今は年の瀬、大晦日。
あとたった六時間そこらの今日という日を跨げば、そこからはもう今日とは違う新たな年が始まるという特別な日、特別な時間。
俺は、そんな一年の中でもかなり特別なこの日に、特になんら変わらず自宅からの最寄り駅近くの書店に足を運んでいる。
クリスマス? 年末? 年始? そんなもの、受験生には特になんの意味も持たない、受験戦争の一年の中の単なる一日に過ぎないのだ。
そんな受験シーズン真っ只中な俺は、参考書を見に来るという名目のもと、その実、息抜き先として書店に赴いていた。
数多くの参考書が所狭しと棚に並ぶ中、俺は一目散に一般文芸やらラノベやらが並ぶ小説コーナーへと足を伸ばす。名目捨てるの早すぎだろ。
──おお……知らんあいだに色んな新刊出てんじゃねーか……普段あまり来ないこんな小さな最寄りの書店でさえこんなに並んでんだもんな。良く行く千葉の大型書店とか行ったら、もっとたくさんの誘惑が待っているのだろう。
くっそぅ読みてぇなー……! ぐぬぬ、でもあと少しだ。あと少しの我慢で、読みたい本を読み漁れるフリーダムがやってくる!
俺は、そんなフリーダムを穏やかな気持ちで迎えられるよう、もうひと頑張りするか、と新たに決意し、小説コーナーに別れを告げ……
「あれー? 比企谷じゃーん! ヤバいけっこー久しぶりじゃない? ウケる」
……なんという事でしょう。穏やかな気持ちでフリーダムをお迎えしようかと思っていたら、別の方向から違うフリーダムが大手を振ってやってきてしまいました。
× × ×
これは完全に俺の失態である。
普段はこうやって中学の時のクラスメイトと遭遇してしまわないように、極力地元の駅前などは避けているのだ。
それなのに、今日に限って近場の書店で済まそうとしてしまった。
受験生という事もあり、たかだか気晴らしの為にわざわざ遠出をしてまで千葉の本屋まで行くのを躊躇ってしまったのだ。参考書見に来たとか言ってたのにはっきりと気晴らしって言っちゃった。
あとはまぁとりあえず寒かったからね。大事なことなのでもう一度言おう。寒かったから。
寒かっただけじゃねーか。
つまりこの事態は、他でもない自分自身の慢心が招いたもの。
だったらここで嘆いていてもなにも始まらない。自分の責任は自分でケリを付ける。そうだろう?
だから俺はこの問題に決着を付けるべく、腹を括ろうではないか。
「おう、折本か。じゃあな」
八幡速い八幡速い! 出会い頭の即時撤退。兵法の基本である。
そんな基本があったら世の中から戦争なくなんのになぁ……なんて、ちょっと幸せオツムで平和主義者的な、壮大な世界平和についての未来を考えながらその場を立ち去……
「ち、ちょっと比企谷! なんで行っちゃうのよ、マジウケないんですけど」
れるワケ無かったんや。あっさりと手首を掴まれて確保されてしまいました。だからリア充のそういう何気ないボディタッチはぼっちに大ダメージを与えるんですってば!
あとウケないのかよ。そこはウケとけよ。
「……おう、ちょっと勉強が忙しくてな。早く帰らないとまずいだろ、やっぱ」
「は? 今ずっと小説コーナー見てたじゃん」
おうふ……見てたのかよ……
とっても冷たい目と低っくい声で詰め寄られてしまい、恐怖におののく俺である。
いやホント、普段明るく元気に「ウケる」と「それある」しか言わないようなヤツが、不意に出してくる真顔って超恐いよね。
……よ、よし、ここは大人しく軽く話題を振ってお茶を濁そう。うまく濁ってる隙をついて脱出あるのみ。
「い、いやあれだ。参考書見に来たついでにちょっとした息抜き的なやつだ。……あ、あれか? 折本も息抜きがてら参考書とか見に来たのか?」
我ながら上手く誤魔化すと同時に、ありきたりな話題を提供する事に成功した。
これで「そうそう、そーなんだよねー」「そうか、お互い大変だな、じゃ」という自然の流れのもと、この場から退散出来ることだろう。
「そうそう、そーなんだよねー」
よしキタコレ。
若干疑いの目を向けていた折本だが、俺からの見事なパスで一気に緊張を緩めた。
さすがはサバサバ系女子。細かい事など気にしないのである。
ならばここは一気に畳み掛けるのみ。
「そうか、お互い大変だな、じ」
「だよねー! 大晦日まで勉強勉強とか、ホントやんなっちゃうよねー。息抜きとかないと無理だっての」
……ぐ、畳みこめなかったか。すぐさま返したのに、矢継ぎ早にさらに切り返しがきやがった。
さすがはコミュニケーションモンスター。一を返せば二が返ってくるのか……
しかしここで適当にアグリーしておけば、こいつも満足して立ち去るだろう。
「だな。息抜きとか超大事。息抜きがなかったらパンクするまである」
「それある!」
「ま、そういうワケだし……」
「じゃあさ比企谷、今からちょっと息抜きしに行かない? お腹も減っちゃったし、どっかで軽くごはんでも食べて行こーよ」
なん……だと?
