道とは逆に、今度は俺の方から家堀の小さくて柔らかい手を強く握ってやった。震えてる事なんか忘れるくらいに、強く。強く。

 

「あっ……」

 

「……しゃ、しゃしゃしゃあねぇにゃあ…! ほ、ほれ、は、早く行くりょ」

 

 

 ……どうですか! 見ましたか? この無様な慌てっぷり! 超キモく噛んだ上に、俺の手の方がよっぽど震えているよ?

 これだけ先輩がキモくド緊張してりゃ、家堀もドン引きして落ち着きますよね(白目)

 

 

 突然俺の方から手を握った事で最初は目を丸くして驚いた家堀も、狙い通りの俺のこの見事な道化っぷりにクスリと柔らかく微笑み──

 

「……えへへ、……はいっ」

 

 きゅっと、きゅきゅっと……そっと握り返してくるのだった。

 

 

 

 

 よし今だ! と、気合いを入れて脅かしてくる三ーBオバケ軍団に申し訳なくなるくらい、二人は火照る顔を俯かせたまま、無言でお化け屋敷を回り終える。

 

 

 ──気が付けば、家堀の手はもう震えていなかった。

 

 

 

続く

 





違うんです。元々お化け屋敷→ラストシーンで終わる“はず”だったんですよ。
でもでも文化祭デートだっつってんのにお化け屋敷シーンだけじゃなんか物足りなくて、つい余計なの付け加えたらこんな目にッ(白目)

な、なので残すところはラストシーンだけなので、じ、次回こそはもうこれ以上伸びずに、来月中に後編を更新しましゅ……ノシ



追記☆

ちなみに私はオタクとかじゃないので、漫研だのコミケだのは完全に想像です。
てかコミケっていう存在自体、アニメで俺妹を観て初めて知ったんで、私が知ってるのはアニメ観たあとに読んだ俺妹原作等、ラノベでの知識しかありません!
なので、コミケデートとかは確実に書けないのでよろしくです♪


でもコミケってやつにはちょっとだけ興味あるんで(消費側じゃなくて供給側)、今度あざとくない件の新作でも書いて祭りに参加してみようかしら?(嘘)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。