あーしさん後編です!
当たり前のように一万文字を超えちゃいました(苦笑)
そして今回は後書きにお知らせがありますっ!
清涼感漂う軽井沢独特の空気感、緑ゆたかな森の中の散歩道。
旧軽井沢銀座をあとにした俺は、三浦に連れられるがままに森を彷徨っている。
駅前から旧軽井沢銀座に向かうまでの道はなんというか普通で、都会(我が街・千葉)から少し地方に来たくらいな気分だったのだが、駅方向へと道を引き返しただけなのに、通りから一本横道に入っただけでそこは全くの別世界と化していた。
整然と立ち並ぶ木々に囲まれた真っ直ぐな一本道をただただのんびりと散策する、まさに軽井沢のイメージそのものの世界だ。
揺らめく木漏れ日と五月の爽やかな風薫る、この最高に心地の良い散歩道。
そんな素晴らしい散歩を楽しみながら隣を歩く女王様は…………なんだかご機嫌があまりよろしくないようです……
なんかさっきから不機嫌そうにチッチチッチ舌打ちしてるんですよ……どうしたらいいんですかね……
「……あ〜、ムカつく」
でもまぁ俺は三浦がなににイラついているのかは大体検討がついてるんだよね。だって分かりやすすぎなんだもん。
「……チッ、せっかく気持ち良い空気のなか気持ち良く散歩してんのに、公衆の面前でイチャイチャしてんじゃねーし。ここは自然を楽しむ場所であって、イチャイチャしたいんなら家帰れっつうの」
そうなんですよ。なんかイチャイチャしたバカップルが横を通り過ぎるたびに不機嫌さが増していくんですよ。
まぁそりゃね? 気候的にもロケーション的にも最高だし、GWともなれば人目もはばからずにイチャイチャを見せ付けるバカップル達が有名観光地に沸いてきちゃうのも分かるんだけどさ、もうちょっと自重してもらえませんかね? 主に俺の心臓の為にも。
しっかしアレだな。俺みたいなのとか平塚先生みたいなのが、こういう胸クソ悪いイチャイチャカップルに憎しみの呪咀を投げ掛けるなら分かるんだけど、三浦みたいなリア充の女王様でも爆発すればいいのにみたいなこと思ってるもんなんだな。
「あ〜あ」
また新たな一組のバカップルが横を通り抜けていったあと、三浦は盛大な溜息を吐く。
そしてこいつはそのあととんでもないセリフを吐きやがった。
「やっぱこういうトコは隼人と来たかったなー」
……すいませんね、八幡で。
この、初めから俺には無理難題なんだよ……という一見無慈悲に思えるようなお言葉。
普通なら反感を持ってもおかしくないようなこのセリフなのだが、むしろ今の俺には安心したというか、どこかホッとしてしまうような一言だったりする。曲がりなりにも、こいつとは友達だしな。
──三浦優美子は、葉山隼人に振られている。
由比ヶ浜はその事に触れなかったものの、三年に上がったくらいからなんとなくそんな気がしていたのだが──なにせあれだけ葉山と一緒に居たがった三浦が、クラスが替わった途端に付き合いをやめていたのだから──一緒にメシを食うようになってからのある日、不意に三浦はこう告げてきたのだ。
『あんさぁ、あーし、隼人に振られたから』
あまりにも不意打ち過ぎたし、そもそも俺にはそういう時になんと答えれば正解かなんて分かるわけもないから、情けないことにアホ面ぶらさげて「そうか」と一言返すくらいしか出来なかった。
あのお互い一言ずつの重いやりとり以降、決して葉山の名を出すことの無かった三浦。
だから三浦がわざわざこんな軽口を叩いて来たってことで、俺はなんとなくホッとしてしまったのだ。こいつやっと吹っ切れたのかな……と。
たぶんだが、三浦も友達である俺にそう告げたかったから、あえてあんなセリフを吐いたのではないだろうか。もうあーし吹っ切れたから余計な気ぃ遣うなし、と。
もちろん俺からそれを聞くだなんて不粋な真似なんか出来やしないけども。
そんなことを考えていると、なんだか胸の奧が少しだけむず痒いような、でも少しだけあったかくなるような
ふにゅん。
そんな不思議な気持ちになる。なんだかんだ言っても、三浦は三浦なりに俺にも気を遣ってくれてんのかもな……ってふにゅんてなに?
