八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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どうも!家堀香織の大冒険もついに終幕となります!(いやマジで。ワタシドクシャサマニウソツイタコトアリマセーン)


ラストということで当然のように長くなってしまいましたので(文字数でいえば安定の三話分くらいw)、どなたさまもごゆるりとご賞味くださいませ(^^)/





恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに【エピローグ】

 

 

 ──愛情です──

 

 その一言で比企谷先輩が照れくさそうに「おう……」と漏らした音を最後に、しん、と静まり返る室内。

 

 はぁ〜っ……やっばい、超ドキドキしてきた!

 おっかしいな〜、もう好きだって気持ちはこれでもかってほど伝えてあるのに……さんざん伝え倒して、あんなにも好き好きアピールしまくったってのに、なんで今さら気持ち伝えるくらいでこんなにも心臓が破裂しそうになってんの……?

 ……ま、そりゃそっか。解ってても、振られるっていうのはすんごいエネルギー使うもんなぁ。

 こないだ経験したばっかの辛い辛いアレを今からまた味わうのか〜……と心が理解しちゃってれば、緊張なんかしないって方がどうかしてる。

 

 やべぇ……心臓がバクバクと頑張りすぎるもんだから、熱い血が脳に巡りすぎて、なんかもうのぼせちゃったみたいにクラクラする。

 あの時の私は、この告白さえ乗りきれれば、もうこの先の人生でこれ以上に恐いモンなんてないぜ! なーんて思ってたのに、あぁ、なんて情けないんざましょ、私ったら。

 

「比企谷先輩……」

 

 でも、それでも私は頑張っちゃうよ〜? せっかく来てくれたんだもん。せっかく会えたんだもん。私の全部を伝えなきゃもったいないじゃん!

 

「……今から私は、先輩に告白します」

 

「……は?」

 

 私の告白するぞ宣言に戸惑う先輩。

 そりゃそうだ。告白しますって告白なんて聞いたこともない。私自身だって『ちょっと私なに言っちゃってんの!?』って、若干ビックリしてるくらいの酷い妄言。

 

「……い、いや、あの……家堀の告は……き、気持ちはクリスマスのとき聞いてんだけど……」

 

「ち、違うんです……! あんなのは違うんです……! 確かにあれは私の想いで間違いはないですけどっ……でも私の言葉じゃなかったから……。気持ち伝えるのが不安で恐くて、勢いで乗り切れるようにラノベの台詞パクっただけですもん……! な、なので、今から改めて自分の言葉で伝えたいんです」

 

 私の言葉に、比企谷先輩は早くも逃げ出したそうに身悶える。

 くふぅっ……も、萌える〜っ……

 

 いやいや萌えてる場合じゃないから。今はシリアスパートだからね? ギャグな流れはお引き取り願いま〜す!

 

「でも、ですね……?」

 

「……おう」

 

「そ、そうは思ってたんですけど……私ってば情けないことに結構緊張して震えちゃってまして……あ、あはは〜」

 

 苦笑いでそう言うと、私はカタカタと小刻みに震えている左手を先輩の眼前にかざしてみせる。

 わざわざ緊張してる様子を見せつけるなんて、ちょっとあざとすぎかしら?

 ……でもこれはこれから先輩に勇気をもらう為の作戦だったりもするのだ。対比企谷先輩だけならば、私のあざとさはいろはをも超えるッ!

 

「だから先輩……ちょっとだけ、勇気をくださいっ……」

 

「え? ちょ? 家堀さん?」

 

 慌てふためく比企谷先輩をガン無視して、私はベッドの上に無造作に置かれた先輩の右手にその左手を重ね、一本一本指を絡める。

 

 ふぁぁ〜……やっぱ先輩と繋がれるのは、とんでもない安心感を得られるんじゃ〜……。ま、まぁそれ以上にドキドキもんだけど。

 

「な、なんでいきなり繋いでくんの……!?」

 

「お、落ち着くからです……! だめ、ですか……?」

 

 いろは超えに定評のあるあざとさで攻め込みまくる私。潤んだ上目遣いでの「だめ?」ってズルいよね。こんなのに逆らえる男の子なんて存在しないでしょ。これに逆らえたらモーホーを疑っちゃうレベル。

 特にこの人は、年下女子のワガママに尋常じゃなく弱いのだ。

 

「だ、だめじゃねーけど……」

 

 とまぁこの通りなわけですよ。比企谷先輩マジチョロイン。ふひっ。

 

 

 先輩の、優しい温もりと緊張からくる湿り気を感じられた私の震える手は、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 私はそんなワガママな手にぎゅっと力を込めて、先輩の温もりをさらに手のひらいっぱい胸いっぱいに味わう。

 

 ──よっしゃ、これならもう大丈夫! やっぱ比企谷先輩は私の精神安定剤だね♪

 

「……えへへ〜! ほらほら、比企谷先輩もぎゅって握ってもいいですよ?」

 

 てか私、落ち着けたからってちょっと調子のりすぎじゃね? なに言っちゃってんのかしら!

 

「……いやなんでだよ、いいから」

 

 んー、もう可愛いなぁ、照れ照れじゃないですか。やべーよ! この空気、砂糖吐き出しちゃいそうだよ!

 そんな照れまくりな比企谷先輩の横顔を見て微笑む私は、より一層ぎゅぎゅっと手をにぎにぎすると、ふぅぅ〜……と深く息を吐き出したのだ。

 家堀香織の想いを伝える為に……

 

 

× × ×

 

 

「比企谷先輩は、今日がなんの日か知ってますか?」

 

「……な、なんの日? いや知んねぇけど……なんかあったっけ? バレンタイン前ってことくらいしか分からん」

 

「ふふ、そうです。ま、それがヒントとも言えるんですけどね。……ほら、私去年も先輩にバレンタインよりも前にチョコ渡してるじゃないですか?」

 

「……あー」

 

「そうです! 今日はまさかの初デート記念日なんですよ? 私と先輩の。私と先輩の! 大事なことなので二回言っちゃうくらいの記念日なんですよっ」

 

 そうなのだ。小町ちゃんにバレンタインの相談をした時、当日は無理だと言われた瞬間に、じゃあ……と思い浮かんだのが今日だったんだよね。

 初デート記念日とか考えてお祝いしちゃう女とか、ちょっと痛くて面倒くせー、なんて思ってたはずなのに、一旦乙女が仕事始めちゃうと、意外にも毎日の些細な出来事にも、なにかしらの記念とか意味を見いだしちゃったりするものみたいよ? と、あたかも恋愛マスターかのように偉そうに語りますは、現在乙女真っ盛りな恋愛ぺーぺーなどうも私です。

