やだ!なんだか久しぶりに筆がスイスイ進んじゃった☆
……はいはい安定の中編安定の中編
トリック・オア・トリート。直訳すると『惑わすかもてなすか』
これは秋の収穫を祝い、また、悪霊を追い払うという宗教的な意味合いを持つ祭り、古代ケルト人が起源と言われるハロウィンで使われる恐怖の言葉である。
ちなみに勘違いしている人も多くいるようだが、ハロウィンはキリスト教の祭りではない。
「おーい」
さて、トリック・オア・トリートの話に戻ろうか。
先ほども記述したように、直訳した場合トリックは惑わす、または悪巧みなどの意味で、トリートはもてなすやごちそうなどの意味となり、トリックやトリート単体ではハロウィンで用いられるようなイタズラ・お菓子といった意味は持たない。
「せんぱい……?」
この言葉はハロウィンという祭りにおいて追い払われる側の悪霊の言葉であり、本来は『我らに惑わされるか我らをもてなすかどちらか選べ』という訳となり、決して我々が良く知るような『お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ☆』などという可愛いらしい言葉ではないのだ。
「ちょっと先輩ってばー」
ここまで言えばもうお分かりだろう。
いま俺の目の前でトリック・オア・トリックと口走ったこの美しき小悪魔は、『は? お前に選択の権利とかあると思ってんの? ぷっぷー、悪さする一択だから』と脅迫してきているのである。
げに恐ろしきはこの小悪魔。こんなに可愛い顔して、俺の身ぐるみを剥ぐつもりなのか……
「……ちょっと先輩、いい加減帰ってきてくれませんかねー……」
「あ……すみません、あまりにもびっくりして、ちょっと考え事してたわ」
ものっそい冷たい目と声で怒られちゃいました!
だって思わず現実逃避しちゃいたいくらい唖然としたんですもん。
「まぁ先輩DEATH死? どうせ下らないこと考えてたんですよねー」と、やはり悪魔か悪霊のような物騒な事をブツブツ言っている一色に、俺はまずこれを問わねばなるまい。
「……なぁ、これは一体なんの真似だ……?」
「……は? ……あっ、ふぇ? なんの真似もなにも、どこからどう見てもハロウィンじゃないですかー?」
いま間違いなく思い出したかのように言い直したよね。あっ、て言ったよね?
「あっれー? 先輩ってもしかしてハロウィン知らないんですかー? まぁハロウィンっていったらリア充イベントみたいなトコありますし、ぼっちの先輩には関係無いですもんねー。えっとですね、ハロウィンというのはですねー……」
「いや、別にお前の底の浅いご高説とかどうでもいいから。ついさっきまで散々ハロウィンについて考えてたからもう結構です」
「むー」
ぷくっと膨らむあざと可愛い後輩に俺は訊ねる。なんの真似かと聞いた真意を。
「今日はまだ三十日だけど。ハロウィンって明日の月曜だろ」
そう。なぜ俺を呼びつけてまで秋の収穫祭を祝うのかとか、今日は仕事で呼んだんじゃねーのかよ……というツッコミはひとまず置いといて、そもそも本日はハロウィンではない。
ハロウィンっていったら十月三十一日なのですから。
まぁ我が千葉県が誇る東京の名を冠する某夢の国は、九月の頭からずっとハッピーハロウィンしてますけどね!
そんな俺からの問いに、一色は先輩である俺を小馬鹿にしたようにふふんと笑い、慎ましやかな胸をぐいっとむにっと張る。
……いくら慎ましやかでも、そのタイトなノースリーブだとラインがばっちり出ちゃって八幡くんが元気になっちゃうからやめてね。
「そんなのもちろん知ってますよ。明日の本番で葉山先輩を惑わす為の練習に決まってるじゃないですかー? ……ふふっ、女の子って、記念日当日は大切な人と過ごしたいものなんですよ?」
「……あ、そう」
やだ! 色々と考えて色々と混乱しちゃったのがバカみたい!
てかそんな下らない事の為に呼ばれちゃったのん?
