八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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どうも!明けましておめでとうございます!
新年一発目というのに、変則な時間の投稿でスミマセン><


とはいえ読者さまの中には、“今日の”“この時間の”“このヒロインでの”変則投稿を予想していた方もいらっしゃるのではないでしょうか!?



まぁ私に言えることはこの一言だけです。

Happy Birthday♪





雪解け

 

 

 

今にも雨が零れ落ちそうな曇天模様。

この刺すような凍える空気では、もしかしたらあの雲から落ちてくるのは、液体ではなくて結晶なのかもしれない。

 

 

年が明けた日のさらに翌日、そんな凍える寒さの中、私は自宅から程近くにある小さな神社で初詣を済ませた。

別にどうしても初詣に行きたかったというわけではなく、毎日の勉強のほんの息抜きの散歩がてらに、ほんの少しだけ足を伸ばしてみた……という程度の事なのだけれど。

 

私は今まで、家の都合で初詣に行かざるをえないという事情でもなければ、あえて初詣に赴きたいと思ったことなど無い。

だけれど、なぜか今年は自ら足を運んでしまった。

 

本当は昨日のうちからなんとなくそわそわしていた。

昨日は行かず仕舞いだったのだけれど、結局2日となった今日は初詣に来てしまった。

 

なぜ私はそうも初詣に行きたいと思ったのかを考えた時、ふと昨年の元旦に友人らと行った浅間神社での初詣の記憶が頭を過った。

 

──ああ、そうか。私は別に初詣に行きたかったわけでは無く、昨年のあの出来事がなかなかに楽しかったから、その記憶に引っ張られていたのか。

 

『ゆきのんごめん!来年も一緒に初詣行きたかったんだけど、パパが突然ハワイ旅行に行くぞー!とか張り切りだしちゃってさぁ……!ママもノリノリになっちゃって、あたしお正月はハワイで過ごす事になっちゃったの!マカデミア?マカダミア?ナッツのチョコとかお土産に買ってくからねっ』

 

クリスマスが明けてから、由比ヶ浜さんからかかってきた一本の電話。

受験生という事もあり、来年もまた由比ヶ浜さんに連れられて、あの男と共に初詣に赴く事になるのだろうと思っていたものだから、あの電話の内容には、少しだけ……ほんの少しだけだけれど、落胆の色を隠せなかった私が居た。

 

 

そもそも受験生にとって冬休みはとても重要な追い込みの時期だというのに、由比ヶ浜さんは旅行などに行っている余裕などあるのかしら。

いいえあるはずがない。

もし私が由比ヶ浜さんであれば、とてもではないけれど、お正月休みを旅行に充てるだなんて愚かな選択はしないのだけれど……

ご両親も、由比ヶ浜さんの学力を随分と楽観視しているのね。

 

 

まぁ由比ヶ浜さんの場合はあの学力で総武高校に入学出来たという、神の意志さえも超越したかのような奇跡的な運の持ち主なのだし、常識では計り知れない何かがあるのかもしれないわね。

そしてその運の強さ故に、かなり楽観的になってしまっているのでは無いかしら?

 

それでも、運だけで成功するほど大学受験は甘いものではない……はずよね?

ご両親もあの由比ヶ浜さんの親なのだから、家族揃って随分と楽観的なのだろう。

 

これは三学期の自由登校時期は、由比ヶ浜さんを私の家に缶詰めにしなければならないわね。

……ふふっ、覚悟していなさい?

 

 

「さて……お詣りも済んだことだし、そろそろ帰りましょうか……」

 

せっかく外に出てきたのだから、このままどこかの店に寄ってもいいのだけれど、昨年の初詣の事を思い出してしまった私は、情けのない事に少しだけ寂しさを感じてしまったようだ。

隣に誰が居るわけでもないのに、私は自然とそう呟いていた。

 

 

× × ×

 

 

寒い……

早く帰ってお茶にしよう。

 

「あ……そういえば……」

 

あまりの寒さに、帰宅してからの温かい紅茶の香りに思いを馳せながら歩を進めていると、私はふとあることを思い出した。

 

年末年始にかけて勉強に集中するあまり、すっかりお茶請けを切らしていたのだった……

もちろん簡単なクッキーやスコーンでも作ればよいのだけれど、私はいつの頃からか、誰に食べさせる訳でもないのに、自分で食べる為だけにお菓子を焼くことに虚しさを感じるようになってしまっていた。

