八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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ズルい女 【中編】

 

 

 

「……おお……すげっ……」

 

 俺は、千葉にある東京の名を冠する夢のテーマパークに遊びに来ていたはずなのに、なぜか豪華な劇場にてブロードウェイミュージカルを堪能している。

 

 

 ここはディスティニーシー内にあるアトラクション施設のひとつ、ブロードウェイバンドビート。

 通称BBBと呼ばれる、千葉にいながらにしてまるで本場ブロードウェイでミュージカルショーを観賞している気分になれる、人気のアトラクションだ。

 ふかふかの絨毯張りの豪華な劇場で、大迫力のスウィングジャズの生演奏をBGMに、日本人だけでなく外国人ダンサーも入り乱れての華やかなショータイム。

 おいおい、どうなってんだよ千葉。千葉にこんな空間が存在してもいいのかよ。

 

「ヒッキーヒッキー! ほら! こっからが超スゴいんだよ! ミキオさんがね!? ミキオさんがね!? バァーッと出てきて、タンカタンカって太鼓叩きまくって、ぐわぁって踊りまくんの!」

 

 残念ながら由比ヶ浜の実況では一切凄さが伝わってこないが、軽快でリズミカルなドラムソロ演奏と共に奈落から舞台上にせり上がってきた世界のスーパースターネズミ。

 鮮やかなスティック捌きでスウィングジャズの名曲シング・シング・シングを華麗に叩き、演奏途中にドラムセットから駆け下り、舞台のセンターでプロダンサーに混じって激しく踊り、そしてまたドラムセットへと駆け戻り軽やかにスティックを操る。

 

 もう圧巻としかいえない。こんな真似、多芸で有名なガチャピンにだって出来やしねぇよ……いや、アイツならやっちゃうか。ミキオさん同様、中の人次第だもんな。(注・夢の国の住人は中に人なんて入っていません)

 

 シング・シング・シングのラストをミキオさんのドラムで飾ると同時にゆっくりと幕が下りていき、そして終幕。

 いやぁ……いいもん見れましたわ……

 

「ど!? ど!? 超スゴくなかった!?」

 

 終幕と共に明かりが灯り、見事なショーの感想会でざわつく劇場。

 その例に漏れず、俺の隣で興奮気味にそうまくし立ててくる女の子。

 

「おう。正直びっくりしたわ。まさか遊園地に来て、こんなすげー舞台が観られるなんてな。なんか得した気分まである」

 

「でっしょー? えへへ〜」

 

 別に自分が演奏したわけでも踊ったわけでも無いってのに、なぜか「どーだ!」とばかりにえへんと胸を張る由比ヶ浜を見て、思わずふひっと笑いが漏れてしまう。

 

「別にお前の手柄じゃねーだろ」

 

「だって、あたしが絶対観ようね! ってヒッキーに教えてあげたんじゃん!」

 

「へいへい」

 

 うがーっと怒る由比ヶ浜に、苦笑と適当な返事を返しながら豪華な劇場をあとにすると、辺りはすっかりと夜の景色に様変わりしていた。

 

「……わぁ……」

 

 このBBBがあるエリアは古き良きアメリカの街並みが再現されているエリアで、先ほどの劇場といいこの街並みといい、まるで昔のアメリカ映画のセットの中にでも紛れ込んでしまったかのような、そんな不思議な気分を味わわせてくれる。

 そんな街並みが、夜の闇とキラキラ輝くクリスマスイルミネーションに包まれているのだから、この非現実な気分はさらに増すばかり。それは、隣で感歎の声を漏らして景色を眺める、由比ヶ浜のうっとりとした表情が証明している。

 

「……ねぇ、ヒッキー」

 

 不意に、由比ヶ浜の右手が俺の左手を優しく包んだ。

 

「ちょ、おい……」

 

 つい先ほどまで……もっと言うとこいつと待ち合わせしてからの今日一日、こんな空気は一切無かったものだから、突然の出来事に動揺を隠しきれない。

 

「さっき……約束したじゃん。すぐそこだから行こ? あのおっきいツリーんとこ」

 

 しかし由比ヶ浜は、そんな俺の動揺など気にもせず、引っ張るようにグイグイと歩き始めた。

 