たぶん葉山、そもそもお前んちにひとりで来てくんねーぞ? と優しく諭してあげようかとも思ったのだが、目の前で楽しそうにウインクする可愛い後輩を前に、その非情な現実は教えないでいてあげる事にしました。
× × ×
一時は理解が追い付かずに混乱しかけた俺だが、ひとたび種明かしをされたら落ち着くというもの。
全てを理解し、ようやく落ち着き払った俺は、一色に重要事項を伝える。
「……ま、頑張れよ。よし、んじゃ帰るか」
これは実は思いがけない吉報。なにせ長時間サービス労働を覚悟していたら、実際はただサプライズ演出の予行演習の為に呼び出されただけという事実が判明したのだから!
貴重な時間を無駄にしてしまった嘆きよりもそちらの感情の方が勝った俺は、一色を責める事なく、静かに踵を返……
「ま、待ってくださいっ……!」
せませんでした! なぜなら凄いパワーで袖を摘まれてしまったから。
「……は? なんでだよ、要件は済んだんだろ?」
「いやいや、さすがにこれで帰してしまうほど、わたしも酷い後輩じゃないですってば。少しゆっくりしていってくださいよー」
いや、正直こう見えて実は結構いっぱいいっぱいなんですよね、俺。
ただでさえ他に誰も居ない家という緊急事態に加え、露出度がなかなか激しい小悪魔コスプレをした美少女に、内心ドキがムネムネしております。
だからあまり一色の姿をまじまじ見ちゃう前に退散しちゃいたかったのだが、一色はそんな俺を帰すまいと力強く袖を握りしめ、ほんの僅かに頬を赤らめてこう言うのだ。
「……それに……ただ先輩を使って明日の練習しようとしただけじゃ……ないんですよ……?」
小悪魔の格好をした一色の、潤んだ瞳での上目遣いは破壊力が半端ない。
思わずゴクリと咽喉を鳴らす俺に、一色はとても恥ずかしそうにもじもじとこう告げた。
「……だって……、お仕事の相談はマジもんですし☆」
「それはホントなのかよ……」
なにが「これで帰してしまうほど、わたしも酷い後輩じゃない」だよ。単に仕事残して帰られたら困るってだけじゃねぇか。より一層酷さが際立ったわ。
「はぁ……なんかもう仕事始める前から疲れたわ……。とっととやんぞ」
「はーい♪」
……やれやれ、なんか俺、一色に甘過ぎじゃないですかね。雪ノ下の事とやかく言えないわ。
「ではでは先輩、はいっ」
途端にご機嫌になった一色は、なぜか突然両手を差し出した。それはまるでトリートをねだる子供のように。
「……なに?」
なんなの? やっぱりお菓子頂戴ってことなの?
「決まってるじゃないですかー? ほらほら、早く携帯出してください」
お菓子どころか携帯没収のお知らせでした(白目)
どうやら缶詰めのお誘いのようです……
ここで逆らっても何一つ幸せがやってこないと知っている俺は、文句も言わず渋々携帯を一色に差し出した。
ま、俺は携帯なんて暇潰しか時計替わり程度にしか使わんし、そもそもあらかた片付くまでは付き合ってやるつもりだったしな。
俺から受け取った携帯をむふふとミニスカートのポケットに突っ込んだ一色は、テーブルの横を指差し俺に座るよう促す。
「ではではこちらへどうぞ! ふふっ、ここは先輩専用の特別席ですからね」
……ああ、そこが本日のブラック企業での俺のデスクですか……嫌だなぁ……
テーブルの前に置かれたおしゃれなクッションに座らされてようやく一息吐いた俺は、ここで初めて一色の部屋に入ってしまったんだと改めて思う。
あまりの事態で女の子の部屋に入ってしまった事を意識せずにいられたのだが、ひとたびこうして腰を下ろすと、女の子らしい内装と甘い香りに鼓動が速まってくる。てか手汗やべぇ。
だからなんで女の子の部屋ってこんなにいい匂いがするん? 八幡酔っちゃいそうだよ?