 

「実は……ですね。私ってば、もうあの時にはすでに比企谷先輩ラブだったりしてまして……」

 

「っ……」

 

「ひひっ、照れてる照れてる」

 

「……うっせ」

 

「……でも、実はあの日を最後に、比企谷先輩との繋がりを断ち切ろうって思ってました。……先輩には特別な関係があるから、私は先輩を好きになっちゃいけないって思ったから……」

 

 そう。あの日は人生最良の日であると共に、人生で一番辛かった日でもあった。

 

「だから、あの日は無理を言って付き合ってもらって、そして……先輩からお借りしてたラノベを全部返して、唯一の繋がりを断ち切って、全部精算しちゃおうって思ってました」

 

「……」

 

「……でも、めっちゃ楽しくてめっちゃ幸せで、今日で先輩と無関係の関係になるのなんて嫌だ! なんて思っちゃったりもして……それでもやっぱ我慢して、私はラノベを返したんです」

 

 あの瞬間の出来事は未だに夢に見るときがある。

 比企谷先輩に手渡したラノベの重みが一瞬にして消失してしまった、あの時の手の軽さを。あの時の喪失感を。

 

「……ふふ、でも比企谷先輩が悪いんですからねっ? せっかく私が断腸の思いで自分から繋がりを断ち切ったのに、先輩ってば次の瞬間には新しい繋がりを勝手に手渡してくるんですもん。ちゃんと断ったのに「気にすんな」って!」

 

 未だに見るあの日の夢には続きがある。

 あまりの喪失感にかられた私の手と心が、新しい繋がりの重みを感じられて目が覚めるのだ。

 その夢見から覚めた私は、必ず涙を流してた。ふひひ、もちろん嬉し涙だゾ?

 

「……あんなんズルいですってば。どんだけ私の心を揺さ振ってくるんですか。もうあれですよあれ、吊橋効果? 不安と安心感で想いが増し増しで倍率ドンですよ! パルス逆流しちゃって比企谷汚染でエマージェンシーですよ! だから……私が比企谷先輩にメロメロなのは致し方のないことなのですよ! ドゥーユーアンダスタァン!?」

 

「いや……全然分かんねーし、なんだよそのテンション……」

 

「はっ!?」

 

 ん! んん! つ、ついついテンションがMAXに。ドロシーリラックス〜。

 やっぱ好きな男の子のことを語ると熱くなっちゃうわね。

 まぁその語ってる相手が本人ってのがかなりおかしな事態だけど。

 

 無駄テンションに若干引き気味な先輩ではあるものの、私の愛の気持ちを特に否定もせずにちゃんと聞いてくれている。この捻デレ先輩なら、私の愛の説明についてなにかしらの否定でもしてくるかと思ってたんだけどな。それは一時の気の迷いだ、勘違いだ、なんて……分かったような顔しちゃってさー。

 でも今日は不思議とそういう態度が見られない。 ……んー、私の気持ちをちゃんと受け入れてくれてるってことかな……? だとしたら嬉しいなっ。

 

 まぁなんにせよこれは好都合なわけだし、だったら今のうちにバッチリ畳み掛けてやんよ!

 

「と、とにかくですね!? ……なにが言いたいのかといいますと、その……わ、私は…………ひ、比企谷先輩のことが……どうしようもないくらい好きってことなんですっ……そ、そしてそれは全部……ぜーんぶ! 比企谷先輩が悪いってことです! この天然スケコマシ!」

 

「すみません……」

 

 熱く甘い告白の最中だったはずなのに、なぜか罵倒しなぜか謝る男と女。どうしてこうなった。

 

「あの日からはぶっちゃけ色んなプレッシャーとの戦いの日々でした……! 精神的にも物理的にも……。うぅ……お、思い出しただけでも胃がっ……」

 

 ホント圧が凄いんだよあいつら!

 ちっきしょ〜! なんでよりによってライバルが我が総武が誇る美女達……しかも魔王なんだよぅ……

 

「ディスティニーデートだってクリスマスデートだって、こっちは文字通り命懸けだったんですからね!? なんど吐血したことかっ……」

 

「……なんでキレてんだよ痛い痛い爪立てないでくださいごめんなさい」

 

「……」

 

 ホントこいつ人の苦労分かってなさ過ぎだよこんちくしょうめ……!

 いやまぁ略奪する気まんまんで抜け駆けしまくる私が一方的に悪いんですよねすみませんいろはゆきのんガハマさん!

 

「……とまぁホント色々あったわけなんですけども、私はそんな命の危機を何度乗り越えようとも、それでも比企谷先輩への想いを大事にしてきたわけなのですよっ……それこそ、ハーレム要員のひとり程度の存在なんだとしても、先輩の傍に居られればいいってほどに……!」

 

「……あれ冗談だっつってたじゃねぇか……ま、まぁその……なんだ……あ、ありがとな」

 

「!?」

 

 ひ、比企谷先輩が好き好き言われてありがとう、だと……? なんなのデレ期なのん?

 

 まぁデレ期かどうかは分からないけど、とにかく私はここまで言い切ったのだ。

 正直、想像してたよりはなぜか不思議とムードが全っ然無いんだけど、そこはほら、まだまだ乙女が初心者マークを付けてる私ですから? これでもかなり頑張った方じゃないのかな? 上出来なんじゃないのかな? なんて自画自賛しております。

 

 

 ここまで来れば、もう私が伝えたいことはあと少しだけ。

 もう一度深く深く息を吐き出し、強く握ったままの手と手に視線を向けてみる。

 

 ……あれ? 私、いつの間にか先輩の手を両手で握ってたみたい。左手は先輩の指に絡めたまま、右手はその手と手を包み込むようにそっと添えて。

 右手は添えるだけ。どうやら私は無意識に安西先生の教えを守ってたみたいです。 あれ? ゴリの教えだったっけ? どっちでもいいわ。

 

 

 ……私は両手で包み込んだ比企谷先輩の手を胸元でぎゅっと強く握り、潤々な瞳で先輩の目を見つめ、そっと唇を開く。

 今こそ言うのだ。あなたに届け、マイスウィートハート!

