さて、今回のヒロインは果たして誰か!?(白目)
美耶・香織・愛「」
海浜総合との合同クリスマスイベントも無事幕を下ろし、俺は夕暮れの校舎を駐輪場に向けてひとり歩く。
つい先ほどまで奉仕部部室では、俺の意向を一切無視した明日のクリスマスパーティー話で(主に由比ヶ浜がひとりで)盛り上がっていたのだが、ようやく解放され今に至る。
しっかし……よくもまぁあのカオスな合同イベントを無事にやり過ごせたもんだな……なんて、この数週間で精神的にも肉体的にも疲れ切った体を押して、下駄箱から靴を取り出しつつ苦笑混じりに溜め息を吐いていた時だった。
ふわりと鼻腔を擽る甘い香りと共に、不意に何者かにぽんと優しく肩が叩かれた。
「比企谷くんだ〜。ふふっ、今日はお疲れ様」
疲れ? 知らない単語ですね。
そこには、精神にも肉体にも極上の癒し効果を発揮することに定評のある女神、めぐめぐめぐ☆りんこと城廻めぐり先輩が、ふわぽわな笑顔を浮かべて降臨していたのだった。
× × ×
「〜〜〜♪」
楽しげに鼻歌を口ずさみつつ、つるりんっと可愛らしいおでこの女神様は、俺の隣を軽やかに歩く。
なぜ隣を歩いているのか。なぜならめぐり先輩に昇降口でゲットされた俺は、駅までの道のりを侍従するという任務を承ったからだ。
平たく言うと「せっかくだから駅まで一緒に帰ろうよ〜」という穢れの無い目力に逆らえなかったというだけの簡単なお話です。
「えへへ〜、ちょっとツイてるなぁ。そろそろ帰ろっかなーって昇降口に行ったら、たまたま比企谷くん発見しちゃったんだもん」
「……そ、そっすか」
すいませんその言い方だと、俺と帰るのがラッキーみたいに聞こえちゃうんでやめてもらえませんかね……
素敵な笑顔でそんなこと言われちゃったら間違って惚れちゃいそうです。
城廻めぐり先輩。
つい先日まで生徒会長を勤めていたひとつ上の先輩であり、俺にとっては唯一の先輩でもある。
でも正直、めぐり先輩がこうして気軽に俺に話し掛けてきてくれるって事は、未だにかなり謎なのだ。
俺は文化祭でこの先輩を失望させた。
『残念だな……真面目な子だと思ってたよ……』
『君は不真面目で最低だね』
あの文化祭でのめぐり先輩の辛辣な言葉。
裏を返せば、俺に期待し、信用していたという気持ちの表れ。だからこその失望。だからこその辛辣な言葉。
俺はこの人にとって、信用を裏切ったどうしようもない人間である。普通ならもう話したくないと思うものではないのだろうか?
今までの人生で、わざわざ俺と進んで会話をしたいという人間自体いなかったから分からないけども。
つまりただでさえ普通に話し掛けてきてくれるだけでも希有な存在なのに、さらにあんな状態にしてしまった俺に、こうして一切裏のない笑顔で他の誰とも変わらずに、分け隔てなく話し掛けてきてくれるこの人は、俺には勿体ない女神様なのである。
「それにしても本当にお疲れさま。クリスマスイベント、すっごく良かったよ〜」
「あれ、城廻先輩も来てたんすか」
「ふふー、それはもちろんだよ〜。一色さん体制になって初めての生徒会活動だもん。私すっごく気になっちゃって、こっそり稲村くんに招待してもらってたんだ」
稲村? 誰?
…………ああ、あれか? 会計の男子か?