そんな童貞丸出しのカコワルイ緊張を少しでも紛らわそうと、俺は一色の部屋を観察してみることにした。
キャビネットやテーブルの上にオレンジや黒の小物が並べられていたり、壁にジャック・オー・ランタンのランプが飾られていたりと、一色の部屋はなんともハロウィン感が醸し出されていた。
しかし、そのハロウィン飾りを片付けてしまったら、一色の部屋は意外にもシンプルそうである。いや、もちろん一色だから可愛いは可愛いし、とてもお洒落な良い部屋ではある
ただなんというか……一色の部屋ってくらいだから、もっとこう『可愛いわたし』を全面に押し出してるような、そこらじゅうにぬいぐるみが山のように積まれてたり、カーテンから布団から何から何までピンクピンクしてるようなプリティーな部屋を想像していたもんだから、これは逆に俺の好感度が爆上がりだ。
たぶんこいつ、こう見えて男友達とか部屋に上げてねぇな。
一色は誰からも『愛されるわたし』を演じている。……あ、語弊があったわ、男限定でね。
それは、見た目から話し方から髪型から制服の着崩しまでと多岐に渡る。
そんな一色いろはが、自分の部屋に油断を持ち込むわけがない。
もしも愛されたい全ての異性を部屋に招くなら、その男たちが思わず『やっぱ一色可愛いわ〜』と思うような部屋作りを心掛けるはず。
しかし一色の部屋は至ってシンプルで、可愛さではなくお洒落さと住心地に重点を置いている所から見て、こいつは自分の城に男を招くことはないのだろう。
そんな不可侵な領域に、なんの迷いもなく招いてもらえたという事は、それはとても喜ぶべきことなんだろう。まぁ『俺には愛される必要がないから』とも言えるわけだが。
だが少なくとも、俺には“素の一色いろは”を見せても大丈夫だと思ってることは間違いないわけで、そこは素直に喜ぶとしよう。
俺の一色部屋探索はまだ続く。もちろんジロジロ見てたら通報されちゃうから、バレないようにこっそりとね!
そんな時、ふと勉強机の上に写真立てがひとつ置かれているのが目に入る。
遠目なので分かりづらいが、どうやら総武高校の制服を着た男が写っている写真が収められているようだ。
──葉山だろうか。
当然のようにそう思ったのだが……なにか……違う。
なぜならその写真に写る男は茶髪ではなくぼさぼさの黒髪。
さらにあの爽やかスマイルなどどこにも見あたらず、遠目でもはっきりと分かるのは、目付きの悪そうな仏頂面……
「……あっ……!」
そのとき一色が焦ったような声を漏らして、慌ててぱたぱたと勉強机に駆け寄ると、凄い勢いでぱたんと写真立てを倒した。
「……も、もぉ変態ってば! あんまり勝手に人の部屋をじろじろ見ないでくれませんかねー……! 思わず携帯に手が伸びちゃうトコでしたよ……?」
ぷりぷりと怒った様子で通報の準備をする一色。
「ま、待て待て、見てねぇから! だからその携帯をしまえ」
携帯に手が伸びちゃうトコもなにも、すでに通報準備が完了してますから!
あと先輩と変態言い間違えてるからね? ……ま、間違えたんだよね……?
「……い、今のは最後通告ですからね。次やったら〜……」
「分かった分かった……! もうジロジロ見ねぇから」
「……やっぱ見てたんじゃないですか」
おうふ……誘導尋問に引っ掛かっちゃった!
……だけれども……物凄いジト目で睨みつけてくる一色の顔はゆでダコみたいに真っ赤だ。
そんなに顔を赤くしてまで怒ってるのん? とは……言えない、誤魔化せない。
たぶん、別種の赤さだから……
二人の間を気まずい沈黙が支配する。
俺は俺で頭に血が上って上手く考えがまとまらないし、一色は一色であわあわと潤んだ目を泳がせている。
そしてそんな気まずい沈黙から逃げるように、一色は突然ドアのノブに手を掛けると、
「と、とりあえず先輩は大人しく座っててくださいね! わ、わたし……喉渇いちゃったから、お、お茶の用意してきます……っ」
そう言っておずおずと部屋を出て行ってしまった。
ドアの向こうに「うぅ……顔熱いよぉ……」という声を残して……
突然ひとり一色の部屋に残されてしまった俺。
だが……先程までのように部屋の中をじろじろと観察する気分は消えてしまった。
俺の頭の中は……視線は……ある一点に集中していたから……
──あの写真立ての中に写っていたのって……
いやいや、え、嘘、マジで……? 俺、これからどう一色と接すりゃいいんだよ……
いや待て! だから簡単に勘違いすんじゃねぇよ。そんなバカでイージーな思考は、とっくの昔に卒業しただろうが……!