それはたぶんあの部屋で、私の焼いたお菓子を食べる二つの笑顔に慣れてしまったからなのだろう。

 

本当に私は、いつの間にこんなに弱くなってしまったのだろうか……

 

……いや、確かにこれは弱さなのかも知れないけれど、不思議とその弱さを不快とは感じない。

むしろこの弱さを感じる度に、胸の奥がぽかぽかと暖かく感じるほどに。

 

 

今日もそんな不可思議な感覚を覚えながら、私は適当なお茶請けでも買おうかと近くのコンビニにでも入ろうかと思ったのだが、どうせなら切らしかけている茶葉も購入しておこうかと思い立ち、少しだけ遠回りをする事にした。

 

 

× × ×

 

 

辿り着いたのはマリンピア。

別にここでなくとも茶葉はいくらでも手に入るのだが、私はほんの一年ほど前から、なにかあるとここに買い物に来るようになっていた。

ここは、一年少し前のクリスマスシーズンに偶然彼に出会った場所だから。

 

もっともあの時の邂逅はあまり良い記憶ではない。

 

『もう、無理して来なくてもいいわ……』

 

あの時、確かに私は彼を諦めた。

もう元に戻ることなんて無いかと思われた私達の関係性に絶望して放った、諦めの拒絶だった。

 

でも、それでも彼は諦めなかった。

 

本当は全く間違ってはいなかった。あの修学旅行での彼の取った手段は決して間違いではなかった。

そのはずなのに、私達が彼を拒絶したのは単なる我が儘。

 

彼に判断も決断も押し付けただけの無力な私達が、彼の選んだ方法を容認出来なかった。

容認?そんな難しい問題ではない。ただ、嫌だっただけだ。

押し付けた勝手な信頼と醜い嫉妬心で、彼のやり方を……彼自身を否定した私達なんかに、彼は諦めずに本音をぶつけてきてくれた。

 

 

あの邂逅がなければ、もしかしたらあのまま静かに、あのままゆっくりと、私達は終わっていたのかもしれない。

だからこの場所は、彼と私をギリギリの所で繋いでくれた場所。

ここで一度断ち切って、そしてここから始まった気がする。

 

 

だから私は一人で買い物をするときには、なぜか自然とここに来てしまう。

また彼と偶然会えるかもしれないなんて、まるで幼い少女のように密かに胸を高鳴らせながら。

 

 

ふふっ、そんなことあるわけもないのだけれど。

そもそもあの男は、こんなに寒い日に、それも正月休みなんかに、なんの理由もなく外出などするはずも無いのだから。

 

 

そう落胆を恐れて自分の心に予防線を張りつつ施設に足を踏み入れた時、私の心臓は信じられないくらいにどくんと高鳴った。

その激しい鼓動と共に、徐々に、でも確実に体全体が熱を帯びていくのを感じる……

 

「……お、おう」

 

夢見る少女でもあるかのように望んでいた彼との偶然の出会い。

新たな年が始まったばかりだというのに、相も変わらず淀んだ目とみっともなく丸まった猫背。

セットなどする気も一切見られないボサボサの髪を面倒くさそうに揺らし、彼、比企谷八幡はマリンピアを退店する所だった。

 

 

× × ×

 

 

「あら、年も明けたというのに、相変わらず挨拶ひとつきちんと出来ないのかしら?」

 

「……うっせーな。あまりにも突然すぎて思考が追い付かなかったんだよ……あー……まぁおめでとさん……」

 

「あけましておめでとう」

 

思考が追い付かなかったというのであれば、それは私にも言える事だわ。

こんな時は、この男と対峙した時に自然と発動する悪態が私を助けてくれる。

 

「それにしてもあなたが正月休みに外出しているだなんて一体なんの前触れなのかしら。このままだと記録的な大雪にでもなりかねないわね。これから起こりうる記録的豪雪で迷惑を掛けるであろう他方の方々に、今のうちから謝っておきなさい?」

 

「……今いきなり謝罪回りしても驚かれて通報されるだけだから。せめて本当に振り出して積もり始めまでは待っていただけませんかね……」

 

 