「……ま、しゃーないから今日はヒキオが彼氏役でいいし」
「ちょ、ちょっと三浦さん? いきなりなにしてんの……?」
「は? だってさっきからバカップルウザくない? なんか見せ付けられてるみたいでイラつくし。……だ、だったらあーしらだって見せ付けてやんないとなんか負けた気分になんじゃん」
なんだよその理論……なぜ人はわざわざ争いの中に身を投じるのか。てか別にイチャついてるカップル共はこっちなんか気にしてねーから。
ふぇぇ……やばいよぅ……いい匂いだよぅ……めちゃ柔らかいよぅ……
……もう説明するまでもないだろうが、つまりは三浦が突然俺の腕に腕を絡ませてきたのだ。思いっきりアレが当たってます。むしろ押し付けてきてます。
「……なに? ヒキオの分際であーしにくっつかれんのが不満なワケ?」
「……や、むしろ最こ……いや、なんでもないです」
あまりの心地好さに思わず本音がダダ漏れになりかけた俺を見て、三浦はニヤァっと口の端を歪める。
「ま、あーしプロポーションには結構自信あっし? ヒキオが嬉しくなっちゃうのも分かっけどぉ?」
ふふん! と勝ち誇ったかのように、顔を赤くしちゃってるであろう俺の動揺を隠せない顔をニヤニヤと嬉しそうに覗き込んでくる三浦。
やめて! 動かないで! 超柔らかいから!
「どうしてもヤダっつうんならあーしも考えたけどさぁ、なーんかヒキオもまんざらじゃ無さそうだしぃ? つーわけで、今から軽井沢に居るあいだはこれに決定だから」
マジすか……。これでこのあとずっと過ごすのん? こんなんじゃ八幡の八幡が持ちませんよ!
そんな従者の複雑な心の葛藤など女王様には一切興味がないご様子で、有無を言わさずにぐいぐいと俺を引っ張っていく。
「〜〜〜♪」
た、確かに色々とヤバいんだけど、正直恥ずかしいんでやめて頂きたいんだけど……でもま、さっきまで不機嫌丸出しで舌打ちしまくってた三浦がようやくご機嫌を直したみたいだし、従者たる俺は心を殺して大人しく従うことにしましょうかね。
し、仕方なくなんだからねっ! 別に万乳引力の誘惑に引かれちゃったわけじゃないんだからっ!
この散策は三浦も特に目的地があるわけではないようで、足の向くまま気の向くまま、むにゅむにゅと気ままな散歩を楽しんだ。むにゅむにゅと楽しむ散歩ってなんだよ。
旧軽井沢銀座をあとにしてからは、そこから程近い観光スポット、緑を映す水面がとても美しい雲場池に立ち寄ったり、森の中に突如現れたカフェを楽しんだりと、もともと徒歩で歩き回ることに乗り気ではなかった俺でさえ、何だかんだ言って散策を満喫してしまっていた。
それもこれも軽井沢特有のこの心地好い空気と景色、そして二の腕を優しく包み込む心地好い感触がそうさせてくれたのだろう。はいはいおっぱいおっぱい。
そんな、あまりの幸福感に脳がトロけそうになっていた時だった。不意におっぱいが……違った、三浦が立ち止まり前方へすっと指を伸ばす。
「……あ、ヒキオ! あれっ……」
三浦が指差したその先にあったもの、それは白樺に囲まれた小さな小さなチャペル。
そしてそのチャペルでは今まさに一組の若いカップルが、喜びのなか祝福の鐘の音を一身に浴びていた。
「……わぁ」
さすがに無関係の高校生が式に近寄れるワケはなく、遠巻きからその姿をただ眺めるだけではあるのだが、三浦は祝福を受けている新たな夫婦をほわんとした乙女の表情で見つめている。
ったく、ホントこいつって、普段の女王様然とした姿しか知らないヤツからしたら、全く想像出来ないくらいの乙女なんだよな。