「……」
俺はそっと立ち上がり、そろそろと一色の勉強机に近づいていく。
……分かってる。ホントはこんなのは反則だ。やっちゃいけない事だ。
だが、たぶんこの不安定な気持ちのまま、あと何時間もこの部屋であいつと二人で過ごすなんて出来るわけ無いではないか。
だから俺はきちんと確かめたい。あの写真立てに写っているのが、自分では無いという事を……
「……やべぇ、超震えるわ……くそっ……カッコ悪りぃ」
そして俺はカタカタと震える手を、ついに写真立てに掛けたのだ。
倒れた写真立てをゆっくりと持ち上げる。心臓の音が激しすぎて、写真立てと机が立てたカタリという音だって聞こえやしない。
……そして俺は写真立てを表側にひっくり返し、未だに抵抗しようとする目を無理やり写真に向けて愕然とする。
……その写真に写っていた目付きの悪い総武高校生は…………俺だったから。
『なーんちゃって! ぷぷぷ! あっれぇ? 先輩もしかして期待とかしちゃいましたー?』
と書かれた付箋と共に。
「」
………………ぐぉぁあ! してやられたぁ! あの小悪魔めぇ!
ふぇぇ……恥ずかしいよぅ……! なに俺シリアスな空気纏ってちょっと期待しちゃってんの!? バーカバーカ!
……フッ、舐めんなよ一色。あの状態で突然ひとり部屋に残されるなんていうこの程度の分かりやす過ぎるトリック、まるっとお見通しだったわ!
……なぜ全力を尽くしてしまったのか(白目)
ばーんっ!
「先輩すみませーん、お茶お待たせしましたー」
「……おう」
あっぶね! 超あっぶね!
僅かに人が近づいてくる気配を感じ取った俺は、一色が元気にドアをぶち破ってきた時にはすでに光の速さで写真立てを元の位置に戻し、光の速さで本日のデスクに着席していた!
違和感があるとすれば、なぜか正座でいることくらい。
一色は心底楽しそうな顔でトレイに乗せたカップをテーブルに並べ、チラリと正座の俺と視線を合わせると、わざとらしく勉強机の上に視線を向けてニヤァっと微笑む。
それはもう一生トラウマになっちゃうレベルの悪い笑顔でした。
「あれ? 先輩どうかしましたかー?」
「……いや、なんでもない」
「そーですか? …………ふふふっ」
……なんだよ、ふふふって。
ぐぅ……! 一色のによによといやらしい視線が痛い!
神様、どうか早くおうち帰って毛布に包ませてください。
× × ×
……あの悪夢のような騒ぎも、気付けば早数時間ほど前の出来事。いま俺と一色は隣同士で肩を並べあい、無言で資料をまとめている。
確かに一色の言っていたように結構な仕事量ではあるものの、思っていたほどではないのが幸いだ。
そして最近すっかり頼って来なかったから知らなかったのだが、なによりも一色の集中力と成長が著しく、これなら下手したら俺が手伝いに駆り出されなくても終わったんじゃね? という嬉しい誤算もあった。
たださ? その小悪魔コスプレで一生懸命仕事してる姿はどうにかなりませんかね。すげぇシュールだし露出度高いし、とにかく目のやり場に困るんだけど。
あとなんで隣に座ってんの? 狭いんですけど。こういう時って向かいに座るもんじゃないの?
近すぎて超いい匂いとか漂ってくるし、たまに「先輩先輩、ここってどうすればいいですかねー」なんて訊ねてくる時とか、柔らかいのが腕に超当たってるからね? また新手のトリックなのん?
「……くぁっ」
すっかり冷めきってしまった紅茶を一口啜り、肩や腰をグイグイ伸ばして一息吐く。ふと壁に掛かった時計を見るとまだ六時ちょい。
……おお、すげーな。まだ六時かよ。一色と俺がこなした仕事量を考えたらもっと時間経ったかと思ってたのに、かなり良い進捗状況じゃね?