え、なに? そういう流れになっちゃいます? 俺が知ってる人間関係の流れと違うんですけど。
やはり人間関係というのは一筋縄ではいかないんだな。まぁ人間関係なんて築いてきたことないんですけどね。
「……い、いや、あのな、勉強忙しいから早く帰んなきゃだろ……?」
「なんで? だって比企谷さっき息抜きしに来たって言ってたし、いま息抜きなかったらパンクするって言ったばっかじゃん」
ぐぬぬっ……なんだよ俺失言ばっかじゃねぇかよ……
このコミュニケーションモンスター、ウチのガハマさんと違って、空気はちっとも読めないんだよなぁ。
一体いつから折本とメシ食べに行ったら、それが俺の息抜きになると錯覚していたのか。
息抜きどころか息が詰まり過ぎて膨張が加速しちゃうまである。
「よっし、んじゃ早速どっか行こっか。で、比企谷どこに行きたい?」
愕然としていたら、勝手に話が進んでいたでござる。
「いやちょっと待て。誰も行くとは」
「いーからいーから! ほら、早く行こ」
だから手を引っ張るんじゃありません……! やーらかくてあったかいにゃー。
「……あ」
と、俺がとびっきりの乙女力を発揮してもじもじしていると、折本がようやく自分の行動を把握したのか、途端にパッと手を離した。すいませんね、キモかったですかね。
無理やり手を引っ張られただけなのに、なぜだかこっちが申し訳なくなってしまうどうも俺です。
「あ、あははは〜、……比企谷と手とか繋いじゃったし。ウケる」
なんだよそのウケるは。いつものキレが全然ねぇじゃねーか。
そんなに顔赤くして照れた笑顔されたら、思わず勘違いしちゃいそうになんだろが。
「……いやウケねーから」
「……だ、だよねー! あはは……ってかさぁ、比企谷が早く来ないから悪いんですけど」
え、俺に過失があったのん? 理不尽すぎじゃないですかね。
「ほ、ほら、もう早く行こーよ」
「お、おう」
って、あれー? なんで俺付いて行っちゃってんの?
いやだって、なんかお互いに無駄に照れ臭くなっちゃってるし、そんな折本が普段とのギャップでちょっと可愛いしで、断る隙とかどこにもないんだもん。
──こうして、何の因果か大晦日の夜になぜか折本と食事をするという謎の展開に襲われる羽目となったのだった。
× × ×
「ぷっ……くくくっ……ホ、ホント比企谷って…………ウ、ウケる……!」
「いやなんでだよ……つーかお前だってアレだろうが」
「あはは! それそれ、ホントそれ! それある!」
おかしいな。息が詰まり過ぎて膨張が加速するとかまで思っていた折本との食事が、意外にもなかなか悪く無かったりしている。……ぶっちゃけ少し楽しい。
……俺は折本かおりという女の子が苦手だ。
それはもちろん中学の苦い思い出からくる苦手意識が大いに働いているのだが、それを差し引いても、俺と折本が混ざり合うわけは無いと思っていたから。
かたや男女問わずクラスの人気者。かたや男女問わずクラスのつま弾き者。
まだ精神的に若かった中学生の頃は、そんな明るく優しく人気者な折本に惹かれもしたが、色々と理解してしまった今では、俺と折本が釣り合うわけが無いと知っている。
昔惹かれた優しさも天真爛漫さも、去年再会した時には、その要素も全てマイナス方面に感じた。
優しいんじゃなくて、楽しければいいからただ笑ってるだけ。天真爛漫なんじゃなくて、ただデリカシーが無いだけ。
……しかしその思いは、クリスマスイベントで再々会した時に一変した。
いや、一変したとまでは言えなかったかもしれない。けれど、折本に対する見方は少なからず変化はしたのだ。
楽しければ良くてデリカシーが無いのは確かにその通りかも知れないが、少なくとも折本は折本なりに色々考えてるんだなって理解は出来たから。
再会のドーナツ屋での態度やダブルデート(笑)での態度も当時は悪意に満ちた見方しか出来なかったが、折本かおりという女の子を少しだけ知れたあとでは、思い出してみてもそこまで不快ではない。
それはついさっき。ここに来るまでのやり取りでも明らかだ。
『でっさー、比企谷は……ひひっ、ドコ行きたいー?』
『……サイ……別にどこでも構わねぇけど』
『……あ、……も、もしかして……サイゼ!? ぷっ、あはは、またサイゼ! ホ、ホント比企谷ってサイゼ好きだよねー! ウケる』
『……っせーな』
『あはは、いいね、サイゼにしよっか!』
『別に無理にサイゼじゃなくたっていい』
『なんでー? あたし無理してどころかサイゼ普通に好きだけど』
『あ?』
『ま、さすがにダブルデートでサイゼはなくない? とは思ったけどねー! …………でも、さ、いま考えると、普通の男子だったらカッコつけて無駄にお洒落チョイスとかするだろうところなのに、そこを肩肘張らずに敢えてサイゼをチョイスする辺り、実は結構悪くないっていうか、やっぱ比企谷って面白いなー……なんてねっ! ウケる』