もしかしたら『将来の夢はお嫁さん』なのかも知れないってくらいには乙女丸出し。解ってはいるんだけど、つい先ほどまでとのあまりのギャップについつい微笑んでしまう。
ま、そんな優しげな笑顔されちゃったんじゃしばらく動くわけにもいかないし、もうしばらくはあの若いカップルのこれからの幸せを、ご主人様に付き合って、共に見送ってあげましょうかね……と、三浦からカップルへと視線を戻した時だった。
「……ねぇ、ヒキオ」
つい今しがたまでのカップルに向ける感嘆の声とのあまりの声のトーンの違いに、俺は思わず再度三浦に目を向けてしまう。
そしてその視線の先にあった横顔は、寂しさを湛えながら儚く消え入りそうな、そんな横顔。
そして三浦が次に発した言葉。それはつい先ほど俺の頭のなかを過った無責任な思考をいとも容易く否定し、そして後悔させてくれる言葉だった。
「……あーしさ、隼人のこと……ホントに好きだったんだぁ……」
× × ×
こいつはいつも突然だ。
女王様気質からくるものなのかどうかは知らないけど、いつだって自分のペースを相手に強いる。
だから今だって、いつも通りにこいつのペースを守っているだけの話なのだろう。
たく……ホント従者の気持ちも少しは考えてくださいよ……こういう時、俺みたいな役立たずの従者ではご主人様のご期待に添えられるような上手い切り返しが出来ないから、胸が傷んじゃうじゃないですか。
でも女王様はそんなことは知らない。だから三浦は語り続ける。真っ直ぐとチャペルに目を向けたまま。
「……あーしこんな性格してっからさ、どんな男を見てきても『だっさ』とか『カッコ悪』とかしか思えなくてさ、今まで心から男を好きになれたこと無かったんだよね」
だろうな。
大抵の男じゃ三浦に気圧されちゃうし、そもそも三浦よりも格好良い男ってのがそうは居ない。
「だからさ、総武来て隼人に会ってマジビビった。へぇ、こんな男居るんだ〜……って。それからはもう隼人に夢中になっちゃった」
「……そりゃそうだろ。あんな格好良い男はそうそうお目にかかれるもんじゃないしな。見た目だけじゃなく中身も。……ホントよくよく考えたらマジムカつくわ」
「ふふっ、だっしょぉ? 隼人、超〜格好良いもんね。つーかヒキオごときがなに隼人に対抗意識燃やしてんの?」
うっせ。対抗意識なんて持ってねーよ。厳然たる劣等意識だけだっつの。
「……だから、本当に好きだった。あーしの人生で、あんなにもドキドキしたことって今まで無かった……あんなにも毎日が輝いてたこと無かった」
──さっきは『吹っ切れたのか』なんて無責任に思ってしまったが、そんなことは無い。そんなことあるはずが無い。
だってこいつは、あんなにも葉山が好きだったのだ。あんなにも恋い焦がれてたのだ。
由比ヶ浜の前でならともかく、俺や雪ノ下の前でまで、こいつご自慢のメイクをぐちゃぐちゃに落としてボロボロのパンダになってまでも、抑えきれない溢れる想いを吐き出したのだ。
あのマスカラまみれの真っ黒な涙が偽物なわけはない。本当の本物の気持ち。
あの本物の気持ちが、たかだかひと月そこらで簡単に吹っ切れるわけが無いではないか。
ホント馬鹿だろ俺。なにが『こいつ吹っ切れたのか』だよ。
三浦は吹っ切れたんじゃない。ああやってわざと自分に檄を入れて吹っ切れようと、ちゃんと気持ちに整理を付けようと努めていたのだ。こんな時までおかんっぷりを発揮して俺なんかに気を遣ってまで。
マジで頭が下がるよ女王様。お前ってホントいい女だな。
そんな俺の感心を余所に、三浦はさらに言葉を紡ぐ。
「……あんさ、勘違いすんなし。あーしは別に隼人に対しての気持ちにはちゃんとケリ付けてっから」