まったく……

私は、本当にこの男との会話にはいつも心を躍らせ顔が緩んでしまう。

別に罵倒が楽しいというわけでは決してなくて、私から投げ掛けたどんな言葉にも、本当に嫌そうな顔をしながらも、的確に私の心をくすぐったく突ついてくれるこの会話が本当に好き。

こんな人は、今まで出逢ったことがない。

 

 

 

私は…………誠に遺憾ながら、この男に……比企谷くんに好意を持ってしまっている。

そんなに騒ぎ立てるほど大した感情ではない。

ただ、もしもこの男が私の前から居なくなってしまったら、もう私は生きていても意味が無いと思えるくらいの、その程度の気持ち。

 

 

「ふふっ、異常気象を引き起こし兼ねない程に、自分の行動がおかしな事は否定しないのね、引きこもり谷くん」

 

「……まぁ、な。確かに今日の俺の行動は、一切俺らしくは無いな……」

 

「……?」

 

比企谷くんにしては珍しい返答に、思わず小首をかしげてしまう。

そこまで理解していて、わざわざ大好きな家から出てまで外出する理由でもあったのだろうか?

 

「ん、まぁあれだ。勉強の気晴らしにちょっと買い物に出てきたってだけの、まぁ暇潰しだ」

 

私の怪訝な視線に気が付いたのか、比企谷くんはそう言葉を付け加えた。

 

「……そう」

 

「お前も似たようなもんか?」

 

「ええ、そうね。似たようなものね。まぁ由比ヶ浜さんも居ないことだし、大した暇潰しにはならないのだけれど」

 

「ああ……そういやあのバカ、家族でハワイに行ってるらしいな……メール読んでビックリしたわ。あの成績で正月旅行とか、ある意味尊敬しちまうよな」

 

「ふふっ、まったくね。私も彼女からの電話を聞いて、唖然としてしばらく固まってしまった程だもの」

 

……由比ヶ浜さんには申し訳ないのだけれど、彼女の呆れた行為も、こうして比企谷くんとの会話を楽しめる為の話題になるのであれば、そう悪いものでも無いのかも知れないわね。

 

そんな由比ヶ浜さんの身を挺した犠牲?によって、私達はしばらくのあいだ立ち話を楽しめたのだった。

 

 

× × ×

 

 

「なんかすっかり話し込んじまったな」

 

「そうね。貴重な時間を無駄にしてしまった気分だわ」

 

貴重な時間を無駄にしたようには見えないであろうくらいに、自分の顔がほころんでいるのがよく分かる。

もっとも彼はそんな私の辛辣な言葉にげんなりしているけれど。

 

「それはすいませんでしたね……じゃあ俺はそろそろ帰るわ」

 

「……あっ」

 

楽しい時間はいつも瞬く間に過ぎ去っていく。

私は彼とのこの時間が永遠に続けばいいのに……と、思わず名残惜しむような声を出してしまった。

 

「なんだよ」

 

「……いえ、なんでも無いわ」

 

なんでも無いだなんて事あるわけがない。

私は、もっと比企谷くんと話していたい。このまま帰らせたくない。

だから私は、私らしくもなく少しだけ粘ってみることにした。

 

「そうね。それでは私も帰る事にしようかしら」

 

「いやなんでだよ。お前これからマリピンに入るんじゃねぇのかよ」

 

「言ったでしょう?私は用事があってここに来たわけでは無いのよ。そう、ただの暇潰し。あなたとの無意味な会話で、十分に貴重な時間は潰せたわ」

 

「へいへい、さいですか。……たく、貴重なのか暇なのかどっちなんだよ……」

 

なんとでも言いなさい。

私は、ほんのすぐそこまででもいいから、可能な限りあなたとの時間を楽しみたいのよ……

 

「では行きましょう」

 

「……一緒に帰んのかよ」

 

……一緒に帰ると言っても、駅までの短い道程なのだけれどね……

それでも、ほんの少しでもあなたと一緒に居たい。

 

 

 

──そんな私のささやかな願いを、神様とやらが聞き入れてくれたのかしら。

マリンピアから出た私達の瞳に映った光景は……

 

 

「…………雪」

 

 

どうやら二人で会話を楽しんでいる間に、空からは白い贈り物が舞い降り始めていたようだ。

 

 