『……だからウケねぇっての』
あの時も今日も同じようにサイゼでウケていた折本なのに、今日は嫌な感じがしなかったんだよなぁ。
結局は、ただ曇ったガラス越しに折本を見ていただけなのかもしれない。もう過ぎた事とか言って誤魔化していた、思い出したくもない中学の黒歴史というガラス越しに。
「ん? どしたの?」
「いや、なんでもねぇよ」
「そっか」
俺は椅子の背もたれに背中を預けつつ、ソファー席で相変わらずけらけら笑う折本の笑顔をぼんやり眺めながら、そんな事を思うのだった。
× × ×
「てかさー、バレンタインイベントんとき、今年はチョコあげるって言ったのに、全然あげる機会とかなくて超ビックリしたんだけどー」
「……いや、あんときブラウニー貰ったろ」
「あれはバレンタインチョコじゃなくてただの味見じゃん。あたしバレンタイン前日に、女友達にあげる分と一緒に比企谷のも作ったのに、出来てから『あれ? そーいえば比企谷に渡す機会ないじゃん』って気付いてー、結局自分で食べてんの、ウケる」
「……ああ、そう」
「てかメールしても繋がんないとか有り得なくない!?」
「……おう悪いな。そういやアドレス変えてたわ」
「軽すぎウケる!」
──どれほどの時間こうしているのだろうか。
折本が下らない話題を振ってきて俺が適当に相槌を打つ。そしてそんな適当な相槌にからっと笑う折本。
まるで二学期になってからはすっかり集まる機会がなくなってしまった、紅茶の香りが漂うあの部室のひとときのような、心地の良いまどろみの時間。
悔しいけれど、なんだかんだ言ってやはり俺は折本が嫌いではないらしい。
すっかりとこいつのペースではあるが、当初の目的である“勉強疲れの息抜き”という観点で考えれば、十二分に達成出来ただろう。
……折本も、俺同様息抜きを感じられていたら良いのだけれど……
そんな、早く帰りたいだなんて思考はすっかり忘れてしまうほどの居心地を堪能している時だった。
「あれ!? やばーい、かおりじゃーん! ウケるー」
「ん? おー! 由香じゃんウケる!」
突然の来訪者が訪れたのは。
おいおい君たちどんだけウケるんですか、とツッコミを入れたくなったのだが、よくよく考えたらこの状況はあまりよろしくない。
どうやらこの由香と名乗る人物(名乗ってはいない)、折本の知り合いのようだ。
てことは、折本の知り合いにこの状況を見られるわけで、そしたら必然的にアレな話題に発展しちゃいますよね。
「……え、なになに? もしかしてデート!? 彼氏!?」
ね、こうなりますよねー。……うわぁ面倒くさい。
まぁ、折本が軽い感じで否定してくれるだろうから、俺は目立たぬようひっそりと貝にでもなっていますかね。
「へ? あ、違う違う、そーいうんじゃなくてさ」
と、即座に否定しようとする折本ではあるが、この状況はそれほど易しくは……いや、優しくはない状況だったのだ。
「……え? て、てか比企谷じゃん! え、うそ、マジぃ!? かおりって比企谷と付き合ってんの!?」
マジかよ……。この女、折本の知り合いかと思ってたら、まさか俺の事も知ってたのかよ……こんな奴、カケラも覚えてないんだけど。
しかしそりゃそうか。ここは俺が普段あまり使わない地元なのだ。地元である以上、中学の同級生に遭遇してしまうという危険性はどこにだってある。
だからこそ普段は使わないのに、だからこそ折本と遭遇しちゃって後悔したのに、なぜ俺は折本と二人でこんなとこに居てしまったのだ。
「い、いやいやいや、だから違うってば。あたしと比企谷はそんなんじゃなくってさー……」
「だってさぁ、受験戦争真っ只中の大晦日の夜だよ!? そんな日に二人でごはん食べてっとか、そうに決まってんじゃーん! だって、あんたら学校だって違うんじゃないの? 知んないけど。……うっわぁ、かおりっていつからこういう趣味になったのぉ?」
……うぜぇ。なにこいつマジでうざいんだけど。
普段は折本の事を『なんでもズケズケ言ってくるデリカシー無しのクソ女』と評している俺だが、本当のデリカシー無しのクソ女とは、こういう奴の事を言うのだろう。
再会のドーナツ屋でもダブルデートでも、俺をからかいながらも悪意は全く感じられなかった元来のからかい気質な折本と違って、こいつから感じるのは歪んだ悪意のみ。
「だ、だからさ……」
そんな女の嫌な部分を具現化したようなこの由香とやらの物言いに、さすがの折本も困ったような苦笑いで次の句を言い淀む。
……この由香とかいう女、俺と折本が交際しているだなんて、本当はこれっぽっちも思ってはいないのでは無いだろうか?