「……へいへい。痛てっ!」
だから脛蹴るのはやめなさいって……
「あーしが今ちょっと考えてんのはさ、このさき隼人よりも好きになれるヤツなんて現われんのかな〜ってこと……あんなにドキドキさせてくれる男なんて、隼人以外に居んのかな〜……って」
「……どうなんだろうな。あんな完璧なヤツに巡り合えるなんてかなりの確率だろうしな。……でもま、それでもいいんじゃねぇの? よく言うだろ。一番好きなヤツとは結ばれないとかなんとか」
「ぷっ、なにヒキオが恋愛とか語っちゃってんの? 超ウケるんですけどぉ。よく言うだろとか言ったって、あんたの恋愛感なんてどうせキモい漫画とか小説くらいっしょ」
「……うっせ。……ったく人がせっかく…」
「ま、確かにそうかも知んないんだけど、」
……こいつマジで俺の話なんて聞きゃしねぇな……
「でも本題はここからなんだよね……なんかさ、今後もしそれなりに好きなヤツが出来たとしても、絶対に隼人と比べちゃうと思うんだよね、あーし……あー、隼人だったらこんな時こうすんだろうなぁ、とか、隼人と一緒だったらもっとドキドキしたんだろうなぁ、とか。…………なんかさ、そんなん相手に申し訳なくない……? いつも勝手に比べて、いつも勝手にがっかりして。……もしそんな風に相手に申し訳ないとかずっと考えちゃうとしたら、あーしにはあんなに幸せそうな結婚とか出来ないんじゃないのかなって考えちゃって……」
そう寂しげに呟き、三浦はまたチャペルを静かに見つめる。
……想いが強ければ強いほど、その想いが叶わなかった時の傷は深く重い。
いま三浦は、自らのその強い想いにこんなにも苦しんでいるのか。
葉山への想いだけではなく、今はまだ見ぬ将来の相手にまでも。
──ホントこいつどんだけ不器用なんだよ。
失恋に苦しんでる時に、未来の相手への申し訳なさとかまで考えるか? 普通。
俺にはこいつに言ってやれるような素敵な言葉は思いつかない。慰められるような気の効いたセリフなんか思い付くわけがない。
でも、それでも三浦は一応は友達だ。友達なんて居たことない俺にはよく分からないが、たぶんこういうとき友達だったら、少しでも心の重荷を軽くしてやれるよう、なにかしらしてやるもんなんじゃないのだろうか。
……だったら俺は俺なりに、その友達の為に下手くそな言葉を並べてみよう。
「……ま、考えすぎだろ。俺らなんてまだ十七年とちょっとしか生きてねぇんだぞ。まだまだそんな短い人生なのに、その内お前が葉山を好きでいた期間なんてさらに微々たるもんだ。……確かに葉山クラスのヤツになんてまた巡り会えっかどうか分かんねぇけど、好きになるってのはそういうもんじゃ無いんじゃねーの? もしかしたら最初はお前の言うように申し訳ないとか思うかも知れないが、そんなん最初のうちだけだろ。長いこと一緒に居りゃ情だって湧くし、想いだって強くなってくんじゃねーの? 知らんけど」
……なんつうか、さすがに恥ずかしいな。三浦の熱にほだされて、ついつい人生とか愛について語ってしまった。ふぇぇ……こんなんキャラ崩壊だよ!
「ぷっ」
……ってあれ? 俺、我ながらちょっといいこと言っちゃったとか思ってたのに、なんでこいつ笑っちゃってんすかね。
「……ホントヒキオってヒキオだよね。せっかく珍しく似合わないこと言ってっくせに、最後に照れ隠しで「知らんけど」とか付け加えっから全部台無しだし。あはは! あんたブレなさすぎっしょ」
…………ちくしょう、恥ずかしいの堪えて頑張ったのに。言わなきゃ良かった……
で、でもまぁキャラ崩壊は起こしていないようで安〜心!