 

 

「…………比企谷くん…………雪宿り…………していかないかしら……」

 

 

× × ×

 

 

「どうぞ……」

 

「……お、おう、さんきゅ」

 

どうしようもない緊張感の中、千葉には珍しい、雪が降るほどの寒さに凍えた身体を癒すように、私は彼に温かな紅茶を振る舞う。

 

「申し訳ないのだけれど、今はちょうどお茶請けを切らしてしまっていて何もないの。……簡単なクッキーでも焼いてくるから、それまでは紅茶だけで我慢していてくれるかしら」

 

「……や、お構い無く……てか今からクッキー焼くとか面倒くせぇだろ。別に俺は紅茶だけでも有り難いぞ」

 

「ふふっ、いいのよ。私が焼きたいから焼くだけなのだから」

 

そう……今は無性にお菓子を作りたい気分なの。

美味しそうに食べてくれる笑顔の為だもの。だからこれは私の為。

 

「そうか……んじゃあスマンがよろしくな」

 

「ええ」

 

 

私は抑えきれないほどの口元の緩みを隠すように彼にクルリと背を向けると、私の宝物のひとつでもある、胸元に猫の足跡があしらわれた黒のエプロンをして、さらにもうひとつの宝物、ピンクのシュシュで髪をひとつに纏めてキッチンへと向かう。

 

「お前って金持ちのくせに物持ちがいいな。まだそのエプロン使ってんだな」

 

「え、ええ……まぁまぁお気に入りなのよ……」

 

誰かさんが初めて似合うと言ってくれた物だもの……

大切に決まっているでしょう……?

 

「……あ、あと……その、なんだ……そのシュシュも……未だに使ってくれてんだな……あんがとな」

 

「………………これもまぁまぁお気に入りなのよ……」

 

私は比企谷くんに聞こえるか聞こえないかくらいに小さく呟くと、顔を見られないように足早にキッチンへと向かった。

 

……もう……あなたは本当にずるいわ……

 

 

× × ×

 

 

部屋一杯に広がるバターとバニラエッセンスの香りに包まれて、私と比企谷くんはひとときの安らぎの時間を楽しむ。

彼が一口二口と、クッキーを頬張る度に溢す笑顔は、私にとって何よりもかけがえの無い最高のお茶請けね。

いつも飲んでいる紅茶なのに、今だけはひときわ美味しく感じられるのだから、人の味覚とはあてにならない不思議なものね。

 

 

 

───こうして比企谷くんが私のところに宿るのは今日で二度目。

一度目の宿りの別れ際には、また私の家で雪宿りをすればいいわと言ってあげたのに、この男ときたら、あれ以来雨が降る度にまるであの出来事が無かったかのように振る舞うのだから、私の心はやきもきするばかりだった。

ふふっ、何事も無かったかのように振る舞ってはいても、雨が降る度にそわそわとしている態度は隠し切れてはいなかったのだけれど。

 

でも結局、恥ずかしくて素直になれない捻くれものの私と、恥ずかしくて素直になれない捻くれもののこの男では、よほどのきっかけでも無ければ誘うも誘われるも容易に出来るはずも無く、結局今日まであの約束は果たせられないままでいた。

 

だから今日この日、偶然出会えた日の天よりの贈り物……それも雨どころか雪が降ってくれた事は、少しだけ早いけれど、明日の私にとって最高のプレゼントといえるだろう。

 

 

「……前回あなたが家に来た時は雨だったのに、今日は雪になってしまったわ。これも、あなたが柄にもない外出なんてするからいけないのよ。……ふふっ、ほんの言葉遊びのつもりだったのだけど、今回は本当に雪宿りになってしまったわね」

 

ゆっくりと過ぎていく心地良い安らぎの時間に気持ちが緩み、私は微笑みながらついそんな軽口をたたいてしまった。

 

「……お、おう……そう、だな……」

 

するとなぜかこの男は途端に顔を赤くし、所在なさげにあさっての方向に顔を向けた。

一瞬だけ理解出来なかった彼のその所作だったが、私はすぐにそれを理解して俯いてしまう。

気持ちが緩んだ為に、つい“雪宿り”という言葉を発してしまったことに気が付いたから。

 