ただ折本を弄りたいから。ただ俺を弄りたいから。そして折本に俺を弄る同意を得たいから。同意を得て、一緒になって俺を笑いたいから。
『ま、昔の話だからさ』
いつぞやの一色からの詰問に、折本はあははと誤魔化すように笑ってこう答えた。
それは、俺が折本に対する見方を変えた要因でもある三人でのあの会話中の出来事。
たぶん以前の折本であれば、由香のこのうざい物言いに対し、おちゃらけた態度で『ウケる! あたしと比企谷とか有り得なくない? 超無理ー』なんて返していただろう。
でも今の折本は違う。
こいつは、あのダブルデートの葉山の余計なお節介で、自分の在り方に疑問を持ったのだ。
だから、あたしが比企谷と付き合うなんて有り得ないと笑って否定したくても、それを出来ずにいる。それをネタにする事を躊躇っている。
だからそんな簡単なセリフを口にするのでさえも言い淀んでしまう。
……だが今はそれは悪手だ。ここでしっかり否定しておかなければ、ここで由香と一緒になって俺を笑わなければ、由香の悪意のこもった噂流出により、折本は元クラスメイト達のネタにされかねない。
それは、折本の昔馴染みとの今後の付き合いに悪影響を及ぼしてしまうだろう。
そんなこと、他でもない折本自身が一番よく分かってんだろうに……
「アホか、そんなわけねぇだろ」
だったら仕方ない。折本が言いづらいんなら、折本が俺を笑い者にしづらいんなら、……だったら、俺から動くしかないではないか。
折本がそういう否定の仕方が出来なくなってしまったのは、間接的に俺の責任でもあるわけだし。
「折本とはさっきたまたま本屋で会っただけだ。こいつとは生徒会のイベントで何度か顔を合わす機会があってな、だからさっき偶然会った時、あまり乗り気じゃなかった折本にどうしてもと俺からお願いした。だいたい俺と折本が釣り合うわけねぇだろ。バカじゃねーの?」
そこまで言って二人の顔を見る。
折本はちょっと驚いたように目を丸くしていたが、由香は「は? 別にお前なんぞには聞いてねーよ」という侮蔑の視線で俺を見下ろしながらも、俺からそう言われたからには、これ以上そのネタで折本をからかうのは得策ではないと判断したようだ。
「だよねー! そりゃそうに決まってっよねー! かおり、ごはんに付き合ってあげるとか優し過ぎだからぁ。だから図に乗っちゃうんだって! ぷぷっ、にしてもかおりと比企谷が付き合ってっとか我ながらマジありえねー」
由香は語尾に草を生やさんばかりの醜い笑顔で、標的を俺へと変更した。
「てか比企谷なんかにアホだのバカだの言われちゃってんですけどあたし! マジ何様ってかんじー、ウケるわー」
まずお前が何様だよとも思うが、なんかこいつはこいつでイラついているようで、笑顔ながらも眉間に皺が浮いている。
早く歳食ってこの皺あとがくっきり残ればいいのに、なんて思いつつも、俺の出番はここまでなので、今度こそしっかりと貝になろう。
「あはは、そーいやさぁ、比企谷ってあたしらと同じクラスんとき、かおりに告ったりしたよねー! マジウケた! ねー、かおりー」
おっと、こいつ同じクラスだったのか。全然知らなかったぜ。
そして予想通りに俺を笑い者にするべく折本に同意を求めはじめた。
「そうそう! あんとき別に比企谷と全然仲とか良く無かったのにいきなり告られて超びびったんだよねー。超つまんないヤツくらいにしか思ってなかったからさぁ」
「ホントマジでキモいよねー! 確かこいつ、アニソンとか好きな女子に渡して全校放送で流されてオタ谷とか呼ばれてた時もあったしー」
「あー、あったあった! ウケる」
「そういうことあって比企谷超弄られてさ、女子の間で罰ゲームに比企谷に告るとか流行ったりしなかったっけー?」
「なにそれマジで!? あたしそれは知んないや。ウケる」
どうやら先ほどの俺の発言を聞いて、折本もこの件に関しては由香と一緒に俺をネタにして笑ってもいいのだと判断したようだ。
よし。なんとかいい流れになった。これでこの女に『かおりと比企谷が付き合ってるっぽい』みたいな下賤な噂を流される事もないだろう。
……正直、先ほどまでの心地良い空間からのこの落差はなかなかにキツいものがある。でもそれは俺が望んだ事だし、どうという事もない。
早く帰りたいなー、あ、でもこれもう帰っちゃっても大丈夫じゃね? なんて思いながら他人事のようにぼーっと自分のネタを聞いていたのだが、俺はどうやら考えが甘かったらしい。
──折本かおりという女の子に対しての認識が……
「でも、さ」
さんざん笑いに興じていたはずの折本の声が、その瞬間ひどく冷たくなった。
何事かと、宙を漂わせていた視線を折本に向けると、こいつは先ほどまでと変わらぬ笑顔をたたえつつ、スッとソファー席から立ち上がる。
……いや、変わらない笑顔に見えるのは表面上だけなのだろう。なぜなら、その笑顔を向けられている由香の顔が強ばっているから。
「確かに超つまんないし超キモいし、ホント変な奴だけど」
折本は由香に笑顔を向けたまま、つかつかと俺の方へと歩み寄ってくる。
俺と由香が一変した折本の様子を固唾を飲んで見守っていると、こいつは俺の椅子の後ろへと回り込み、突然俺の首に両腕を回して、背中からふわりと優しく抱き締めた。
「……は?」
椅子に座ったままの俺は、後ろから折本に抱き締められて身動きがとれない。
折本は、女の子の柔らかい体と温かい体温、そして柑橘系の甘い香りに固まってしまった俺の頬と自身の頬を優しく合わせると、笑顔のままで挑発的な瞳を由香に向ける。
「でもね、今、コレはあたしのもんだから。コレは、あたしの男」
「……は?」
「……え、か、かおりなに言ってんの?」
ホントお前なに言ってんの? 由香なんて奴よりも俺の方がよっぽど聞きたいわ。
てか近い近い! いやいや近いもなにも、火照って熱くなったすべすべで柔らかい折本の頬っぺたが、俺の頬っぺたにぴったりとくっついてんだけど。
「だから言ってるじゃん。比企谷はあたしの大事な彼氏だって」
「おい待て折本、お前なに言っ」
「うっさい、比企谷は黙っててくんない? 今はあたしと由香が話してんの」