「ふぅ〜……でもま、マジでそうかもね。あーし今からどんだけネガティブだっつう話だよね。……あ〜あ、ずっとモヤモヤしてたのにさー、ぷっ、ヒキオに話したら……」
そして三浦はようやく俺を見る。その顔は、なんだかとてもスッキリしているような晴れ晴れとした笑顔で。
ヒキオに話したらスッキリしたから話して良かった。あんがと、って感謝の気持ちでも述べるつもりなんですかね、ご主人様。
「なーんか馬鹿馬鹿しくなっちゃったし!」
……いや、まぁ分かってましたけどね。まぁ馬鹿馬鹿しく思っちゃっても、お役に立てたのなら何よりです。
「ま、現れるかも現れないかも分かんないもんを今から考えてたってしょうがないかぁ」
「ああ、ホントしょうがねぇな」
「……でもさ、それでもやっぱ考えちゃうんだよね、あーしバカだからさ。……でもこのままモヤモヤしっぱなしってのもなんか癪だし先に進めないし。……だからもしやっぱこの先あーしの前に隼人よりもドキドキさせてくれる男が現れなかったとしたらさ……」
すると三浦は横目でチラリと俺を見やると悪戯っぽくふふんっと笑う。その目には、さっきまでの寂しげな光はもう宿ってはいない。いつものこいつの勝気な眼差し。
「そんときはヒキオで我慢してやるしっ」
「いやなんでだよ」
「だってさ、ヒキオ相手にだったら申し訳なく思う必要とかなくない? いくら隼人が一番って思ってても、ヒキオなら気楽に一緒に居れっかなって。ま、最悪な事態に備えて、ギリギリ譲れる最低ラインな解決策でも一応確保しとけば、もう無駄にモヤモヤしなくても済みそうじゃん?」
こんな最低なセリフを、さも当たり前のように言ってのける三浦マジ特権階級。
「酷くね……?」
……従者の将来の縛り方さえもやっぱ支配者様だな。やれやれ、俺は未来さえも女王陛下に奉仕しなきゃなんねぇのか……俺の人生難儀過ぎだろ。
そんな不満たらたらな将来設計に愕然としながらも、隣で無邪気な笑顔を浮かべる三浦を見るとなんだか口角が上がってしまいそうになる。大丈夫? 俺、調教されすぎじゃない……?
ま、三浦はホントいい女だし、これから先の人生、いくらでも素敵な男が寄ってくるだろう。
「っし! なーんか超スッキリしたし、結婚式はもういっか」
そう言って三浦はチャペルに背を向け、また俺を引っ張り回す態勢に入る。
見るだけ見て言うだけ言って満足したらまた引っ張り回す気かよ。ホント勝手気儘な女王様だな。
これからのさらなる連行を思い浮かべて苦笑を浮かべていると、三浦は意外なことを口走る。
「じゃ、そろそろ駅の方に向かうし」
え、マジ!?
「おう、そうだな。疲れたし、帰るにはそろそろいい頃合いだなっ」
なんだろう? 別に一切得してないのに、なんだか棚ぼた気分! ついつい口調が俺らしくないような明るい口調になってしまった。
でも、そんなわけ無いですよねー。
「……なに急に元気になってっし。てか誰が帰宅提案したん? まだ帰るわけ無いっしょ」
「え、でも駅に向かうって…」
「ざーんねん、こっからが今日のメインだからぁ。目的地のアウトレットモールが駅の南口側にあっからそこ行くだけー」
……な、なん……だと?
ちくしょう騙された! ようやく帰れるとぬか喜びしたぶん落胆が半端無いよ! しかも行ったことないから知んないけど、アウトレットモールってかなり広い施設なんじゃねーの……? マジで今から行くの……?
そしてそんなこの世の終わりのような顔をした俺を見た三浦は、本日一番の悪顔で口角を上へと歪めたのだった。
「ぷっ! あはは〜、覚悟しとけしヒキオ! 今から行くプリンスショッピングプラザって死ぬほど広いからっ。あーし店いろいろ回りたいからどんだけ見て回るか分かんないし、せっかくだからあんたのそのダッサいカッコもあーしがコーデして少しはマシにしてやるし!」
「……う、そ……」
──その後ドナドナの如く連行されたそのアウトレットモールとやらは想像を遥かに超えて広く、めちゃくちゃ楽しそうな女王様にあちこち引っ張り回されたり着せ替え人形にされたりメガネ掛けさせられたりと、想像を絶するまさに地獄でした。
でも「あーし新しいブーツとか欲しいし」と入った靴屋で、ブーツを試す度にチラチラ見えた素敵な布のことは決して忘れません。
うん。まさに地獄に仏(ピンク)
× × ×
「つ、疲れた……」
「だからジジィかっつーの。だいたいさぁ、せっかくのデートで女にそこまで疲れた態度見せる男とかあり得なくなーい?」