彼……いいえ、私達は、あの日以来雪宿りという行為を行った事実を避けてきた。

……だって、あの日私達は…………口づけを交わそうとしたのだもの……

 

 

例えほんの事故からの流れとはいえ、確かに自らの意思で唇を触れ合わせようとしていた。私も……そして彼も。

だから、雪宿りという言葉を表に出した時点で、どうしたってあの日を意識してしまう。

 

マリンピアの前で彼を誘った時は、彼をどうしても帰したくなくて必死だったから気にも止めなかったのだけれど……やはりこうしてこの部屋で二人きりになると、雪宿りという言葉はどうにも気恥ずかしいものね……ああ……顔が熱い……

 

「んん!ん!……あ、そ、そういえば、も、もう雪は止んだかしらっ……」

 

「お、おおっ……そ、そうだな」

 

私は彼から顔を隠したまま立ち上がると、外の様子を確認する為、リビングのカーテンをほんの少しだけ開けてみた。

 

「……あ」

 

「ど、どうした?もう止んだのか……?」

 

「……そ、その……積もってしまっているわ……こんな大雪、千葉では滅多に無いんじゃないかしら……」

 

マンション自室からの眼下に広がる景色は、クッキーを焼いたり紅茶を飲んだりと、安らぎの時間を楽しんでいる間に、まるでいつの間にか雪国にでも迷い込んでしまったかのように、一面真っ白な世界へと変貌していた。

 

「うお……マジかよ……すげぇな、これ」

 

いつの間にか私の隣に並んで、少しだけ開けたカーテンから窓の外を眺めて感嘆の声を上げているほんの10cm先の比企谷くんの横顔に、どくんと心臓が跳ね上がる。

ち、近い……

 

「あの……ひ、比企谷……くん……」

 

滅多に見られない大雪に興奮したのか、私との距離感にも気付かずに窓の外を眺めていた彼が、隣でおどおどと赤くなっている私にようやく気が付き、慌ててサッと距離を取った。

 

「す、すまん!」

 

「あ……い、いえ……なんでもないことだわ……」

 

 

一気に気まずくなってしまったこの室内ではあるが、私は…………さらにこの空気を気まずくしてしまう言葉を発する覚悟を決めたのだった。

 

「それよりも……こ、この雪では、自宅に帰ることもままならないのではないかしら…………。こ、今夜は……そのっ……と、泊まっていくといいわ……」

 

「…………へっ?」

 

 

× × ×

 

 

比企谷くんは私の突然の提案に対して、正直私が想像していたよりも遥かに簡単に折れた。

まぁ合理的で面倒くさがりな考え方をする彼のことだから、この雪の中を帰るという選択に難色を示したのかもしれない。

 

でも……もしも私と同じように、この安らぎの時間をかけがえのないものだと感じていて、少しでも一緒に居たい、少しでもこの時間を共に過ごしたい、と感じてくれているのだとしたら、とても……とても嬉しいのだけれど。

 

 

 

彼がどう思って泊まる事を了承したのかは分からないけれど、ただ、比企谷くんは小町さんに外泊の連絡を入れた際は、かなりからかわれていたみたいで、電話を終えたあとは今にも死にそうな顔をしていた。

まったく……この男は本当に学習しないのね。

 

『大雪で帰れなくなっちゃったから、お兄ちゃん友達の家に泊まってくるわ』

 

ふふっ、彼を少しでも知っている人間であれば、もうこの時点で間違い探しをする必要性も無いものね。

 

 

 

 

 

彼の為に初めて食事を作った。

今まではせいぜいお菓子を焼くのと、あとは嫁度コンテスト?なる、小町さん主催の怪しげなイベントで作った事はあったけれど、こうして比企谷くんの為だけに食事を作ったのは初めて。

 

悔しいけれど、こんなに食事の用意に幸せを感じた事は無かった。

もしも彼の妻となる日が来るのだとしたら、毎日がこんなにも幸せなのかしら……

それはそれで、幸せすぎて恐い気さえしてしまうわね。

 

そして二人で囲んだ食卓は、私にさらなる幸せを与えてくれた。

まったくこの男ときたら、美味しい料理を賛辞する際の言葉のボキャブラリーが無さ過ぎるわね。

なにを食べても「美味ぇ……!」しか言わないんだもの。

その程度の賛辞しか無いのでは、私からはなにも言う言葉が無いじゃない。

べ、別に彼が「美味ぇ……!」と顔を綻ばせる度に私が顔を隠していたから、言葉を発せなかったという訳ではないのよ……!?