 恥ずかしいながらも手を振りほどく事が出来ず、なすがまま引っ張られていると、程なくしてライトアップされた豪華客船と、そしてたくさんのオーナメントに彩られた巨大なクリスマスツリーの姿が眼前に広がった。

 

 

『ねぇヒッキー、夜になってライトアップされたら、またこのツリー見にこようよ! 絶対ちょーキレーだよ!』

 

 

 ──ああ、そういや、昼飯食ったあとくらいに一度ここに来たっけな。そして由比ヶ浜が言ってたように、ライトアップされたら見に来ようって話になってたっけ。

 

 俺は徐々に近づいてくるクリスマスツリーをぼーっと眺めつつ、今日一日の出来事に思いを馳せるのだった。

 

 

× × ×

 

 

「ヒッキー! 次はあっち行こー!」

 

「……おう」

 

 なんだろうか。これはあれかな、元気すぎる娘に休日引っ張り回されるお父さんの気持ちかな?

 

「ねぇねぇヒッキー! ほらここ、MAP見て! あっち行くとチュロス売ってて、こっち行くと餃子ドックが売ってるんだよ! どっちがいい?」

 

 食い物ばっかりじゃねーか……

 

 

 

 十二月二十五日。言わずと知れたキリストの誕生日に、俺と由比ヶ浜はディスティニーシーに遊びに来ている。

 だがこれは別にデートではない。昨日まで行われていた他校との合同クリスマスイベントの打ち上げ的なナニカなのである。

 

 

『やっはろー! もー、ヒッキー超遅いし! えへへ〜、早く行こっ!』

 

 

 舞浜の改札前で、なんか重そうな荷物を抱えたこいつと落ち合った俺は、一分一秒を惜しむかのような由比ヶ浜に押されるような形でシーまで急がされ、ひとたび夢の門をくぐると休みなく各スポットを回らされていた。

 

 ちなみに超遅いと言われた俺が舞浜の改札前に到着したのは八時五十五分。そう、九時集合との事だったので、遅いどころかしっかり五分前行動なのだ。

 この忠犬ハチ公ならぬ忠わんちゃんユイ公は、いったい何分前から改札前でご主人様の到着を待っていたんですかね。

 リチャードギアもHACHIもびっくりである。ちなみにHACHIMANもびっくりしている。

 

 

 ランドには何度か来たことがあった俺ではあるが、こっちの海の方は初めてで、門をくぐった瞬間から視界いっぱいに広がる異国情緒と非現実感に、いまだに圧倒されまくりだ。

 しかし最近の女子高生代表である由比ヶ浜は、もちろん友達と何度か来た事があるようで、俺が初めてだと知るとオススメスポットを連れ回し、どこのスナックが美味しいとか、どこのスナックは超並ぶとか、どこのスナックはコスパ最強だとか、その説明は多岐に渡った。うん、見事に食べ歩きばっかり!

 

 まぁもちろん食い物の事ばかりではなく、好きなアトラクションとかショーなんかも、TodayとMAPを拡げて嬉しそうに身振り手振りで説明する由比ヶ浜。

 俺は、そんな楽しそうな由比ヶ浜の笑顔と見慣れぬ夢のような景色に、意外にもなかなかに心が躍っている。

 

 そして各所を連れ回されること数時間。俺は今、ジャングルに居ます。

 

 

× × ×

 

 

 ……あれ? おかしいな。今日って確か海がテーマのパークに来てたよね?

 なんで俺ジャングルに迷い込んでんの?

 

「次はこれ乗ろー」

 

 相も変わらずはしゃぎまくる由比ヶ浜が指差したのは、ジャングルの奥深くにそびえる古代遺跡。

 

 このアトラクションは『インディジョーンズアドベンチャー・クリスタルボーンの迷宮』

 あの冒険アクション映画の金字塔、インディジョーンズの世界観を再現したジェットコースター系のアトラクションらしい。

 

 海をテーマにした遊園地でジャングルの中の古代遺跡に挑むとか、なんかもう意味がよく分からん。

 それってシーじゃなくてUSJとかの管轄じゃないのん?

 

「なぁ、なんで海に来てジャングルで冒険すんだよ」

 

「さー? あ、でもヒッキー昨日冒険するとかなんとか言ってたし、ちょうどいんじゃん?」

 

 ……おっと、昨日の取り付く島がまさかのフラグだったとは!