「……」
とても静かな物言いのはずなのに、俺は折本のワケの分からない迫力にあっさりと黙らされてしまう。オレ、カコワルイ。
「ちょ、だって比企谷とはそんなんじゃないっつったじゃん……!」
「あー、それね。黙っとこうかと思ったんだよね。だって、由香とかに妙に騒がれるとめんどいし」
「は、はぁ? なにめんどいって! だ、大体コイツだってそんなんじゃないって言ってたじゃん」
「……だから言ってんじゃん。騒がれたらめんどいって。比企谷はさ、由香に騒がれてあたしがネタにされるのを気にして、あたしの為に自分だけがネタにされるように振る舞ってくれたのよ」
な、こいつ……分かってたのかよ……だからさっき、目を丸くしてたのか……
「あたしは比企谷のそういうバカでどうしよもないトコが……ムカつくけど、でも結構好き。……ど? 比企谷って超優しいでしょ。あんたがバカに出来るようなつまんないヤツじゃない。……こう見えて、あたしにとって超格好良い彼氏なのよ、比企谷は」
「……お前」
──折本がなにを思ってこんな芝居をしているのかは、なんとなく分かる。
しかしそれは、折本にとっては惨めな結果になるであろうアホな芝居。
こいつ……バカかよ。
そして、芝居だと分かっているのに、折本の言葉ひとつひとつにちょっとドキドキして頬を赤くしてしまっている俺も相当のアホだな。
そして折本は言う。これが言いたかったのであろう、こんなセリフを。
「……だから、比企谷を笑っていいのはあたしだけだから。比企谷でウケていいのはあたしだけ。……だから比企谷の事なんてなんも知んない由香が、比企谷で勝手にウケないでくんない……?」
そう吐き捨てる折本の顔にはすでに笑顔はない。
ただ、由香に対する怒りを顕にしているだけ。……いや、果たしてこれは由香に対しての怒りだけなのだろうか。なぜならこの表情は、怒りだけではなく、どこか憂いも感じさせるから。
一緒になった俺を笑っていたはずの折本からの突然の辛辣な反撃に、由香は顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
これはヒステリックになって大声で威嚇でもしてくるやつか? と警戒していると、意外にも由香がぼそりと口にしたのはたった一言だけ。
「……バッカじゃねー」
そう言って踵を返した由香は、そそくさとサイゼをあとにした。
どうやら、そこそこ注目を集めてしまっているこの現状を気にしたらしい。
てかあいつ大晦日の夜に一人でサイゼに入り浸ってたのかよ、プークスクス。
あ、今日はたまたま折本と居ただけで、普段の俺もサイゼはいつもお一人様でした!
「あー、スッキリしたぁっ」
招かれざる客の背中を見送ると、折本は抱き締めていた俺をようやく解放し、んっ! と伸びをしながらソファー席へと戻っていく。
抱き締められていた体温と感触が無くなっちゃったからといって、決して寂しくなんかない。だって、まだ柑橘系の残り香が俺の鼻腔を刺激したままなのだから。この香りが消えちゃうまではなんとか耐えられるぞ〜?
なんだよやっぱちょっと寂しいんじゃん。
「……お前、なんてことすんだよ」
席に戻り、ぬるくなっているであろうストレートティーをぐいと煽る折本に問い掛ける。
てか結構俺ら目立っちゃってますけど、このままここに居座るつもりなのね。俺としては即刻立ち去りたいんですけど。さ、さすがやでぇ……
「ん? なにが?」
「いや、なにがじゃねぇだろ……」
「あ! もしかして比企谷、後ろから抱き締められちゃったこと意識して照れてんの? ウケる」
「……」
こいつっ……
マジでやめてよ! また意識しちゃうから! あぁ……顔熱いよぅ……!
「……んー、なんでかなー? なーんかイラっときて、ついやっちゃった」
と、こっちは先ほどの折本のセリフに赤面して悶えているというのに、こいつは俺を悶えさせた軽口なんかとっとと流して、本題へと突入しちゃってる始末である。自由すぎウケる!
「……お前、あんな事しちゃって良かったのかよ……。だって多分あいつ……」
「ん? んー、だろうねー。たぶん明日には元ウチのクラスの友達に広まっちゃってんじゃない?」
そこまで言うと、折本はイタズラめいた笑顔で俺を覗き込む。
「……あたしと比企谷が付き合ってるってさっ」
「ぐぅ……」
このやろう……赤面したままの俺の顔をしっかりチェックしてからのコレだよ。マジでいい性格してんな……
「……だからいいのか? って言ってんだろうが。しかもさっきの由香とかいうヤツかなり性格悪そうだったから、言い触らし方もたぶん悪意こめまくんぞ」
──比企谷八幡の彼女。
それはあの中学時代のクラスメイトからしたら、嘲笑の的でしかない、屈辱の肩書きとなるだろう。
ましてやこいつはそのクラスの中心だった女の子。評判がガタ落ちなんてもんじゃない。
「折本のことだから、未だに当時の連中とも普通につるんでるんじゃねーの? そいつらとも付き合いづらくなるだろうし、それにお前らみたいなリア充が大好きな同窓会とかも顔出せなくなんだろ」
「なんでー? 別に今までと変わらずに付き合うし、同窓会だって普通に顔出すけど」
……まぁそうか。こいつが本当の事を仲のいい友達に伝えればいいだけだもんな。
折本の人気と人望なら、それだけですべてが丸く収まるかもしれない。
「普通に会って普通に言えばいいだけじゃん。ひひっ、あたし比企谷と付き合ってるんだーって」
「いやなんでだよ……」
こいつマジで自分の立場とか分かってんのかよ……
半ば呆れた目を折本に向けると、なぜか折本は少し苦し気な笑顔を浮かべていた。
「……あたし、情けないよねー。……今ごろになって、ようやく理解できちゃった」
「……は? なんの話だよ」
「あの時なんで葉山くんが、あんな事してまであたし達を怒ったのかが、さ」
……折本からのまさかの切り返しに、俺は一瞬思考が停止してしまった。
あの時……それはあのダブルデートの時に他ならない。なんでこいつは、いきなりあんな昔の話を持ち出してきたんだ……?