 

 

 

そして幸せの食卓もあっという間に過ぎていき、現在私達は受験生らしく勉強に励んでいる。

もちろん比企谷くんが勉強道具など持ってきている訳は無いから、私お薦めの参考書などを貸し出してあげている。

この受験勉強時間は、お互いに教え合いながら勉強するタイプではないから、とてもとても静かなものだった。

 

 

目の前に多少好意を持っている異性が座って居るというのに、あまりの静けさと安心感に、時間を忘れて集中しすぎていたようだ。

ふと私の背面の壁にかけられた時計を見ると、時刻は11時を回っていた。

 

このままいくと、こうやって勉強しながら日を跨ぐのでしょうね。

……あの短針と長針が12の数字の位置で重なったら、その時は私の……

 

 

本当に信じられない。

まさかこうして比企谷くんと二人っきりのままに、私の記念日を迎えられるだなんて。

 

私はここ数年、その日を楽しみにしていた事なんて一度として無かった。

唯一昨年だけは、ほんの少しだけ楽しみにしていたのだけれど。

ただ唯一楽しみにしていた昨年も、冬休み中という事で心から楽しみに出来ていた訳では無いし、姉さんのおかげで実家に赴くこととなってしまい、結局は酷い記憶しか残らなかった。

 

 

───今日この日、彼と出会えて、こうして二人っきりでその日を迎えられるのは、奇跡的な出来事が幾重にも積み重なっただけの、本当にただの偶然。

だから、ただ偶然居合わせただけの彼には、こうしてその日が迎えられる事にはなんの意味も持たないのだろう。

 

それでも私にとっては、これほどの幸せは無い。

たぶん今までの人生において、これほどまでにその日へと刻が刻まれるのが待ち遠しいと感じたことなど無い。

 

 

ふふっ、あなたにこんな期待を掛けてしまうのは余りにも荷が勝ちすぎるのでしょうけれど、もしも私のその日をカケラでも憶えていてくれて、おめでとうと一言でもお祝いの言葉をかけてくれたのだとしたら、不覚にも感極まってしまうかもしれないわね。

 

まぁそこは比企谷くんだもの。

そんな期待はするだけ無駄なのでしょうけれど……

 

 

さぁ、あとほんの一時間弱。勉強に不必要なそんな邪念は一旦捨てて、目の前の公式に集中するとしようかしら。

 

 

× × ×

 

 

それは、お互いに勉強も一段落して一息ついた時だった。

なぜか数分くらい前から比企谷くんが妙にそわそわと落ち着かなくなっていて不審に思っていたのだが、その彼が突然声を掛けてきた。

 

「……あー、その……雪ノ下」

 

声を掛けられて、少しだけ驚く私。

ただでさえ二人きりの空間で緊張しているというのに、これまで殆んど無言で勉強していたのだから驚くのも無理はない。

 

私は、このデリカシーのカケラもない男に冷たい視線を向けたのだが、その零度の視線とは対称的に、比企谷くんの顔は熱を帯びていた。

そして……比企谷くんはその熱を帯びた顔を隠すようにそっぽを向きながら、バッグからごそごそと取り出した包みを私に差し出してきた。

 

「その……なんだ……誕生日、その……おめでとさん」

 

「……え」

 

私はあまりの突然の事態に一瞬頭が真っ白になってしまったのだが、我に返って振り返ると、時計の針は数分前に零時を回った所だったらしい。

 

そう。あれだけ待ち遠しく思っていたのに、勉強に集中するあまりに気が付かなかった。数分前から、日付は1月3日、私の誕生日へと変わっていたのだ。

 

「わ、私に……?ど、どうして?あなたはいつの間にこんな物を用意していたというの……?」

 

「……あー、なんだ……今日買いに行ってたんだ…………明日、いや、もう今日か。渡しに行けたら行こうかと思ってな。……まぁまさかこのタイミングで渡せる事になるとは思ってなかったんだが……」

 

 

『……まぁ、な。確かに今日の俺の行動は、一切俺らしくは無いな……』

 