これは一色の成長の賜物だな。このまま行けば余裕で早く帰れそうだ。
そんな事を思いながら次の資料に目を向けると、そこに書かれていた文字が目についた。
[次期生徒会役員 立候補者名簿]
その資料は、次期生徒会役員に立候補している生徒のクラス、氏名、推薦人三十名の氏名が記載されている束だった。
──マジか。生徒会長だけで、五人も立候補してるじゃねぇか……
思えば、去年の今頃はまだ生徒会長立候補者自体が居なかったはずだ。
そんな中、普段の行いでの悪目立ちから同性に嫌われていた一色が、弄りという名の嫌がらせで勝手に立候補させられていたのが、今の俺と一色の関係性を形成する全ての始まりだった。
それさえ無ければ、こうして俺がトップカースト後輩女子の家にお呼ばれするなんていう、普通に考えたら有り得ない状況は存在しなかったのか……なんて、少し感慨深くなってしまう。
普通なら有り得なかったこの状況は、一色の人生にとって果たして良かったのか悪かったのか俺には分からない。
だが今の状況を、口では面倒くさいなどと悪態を吐きながらも、実は意外と悪くないと思ってしまっている捻くれ者の自分を鑑みると、少なくとも俺にとっては、約一年前のあの騒動はとても良い物だったのだろうと思う。
「なぁ、一色」
仕事の進捗状況の余裕っぷりで気分が良いという所にそんな感慨も手伝って、俺にしては珍しく自分から一色に話し掛けてみた。
なんていうか、話してみたくなった。
「なんですかー?」
「今年は生徒会役員の立候補者がこんなに居んだな。去年は惨憺たるもんだったってのに。……それもこれも、一年生生徒会長だったお前が、一生懸命頑張る姿を見せ付けてきたおかげかもな」
そう。こんなにも生徒会役員選挙に注目が集まっているのは、紛れもなく一色の功績だろう。
普段は目立たずひっそりと活動を行うが故に、生徒たちの認知度はすこぶる低い生徒会。だからこそ生徒会役員選挙など、ごく一部の生徒しか興味がないようなイベントだった。
だがまだ一年生だった一色が……目立ちたがり屋で頑張り屋の一色が自ら表舞台に立って活躍したからこそ、こんなにも生徒会活動に興味を持たれて立候補者も増えたのだろう。
だからどうしても一色に伝えたくなってしまったのだ。あの一言を。
「な、ななな、なんですかいきなり褒めるなんて先輩らしくなさすぎじゃないでしゅか……!? はっ? も、もしかしていま口説いてます? 二人っきりの部屋で共同作業してるからって、なんかちょっと同棲してるみたいだなとか思っちゃいましたかすいません確かにわたしもちょっと思ってましたけど仕事中に告白とかムードなさすぎなんでもうちょっとムードのある時でお願いしますごめんなさい」
「……」
せっかく良いこと言ったのになぜか今日も振られました。たぶん同一人物から振られた回数の記録はギネスに乗るレベル。
あまりにも長いセリフを一息で言い切ってハァハァしている一色に、呆れ果てた目を向けていると……
「……でも、それもこれも、先輩のおかげですよ」
不意に一色はふっと優しい笑顔になり、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
俺はそんな真っ直ぐな瞳に堪えきれなくなり、ふいっと目を逸らす。
「……なんでだよ、俺は別になにもしてねぇだろ」
「ふふっ、なんにもしてないわけないじゃないですかー? わたしを生徒会長にしたのは、どこの誰々さんでしたっけ?」
「……悪かったな」
「……例えどんな理由があろうとも……先輩がわたしを押してくれたから今のわたしがあるんですよ? 先輩がずーっと見ててくれたから、わたしはこんなにも頑張れたんですよ? ……だから、全部先輩のおかげです」
──こいつはホントこういうところが狡い。嘘や適当なことばかり言っておちゃらけてたかと思えば、次の瞬間には突然優しい瞳で嘘偽りのない恥ずかしい本音を、照れもなく真っ直ぐぶつけてきやがる。