そういやあいつはめぐり会長体制の頃からの生徒会役員なんだっけ。
「そうなんですね」
「うん。正直な話結構心配してたんだけど、今日のイベント見て安心しちゃった。初めてなのに、みんな良くまとまれてたと思う」
そう言って薄めの胸をほっと撫で下ろすめぐり先輩。
……だよな、この人ホント生徒会活動を大切に考えてたもんな。
自分が引退したからって、じゃあもう関係無いだなんて思うような人だったら、あんなに役員達に心酔されたりはしないだろう。
「特に賢者の贈り物がすごかったね! 最後のキャンドルサービスなんて、感動して私ちょっと泣きそうになっちゃったもん」
めぐり先輩はそう言うとすっと目を閉じる。胸の奥に残るその風景を思い出しているのだろうか。
そんな先輩に目を奪われて、ついつい見つめてしまった。
もちろん次の瞬間瞳を開けためぐり先輩とバッチリ目が合ってしまい、先輩は恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。
なにこのめぐりっしゅ。どんだけ俺を癒すんですかね。穢れまみれの俺は浄化されすぎて昇天しちゃうまである。
「えへへ。……あんなに素敵なイベントが出来たのは、また比企谷くんのおかげだね。ホントにありがとう」
「へ? いやいや俺はなにもしてないですよ……あれは一色たち新生徒会が頑張ったからであって、俺はただの頭数合わせの雑用担当ですから」
突然の謝意に動揺してしまう。
確かに雑用面ではそれなりに仕事はしたが、わざわざめぐり先輩自らお礼を言われるような大層なことはしちゃいない。
だからそんな先輩の笑顔に驚いた。先ほどのセリフの中にあった僅かな違和感を見逃してしまうほどに。
「ふふっ、そんなこと無いよ〜。事前に稲村くんから色々と聞いてるんだよ? もし一色さんが比企谷くんをコミュニティセンターに連れて来なかったら、今回のイベントが大変なことになっちゃってたのも、私知ってるんだからね」
めぐり先輩は悪戯っぽくウインクすると、ふふんと胸を張る。
その笑顔は、言い逃れなんてさせないんだからね〜、とかって言っているようだ。
……いや、本当に俺にはなにも出来なかったんですよ。あいつらが居てくれたからこそなんとかなったってだけの話で、俺ひとりじゃなんの役にも立たなかった。
まるで俺の手柄のように言われてしまい、そう訂正しようとしたのだけれど……言うだけ言って、悪戯な笑顔を浮かべるだけ浮かべて、またふんふんと楽しそうに鼻歌を歌いだしてルンルンと歩き始めてしまっためぐり先輩には、どうやら訂正するだなんて無粋なマネは許されていないようだ。
「ハァ〜……」
だから俺は、がしがしと頭を掻きながら深く溜め息を吐いて、楽しげに先を行くめぐり先輩の背中を大人しく追う事しか出来なかった。
チッ……あの陰の薄い会計め、なに言ってくれやがんだよ……暑くて変な汗かいちゃうじゃねぇか……
× × ×
しばらく談笑しながら歩き、学校からの最寄り駅に着く頃には、辺りはすっかりと暗くなっていた。
駅前ともなると周りはクリスマスイルミネーションがキラキラと輝き、いやが上にも今日がクリスマスなのだと思い出させてくれた。
……おかしな話だよな。ここ数週間は毎日クリスマスの事ばかり考えていたのに、さらにはつい先程までまさにクリスマスイベントを開催していたってのに、こうしてクリスマスイルミネーションの中を歩いていると、今更ながらにクリスマス当日なのだと気が付かされるなんて。
仕事に追われる人生というのは気持ちから余裕が無くなるという事なのか。やはり忙しなく働く人生は悪と断定せざるを得ないのかもしれない。
これは正に専業主夫こそが絶対的正義…
「わぁ……すっごい綺麗だねー……! えへへ、なんかクリスマスイブの夜に二人で歩いてるなんて、まるで私と比企谷くん恋人みたいだね〜」
「ぶっ!?」
ちょ!? 専業主夫への飽くなき野望に思いを馳せてたのに、この人いきなりなに言うてくれはりますのん!?
なんでもないようなニコニコ笑顔でイルミネーションに意識を集中しているめぐり先輩へと驚愕の表情を向けると、その視線に気付いためぐり先輩は「ん?」と不思議そうにこてんと首をかしげた。
が、首をかしげて見つめあうこと数秒、先輩の顔が徐々に徐々に朱に染まり始めた。
「ち、違うの違うの! ごめんね!? そういう意味じゃないの!」
両手を顔の横でぶんぶん振って、慌てて自身の発言を否定するめぐり先輩。
どうやら何の気なしに口を滑らせてしまっただけらしい。
やだなにこの年上お姉さん可愛すぎるんだけど。どっかの大魔王に見習ってもらいたいです。
「私と恋人なんて言われちゃったら比企谷くん嫌だよね! ご、ごめんね? その……変なこと言っちゃって」
は? この人なに言ってんだ。めぐり先輩と恋人とか言われて嫌な気持ちになる罰当たりな男なんて、この世にいるわけないだろうが。
「……や、別に嫌なわけでは……ただちょっとびっくりしちゃっただけです」
「……ホント?」
「いやいや、嘘吐いてどうすんすか……あ、いや、びっくりしただけではなく、まぁ……あとは恥ずかしいというかなんというか……。でもホント嫌とかそういうのは一切ないんで……むしろ城廻先輩と恋人とか……恐れ多いっつーか光栄っつーか……」
めぐり先輩があまりにも不安げな上目遣いで訊ねてくるもんだから、俺ってばかなり余計なこと口走っちゃってない?