 

 

「比企谷先輩……! 私 家堀香織は、比企谷先輩のことが信じらんないくらい大好きですっ……大変な時期だからご迷惑はお掛けしたくなかったんですけど、ここまで言っちゃったらやっぱ言っちゃいます……! ついこないだ振られたばっかなのにアレですけど、わ、私は……比企谷先輩の…………かっ、彼女になりたいでしゅっ……!」

 

 

 …………。

 

 

 さ、最後の最後で噛むのかよっ……(吐血)

 あと一歩! あと一歩だったでしょお!? なんで最後にやらかしちゃうのかなぁ、このばかおりぃ!

 

 

「……ま、まぁその、なんだ……よ、よろしく頼む」

 

 

 ホント私ってどこまで残念なのよぉぉ……!

 うえ"ぇぇんおかーさぁん! もうちょっとだけ残念さをマイルドに産んで欲しかったよぅ……!

 

 

 

 

 

 

 …………ん?

 

 あ、あれ? いま先輩すごいこと言わなかった……?

 

「……あ、あのぉ……い、今なんて言いました……?」

 

「……な、なんでもねぇよ……」

 

「いやいやいやいや! い、今「よろしく頼む」って言いましたよね……!?」

 

「……チッ、ざけんな聞こえてんじゃねぇかよ……」

 

 え? ちょいとお待ちよ八幡さん! そ、それって……?

 

「ど、どどどどゆことですかねソレ!? え? え? か、彼女になりたいって告白に対してよろしく頼むって返すってことは……え? ま、まじ?」

 

「……」

 

 未だイマイチ理解が追い付かないでいる私がキョトンと先輩を見つめていると、この人は肯定も否定もせずに、真っ赤になってスッと目を逸らすのだった。

 

 

「……え、えぇぇえぇぇえぇぇっっっ!!?」

 

 

 その瞬間、私の部屋は本日二度目の絶叫に包まれた……!

 

 

× × ×

 

 

 ちょ、ちょっと待ってね? い、いま一旦落ち着いて状況を生理するからね? って全然落ち着いてないわ。混乱しすぎて女の子の日が来ちゃったよ。乙女としてのこの大事な局面で下ネタはやめなさい。

 

 ……でもいくら考えても、一人では一向に答えなんて出そうもないメダパニ中の私は、もう一人の当事者にこんな問いを投げ掛ける。

 

「ななな、なんで私なんですか!? い、意味わかんないんですけど! 頭腐っちゃいました!?」

 

 ……こっちから交際申し込んどいてこれは酷い。近年稀に見る酷さだよ!

 もちろん比企谷先輩も存分に顔が引きつっておられます。

 

「ちょっと待って? あれ? なんで俺ディスられてんの? …………くっ、ちくしょう言うんじゃなかったわ……やっぱさっきのは無しの方向で」

 

「いやぁぁぁぁ! 嘘です冗談です間違いです混乱して私の頭が腐っちゃっただけですごめんなさい無しにしないでぇぇ!」

 

 泣きながら大好きな男の子に必死ですがりつく様は、とてもじゃないけど告白が成功した女の子には見えないね☆

 あっれぇ? 告白ってさぁ、もっとこう……ムーディーな空気が漂うものじゃないのん? 先輩も「うぜぇ……」とか言って顔ヒクつかせてるし。

 

「……う"ぅ〜、で、でもなんでホントに私なんですか……? だ、だってこないだ振られたばっかだし、比企谷先輩には雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩もいろはもいるのに……!」

 

「……え? なに? こういうのって理由言わなきゃダメなの? すげぇ恥ずかしくて嫌なんだけど……やっぱさっきの無しにしない……?」

 

「それはやだぁぁ!」

 

 もう完全に駄々っ子である。たぶんあと一押しで床に転がって手足バタつかせられる自信あるぜっ?

 

「……はぁ……チッ、しゃあねぇな」

 

 すると比企谷先輩はいつもお決まりのポーズ、そっぽを向いての頭ガシガシを始めた。

 こうなった先輩は、大抵どんなお願いでも聞いてくれる確変モードだ。こういうトコ大好き!

 

 こんなに恥ずかしそうに悶えさせてまで説明を要求するのはホント申し訳ないけど、でもやっぱこのままだと全っ然実感湧かないんだもん! なんならドッキリ大成功ってプラカード持ったいろはが部屋に突入してくんじゃないの!? ってくらい不安。

 

 

 そんなおバカな不安にかられた私に気を遣ってくれたのか、渋々ではあるけども、比企谷先輩は秘めた想いを語り始めてくれたのだった。

 

 

× × ×

 

 

「……なんつーか、俺は今までの人生で碌な目にあってこなかった。そんな人生の中で学んだこと……それは他人を信用しないってことだ」

 

 ……うん。それはなんとなくだけど分かってる。比企谷先輩は他人を信用する事を恐がってるって。

 

「……別に、他人を信用して裏切られるのが恐いからなんて、そんな綺麗な理由じゃあない。……ただ、他人を勝手に信用して勝手に裏切られたと感じてしまう自分が気持ち悪いだけだ」

 

「勝手に信用して、勝手に裏切られる……?」

 

「…………他人を信用するってことは、裏を返せばそいつに自分の希望を、理想を押し付けるってことだ。そいつのことなんて何一つ理解してないくせに、勝手に理想を押し付けて勝手に失望する。そういう自分が堪らなく気持ち悪い。だから俺は他人を信用するのをやめた」

 

 

 ……私は、そんな風に考えたこともなかった。

 友達を……他人を信用するってことは、自分には信じられる他人が居るってことだから、それは素敵なモノなんだって思ってた。

 

 比企谷先輩のその考え方は確かに一理ある……けど、一理はあるんだけど、なんだか悲しい。

 そしてこの素敵な先輩にそんな考え方をさせてしまってきた、今までの比企谷先輩の周りの全てが悲しい。

 

「……でもまぁそんな俺にも、信用しちまってもいいのかも知れないってモノが、場所が出来たわけだ」

 

「はい。奉仕部といろは、ですよね」

 

「……あとはまぁ……なんだ……か、家堀もな」

 

「ぁぅっ……」

 

 ちょ、ちょっと八幡さん!? 不意打ちでスケコマすのはやめていただけないかしら!? しかも自分で言っといて超悶えてるし!