え? デートだったの? 初耳なんですけど。俺はてっきり女王様の付き添いかと思ってましたわ。
俺は今、ようやく本日の全日程を無事に終えて、三浦の戦利品に埋もれて帰りの新幹線のシートにもたれこんでいる。もう動きたくないでござる、働きたくないでござる。
しっかしよくもまぁこんなに買いこんだもんだ。アウトレットモールなんてなかなか来る機会が無いらしく、思う存分ショッピングを楽しまれたご様子です。
ちなみに俺も三浦がコーディネートしてくれた服を買わされました……。ま、いいんだけどね、なんか三浦が嬉しそうだったし。
「……しっかしアレだよな」
「ん?」
「やっぱお前ってお嬢様だったりすんだな」
「は?」
すげぇなこいつ。俺からの問いかけに“ん”と“は”しか言ってねぇよ。
まぁそれはともかくとして、やはり三浦んちはなかなかの金持ちだったりするんだろう。なにせこいつ、今日すげぇ金使ったからな。
旧軽井沢銀座でも色んな店回ったし森を散策中だって観光地価格のカフェとか楽しんだし。そしてアウトレットモールでの爆買い。中国富裕層の日本旅行かよ。
ついでに言うと「あーしが誘ったんだから別にいらない」と、危うく俺の新幹線代まで出そうとしやがったからね、この子。
もちろん施しなど受ける気のない俺は、スカラシップ貯金からなけなしの諭吉さんをちゃんと出しましたよ? 金払ってんのになぜか不機嫌オーラが立ち込めてましたけど。
「いやお前、今日めちゃくちゃ金とか使ったろ。やっぱ小遣いとかたくさん貰えてんだろうなと」
てか俺の周りってブルジョア率高いよね。雪ノ下とか葉山とか三浦とか。
あ、率って言うほど知り合い居ませんでした!
「は? あーしんちは別に金持ちとかじゃないけど」
「……へ?」
「ま、まぁそれなりに裕福な方なのかも知んないけど、別段すごい金持ちってワケじゃないんじゃね? 月の小遣いとか結衣と変わんなかったし」
「マジで? 由比ヶ浜と変わらんの……?」
だって由比ヶ浜といったら、ああ見えてかなり財布の紐が堅いなかなかの堅実派だぞ? お菓子を買う時だけは財布の紐がゆるゆるになるけども。
もしそれがホントなら、逆に由比ヶ浜ってどんだけ貯めこんでんだよ。高校生にして早くも恐ぇーよ。将来由比ヶ浜の旦那になるヤツ大変だな……
と、他人事ながら見果てぬ未来に向けて戦々恐々としていると、三浦が少し居心地悪そうにもじもじし始めた。だから新幹線乗る前にトイレ行っとけとあれだけ……
いや、そんなこと恐すぎてもちろん言えないけどね?
「……つーか、きょ、今日は特別だし」
あれ? トイレじゃ無かったのん?
「特別ってなんだ?」
ヴェルタースですかね。だったら俺にとっての三浦もなかなかのヴェルタースでオリジナルな存在だぜ? なにせご主人様だからな。言わせんな恥ずかしい。
すると三浦はぷいっとそっぽを向くと、縦巻きロールを弄りながらぼそぼそとヴェルタースな理由を語りはじめた。
「……や、その……今日は結構、つーか……、超? 楽しみにしてたから……?、せっかくだし思いっきり楽しみたいなぁとか思ってて……お、親に頼み込んで、数ヵ月分の小遣いとお年玉まで前借りしてきたっつーか……」
「……は? マジ?」
「〜〜〜っ! ……だ、だってホラ、どうせあーしら受験生でしばらく遊べなくなっちゃうし……? だからまぁ……いいかなぁ……って」
…………マジかこいつ、そんなに今日を楽しみにしてたのかよ……
てか小遣い前借りしてまで俺の分の新幹線代も出そうとしてたのか……
「……で、羽目外し過ぎて遊びまくっちゃったし買い物いっぱいしちゃったしで暫くはなんも買えなくなっちゃったけど? ……でもまぁ今日はメチャクチャ楽しかったから大満足だし、まぁいっか……みたいな」
どうしよう。なんかあーしさんが可愛くて仕方ないんですけど。
今日をそんなに楽しみにしてたってのも、実際に今日はメチャクチャ楽しかったらしいってのも、そしてその事をこうしてドリルみょんみょん照れまくりで発表してる姿も、なんか全てが可愛く思えてくる。
これってギャップ萌えの最上級クラスだろ。たぶんこれで俺が比企谷八幡じゃなくてこいつが三浦優美子じゃなかったら、あまりの可愛さに思わずハグしちゃってるレベル。もう俺たち関係なくなっちゃった。
「で、さ……」
「お、おう」
なんだか三浦の態度が妙にむず痒くて悶えかけていると、突然三浦は俺に問い掛けてきた。
「……そのっ……あ、あーしは超楽しかったんだけどぉ……ヒ、ヒキオはどうだった……?」
「……へ?」
ちょっと……? 今それ聞いてくるんすか?