「葉山くんに怒られてから、あたしは何がいけなかったのかな? って、ずっと考えてた。あの葉山くんがあそこまでするくらいだから、今のままのあたしじゃ絶対にいけないんだろうなって思って、頑張って変えようとしてた」
「……」
「でもさぁ、……んー、やっぱ実は良く分かんなかったんだよね。何かがいけないってのは分かるんだけど、じゃあその何かってなに? 葉山くんにあそこまでの事をさせるくらい、あたしそんなにダメだった? って、ずっと悶々としてたんだ……」
クリスマスに再会した時、確かに折本は何かに疑問を持ち、何かを変えようとしていた。
でも、その間もそれからも、その何かってやつをずっと考えてたんだな。
「でもさ、さっき由香に目の前で比企谷が笑われてたの見てたら、なんでか無性に腹立ってきちゃって。……比企谷の事なんも知んないくせに、こいつなに言ってんの? って。……そしたら、あぁ、コレかぁって。そりゃ葉山くんも怒るよねーって。……ただ楽しいってだけで、良く知らない誰かを弄ってたら、その弄られてる人をちゃんと知ってる人は、そりゃムカつくよねって」
「……」
「クリスマスとかバレンタインでまた会う機会があったり、今日ここで下らない雑談で笑い合ったりして、少なくともあの時よりはあたしも比企谷の事を知ってるから、なんにも知らない由香が比企谷を笑ってんのがホントムカついちゃった。……なにがムカつくって、あの時の葉山くんには、あたしがこんな風に見えてたんだなってのが分かっちゃって、すっごい自己嫌悪しちゃったってトコ」
……そうか。さっき由香に向けていた怒りと憂いの瞳は、自分自身にも向けていたものだったのか……
でもそれは違うぞ。お前は大きな勘違いをしている。
確かにあの時の折本たちに対して葉山は怒ったかもしれない。俺にとっては余計なお節介以外のなにものでもないが。
でもな、それでもだ。それでも断言出来る。あの時の折本とさっきの由香じゃ全然違う。
だから俺は、未だ眉間に皺を寄せて困ったように笑う折本にこう言ってやるのだ。
「アホか、折本とアレじゃ全然ちげーよ」
「え……」
「アレのは悪意に満ち溢れてた汚ねー笑顔だったが、折本のは全然違った……お前のは悪意とかは一切無くて、ただデリカシーに欠如してる無神経なバカ女の間抜けな笑顔だったろ」
「いやいや酷くない!? フォローかと思ったら超ディスられてんだけど!」
あれ? フォローしてるつもりだったんだけどなー。
どうしてこうなった。
「……と、とにかく、だ。由香ってのとお前とじゃ全然ちげーから。全然別物だから。俺の目からももちろん、葉山の目からも確実にああは見えてなかった。……なんつーか、お前のは……いま思えば全然不快ではない。だからまぁ……気にすんな」
……うん。なんかこっ恥ずかしい。俺が他人のフォローするとかキャラ違いすぎんだろ。まぁ折本曰く、フォローにはなってないみたいだけれど。
「……ぷっ」
すると、あれほど困ったような笑顔をしていた折本が突然噴き出した。
……なんだよ、そんなに俺のフォローが滑稽だったのかよ。
「くくく……っ………ぶっ……あ、あはは! な、なにそれマジでフォローだったの!? ひ、比企谷っ……フォローとか……へ、下手くそ過ぎ! あはははは!」
どうやら本気で滑稽だったらしいです(白目)
……仕方ねぇだろ、こっちは他人をフォローする人生なんて送ってきてねーんだよ……なんなら自分のフォローもままならないまである。
「っふ〜……っふ〜……」
折本はしばらく腹を抱えて笑い続けていたのだが、ようやく満足したのかゆっくりと息を整え始めると、目の端に浮かんだ涙を拭いつつ笑顔を向けてきた。
それは、いつもの元気な笑顔でもイタズラな笑顔でも、ましてや困ったような悲しげな笑顔でもない、とても優しく暖かな笑顔。
「……ホント比企谷って、超捻くれてるし超バカだし超変なヤツだけど……でも、意外と優しくていいヤツだよね。…………さっきは由香を撃退する為にあんなこと言ったけどさ、……あたし比企谷のそーゆーとこ、へへー、結構好きかもっ……!」
「なっ……!?」
だ、だからそういう事を素敵な笑顔で簡単に言うのをやめなさいな。これだからリア充ってのはぼっちの手には負えないんだよ……
……でもま、笑い過ぎて出てきてしまった涙を拭いつつ、ほんのりと頬を染めてそう言ってくれる折本に、「くだらねーこと言ってんじゃねぇよ」なんて、否定の言葉を投げ付けるのも無粋ってもんだ。
無理に必死で否定しても、たぶん「くくくくだらねーこと言ってんじゃねぇりょ!」とかになって、こいつ照れてんじゃねーの? と勘ぐられるだけだし。
だから俺は、決して折本の目を見ないようにそっぽを向いて、頭をがしがし掻きつつ冷静にこう対処するのだった。
「……さいですか」
「ぶっ! 超照れてんのウケる」
バレバレじゃねぇか。
× × ×
街に響き始める除夜の鐘。
結局あのあとも雑談したり追加のおつまみ片手にドリンクバーで乾杯したりと、何だかんだでまったりと心地の良い時間を長いこと過ごしてしまい、いつの間にやらあと一時間ほどで本年も終わりを迎えるようだ。
──てかマジかよ、折本との時間を楽しみすぎだろ俺。
折本も折本でこんな時間だって気付けよ。なんなの? そんなに俺と話してんのが楽しいのん?