 

 その後二人してしばらく悶え苦しんだわけではありますが、ひとしきり悶えると先輩はその続きを紡ぎだす。

 

「……そんなわけなんだが、それでもやっぱりあと一歩が踏み出せなくてな。確かにこいつらなら信用したい……でも俺はそんなこいつらに理想を押し付けてしまってもいいのか……? いつの日か、失望なんてしちまったとしたら……? 俺はそんな自分が許せるんだろうか……ってな。マジで自意識過剰もいいとこだ」

 

 

 ──そっか、あれほど奉仕部を大切に思ってた比企谷先輩が最後の一歩を踏み出せなかったのって、そういう理由なんだ……

 

「……でも、な」

 

「?」

 

「でも……アレは効いたわ。マジで鈍器で殴られた気分だった」

 

「……なにが、ですか……?」

 

「……表参道のお前の告……叫びだ……」

 

「ふぇ!?」

 

 え? いきなりそこ飛んじゃうの!? まだ心の準備ってものがぁっ……!

 

「ったくよ……あんなアホな真似、フィクション以外で聞いたこともねぇよ。……あんなんされたら、信用だの理想だのとウジウジ考えてる自分が馬鹿みたいに思えてくるわ」

 

「あ、あはは……」

 

「だからまぁ、思っちまったんだ。あんなアホな真似を真剣に、必死な顔してやらかした家堀を見てたら、こいつなら……って」

 

「わ、私……なら?」

 

「こっちが勝手に理想を押し付けたところで、家堀ならそれ以上に斜め上から思いっきり打ち返してきてくれんのかもな、……あまりにも斜め過ぎて、仮に俺の理想を裏切られたとしても、ま、家堀ならしゃーないか、……だからまぁ、こいつなら信用してもいいんじゃないのか? ってな」

 

「……っ」

 

「……どんなに綺麗事ぬかしたところで、結局どう転んでも人間なんて他人に理想を押し付けちまう生きもんなわけだしな。……だからもしかしたら、理想を押し付けても大丈夫だと本気で思える関係、裏切られたとしても、まぁこいつにならいいかって気持ちを本気で抱かせてくれる関係こそが、俺にとっての本物、ってやつなのかもな。……まだよく分からんけど」

 

「ひ、ひぐっ……」

 

 ……やばい、どうしよう。なんか自然と涙が溢れてくる。なんだか今、本当の意味でようやく比企谷先輩と心が繋がれた気がした。

 今まで一緒に遊んだり、笑ったり、手を繋いだりして何度も味わった胸のポカポカだけど、今の私のポカポカ具合はそんなのの比じゃないもん。

 

「……まぁさすがにあの時は恥ずかしすぎて死にそうだったから即断ったが、ぶっちゃけあん時から頭から離れなかったんだよ……家堀の真剣なアホ面が」

 

「……う、うぇ"ぇ〜……」

 

「……そ、それにあれだ。家堀ってかなり残念な奴だし、あんま肩肘張らなくて済むから気が楽だしな」

 

 ……ぐぅっ! 結局行き着く先は残念さかよ!

 ふふん、どうせ涙まみれ鼻水まみれで先輩を見つめている私の熱視線に照れくさくなっただけの軽口だろうけどね。

 

 

「……比企ぎゃやぜんばぁい……それは酷いでずよぉ〜、もぉ〜……!」

 

 てか私ってば、こんな素敵なシーンだってのに、まともに喋れもしないとか酷くね? 格好わりぃ……!

 

「……だからまぁ、なんつうか……こんな俺でもよければ、……よろしく頼むわ」

 

 そう言ってまたぷいっとする比企谷先輩に、私は言ってやらねばなるまいね。

 涙声だから上手く伝えられるかは分かんないけども、でも、ちゃんと言ってやんよ! 今の私の心からの気持ちってやつをさぁ!

 

 

「……比企谷しぇん輩! わ、私ぜっだいに後悔なんてさせまぜんがらぁ……! わだし、じぇったいに先輩を幸せにじてみせましゅ……!」

 

「お、おう……よ、よろしくお願いします……?」

 

 

 脳内ではリトルかおりんが「おい噛み噛みやんけ! あとそれセリフが男女逆や!」と全力で突っ込んでるけども、今はもうそんなことどうだってよかろうもん!

 だって今のはまごうことなき家堀香織の本心なんだから。

 

 たぶん誰にも語ったことのない本心を語って、私の想いを優しく受け入れてくれた大好きな比企谷先輩。

 私は、この人に心の底から人を信用させてあげたい。そして信用してもらいたい。

 だから私は全身全霊を持って、あなたをずっと好きでいます。

 

 

 

 ────こうして、あまりにも残念な告白劇は無事に終幕した。

 ま、残念な私と残念な比企谷先輩の告白劇だし、こんな感じが妥当なトコよね♪

 

 

 そして恋の結末はと言うと大方の予想が外れ、伏兵のいろはどころか、なんとなんと、大穴単勝万馬券の私 家堀香織が、四角抜けて直線大外一気、恋のターフをズバッと駆け抜けたのであります!

 ……そう! 今日この日、ついに私と比企谷先輩のお付き合いが決定したのであります! ひぃやっほぉぉぉい!

 

 

× × ×

 

 

「〜〜〜♪」

 

「……」

 

「〜〜〜♪」

 

「……あの」

 

「はい?」

 

「恥ずかしいんだけど……」

 

「私は超幸せですよっ?」

 

「……さいですか」

 

 

 私たちは今、自宅から最寄り駅までの道のりを、にぎにぎと手を繋ぎ合って歩いている。ふへへ、もっちろん恋人繋ぎでぇ! しかもぶんぶん振って元気に歩いておりますです!

 え? バカップル丸出しウゼェ? はいはい悔しいのう悔しいのう!

 いやん私リア充なんで爆発させられちゃいそう!

 

 

 ついに夢の交際が開始したものの、受験生である比企谷先輩を長時間拘束しとくわけにもいかないので、残ったケーキを早く食べてもらって、なるべく早く帰っていただくことにしたのだ。

 あ、もちろん残ったケーキは全部あーんで♪

 ……すみませんね、所々でウザさが滲み出てしまって。

 

 

 で、先輩には早く帰ってもらいたいものの、少しでも一緒に居たいという相反する想いががっぷり四つに組んだ結果、駅までの道のりを送っちゃおう! と、当然の思考に行き着くのは自明の理。なので現在、二人仲良くお手手繋いで歩いてるのだ!