マリンピアで会った時の彼の言葉を思い出す。

──俺らしく無い。あの時の言葉は……そういう意味だったのね。

ふふっ……本当にあなたらしくもない行動ね……

 

「別に大したもんて訳でもねぇし……何よりも俺のセンスだから、まぁ、有体に言えばつまらないもんだ。……だからあんま中身を期待されちまうと正直困るっつうか…………っておい……!」

 

「……なにかしら?」

 

「なにかしらってお前……なに泣いてんだよ……」

 

……泣いている?私は泣いてなんか……

だけれどその考えを嘲笑うかのように、私の意志とは無関係に頬には勝手に涙がつたっていた。

 

なんということだろうか……嬉しさのあまり、この男の前で知らず知らず涙を流してしまうだなんて……

本当に情けないことね。自分で思っていたよりも、ずっと弱くなってしまっているのかもしれないわね。私は。

 

それにしても本当にこの男には腹が立つ。なにが「なに泣いてんだよ」よ。

なぜ泣いているのか……違うわ、なぜ泣いてしまうくらいに私の心が揺れているのかなんてこと、とっくに分かっているくせに。

 

 

「……なっ……なにを言っているのかしらこの男は……わ、私は……泣いてなんか……いない……わ?……意識過剰が過ぎるのではないかし、らっ……」

 

「……いやいやお前…………はぁ……ま、それでいいわ」

 

面倒くさそうに頭を掻きながら、私から背ける頬は朱に染まっている。

……ふふっ、やはりあなたも素直ではないのね。

 

 

結局、私はしばらくのあいだ嗚咽を漏らしてしゃくり上げてしまっていた為、会話することもままならないでいたのだった。

 

 

× × ×

 

 

泣き腫らしてしまった顔を隠す為、逃げるようにお風呂へと駆け込んだあとは何事もなかったかのように振る舞った。

比企谷くんにもお風呂を勧めながら、私はこのサプライズの仕返しをしてやらないと気が済まなくなっていた。

 

一方的に泣かされたままでは、なんだか彼に負けた気分だもの。

私、負けるのは嫌いなのよ?比企谷くん。

 

「風呂いただいたわ。サンキューな」

 

「ええ」

 

比企谷くんがお風呂に行っているあいだに私は決意していた。

たぶん普段の情けない私では決断出来ないくらいに恥ずかしい行動だけれど、今は勝負に負けているという悔しさが働いてくれている。

であるならば、この負けず嫌いな性格を存分に行使してあげるわ。

 

そして私は声をあげる。一世一代の勝負。

 

 

「……も、もう随分と遅い時間になってしまったことだし、そろそろ寝ましょうか……」

 

「お、おう、そうだな…………えっと……俺は、ソファーで寝ればいいのか?布団とか貸してもらえると助かる」

 

──顔が……全身が燃え上がりそう……心臓が破裂しそう……!

でも、比企谷くんごときに負けたままでいるわけにはいかないのよ。

 

「な、なにを言っているのかしら……?わ、私はお客の来る予定もない一人暮らしの身なのよ。もうひとり分の布団なんてあるわけ無いじゃない……」

 

「マジか……布団無しで寝なきゃなんねぇのかよ…」

 

「だから」

 

そして私は背けたい程に赤くなっているであろう顔を真っ直ぐ向けてこう言い放つ。

 

「あ、あなたは……今夜は私と一緒に……私のベッドで寝なさい」

 

その瞬間、この部屋は凍り付いた。

 

 

× × ×

 

 

とてつもない沈黙が二人を襲う。

場は凍り付いているのに、私は熱くて熱くて仕方がない。

 

「えと……ゆ、雪ノ下……?なんか幻聴が聞こえたんだが……」

 

「げ、幻聴などでは無いわ比企谷くん。あ、あなたは私と一緒に寝ればいいのよっ……」

 

「いやお前なに言ってんだよ。んなこと出来るわけねぇだろが……」

 

「しつこい男ね。いいかしら?私の家には布団が一組しか無いの。そして夏場ならまだしも、このような真冬に布団も無しに受験生のあなたをソファーに寝させるわけにはいかないの。簡単な解でしょう?」

 

も、もちろん布団はもう一組はあるわ……

由比ヶ浜さんが度々泊りに来るのだから、無いわけがないでしょう……?