「え、ちょ、ちょっと比企谷! いま遠くで除夜の鐘とか聞こえなかった!?」
「……お、おう」
なんだよ折本も本気で時間忘れてたのね。
「やっば! サイゼで年越しとかさすがに無いでしょ」
いやいや折本さん。あれだけ騒いだりドリンクバーで何時間もだらだらさせてくれたサイゼさんに、なんて失礼なことを言うのかしら。
てかホントすみません、サイゼの店員さん。
「大丈夫だ。除夜の鐘ってのは百八回突くのは知ってるだろ?」
「うん、あれでしょ? 煩悩の数とかだっけ?」
「そうだ。でな、その百八回のうち、年越し前に突くのが百七回。年を越してから突くのが一回と言われている。つまりさっき聞こえたのが仮に除夜の鐘の一発目だとしても、まだ年を越すまでには百六発の猶予があるというわけだ」
「へー、てかなにそのどうでもいい雑学、ウケるんですけど」
ばっか、お釈迦様に謝れお前。
「ふーん、じゃあまだ年越さないんだ」
「てか時計見りゃいいだろ……」
さて、意外と楽しんでしまったこの時間ももうじき終わる。
折本だって、年越しの瞬間は家族なり友達なり、大切な人と過ごしたいだろう。
俺も早く帰って大切な小町と過ごそう! まぁ小町は友達と旅行に行っちゃってて居ないんですけど(涙目)
「あ! じゃあさ」
小町にとってお兄ちゃんは大切な人じゃないのかな? なんて人知れず涙を流していると、折本がなにかを思いついたようだ。
「どうした」
「このあとさ、浅間神社に初詣行かない? 移動してる間に年越ししちゃうだろうし!」
え、なに? 俺と折本が一緒に年越しちゃうの?
「え、やだけど」
「えー、なんでー? いーじゃーん! ほら、合格祈願のお祈りも兼ねてさぁ」
「だって早く帰りたいし」
「今更!? もうここまで来たら早く帰りたいとかどうでもよくない!?」
……いや、まぁ確かに今更っちゃ今更だよね。年越し寸前まで何時間も二人きりでまったり過ごしてたのに、今更早く帰りたいもあったものではない。
でもなぁ……なんか照れくさくない?
「……だってあれでしょ? リア充って年跨ぐときジャンプとかしたりすんでしょ?」
「いやいや別にそんなのしないから。今までしたこと無い…………あー、いや、そういえば去年千佳と飛んだっけ」
やっぱ飛ぶんじゃねーか。
「ま、まぁ別に今年は飛ばなくたっていいって。電車の中とかで年越しかも知んないし」
「おう……」
にしても……なぁ。飛ばないにしても、やっぱりどうにも照れくさいものがある。
年越しを家族以外と過ごすのは初めてだから、どんな顔して新年の挨拶すりゃいいのか分かんねーんだよ……
「よし、んじゃサイゼ出よーぜー! いつまでもここに居たら、マジでサイゼ年越しとかしちゃうって」
いいじゃないですかサイゼ年越し。暖かい店内でドリンクを傾けながら迎える新年。あると思います。
「……なぁ、新年迎えるんなら、やっぱお前も家族とか大事な人と過ごした方がいいんじゃねーの?」
「ん? まーそーだよねー。だったらアレじゃん? 比企谷でよくない?」
「は? なんで?」
「だって比企谷あたしの大事な彼氏だし」
「ブッ!」
なんなのん? まだそのネタ引っ張るのん?
「……なぁ、そのネタはもう終わったろ」
「へ? 終わってないけど? だってあたしと比企谷がカレカノなのは、あたしらの元クラスのメンバーの共通認識になるわけだし。だったらホントに付き合っちゃえばよくない?」
え、なにこの軽いノリ。男女交際ってこんなに軽いノリで始めちゃってもいいの?
「だからそこはそいつらにホントのこと言って否定しろよ……」
「やー、めんどいし別にこのままでいいかなー? って」
いいかなー? って、じゃねーよ……そんなわけ行くか……
「えっと……比企谷は、さ……」
あまりの軽いノリに愕然としていると、不意に折本はもじもじと髪をいじりはじめ、上目遣いで語り掛けてきた。
「お、おう」
「やっぱあの二人のどっちか……もしくは一色ちゃんとかと付き合ってたりすんの……?」
「……んなわけねぇだろ」
「だ、だよねー? じゃ、じゃあいいじゃん……! せっかくこういう流れになっちゃったんだし、とりあえず試しに付き合ってみればよくない?」
だからとりあえずとか試しとか……交際って、そんなもんじゃねぇだろ。交際した事ないから知らんけど。
「ア、アホか。お試しセールじゃねーんだよ……だ、だいたいお前はそんなんでいいのかよ……」
やだ! 俺ちょっと心が揺らいじゃってんですけど!