マジかよ……と、横目でチラリと三浦を見やると、意外にも三浦は不安いっぱいの表情でチラチラと俺の様子を窺っていた。
「ほ、ほら……なんか今日は、結構無理に連れてきちゃったみたいなとこあっから……ホントは嫌だったとか、そーいうんやっぱあったりすんじゃん……?」
結構無理に連れてきちゃったというか、まぁほぼほぼ強制でしたけどね?
……だからか。だから新幹線代まで出す気でいたのか。無理矢理連れてきちゃった俺にも少しでも楽しんで欲しかったから。
くっそ……こいつが小町だったら思いっきり頭撫で繰り回してやんのに……! 自制しないで、勢いで頭撫でちゃえば良かった!
しかし結局意気地の無い俺は三浦の頭に手を伸ばせる度胸があるわけもなく、俺らしく捻くれたセリフを吐いてやるのが精一杯。
だったらせめて、少しでもこいつが喜べるような捻くれっぷりを見せてやろうじゃないか。
「あほか、俺を舐めんなよ? 俺は誰よりも自分の欲望に正直な男だ。つまり少しでも嫌だと思ってたら、いくら呼び出されようが初めからどこにも行かねーんだよ。……で、つまんなかったら死んでもこんな時間まで付き合ったりしねぇよ」
まったく……我ながら相変わらず酷い言い回しだな。来たいから来た、楽しかったから最後まで付き合ったって言えば済む話だってのに。
でもま、小町曰く捻デレさんの俺にはここら辺が限界ってとこだろ。こんな捻くれたセリフで女王様にご満足なさって頂けるかは知らんけど。
せめて獄炎を撒き散らして怒りださないことを祈るばかり。
「痛って!?」
そのとき左肩に激痛が走った。どうやら三浦にパンチされたらしい。
どうやら俺の捻デレでは三浦に通じなかったらしい……と思ったのだが……
「……あーし眠いからもう寝っから。ヒキオの肩ちょっと貸せし……っ」
「ちょ!? おい」
左肩を殴ったかと思えば、なぜか女王様はそのまま痛む左肩に頭を乗せておねむの体勢に入ってしまったのだ。こちらを一切向かずに。
あまりの意味不明な突然の出来事に面食らったのだが、ズシリと肩に掛かる頭の重さと体温、そしてふわふわの金髪からふわりと薫る甘い香りに意識を全部持ってかれてしまい、なんかもうどうでもよくなってしまった。
でもこのままじゃさすがに悔しいから、せめて最後の抵抗にとバレないように覗き込んだ三浦の顔は、角度的にとても見えづらくはあるものの、とてもとても真っ赤に、そして嬉しそうに見えたのだった。
──我が儘女王様は難易度高すぎてなにが正解なのかはよく分からないけれど、どうやら初めてのお出掛けは大変ご満足いただけたようです。
終わり
というわけであーしさん後編でした!
やばいですやばいです。あーしさんが可愛いです。
そして誰得かと思われたあーしさんSSでしたが、頭打ち状態であまり動かなかったお気に入り数があーしさんでいきなり結構伸びて、まさかのお気に入り3000突破をあーしさんで果たす結果となりました(笑)
意外と人気あんのかな?よく分からん……
そしてそれとは別に、なんと今月11日にこの恋物語集が一年になるらしいです!
前回のいろはす生誕祭SSを書きたいが為に頑張って書き続けた作品ではありますが、気付いたら一年ですよ一年!もうネタは出し尽くした感は否めませんが(苦笑)
さて、そんなわけでお知らせです!
この一周年を記念して、二度目のヒロインアンケートを活動報告にてたったいま執り行い始めました!
今回のは一周年記念ヒロインということで前回と違ってシビアですので(上位1名のみをヒロインとして新作書きます!)、もしよろしければ活動報告までよろしくお願いします☆
ちなみにアンケート集計→ヒロイン決定→構想→執筆の順番になるので、恋物語集の次回の投稿はかなり開いちゃうかもしれません><