 と、こんな所でこんなワケの分からないフラグ回収をしつつ、俺達は長い列へと並ぶ。

 

「うわぁ……結構並びそー……やっぱファストパス取っとけば良かったかなぁ……」

 

「……だな」

 

 ま、シーに入園してからというもの、そんな計画的な事は一切考えず、ただただわんこの気の向くままに園内を闊歩してきたし、今更っちゃ今更なわけだが。

 

「ね、ねぇヒッキー」

 

 遺跡内の長い列に並んでいると、不意に由比ヶ浜が俺を呼んだ。

 遺跡内部は雰囲気を出す為か結構暗いのだが、由比ヶ浜はその暗さでも分かるくらいにそわそわしていて、改札で待ち合わせた時に気になったあの重そうな荷物の持ち手をギュっと握っている。

 

「おう」

 

「これ乗り終わったらさ……お、お昼にしない……? たぶん結構遅くなっちゃいそーだし」

 

「……まぁ、別に構わんけど」

 

 ぶっちゃけ、あっちこっちで食べ歩いたからまだ腹は減ってはいないが、ここで一〜二時間並ぶであろう事を考えると、まぁ丁度いいのかもな。

 

「そ、そっか……! えへへ」

 

 ……丁度いいのかも知れんが、なんで由比ヶ浜は昼飯の話を口にしてからこんなにもそわそわしているのだろうか。たかだか昼飯食うだけじゃねぇの?

 

「……つーかアレだな。ホレ、長いこと待ちそうだし、それ持っててやるよ」

 

「い、いい! だいじょぶ! これはあたしが持ってるから気にしないで! ありがと」

 

「……お、おう」

 

 どうしたんだ、こいつ? なんか、嫌な予感がするんだけど……

 

 

 由比ヶ浜の謎な態度に戸惑いながらも列に並ぶこと一時間以上、俺達はようやくライドに乗り込む事が出来た。近い近い。

 

「うおぉっ……」

 

「きゃーー! あはははは!」

 

 このアトラクション、ジープに見立てたライドで遺跡内、洞窟内を疾走するというアトラクションなのだが、スピードこそ大したことないものの、急旋回急発進が多い上、悪路をオフロードで疾走するというコンセプト通りとにかく揺れまくる。

 さらに真っ暗闇の中を走った挙げ句、最終的にはご丁寧に巨石が転がってくるという冒険アクション映画のテンプレまで用意してあり、…………うん、色々文句言ってたわりには楽しんじゃいました。

 

 なによりも、やっぱこういうアトラクションって乗り物が狭いよね。

 普通に座ってるだけでも由比ヶ浜と触れ合っちゃってたのに、あれだけ揺れまくるんだもん。揺れる度に密着しまくりですよ。

 由比ヶ浜のダブルメロンも、まるで別の生き物のように上下左右に大暴れだし、アトラクションそのもののスリルよりも、ホントそっちの方が心臓に悪かったです、まる。

 

 

× × ×

 

 

「あー、ちょー楽しかったぁ! ヒッキー、石が転がってくるトコですんごい顔しててキモいし!」

 

「……うっせ」

 

 このアトラクション、ランドのスプライドマウンテン同様にちょうどいい所で勝手に撮影しやがって、ライドを降りてからの出口付近で、撮影した写真をモニターに映してやがった。

 

 ……ええ、それはもうキモい顔でしたよ。由比ヶ浜なんて撮影されるの知ってたからポーズとか決めちゃってたし。ズルいぞこの卑怯者めが!

 

 由比ヶ浜の体温、由比ヶ浜のメロンダンシング、由比ヶ浜の楽しそうな笑顔に若干恥ずかしくて頬が熱くなり、手をウチワ代わりにぱたぱたと扇いでいると、由比ヶ浜は「おほんっ」と、あまりにもわざとらしい咳払いで俺の注意を引こうとする。

 

「じゃ、じゃあそろそろお昼にしよっか」

 

 ああ、そういや乗り終わったらメシにするとかなんとか言ってたっけな。そう言われると、途端に空腹感が顔を覗かせてきた。

 

 

「おう、そうだな。……で、どこで食うんだ?」

 

 シーに来てからの経験則で、メシを食う店でも由比ヶ浜のオススメがあるのだろう事は容易に窺える。

 だからもちろん自分がなにを食べたいかとかどこで食べたいとか、そういう無駄なセリフを吐く作業はハナから省いていく所存だ。なにせ発言権なんてないからね!