しかし慌てた俺の口から出た失言は、どうやら今のめぐり先輩には正解だったようだ。
「そっか〜、えへへ、良かったっ」
ぽんっ、て擬音が目に見えてしまうんじゃないかというほど可愛らしく両手を合わせて、へにゃっと嬉しそうに微笑むめぐり先輩の笑顔がソース。
どうしよう。マジで昇天しちゃいそう。
「あはは、恥ずかしい話なんだけど、私いままで恋人とか居た経験無いから、クリスマスイブの夜に男の子と二人で歩いてたら、こんな幸せな気持ちなのかな〜? って思っちゃって、つい変なこと口走っちゃったよ〜」
そう言うめぐり先輩の顔は、耳まで真っ赤に染まるほどに赤くなっている。
そんな穢れのない朱色の微笑みがイルミネーションに照らされて、なんとも神々しい。やはり女神か。
……ってちょっと待って!? その言い方だと、今まさに俺と二人で歩いてるこの状況に幸せを感じちゃってるみたいに聞こえるからやめてください!
危うく勘違いして告白して天罰食らっちゃうとこだったわ。天罰食らっちゃうのかよ。
それにしても……めぐり先輩って彼氏いたこと無いのか。意外だな、すげぇモテそうなのに。
……あ、でも思い当たるフシが超ある。
あれだけ草の者(生徒会役員影部隊)に四六時中警護されてりゃ、そりゃ下手な男じゃ近づくことも出来ないわ。
「……あ」
心酔され過ぎるのも大変だな〜……まぁ俺にはそんな心配無用だけど、なんて考えていたら、突如めぐり先輩が声を漏らした。
どうかしたのだろうか? と視線を向けると、なぜか先程までニコニコしていためぐり先輩がすげぇもじもじしている。
どれくらいのもじもじっぷりかと言うと、目がふよふよと泳ぎまくったり、なでなでとおさげや前髪を撫でまくったり、スカートをいじいじと弄りまくったり。
「えと……どうかしましたか? 城廻先輩」
そのあまりのもじもじっぷりに堪らず声を掛けると、ハッとしためぐり先輩はこくりと咽を鳴らして、窺うような上目遣いで俺を覗きこんできた。
「ね、ねぇ比企谷……くん?」
「は、い……?」
「私さ……その……受験生じゃない……?」
「は、はぁ」
「でも、ね? 私推薦が決まりそうだから、全然受験勉強大変じゃないんだよね……」
「そうなんすか」
まぁめぐり先輩だったら内申とか最高レベルだろうし、成績だってかなり良さそうだし推薦くらいいくらでももらえそうだよね。
「だから、ね……? 私、高校生活の最後のクリスマスだって言うのに、暇で寂しいクリスマスを過ごす事になるんだぁ……周りの友達はそんな余裕ないし」
「で、ですね……」
……めぐり先輩は何が言いたいというのか……。まさか、まさかだよな……?
めぐり先輩はもう一度こくりと咽を鳴らす。その顔はこれでもかってくらいに真っ赤だ。
しばらくはそのままもじもじと俯いていたが、ようやく開いた麗しい唇から漏れ出た言葉は、俺のまさかの予想を大きく裏切らないものだった。
「だ、だから……もし比企谷くんさえよければなんだけどっ……そんな寂しい高校生活最後のクリスマスを過ごす可哀想なお姉さんの相手をちょっとでもしてもらえたら……その……嬉しいなっ……!」
あ、やばいこれもう天に召されちゃいそうですわ。
続く
すいません癒しが欲しかったんです(・ω・)
しかもクリスマスにやれよって話ですよね(吐血)
というわけでなんの前触れもなく突然のめぐりんでしたが(前触れがあったとしたら前回が魔王だったから?笑)ありがとうございました☆
また次回、後編でお会いしましょう(^^)ノシ