「あ、あー、ごめん……じゃあ試しってのは無しで……。えっとさ、前にあたし比企谷に言ったじゃん? 比企谷と付き合うのは無理だけど、友達としてならありかなって」
「……おう」
「でもあれはあくまでも一年前の感想でさ、その……今なら、彼氏でも結構アリかなーって思ってんだよね。……だ、だってさ、ほんの数時間だったけど、ここでの時間とか超楽しかったし、超居心地良かったし……! それに、由香んときとかそのあとの捻くれたフォローとか……結構、か、格好良いなとか思ったし? ……あ、あはは、なんか超はずいね、こういうのって、ヤバいウケる」
……どうしよう、なんかすげー可愛いんだけど。
普段とのギャップがありすぎて、桜色に染まった頬を人差し指でかりこり掻いてる折本がマジ可愛い。
これ……ギャップ萌えの極致だろ……
「だから……あたしとしては、試しとかとりあえずとか無しに、比企谷だったら付き合ってもいいかなー? って思ったりとか……? なんだけどぉ…………、ど?」
ど? じゃねぇよ。結局軽いのかよ。
アホか、こんなのにハイそうですかなんて答えるとか思ってんの?
「…………ほ、保留でよろしいでしょうか」
「ウケる」
保留してもらっちゃうのかよ。そしてウケちゃうのかよ。
なんにせよ俺意志弱すぎだろ。
だってなんかすげー可愛いし、さっきまでの時間がすげー心地よかったし、…………そして何よりも、由香と対峙していた折本に、俺に抱きついて挑発的な目であの女を撃退した折本に、本当は不覚にもドキリとさせられてしまっていたから。
しかし……これは酷い。いまだかつて、こんな酷い告白劇があっただろうか。いや無い(反語)
× × ×
そんなこんなで、なんとも微妙な空気がゆっくりと、でも確実に流れていき、ついに、ついにその時が来てしまった……
「……あ、年越してんだけど」
「」
なんだこれ? 結局サイゼ年越ししちゃったよ。しかも変な感じのまま。
「えーっと……な、なんかごめん。超変な年越しになっちゃったねー……いやー、これはさすがに無いわ」
残念ながら新年一発目のそれあるはまだらしい。
「いや、まぁ……俺も悪いっちゃ悪いし、な」
「てか比企谷が人の告白に即答で保留とか要求してくるから変な空気になったんですけど」
ごもっともです。悪いっちゃ悪いもなにも、俺が全ての原因でした。さーせん。
「……ぷっ、まぁこんくらいの比企谷らしいかー、ウケる」
お! ウケる初めいただきました。
年を越した瞬間から、なにをするにも〜〜初めって付ける風潮ってどうなの?
ちなみに八幡はまだお子様だから、姫初めって一体ナニを始めるのかは知りません。
「……うっせ。まぁ否定はせんが」
「ねー。なんか超比企谷」
なんだよ超比企谷って。一瞬だけ強そうなのに実は超弱そう。
「へへー、んじゃまぁそういう事でぇ……」
すると折本はんんっ! とわざとらしく咳払いをして、髪を撫でたり服を撫でたりと居住まいを正す。
あ、これアレだわ。なんか妙に照れ臭いヤツが来る前触れだわ。
そしてやはりその妙に照れ臭いヤツがやってきた。
俺はそれをどんな顔をして迎え入れればいいか分からず、なんとも変な顔をしてもじもじと聞くのだった。
「新年あけましておめでとうございます! 今年も……ってか去年はバレンタインイベントと大晦日しか会ってないから、全然よろしくしてもらってないよね。じゃ、今年“からは”、末長くよろしくお願いしますっ」
「……こ、今年も、まー、なんだその、よ、よろしく……ってか、末長くってなんだよ」
「それはあれよ。保留されてる答えを期待してるからね? っていう、あらわれ? 期待通りの答えなら、末長くなりそーじゃん?」
「……さいですか」
「そそ! さいさい! さいだからねー」
──行く年来る年。
行く年もあれば来る年もある。
俺にとってのこの年末年始は、行く年に対して、来たのは自由の化身折本かおりだった。
行く年来る折本。行く年来るかおり。行く年来るおり。うん、なんかどれも微妙だわ。
ぶっちゃけこいつからのふざけた告白に保留を要求してしまったのは、もしかしたら一時の気の迷いなのかも知れない。
年末の熱にやられたから? 折本のギャップ萌えにやられたから? 折本の勢いに押されてたじたじだったから?
だから折本には悪いが、しばらくは答えを返せそうにもないのだけれど、
「ほら比企谷! 年明けちゃったんだから、とっとと初詣行くよー! 合格祈願ぷらす、二人の未来祈願に! 未来祈願とかなにそれちょっと格好良くない? ウケる」
……なんにせよこの新たな年、新たな折本は、今までの俺の人生の中でも、特に騒がしい一年になりそうだ。
終わり
今年も一年間、本当にありがとうございました☆
今年は私にとっては折本かおりの年だったので、最後は折本で締めさせていただきました♪
ホントはタイトル的にいろはすSSにして『ゆく年くるはす』にしたかったんですけどね笑
ではでは皆様、よいお年を〜!
&、この短編集に関しては次回の予定が今のところ全く無いので、今作の後書きを持って新年の挨拶とかえさせていただきますね。
けぷこんけぷこん!
新年、あけましておめでとうございますっ!
本年も適当にまったりとなんとなーく頑張る所存でありますので、もしよろしければ今年もまたお付き合いくださいませ(*> U <*)ノシノシ