 

 俺からの質問に、てっきりまたTodayやらMAPやらを拡げて説明してくるものかと思いきや、意外にも由比ヶ浜はそれらには一切手を伸ばさなかった。

 代わりに、待ち合わせからずっと気になっていた重そうな荷物を胸の前に高々と掲げて、誇らしげにこう宣うのだ。

 

「じゃーん! えへへ、今日はお弁当作ってきちゃった!」

 

「」

 

 

 

 なん……だと……? そんな、馬鹿な……ここにきてまさかの生死の境目!

 これか! さっきから感じていた嫌な予感はこれか! 夢の国なのに、夢も希望もありゃしないよ!

 

「ま、待て由比ヶ浜……! な、なんで弁当なんだよ……ディスティニーなんて、食うとこいくらでもあんだろ……」

 

「……だ、だって……せっかくのクリスマスじゃん? だから……いつもお世話になってるヒッキーに、美味しいもの作ってあげたかったし……」

 

 い、いやいや、そんなに恥ずかしそうに上目遣いで言われても……

 や、その気持ちはとても嬉しいんですよ? でも、せっかくのクリスマスってどういう事だってばよ。あれなの? クリスマスじゃなくてクルシミマスとかって定番のボケなの?

 なんで料理下手な人って、無駄に料理とかしたがっちゃうん?

 

 

 なんてこった……まさかディスティニーでガハマ弁当とは……そんな危機的状況は警戒してなかったわ……

 

 

 ──いや待て。俺はなぜこの状況を警戒していなかった? 

 ……それは、ここがディスティニーだからだ。

 

 ふはははは! ガハマよ、これは完全に失策だな。

 そうなのだ、ここはディスティニー。他の遊園地ならいざ知らず、ここ夢の国ではそれは許されてはいない行為なのである。

 

「なぁ、由比ヶ浜。残念だがディスティニーは弁当の持ち込み禁止だぞ?」

 

 そう。ディスティニーでは、弁当を持ってきてパーク内で食べる事は禁止されているのだ。

 さすが商魂逞しい夢のディスティニー。レストランで金を落としてけって寸法である。夢のない話ですね。

 

 とは言うものの、せっかく由比ヶ浜が作ってきてくれた弁当だ。どんなに不味かろうとも、その気持ちを無碍にするわけにはいかない。

 だからまぁ、帰ってから胃薬片手に全部食ってやるか。ただ、せめて……せめてこの夢の国に居る間だけは、その事を忘れさせておいてください。

 

 しかし、つらい事は先送りに! をモットーとしている俺が、そんな束の間の平穏を手に入れた時だった。

 

「ふっふっふ、ヒッキーくんもまだまだだね」

 

 そう由比ヶ浜は不敵に嗤う。

 

「え」

 

「知んないの? ディスティニーには、持ってきたお弁当を自由に食べてもいいピクニックエリアってのがあるんだよ? なんか不思議ライトをかざすとぱぁっと光るスタンプを手に押してもらってから外に出ると再入園出来るんだー」

 

「」

 

 

 なんのことはない。……フッ、失策だったのは……俺の方か……

 

 

× × ×

 

 

 悔しくも由比ヶ浜に教えられた千葉知識通り、出口ゲートでキャストさんにスタンプを押してもらい、無事に外に出る事が出来た。……無事なのん?