でももしもあなたがその事を指摘してくるようであれば、由比ヶ浜さんもいつも一緒に寝ているというだけの話だけれどね……

 

「言っておくけれど、もう電車は動いていないし、この大雪の中を歩いて帰ると言うのであれば、布団無しでソファーで眠るという案と同じ理由で認めるわけにはいかないわ……こ、これは部長命令よっ……」

 

「も、もう奉仕部は解散したろうが……!」

 

「……だったら命令よ」

 

「もう部長の権限とか関係無くなっちゃったよ……」

 

愕然としている比企谷くんに、私は真っ赤になって引きつっている顔と涙が今にも零れ落ちそうな瞳を、精一杯の悪戯めいた微笑に変えてこう告げてあげるのだ。

 

 

「比企谷くん?私は先ほど、あなたの愚かなサプライズで有り得ない程の恥をかかされたわ。悔しいけれど、あの瞬間だけは私の負けと認めざるをえないわね。……でもね?あなたも理解しているでしょう?私は、勝負事で負けたままでいるのはどうしても許せないの。だからこれは、先ほどあなたに恥をかかされた仕返しなの。異論反論抗議質問口応えは一切認めないわ。……ふふっ、あなたにも、私以上に恥ずかしい思いをさせてあげるから覚悟なさい?」

 

「嘘……だろ……?」

 

「あら、私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐いたことがないの」

 

「……つい今しがた泣いてないわ?とか虚言吐いたばっかじゃねぇかよ……」

 

 

私は、今にも逃げ出しそうにブツブツと無駄な抗議をしている比企谷くんの袖を絶対に逃がさないよう強く強く掴み、そして……寝室へと招き入れるのだった。

 

 

 

 

 

私は本当に弱くなった。

一人で生きていけると思っていた私からしたら、本当に弱くなったと思う。

確かにこれは弱さなのかも知れないけれど、不思議とその弱さを不快とは感じない。

むしろこの弱さを感じる度に、胸の奥がぽかぽかと暖かく感じるほどに。

 

そしてその弱さを感じてぽかぽかと暖かくなる心は、今はいまだかつて無い程に熱く熱く私の胸の奥を暖めてくれている。

それは、幼少時代から長年に渡って私の心に積もってしまった深く冷たい雪さえも溶かしてくれるのではないかという程の熱をもって。

 

 

 

でもそれだけじゃ私の心の中の雪を完全に溶かし切るにはまだ不十分なの……

だから比企谷くん?私の18回目の誕生日の今日は、私をこんな風にしたあなたが責任を持って、私の心の中に積もった雪を、そして私自身を、あなたの温もりで完全にトロけさせてね。

せめて……窓の外に降り積もったこの白い贈り物が……雪解けするまでのあいだだけでも……

 

 

 

 

 

 

 

 






というわけでっ!!
HappyBirthdayゆきのーん!
(^^)/▽☆▽\(^^)

私の作品ではかなりゆきのんが冷遇されてるから、読者さんの中には「コイツゆきのん嫌いなんじゃね?」って思ってる方も居るかもしれませんが、言っときますけど私ゆきのん大好きですよ?
ちなみに3番目に好きなヒロインです!



それはそうと安心してください。このお話のあとは、外の雪が溶けるまでのあいだ添い寝をしただけですよ?うん。たぶんそのはずです。たぶん。
まぁ恥ずかしい思いをさせてやると息巻いてたんで、せいぜい腕枕させてhshsとかちゅっちゅとかしたくらいですよたぶん。(すでに添い寝だけじゃないじゃない)


まぁそれ以上行ってしまったかどうかは読者さまのご想像にお任せっ☆
ふふふっ……あんまり詮索するのは野暮ってもんですよ?



やー、それにしてもこの変則投稿を初めてやったガハマBirthdayの時には、正直な話をしてしまいますと、まさか私の執筆活動 略してシッカツ!がゆきのんの誕生日まで続いているとは思いませんでした〜(苦笑)
絶対にもう辞めてると思ってた(^皿^;)

書くことの喜びと読んで頂けることの喜びを知っちゃうと、なかなかこの世界から抜け出させてくれないのかもしれないですね☆




そんな作者ではありますが、今年もどうぞよろしくお願いいたしますヾ(=^▽^=)ノ


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