 うふふ、なんて幸せなんでしょ。だってさ、今まで何度も味わって何度も諦めかけてたこの手の温もりが、これからはもう私の独占なんだぜ!? え? 比企谷独占禁止法違反に引っ掛かるだろって? えへへぇ、それは世界中で私だけには適用されませーーーん!

 ……だ、大丈夫かな、マジでウザくね……?

 

 

「いやー、やっぱ寒いですね〜。ま、手があったかいからいいですけど」

 

 もう私の熱と先輩の熱がくんずほぐれつ交ざり合ってポッカポカ! あと胸もね〜。

 

「……まぁ、だな。……俺はさっきから周りの視線ばっか気になってそれどころじゃねぇけど」

 

「視線、ですか?」

 

 まぁそりゃそっか。なにせ私のテンションがヤバいからなぁ。

 高校生カップルが手をぶんぶん振って鼻歌うたってるとか、はたから見たらかなりヤバい。どんだけ浮かれてんだよ。

 

「……あのな、俺は付き合ったこととかないからこれが普通なんだかなんなんだか知らんけど、俺はお前と違ってこういうの慣れてないから、お前が思ってるよりずっと恥ずかしいんだからな……?」

 

「……へ?」

 

 ん? あれ? な、なんかこの人、今とてもじゃないけど看過できないこと言わなかった……?

 

「え、えと……な、慣れてるとは……ど、どういうことでしょう……?」

 

「いや、だって家堀って付き合ってるヤツ居たんだろ? 一色から聞いたぞ。まぁ何人くらい居たのかまでは聞いてないけど、お前ってよく無理やり手とか繋いでくるし、こういうのって慣れてんじゃねぇの?」

 

「ちょっと待ってぇぇぇ!!?」

 

「うおっ! びっくりしたぁ……」

 

 

 い、いろはぁぁ!? あ、あんたなに言ってくれちゃってんのぉ!?

 くっそがぁ! なに爆弾落としてくれてんのよ! しかも何人くらい居たとかなに!? 無理やり手を繋いでくるとか何人も経験がありそう的ニュアンスとか、私はビッチか! 私ビッチとかじゃないですから! 風評被害が尋常じゃないじゃない!

 も、もし比企谷先輩がアノ病気だったらどうしてくれるつもりだったのよぉぉ!?

 

「ご、ごごご誤解です比企谷先輩! わ、私べつに彼氏なんて……あ、いや、彼氏みたいなのが居なかったワケではないんですけど……で、でも! ホ、ホント友達の延長線みたいなのが一年以上前にひとり居ただけですから……!」

 

「お、おう……」

 

「だ、だから安心してくださいっ……」

 

 そして私はここに宣言する。真っ正面から比企谷先輩の両手をしっかりと取り、真っ直ぐに目と目を合わせ、力いっぱい、誠心誠意心を込めて。

 

 

「……私、初モノですから!!」

 

「…………は?」

 

「比企谷先輩に手を出されるまでは、処女厨にもばっちり対応可能、お客様満足度No.1ですよっ?」

 

 ぐっ、と可愛くガッツポーズを決める私に、なぜか真っ赤な顔で引きつってる比企谷先輩。たぶん今までの比企谷人生で一番ドン引かれている模様です。

 ……あっれ〜? 私なんかダメだった? だってさ、童貞男子がこじらせがちな重い病なんじゃないのん……?

 こんなん誤解されたままとか有り得ないっしょ。いやマジで。

 

 

 でも、ん? ……あまりにも突然の衝撃的展開で軽く自我を失っちゃってたけども……冷静に考えたら、私とんでもない失言しちゃってね……?

 

 

 

 ってアホかぁぁぁ!

 私なに言っちゃってんの!? 馬鹿なの? 死ぬの?

 なにこんな澄み渡った冬空の下、出来たばっかの大好きな彼氏に、声を大にして処女宣言しちゃってんの!?

 

 初モノですから(キリッ)

 

 比企谷先輩に手を出されるまでは以下略(ドヤァ)

 

 

 じゃねーよ……! うぅ、もう恥ずかしすぎて死にたいでござる(白目)

 いやダメよ香織、今はまだ死んじゃだめ! 生きろー!

 

 

 と、比企谷先輩との幸せ未来と恥ずか死を天秤に掛けて悶え苦しんでいるうちに、気付けばもう駅前。

 Oh……先輩との貴重な時間がぁぁ……

 

「あはは〜……アホな冗談言ってたら、あっという間に着いちゃいましたね」

 

「……どう見ても本気丸出しのアホ面だったろ」

 

 ちっ、誤魔化せなかったぜ……!

 

「ま、まぁそれはともかくとして、その……今日はホントにありがとうございました。なんといいますか……そのぉ……今までの人生の中で、一番幸せでしたっ……」

 

「……ぐぬぅ……そ、そうか……」

 

「うへへ、悶えてる悶えてる〜」

 

「お前だって目ぇ泳いでんだろうが……」

 

「ぁぅ……」

 

 自分で言っといて恥ずかしがるなら、わざわざからかうなってところですよねー。

 ……だ、だってぇ、恥ずかしそうに悶えてる先輩が超可愛いからいけないんですからね……? つまり私は悪くない。比企谷先輩が悪い。

 

「つまり悪の元凶は比企谷先輩です」

 

「いやなんでそうなる。意味分からん……」

 

 駅には着いたものの、しばらくの間はこんなしょーもないやり取りが続く。

 だってさ……離れたくないんだもん。比企谷先輩はどうなのかな……?

 

 

 でもでも、いつまでもこうしてるわけにはいかないよね。なんの為に交際スタート当日という人生最良の記念日に、こんなに早く先輩を帰すと思ってんのよ。初志貫徹だよ、香織!