 にしても不思議ライトでぱぁっと光るってなんだよ。正確には、紫外線が出るブラックライトをあてると反応する蛍光塗料のスタンプというだけのお話でした。

 

 

 ゲートを出てちょっと歩いた所にその処刑場……もといピクニックエリアとやらは確かに存在した。

 まぁピクニックエリアと言ってもなんてことはない。ただ青空の下にテーブルと椅子が何セットか置かれ、周りを植樹した木に囲まれているだけの閑散とした空間。

 暖かい季節であれば弁当を持ち合わせた家族連れで多少賑わうのかもしれないが、さすがにこの時期ではここを利用する客はあまり居ないようだ。

 ……だが、

 

「んー! きもちー! 今日はあったかくてホント良かったし! そとでごはん食べるには絶好の天気じゃん」

 

 そう。今日はクリスマス当日にしてはかなり暖かく、陽も照っていて、夜は無理でも昼間ならば外で食ってもなんら問題のない気候なのだ。一月二月でもベストプレイスで昼飯食ってる俺にとっては言わずもがな。

 

「えへへ、たくさん作ってきたから、いっぱい食べてねっ」

 

 降り注ぐ十二月の陽射しに上機嫌な由比ヶ浜は、にっこにこの笑顔で早速テーブルに大量の毒を並べ……げふん。弁当を並べ、じゃーん! とばかりに両手をひろげた。

 う、うん……由比ヶ浜の手作り弁当がこんなにたくさん……

 

 このあとのディスティニー散策に支障が出ちゃっても、俺のせいじゃないよね?(白目)

 

 

 テーブルに並べられた弁当は、こう言っちゃなんだが、意外にも食べ物に見える。何種類かのおにぎりと、あとはハンバーグやエビフライなんかが盛られた所謂パーティープレート。

 

 中でも目を引くのがチューリップ唐揚げだ。

 手羽元を開き骨を剥き出しにして、鶏肉を一輪の花のような形にしたアレなわけだが、その唐揚げの骨部分にはご丁寧に一本一本赤いリボンが結ばれていた。

 

「へへー! ホラ、今日クリスマスだし、ちょっと気分出そうかな? って」

 

 驚いた顔をしている俺を見て気を良くしたのか、にひひと笑顔を浮かべて唐揚げを持ち上げる由比ヶ浜。

 

 なにこれ、全体的に普通に旨そうなんだけど。

 そりゃおにぎりもハンバーグも形はいびつだし、エビフライもピンッとしないで丸まっちゃってるし、唐揚げも揚げすぎなのか若干色が濃いけども。

 しかしこれは……いつぞやの木炭クッキーを錬成した伝説のアルケミストが作ったものとは思えないほど、とてもとてもまともな食べ物に見える。

 

 

 ──いや、だまされるなよ比企谷八幡。お前は、そういう甘い考えはとうの昔に捨てたはずだろ。

 勝手に理想を押し付けて勝手に期待して、そして勝手に絶望するような、そんな愚かな考えは……もう卒業したのだ。

 

「……なぁ由比ヶ浜。……そのおにぎり、具が桃缶とかじゃないよな……?」

 

「失礼すぎだ!? いくらなんでもおにぎりに桃なんて入れるわけないし! ヒッキーあたしをバカにしすぎ! だっておにぎりに桃なんか入れたらベチャベチャになっちゃうじゃん!」

 

 なんかおにぎりに桃を入れない理由が恐いんだけど。

 ベチャベチャにならないんなら当然のように入れますけど? って言ってるようにしか聞こえないです。

 

 しかし、とりあえず桃が入ってないという言質だけはとれた。そういった理由であれば、フルーツ全般は心配しなくてもいいだろう。

 いや、バナナとかならベチャベチャにならないだろうからワンチャン? もしくは塩じゃなくて砂糖で握ったとかもありがちだよね! ……どこにもチャンスなんて無かった。

 

「ヒッキー、頑張って作ったから、たくさん食べてね」

 

 うぐっ……そんな優しい笑顔でそんなこと言われたら、食べないわけにはいかないだろが……こいつ、マジでズルいわ。

 

 はぁ……仕方ない、腹括るか。

 

「じゃ、じゃあ……頂きます」

 

「うんっ! どーぞ!」

 

 震える手をなんとか鼓舞して、恐る恐る掴んだダークマター(海苔の巻かれたおにぎり)。

 ……おい、そんな不安そうな目でじっと見つめんじゃねぇよ、食いづらいだろうが……

 

 そして俺は、本日が誕生日という事らしい神様に心から祈る。味なんてしなくたってもいい。せめて、甘くありませんように、アーメン。

 

「…………ん?」

 

 あ、あれ……? 若干握り過ぎで米が潰れてはいるものの、塩加減もいい塩梅だし、中には鮭が入った普通のおにぎりだ。

 それならばと、返す刀でチューリップ唐揚げに手を伸ばす。

 さぁ、どう出る。味付けが蜂蜜オンリーか? 中がジューシーな半生か?