ほんのりと桜色に紅潮した頬と潤んだ大きな瞳を柔らかく緩ませる後輩に、耐久性の低い俺の心臓は悲鳴を上げる。
心臓が働きすぎて全身熱くてたまらんっつーんだよ。
「……アホか。全部一色の手柄だろ。お前の手柄のお裾分けなんか要らん。……だが、まぁ……」
そして俺は一色に言う。伝えたかったこの一言を。
「なんつうか……この一年間、お疲れさん」
「っ! …………はいっ、ありがとうです……♪」
「……おう」
……うん。やっぱこういうのは俺のキャラじゃないですね。照れ臭くて敵わんわ。
──優しい沈黙が場を支配する。
いや、単に照れ臭くてなんにも言えないだけだけれど。
そんな沈黙を破って、未だ桜色に頬を染める一色が「あ」と、なにかを思い出したかのように呟いた。
「えと……お茶、すっかり冷めちゃいましたね……! また淹れてきますねー」
そう言って慌てて立ち上がる一色だが、慌て過ぎたのか持ち上げたトレイから何かがカチャンと床に落ちた。
「ひゃっ」
「どうした、大丈夫か」
「あ、だいじょぶです。スプーンが落ちただけなので。……よいしょっ」
──それは……俺と肩を並べて座っていた一色が、床に落としたらしきスプーンを拾おうとした瞬間だった。
俺は決してそちらの方向に顔を向けていたわけでは無いのだが、視界の端にチラリと見えてしまったのだ。立ち上がった状態で床に手を伸ばそうと腰を曲げた一色の、黒のミニスカートとボーダーニーソの隙間に控えていらっしゃる白い布地が。
だってしょうがないじゃない。すぐ隣にいるミニスカートの女の子が腰を曲げたら、顔のすぐ横には白い布地が待っているのが必然なんですから。
……これはヤバい。たぶん本日最大級のヤバさだ。
この場所はついさっきまで優しく温かい空間だったってのに、こうも一瞬でピンクな空間に変わっちゃうのかよ。俺の理性は化け物(笑)だね!
だが諦めるのはまだ早い。なぜなら、俺の目からはまだ白い布地ははっきりとは見えず、目の端にチラチラと白いモノが誘惑してきているだけなのだから。
つまりそちらに視線を向けなければ俺の勝ちなのである。勝敗の判定はよく分からんが。
ふはははは! 愚かなりこの白い布地め! そんなにプリプリと可愛く揺れて誘惑してきた所で、この俺がお前なんぞ見るわけがないだろうが!
……そして俺の顔は、俺の意思とは無関係に布地に引き寄せられていく。見ちゃうのかよ。
いやいや、男子でそこに目が行っちゃわなかったらそいつホモだろ。健康的な男子ならこれは仕方の無い生理現象なんですよ。
まぁたぶん葉山なら見ないけど。逆説的に葉山はホモ確定と言える。
やめて! 俺の頭の中の海老名さんが失血死しちゃう!
脳内で誰向けかも分からない無駄な言い訳を繰り返しながらも、遂に俺の視線は目の前の白い布地を完全に捕えた。ピカチュウゲットだぜ!
だがそこには桃源郷なんて無かったんだ。
あったのは、白のパンツではなく白のショートパンツ。そこには、赤いマジックかなにかで書かれた非情なる一文が。
[変態発見しました! ただちに逮捕しちゃいますよ? せんぱいのえっち☆]
「……」
俺は一生忘れないだろう。愕然と天を仰ぐ自身と、その体勢のままゆっくり振り向いた一色の、信じられないくらい素敵な悪い笑顔を……
「……あっれー? 先輩どうかしましたー?」
「……いや、なんでもない、です……」
肩を小刻みに震わせて部屋を出ていく一色の背中を見て思うのだ。
……お願いだからトリートのターンをください!
続く
どこら辺が次回はハロウィン更新だよとお怒りの読者さまもいらっしゃるでしょうが、今回もどうもありがとうございました(白目)
中編の内容を盛り込みすぎてしまったのでたぶん後編は結構短い作品になるとは思いますが、また次回、後編でお会いいたしましょうノシ
……え?タイトルの付け方からして始めっから三話構成だったんじゃねぇの……?ですって?
気のせいです♪