 

 

「……おっと、いつまでもこんなトコで油売ってる場合じゃないですよね、比企谷先輩は! 私、足を引っ張りたくないんです。出来れば先輩の勝利の女神様になりたいんで! ってことでホラホラ、とっととお帰りくださ〜い」

 

「いや、お前が手を離してくんないから帰れないんだが……」

 

「おうふ……」

 

 結局私かよ。だってもう泣きそうなくらいに名残惜しいんですものっ……

 

 ふふ、でも比企谷先輩? お前が離してくれないからとか言いながらも、さっきから先輩からのぎゅぅっとした握力だってしっかり感じてますよ? えへへ〜、まったくぅ、そんなんじゃ捻デレ名人格下げしちゃいますからねー♪

 

 

 ──そしてあまりにも名残惜しむ絡み合う指と指を、一本……また一本とほどいていく。

 ああ……相変わらずこの瞬間はやだなぁ……徐々に先輩の体温を失っていく、このどうしようもない喪失感。

 それでも、確かにこの喪失感に苛まれる私の心は酷く脆くて酷く儚いけれど、それでも……うん。今日は少しだけ我慢出来そう。

 だって昨日までとは違うもん。この手と手は……指と指は、またすぐに繋がれることを約束されてるんだから。

 

「それでは比企谷先輩、超頑張ってくださいね! 次に会うのは、先輩が第一志望に決まった時です!」

 

「だな。まぁ程々に頑張るわ。んじゃあな」

 

 ゆっくりと去っていく比企谷先輩の背中。

 またすぐに会えるんだから今日は我慢できるはずなのに、それでもやっぱりとんでもなく寂しい。あともう一瞬だけでも、先輩の温もりを感じたい。

 

 そんな欲望にあっさりと敗北してしまった私の弱くて可愛い乙女心は、遠ざかる比企谷先輩の背中へとすぐさま走りだす。

 追い付いた先輩の腕にむぎゅっと抱きつくと、腕をぐいっと引っ張り、そして…………私の顔と先輩の顔の距離をゼロにしたのだ。

 

「な!? お、お前いきなりなにしやがる……!」

 

「……ふっふっふ、さっき言ったじゃないですかー? 勝利の女神様からのプレゼントは、熱っつ〜い口づけが定番ですよ?」

 

 ホント恋する乙女が暴走中☆ だって、我慢できなくなっちゃったんだもん!

 

「ま、今のはまだ頬っぺですけど、これも私の初モノですよー? んでぇ、唇同士の初モノは、第一志望に合格したら、あ・な・た・に・あ・げ・るっ!」

 

「……アホか」

 

「えへ」

 

 

 ……ついに、ついに私のファーストキスが奪われちゃいました! (強制)

 

 顔は熱いわ胸はドキドキだわでもう大変だけど、ようやくほんの少しだけ満足した私の心は、今度こそ改札に飲み込まれていく比企谷先輩の背中を大人しく見送ることを、ギリギリのラインで許可してくれたみたいよ?

 ぷっ、先輩ってばずっと頭ガシガシしてやんの! 今夜興奮して勉強に身が入らなくなっちゃったらどうしましょ?

 ……でも、大丈夫だよね? だって、私との唇同士の初モノを得る為に、先輩は絶対に合格してくれるはずだもーん! いひひっ。

 

 

 

 

 ──家堀香織十七歳。こうして私はついに比企谷先輩とのラブラブちゅっちゅな生活を手に入れた!

 思えば山あり谷あり……基本谷しかなかった気がしないでもないけれど、諦めずに願って諦めずに頑張ってれば、いつかは夢だって叶うんですな〜!

 

 当面しなくちゃいけないことと言えば、うん。帰ってママンにご報告かな? あとひとつ絶対にしなくちゃいけない命に関わることもあるけれど……

 う、うん。今だけは、今日だけは忘れとこうね……!

 

 

 だって今日は私史上最大級の幸せ記念日。今日だけは…………

 

 

 今日だけは、この素晴らしいバレンタインに祝福を!!

 このすばっ☆

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──エピローグ──

 

 こっからがエピローグなのかよ。

 

 

 

 週が明けた月曜日のお昼休み。私はいろはを特別棟の屋上に呼び出していた。

 

「……う、そ……」

 

「……ごめん」

 あれだけ逃げ出したかったいろはへの報告。

 ホントはしばらく黙ってたかったけど、でもやっぱ……それは私の中のなにかが許さなかった。

 

 

 あとからノコノコ現れて、出し抜いて抜け駆けして比企谷先輩を横からかっ攫ってしまった私には、恐かろうがなんだろうが、ちゃんと伝えなきゃなんない義務があるから……

 だって、これを伝えるまでは、いろはは先輩とのこれからの関係に希望を持ったままでいなきゃいけないんだもん。……そんなの残酷すぎる。

 

 ……あはは、そんなの私の単なるエゴじゃん……

 ただ少しでも罪の意識を軽くしたいだけのくせに、綺麗ごと言うなよ私……

 

 

「ホントごめん……」

 

「……」

 

 私からの、比企谷先輩との交際宣言に絶句するいろは。俯いたまま、ギリギリとスカートを握っている。

 

 ──これで、私たちの友情も終わっちゃうのかな。

 って、私はなにを甘いことを言ってんだろ……これでまだ今まで通りの関係で居たいだなんて、そんなのはあまりにも傲慢だ。

 私は……親友の本物を奪ってしまったんだから……

 だから私は、殴られる覚悟で、絶縁される覚悟で伝えにきたんだ。

 

「……香織」

 

 長い沈黙のあと、いろははゆっくりと顔を上げた。

 ……あんたは今どんな顔をしているの? 涙まみれの哀しい顔……? 憎たらしい略奪者を睨む恨みの籠もった顔……?

 

 ……見たくない。私はそんないろはの顔は見たくない。

 吐きそうなくらいに胃がキリキリしてるけど、胸が張り裂けそうになるけども、でも私は見なくちゃいけない。それが私の責任なんだから。

 

 

 

 泣きそうになりながらも歯を食い縛っていろはの顔を真っ直ぐに見る。

 ……そこには、……ん?

 

 

「やったね、おめでとー香織っ」

 

 

 あ、あれ……?

 そこにはなぜか満面の笑顔のいろは。

 

「い、いろは……?」

 

 わけが分からず呆然としていると、いろはは私をそっと抱き締めてくれた。

 

「ホント良かったね。香織はずっと先輩のこと大好きだったもんね」

 

「いろ、は……」

 

 まさかこんなことになるなんて……

 優しく抱き締めてくれるいろはの優しい体温を全身で味わいながら、私はうっすらと瞳が潤み始めたのを感じた。

 

 ──いろはにとっては憎い裏切り者でしかないはずなのに、それなのにこの友達はこうして祝福してくれるんだ。……ああ、私はなんていい友達を持ったのだろう……

 

「えへへ、ホント香織で良かった……! 先輩が香織を選んでくれて良かったよ。……だって」

 

 感激に浸っている私の耳元で、いろはが優しく囁く。

 

 「だって……香織はわたしの大切な友達だもん」とかって言葉が続くのかな…………なんて、お花畑脳みたいに思ってた時期が私にもありました。

 

 

 

「……だって、あの二人を選ばれちゃったら勝ち目なかったかも知んないけど、香織くらいだったらどうとでもなるし……♪」

 

 ん?