 

「……あれ?」

 

「……ど?」

 

「なんか……普通」

 

「ふ、普通とか酷いし! 美味しいの……? 美味しくないの……?」

 

 いやいや、ガハマさんの作ったメシが普通とか、最高の誉め言葉だろ。

 

「……ま、まぁ……普通に美味いわ」

 

「マジ!? ……やったぁーー!」

 

 とんでもなく嬉しそうにガッツポーズを決める由比ヶ浜ではあるが、俺も心の中ではそれ以上のガッツポーズを決めている。

 なにせ生死の境目を彷徨っていたのだから当然の事だろう。

 

「……なぁ、なんでお前がこんなに料理出来るんだ……?」

 

 安心したからか妙に腹が減ってきて、次から次へとおかずを口に放り込みながら、思わずそんな事を訊ねてしまった。

 

「むぅっ! だからヒッキー失礼すぎだから! キモいっ」

 

 と、ほんの少しだけ怒ったフリをしながらも、由比ヶ浜の頬は弛みかけている。

 

「……あの、ね?」

 

 やはりそんな取って付けたような怒ったフリが長続きするわけもなく、由比ヶ浜はたははと笑うと、ほんのりと頬を染めて語りだす。

 

「あたしさ、料理とかあんま得意じゃないじゃん?」

 

 あんま!? とツッコみたい衝動に駆られはしたものの、ここは我慢しておこう。

 

「……でも、さ、クッキーの時とか嫁度対決の時とか、ゆきのんが作った料理をヒッキーが美味しそうに食べてんの見た時……あたし、ちょっと羨ましいなぁって思っちゃって……」

 

 そう言って、さらにもじもじと髪をいじったりスカートをいじったりする由比ヶ浜。

 たぶん俺ももじもじしてます。ヤバイ恥ずかしい。

 

「だから、その……あたしも、いつかヒッキーに美味しいって言ってもらえるように……ちょこちょこ練習してたの……っ」

 

「お、おう……そうか」

 

「うん……! んで、今日はちょっと早起きして、ママに見てもらいながらだけど……なんとか作ってみたの」

 

 

 …………嘘だろお前。

 

 あの料理下手な由比ヶ浜がこれだけのモノを作れたのに、『ちょこちょこ練習してた』とか『ちょっと早起き』だなんて絶対に嘘だろ。

 よくよく見たら左手には幾つか絆創膏が貼ってあるし、目の下だってうっすら隈が出来ている。

 

 

『いつもお世話になってるヒッキーに、美味しいもの作ってあげたかったし……』

 

 

 たぶんこいつは、あの日の俺の無責任な約束から、いつ来るかも分からない今日この日の為に一生懸命料理を練習し、そして朝早く起きて頑張って作ってきてくれたのだろう。

 

 ……なんだか照れ臭くて由比ヶ浜と顔を合わせられない俺は、そっぽを向きながら弁当を食べ続ける。黙々と、ゆっくりじっくり味わいながら。

 

「……うん、美味い」

 

「えへへ、良かった! んじゃあたしも食〜べよっと」

 

 やっぱズルいわお前。

 料理下手な女の子がこんなまともな料理を一生懸命作ってきてくれて、ぶっきらぼうな「美味い」のたった一言に、そんなパァッと花が咲いたような笑顔を向けてきてくれたら、男は喜ばざるを得ないっつの……

 

 

 ──こうしてディスティニーでのまさかの弁当ランチは、照れ臭くも穏やかな時間の中、ゆっくりと過ぎていったのだ。

 

 

× × ×

 

 

 昼飯を終えた俺達は例の不思議ライトでパークに再入園すると、込み合う園内をなにをするでもなくのんびりと散歩している。

 なにせガハマ弁当がなかなかの量だったもんだから、とてもじゃないがアトラクションなんかにはしばらく乗れそうもない。

 

 いま俺達が歩いているエリアは、古き良きアメリカの街並みが再現されたエリア。そういえばこっちには初めてきたな。

 

「あ、ヒッキーヒッキー! あれあれ!」

 