 

「……あれ?」

 

 え? なんだって?

 あっれ〜? おかしくな〜い? 私が想像してたのと全然違うセリフが聞こえたぞ〜?

 

 そんな縁起でもない一言を私の耳に残したいろはは、私からすっと離れる。

 なんだか嫌な予感しかしないけど、恐る恐るいろはの顔を覗きこんでみると、そこには先ほどまでとなんら変わらないニコニコな満面の笑顔が………………って違っがーうっ!?

 表情は一緒なんだけど、ひ、額には怒りマークがくっきりと浮かび、頭上にはピキッとオノマトペが付いていらっしゃる!?

 

 

「ねぇ香織ー、わたしこう見えて結構怒ってるって知ってるー?」

 

「は、はひ」

 

「いやいやマジでビックリなんですけどー。まさかこの時期に抜け駆けされちゃうとかありえなくないですかねー。わたしだって自重してたのになー」

 

 ひぇぇ……なんか全部棒読みだよぅ……

 

「先輩の初めての彼女に絶対なってやるー! って頑張ってたのになー」

 

 ふぇぇ……目に光が宿ってないよぅ……

 

「だからわたしいま超イラついてんだけどー、……でも、ね」

 

「……う、うん」

 

「実はわたしさ、いや違うね。実はわたし達さ、もしかしたらこうなる可能性もあるかもって、結構前から話し合ってたんだよねー」

 

「……へ?」

 

 え、なにその『わたし達』って。ちょっと危険な香りしかしない単語なんですけれども……

 

「ねぇねぇ香織、今から面白い話きかせてあげよっかー」

 

 なにそれ絶対面白くなさそう。でも聞きません結構ですって選択肢なんてあるはずもなかった。うん知ってた。

 

 そしていろはは私からの返答など一切待たずに勝手に語りだす。私にとって絶対にろくでもないであろうあの人達との会話を……

 

 

× × ×

 

 

『ではでは、わたし達はここに一時的な同盟を結びます!』

 

『ええ』

 

『うん。あたし達は、ヒッキーが絶対に逃げられないように、卒業式にみんなで告白する!』

 

『ですです! その結果がどう出ようと、うらみっこ無しですよ? 雪乃先輩、結衣先輩』

 

『あら、まるであなたが勝つかのような言い方ね、一色さん。ふふふ、面白いじゃない』

 

『ひ、ひぃぃ……! ぐっ、で、でも絶対に負けないですし、それで間違いではないですよー……』

 

『あたしだって絶対に負けないかんね!』

 

『由比ヶ浜さん。いくらあなたでも、勝負な以上は容赦はしないわよ』

 

『望むとこだし!』

 

『…………と、それはそれとしてですねー、ま、大丈夫だとは思うんですけど、ひとつだけ不安要素というか心配事がありましてですねー……』

 

『……家堀さん、ね』『……香織ちゃんだよね』

 

『……そーなんですよー。あの子、ちょー先輩大好きですし、抜け駆け出し抜き上等じゃないですかー? でも香織は奉仕部じゃないから、この同盟に入れるわけにもいかないですし』

 

『……一色さん……あなたも奉仕部部員ではないのだけれど……』

 

『あ、あはは〜……ま、まぁいいじゃないですかー。……で、ですね、あの子はこの先も絶対に暴走しちゃうと思うんですよね。……そりゃわたしもそれなりに牽制はしてますけど……でも……』

 

『……ええ、そうね。彼女の気持ちは彼女だけのもの。いくら恋敵とは言っても、彼女の想いや行動を私達が制限してしまってもいいという謂われはないものね』

 

『ですです』

 

『だよね、そんなのあたし達のエコだもんね』

 

『……由比ヶ浜さん』

 

『……結衣先輩は……地球に優しいんですね……』

 

『……? えへへ、なんか褒められちゃった!』

 

『……』『……』

 

『ま、まぁ結衣先輩はこの際どうでもいいとして』

 

『あたしどうでもいいんだ!?』

 

『まぁ、そんな感じなんですよー……だからわたしは香織の邪魔は出来ませんし、本人の自由にさせとくつもりではあります』

 

『……そうね』『……うん。それでいいと思う』

 

『……で、なんですけどー……もし、もしもですよ? もし卒業式前に香織が先輩を落としちゃったら、どうします……?』

 

『……あなたがそんな風に言うということは、それなりの根拠があるということね……』

 

『……はい。まぁ根拠とは言えないんですけど、ほら、先輩って極度のお人好しな上に年下好きじゃないですかー。……香織は年下な上にかなり残念な子なんで、先輩にとっての“ほっとけない可愛いヤツ”になると思うんですよね。それにかなり真っ直ぐな子なんで、下手したら先輩の他人なんか信用しないぜオーラを無理やり抉じ開けちゃうかもしれないなー……と……』

 

『……そう、ね。家堀さんなら、もしかしたら比企谷くんの強固な壁を壊してしまうかも……しれないわね……』

 

『……うん。香織ちゃんて真っ直ぐな上にすっごい積極的だもんね。……もしかしたらヒッキーが信頼するのって、ああいう子なのかも……』

 

『……そうなんですよー。少なくとも現時点でさえ、先輩ってかなり香織に気を許してますし……やっぱあの残念さと趣味の一致がかなり強いと思うんですよねー……』

 

『……そうね』『……だね』

 

『……で、そのもしもが起きちゃった場合、お二人はどうしますか……?』

 

『……どうする? ……そうね、悔しいけれど、確かに彼女のことを認めている部分もあるわ……少なくとも対比企谷くんに関してで言えば、彼女のあの半ば強引で純粋なやり方の方が、彼に対しては有効なのかもしれない。……ああいうやり方が出来る彼女を、羨ましく思わないこともない……私には、無理だから……』

 

『ゆきのん……』『雪乃先輩……』

 

『でもね? 私を誰だと思っているのかしら。どうするのかなんて、わざわざ聞くまでもないでしょう? …………………………………………ふふふ、全力で叩き潰すわ』

 

『ゆきのん笑顔が超恐いよ!?』

 

『……あら、ならあなたはどうするつもりなのかしら由比ヶ浜さん』

 

『……そ、そんなの決まってるし! あ、あたしだって叩き潰すもん!』

 

『……そ、その豊かなお胸で叩き潰されたら、香織圧死しちゃうかもですね……』

 

『セクハラだ!?』

 

『……そもそも言い出しっぺの一色さんはどうするつもりなのかしら? 大人しくお友達に譲ってお仕舞いにするつもり?』

 

『はい? ふふ、そんなの決まってるじゃないですかー? …………プチッと潰しちゃいます♪』

 

 

× × ×

 

 

「ってことがあったんだー」

 

 やだなにそれ聞きたくなかった! 私あの人たちに全力で潰されちゃうのん!?