 よく出来た街並みを眺めつつ歩いていると、不意に由比ヶ浜が袖を摘んでくいくいと引っ張ってきた。

 なんぞや? と由比ヶ浜が指差す方へと目をやると、そこには豪勢な豪華客船が。

 マジかよディスティニー。遊園地の中に豪華客船停泊させとくとか、ちょっとスケールがデカすぎませんかね。

 

 目をキラキラさせた由比ヶ浜にグイグイと袖を引っ張られて歩いていくと、その豪華客船の手前の広場には、巨大なクリスマスツリーがそびえ立っていた。

 

「おお……でけぇな」

 

「ね! 超すごい! なんかね、このツリーがディスティニーリゾート内にあるツリーの中で一番でっかいんだって! あのランドのツリーよりもおっきいんだよ!?」

 

 由比ヶ浜が興奮気味にまくしたてるのも無理はない。

 たくさんのオーナメントに彩られたこのクリスマスツリーは、確かにランドで見てスゲーなと思ったあのツリーよりもさらに立派なのだから。

 

「あたしさ! シーには何度か来たことあったんだけど、クリスマスに来るのは初めてだから、ずっとこのツリー見てみたかったんだ!」

 

「ほーん」

 

 そんなに見てみたかったんなら、入園して最初に来れば良かったんじゃね?

 まぁ着いて早々あれだけ無計画に各地の食べ歩きスポットを散策してたわけだし、このわんこの頭の中は【ツリー<<<超えられない壁<<<スナック】だったんだろうけれど。

 

「……うん、やっぱ……ここだ……」

 

 由比ヶ浜の頭の中にある平和そうなお花畑を想像しつつ、ぼんやりとツリーを見上げていると、由比ヶ浜がぽしょりと何かを呟いた。

 

「あ? なんか言ったか?」

 

「ねぇヒッキー、夜になってライトアップされたら、またこのツリー見にこようよ! 絶対ちょーキレーだよ!」

 

 確かにそれは容易に想像が付く。

 後ろに停泊する豪華客船。すぐ近くにそびえる怪しげなタワーと古き良きアメリカの街並み。そしてこの巨大なツリーが、夜の闇の中でクリスマスカラーに照らされたら、どれだけ綺麗な景色となるのだろう。

 

 俺はこの巨大なクリスマスツリーを見上げながら、由比ヶ浜にこう返すのだった。

 

「おう、別にいいんじゃねーの」

 

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、ヒッキー」

 

 由比ヶ浜の呼び掛けにはっとする。

 

 いま目の前のクリスマスツリーは、夜の闇のなか美しく光り輝いている。

 想像していたよりもずっと美しく幻想的なそれは、今の今まで頭の中を占めていた昼間の出来事を、いともあっさりとどこかへ掻き出してくれた。

 

 いま俺が感じているのは、目の前のツリーの輝きと、そして……左手を包む優しく柔らかい温もりだけ。

 

 

「……あのね、ヒッキー」

 

 

 そして俺の左手は、その優しくて柔らかな温もりに、きゅっと強く握られた。

 

 

「……あたし、ヒッキーに……聞いて欲しいことがあるの……」

 

 

 

続く

 

 





ガハマクリスマス二夜目でしたが、今回もありがとうございました!



アレですよね。料理下手属性持ちヒロインってズルいですよね

ただ料理が壊滅的に下手ってだけで、それだけでとんでもない個性になるのに、ちょっと普通の料理を振る舞ったというたったそれだけで、他のどのヒロインが束になっても敵わないくらいの一生懸命さと想いを相手にも読者にも視聴者にも届けられるんですもん!


その上


「ど、どうかな……?」ウルウル



「ほんと!?やったぁぁぁぁ!」パァッ


なんてやられた日にゃ……

これはもう卑怯と言わざるを得ない




というわけで今回もしっかりとズルさを回収したところで、次回の後編、クリスマスの夜にお会いいたしましょう(*´∀`*)ノシノシ





あ、前回あとがきでお知らせ香織イラストが意外にもなかなか好評だったのでびっくりしました(*/ω\*)イヤン
つい、なんかまた違うのを描きたくなっちゃう衝動に駆られちゃいますねぇ(^皿^)



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