 

 ふ、ふふふ……私ってば、いつの間にか総武高校を代表する美女たちに、こんなにも警戒される存在になってたのねっ……

 いやん香織ちゃんたら大出世! (白目)

 

「まぁあんな同盟を組んでたものの、実際先輩が雪乃先輩か結衣先輩を選んじゃったら、もう巻き返せないかもとか思ってたんだー。だからどうとでもなりそうな香織が相手だったら、むしろラッキー的な? 香織でいいってコトは、それはつまりあの二人じゃなくてもいいってことだし?」

 

 酷い!? いくらなんでもそりゃないぜベイベー。

 

「や、やー……き、気持ちは分かるけどー、さ、さすがに私の前で堂々とそういうこと言うのはどうなの……かな? ……ほ、ほら私、一応比企谷先輩の……か、彼女だしー?」

 

 うひゃっ! つい自然に言っちゃったけど、先輩の彼女とか、やっべ! 超照れまくりっしょ! 思わずもじもじしちゃうぅ〜!

 

「……チッ」

 

 ひぃっ! すいませんんん!

 

「……でもさ? 残念ながら香織がわたし達に示してくれたんだよ? 恋はバトルだ略奪上等だ! ってね。まさかわたしに悪いと思いながらも抜け駆けしまくってた香織が、今さら彼女ヅラして正論述べたりしないよねー?」

 

「ぐはぁっ!」

 

 Oh……こいつぁとんだ落とし穴だぜ……!

 まさか今までの自分の行動が自分の首をきゅきゅっと締めあげるだなんて!

 

「ま、そーゆーことっ。言っとくけどわたしだけじゃなくて、これは雪乃先輩たちの総意でもあるわけだし、卒業式過ぎたら香織とか関係なく、わたし達ちょー攻めまくるからねー」

 

「……」

 

「と、言うわけでー」

 

 そしていろははすっと右手を掲げ、絶妙な角度で腰を曲げる。そう、これは……

 

「短い春だろうから、そのあいだ“だけ”、先輩をよろしくでーす☆」

 

「……か、かしこまっ……(白目)」

 

 

 真冬の屋上、寒風吹きすさぶ中、とびっきりの素敵な笑顔で敬礼ポーズをびしっと決める肉食ハンターと、仔犬のごとくプルプル震えてかしこまポーズを決める弱々しい獲物のとってもシュールな絵面は、もう伝説級の名シーンとして後世へと語り継がれていくことでしょう……

 

 

 拝啓お母さま……どうやらゴールと思われた比企谷先輩とのお付き合い開始は、次なる戦い(一方的な虐殺)に向けての単なる序章だったようです……

 

 

 敬礼を終えたいろはは無言で踵を返す。ガンッと殴られ、ばったーん! と、壊れそうな勢いで閉められた扉を放心状態で眺めながら、私 家堀香織は思うのです。

 

 

 なんだ、やっぱいろはマジギレしてんじゃん。あんな無理矢理な笑顔を張りつけて強がってたけど、ホントは超悔しいんだろうな……もしかしたら、今夜はベッドで大泣きとかしちゃうのかも。

 ……それなのに、私を殴りも私と絶縁もせず、元気一杯に宣戦布告をしてくれた一色いろはという強く優しい素敵な女の子に感謝……!

 でも、私だって伊達に比企谷先輩ラブじゃないんだからね!? 絶対に譲ってやんないかんね! ってね。

 

 

 ──はぁ……どうやら比企谷先輩の彼女になれたのは、あの人たちから見たらほんの一歩のリードができただけに過ぎないみたいだけど、でも……でも!

 比企谷八幡は誰がなんと言おうと私のもんだぁぁー! ぜーったいに負けるもんか! どいつもこいつもかかってこいやぁ!

 

 

 

 

 ……あ、すみません調子に乗っちゃいました。出来ればかかってこないでいただけると、私すごく助かっちゃいますっ! かのペロ☆

 

 

 

 

ハッピーエンド♪

 






と、言うワケで…………ありがとうございました!!

思えば乙女が仕事熱心な家堀香織は、第一回ヒロインアンケートにより生み出された、いやさ読者さまによって生み出されたキャラクターでございました!
そんな香織も、この第二回ヒロインアンケートでも読者さまに選んでいただけたことにより、ついについに春を迎えることができました(*^_ ’)
(アレを春と見るか地獄の幕開けと見るかはあなた次第☆)

ここまで来るのに話数で言えば実に14話!
でもそのうち15000文字超えが2話とかあるんで、文字数だけで言えば下手したら余裕で20話以上??
(てか何文字あるんだ?これ……)
これもう香織で長編一本じゃん(驚愕)
短編集どこいった?


それもこれも、元々はモブオリ主にしか過ぎなかった家堀香織というオリキャラを愛してくださった皆々様のおかげでございます♪
本っ当にありがとうございました!


これにてデレ香織の珍道中は無事に旅路を終えたわけなのですが、まぁ気が向いたら……もしくは産みの親として愛娘の香織とまた会いたくなったとしたら、死のプレッシャーを掻い潜りつつ八幡との愛を必死に残念に深めていく、(原作ヒロインたちからしたら)ラブリーチャーミーな敵役、家堀香織のその後なんかを書いてしまうなんてことも……?なきにしもあらず?いや、ないな(笑)



てなわけで香織SSも後書きも無駄に長くなってしまいましたが、またどこかでお会いいたしましょう(^^)/~~


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